221:悪魔たち
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「やあ、こんにちは、諸君。良く集まってくれたね」
アドミス聖王国、その王都に当たる都市、聖都シャンドラ。
その城の中で、数人の人影が一堂に会していた。
といっても、それらは全て人間ではない。そこに集まっていたのは全て、人ならざる悪魔たちであった。
元は王族の食堂であった場所、その最奥の椅子に腰を下ろしているのは、赤髪の悪魔ディーンクラッド。
この地を攻める悪魔たちの長である彼は、肘掛けに頬杖を突きながら、淡い笑みと共に集った悪魔たちへと声を掛けた。
「公爵閣下の命とあらば……」
「ええ、ええ! 馳せ参じないわけにはいきませんとも!」
ディーンクラッドの声にまず返答したのは、鎧を纏う老人姿の悪魔と、ニタニタとした笑みを浮かべた小柄な悪魔だった。
他の悪魔たちは声を上げなかったが、概ね同意見であるといった所だろう。
そんな彼らの様子に、ディーンクラッドは楽しそうに笑みを浮かべて声を上げる。
「ありがとう、バルドレッド、セルギウス。ブラッゾとゼオンガレオス、グランスーグもね」
「……ふん」
「チッ……アンタのせいで忙しいんだ、あんまり呼び出してくれるなよ」
「貴様、ディーンクラッド様に――」
「グランスーグ、構わないよ。皆に仕事を言い渡していることは事実だからね」
悪態を吐くゼオンガレオスに、グランスーグが眦を吊り上げる。
だが、そんな彼を押し留めたのは、他でもないディーンクラッド本人だった。
事実、彼は全く気にも留めていない様子で、表情を変えることなくにこやかに声を上げている。
そんな様子が気に入らないのか、ゼオンガレオスは顔を顰めるが、それ以上言及することはなかった。
圧倒的な力の差があることを、彼は理解しているのだ。
「さて、今回集まって貰ったのは他でもない。ついに異邦人たちがこの地に到達したことを、君たちにも伝えておこうと思ってね」
「ええ、ええ! 存じ上げておりますとも! 早くも都市一つを奪われてしまったと! はてさて……そこを担当していたお方は、一体何をしていたのやら」
セルギウスは歪んだ笑みを浮かべたまま、その視線を横へと向ける。
ディーンクラッドの正面、そこに座しているのは彼と同じような赤い髪を持つ悪魔。
その『彼女』は、腕を組んだままセルギウスの言葉を鼻で笑い、声を上げた。
「勝手に担当にしないでくれるかしら。私は別に、ディーンクラッドに従っている訳じゃないんだけど」
「ふむ……都市の管理には興味は無いか。君にもリソースの回収というメリットはある筈だがね――ロムペリア」
「ええ、そんなものに興味はないわよ、公爵様。言ったわよね? この地で活動することの交換条件として、都市の攻略には力を貸すと。その約定は果たしたのだから、後は貴方の責任でしょう」
赤髪の女悪魔、黒いレザーの衣で身を包んだ美女――ロムペリア。
そんな彼女の物言いに、ディーンクラッドは苦笑を零す。
傲岸不遜な彼女が、今ここに来た目的を理解したためだ。
「確かに、約定は果たしてくれた。都市を守り切れなかったのはグレイガーの落ち度だろう。それを君に問うつもりは無いよ、ロムペリア」
「そ、なら行ってもいいかしら?」
「おや、『彼』の動向ぐらいは聞いておいた方が良いんじゃないのかい?」
「……フン」
腰を上げようとしていたロムペリアであったが、そのディーンクラッドの言葉に対し、小さく舌打ちして椅子に座り直す。
その様子を満足気に眺めたディーンクラッドは、姿勢を正すと改めて声を上げた。
「異邦人……女神の使徒と呼ばれる彼らは、南の国でヴェルンリードを打ち破り、この地へと到達した。そして彼らはすぐさま南の都市へ攻撃を仕掛け、グレイガーを滅ぼして都市を奪ったようだ……そうだね、セルギウス?」
「ええ、おまけに言えば、例の聖女とやらも確保した様子。手勢を差し向けたのですが、どうやら対応されてしまったようで。いやはや、もっとスピードの出せる実験体を増やしておくべきでしたね」
やれやれと肩を竦めるセルギウスに、ディーンクラッドは小さく笑う。
その笑みの中には、決して彼を叱責するような色はなかった。
それどころか、それが喜ばしいといわんばかりに、彼は笑みのままに声を上げる。
「君たちも知っておいた方が良いだろう。その聖女を確保した異邦人こそ、ヴェルンリードを討った者。そして、グレイガーを倒し都市を解放した男――そこのロムペリアが、宿敵と認めた人間だ」
ディーンクラッドのその言葉は広い部屋へと響き渡り――同時に、悪魔たちの雰囲気は一気に変化した。
一部は戦意を、一部は猜疑を。どのような形であれ、悪魔たちはその人間に対する興味を抱いたのだ。
その中で、真っ先に反応したのは鎧を纏う悪魔、バルドレッドだ。彼は戦意を滾らせ、身を乗り出しながらディーンクラッドへと告げる。
「閣下、ご命令とあらば、私がその人間を討ってみせましょう」
「止めておいたら、バルドレッド。貴方じゃ返り討ちに遭うわよ」
「……どういう意味だ、ロムペリア」
「そのままだけど。貴方じゃあの男には勝てないわ」
やれやれと肩を竦め、ロムペリアは席を立つ。
そんな彼女に対し、バルドレッドは机を叩きながら怒声を上げた。
「待て、ロムペリア!」
「聞きたいことは聞けたのだから、もうここにいる理由は無いもの。私は自由にやらせて貰うわ」
「なら、最後に二つ聞かせてくれるかい、ロムペリア」
「……何かしら?」
傲岸不遜なロムペリアとは言え、ディーンクラッドの言葉までは無視できない。
不機嫌そうな様子ながら足を止めた彼女に、ディーンクラッドは調子を変えぬままに声を上げた。
「一つ。何故君は、バルドレッドではその男に勝てないと思ったのかな?」
「単純に、勝っている点がリソースの量しか無いからよ。それはここにいる全員に言えることだけどね」
言外に、ディーンクラッドとて例外ではないと含ませながら、ロムペリアは告げる。
とは言え、ディーンクラッドの持つ力は圧倒的だ。彼が出たならば、執心する魔剣使いとて敵う相手ではないと思っているが。
しかし、それでも――その差は力の総量の差でしかないと、ロムペリアはそう判断していた。
「リソースの差はいずれ埋まる。そうなった時、他で勝る点が無い貴方たちが負けるのは道理でしょう?」
「成程、理に適った話だ。では二つ……そう考える君は、これからどうする?」
「力と技を磨きあげる、ただそれだけよ。リソースの差ではなく、純粋な力であの男を上回る――だから、邪魔はしないで」
それだけ告げると、ロムペリアはさっさとこの場から転移して姿を消したのだった。
かき消えた彼女の姿を見送り、ディーンクラッドは軽く笑みを零す。
全くもって、予想外の出来事が起きているものだ、と。
「よろしいのですか、閣下。あのような勝手を許して」
「元々、彼女は僕の部下ではない。そして、完全なる自由行動を王より認められている。僕が口を出すことではないさ」
「おいおい、あの女がどうしてそこまで優遇されてるってんだ。俺らと同じ伯爵級だぜ!?」
「いや、ゼオンガレオス。今の彼女は伯爵級ではないよ」
「ああん? まさか、侯爵まで上がったってのか!?」
眼を剥くゼオンガレオスに、ディーンクラッドは笑みを零す。
本当に、愉快で仕方がないというかのように。
「いいや、逆だよ。彼女は、自らの爵位を返上したのさ」
「な……!?」
「曰く、数字などに興味はないとね。そして、王はその言葉をいたく気に入ったのさ。そして彼女は、爵位と引き換えに自由に行動する権利を得た。今の彼女はただのはぐれ悪魔であり――同時に、彼女の実力は既に侯爵級に届いているだろう」
ディーンクラッドの言葉に、悪魔たちは揃って絶句する。
その行動は、悪魔としてはあまりにもあり得ないものであったが故に。
悪魔にとって、力とはリソースの総量そのものだ。多くの人間を殺すほど、悪魔たちは力を得ることとなる。
そうであるが故に、技術を磨くなど、悪魔にとってはあまりにも非効率的な行動であったのだ。
だがそれを、ディーンクラッドは――そして、魔王は認めた。それもまた、一つの在り方であると。
「人間と同じ成長をする悪魔か……そのような存在が生まれるなど、王すら予見していなかった。実に興味深いことだ」
「……閣下は、あのような在り方が正しいと?」
「いや、悪魔として正しいとは言わないさ。だが、それは僕の考えであり、彼女は今の己が正しいと信じている。それに口出しするつもりは無いというだけの話さ」
それで話は終わりだとばかりに、ディーンクラッドは悪魔たちを見回す。
その怜悧な視線に見つめられ、悪魔たちは揃って沈黙した。
対し、己が部下たちの様子に淡い笑みを浮かべながら、ディーンクラッドは続ける。
「さて、話を戻すとしよう。これより、この地には異邦人たちが姿を現すことになる。彼らの出現は我々にとっては邪魔でもあり――同時に、チャンスでもある」
「異邦人たちは死しても復活する。リソースを回収しても使い減りしませんからなぁ」
「挑んでくるのであれば、全て叩き潰すまでのことだ」
「その通り。言わばここまでは前哨戦、ここからが本当の戦いというわけだ」
そう告げて、ディーンクラッドは表情を変える。
先ほどまでとは異なる、不敵な笑みへと。
「僕の完全顕現まで、おおよそ30日といった所かな。君たちはこれまで通り、リソースを集めて欲しい。異邦人が現れたならば、それを悉く返り討ちにしたまえ――さあ、戦争を始めよう」
闘争こそが悪魔の本懐、その言葉に彼らは戦意を滾らせる。
この地の人間たちとの戦いは、思っていた以上に容易く終わってしまった。
であれば、ここからがお楽しみであると。
――その遥か上空で、赤髪の悪魔は小さな失笑と共に姿を消したのだった。





