216:聖女の元へ
「……本当にいいんですか、クオンさん?」
「くどいぞ、アルトリウス。別にいいだろう、あれだけ口出ししたい重要案件なら、お前さんが直接見てくれ」
あの会議の後、聖女とやらを保護しに行くためにアルトリウスと相談したのだが、その際に色々と注文を付けられることとなった。
馬車を用意しろだの、『キャメロット』で馬車は用意するだの、セイランに引かせるなだの、気を使わねばならないことが多すぎたのだ。
最終的に面倒になった俺は、パーティの最後の一枠にアルトリウスを加えて対応して貰うよう依頼することとした。
俺の提案に対し、アルトリウスは困惑した様子ながらも同意、こうして一緒に行動することになったのである。
彼の側近たちはもの言いたげな様子であったが、アルトリウスが同意した以上は強くは言えなかったのだろう、最終的に容認することとなった。
「しかし……王族で聖女なんて、凄い肩書の人ですよね」
「ま、確かにな。この国からしたら、随分な重要人物だ」
緋真の言葉に、軽く肩を竦めて返す。
ある程度現地人たちの話を聞いていたが、この国は本当に信仰を重要視している。
国がこのような状況になってなお、彼らは信仰を失っていなかった。
そんな彼らにとって、王族であり、尚且つ女神の加護を持つという聖女の存在は非常に大きいものであるのだろう。
確かに、そんな存在であるならば、彼らにとっての旗印となり得るかもしれない。
尤も、だからと言って悪魔に対抗できる戦力が残っているかと問われれば、それは否と答えるしかないのだが。
「聖女がどのような扱いになるのかは分からんが、少なくとも現地人のメンタルケアにはなるだろう。アルトリウス、保護した後の扱いはそっちに任せたいんだが」
「確かに、半ば放浪しているクオンさんにお任せすることは難しいと思っていますが……いいんですか?」
「お前さんらの方が確実だろう」
少なくとも、俺たちに何とかできるようなものではない。
現地人に預けることはどうにも危うく感じてしまうが、『キャメロット』ならばまだ安心だろう。
まあ、まずはその聖女を保護しなければならないのだが。
「まず、隠れ住んでいた箱入りお姫様を連れ出さにゃならんからな……最悪の場合は無理矢理連れて来なけりゃならんが」
「それは避けたいですね。それだけ影響力のある人物ならば、出来るだけ友好的な関係を築きたいです」
「だからこそお前さんを呼んだんだよ、アルトリウス。口は達者だろう」
俺の物言いに、馬車の御者をしていたアルトリウスは苦笑する。
馬車を引くのは、彼の騎獣である白いペガサスだ。
翼を畳んで少々窮屈そうではあるが、流石は上位の騎獣であると言うべきか、坂道でも問題なく引くことができている。
馬車の中にはいくつものクッションが置かれており、これを重ねて利用すれば、整備されていない山道でも腰を痛めることは無いだろう。
――ここまで念入りな準備をしている時点で、アルトリウスが聖女を重要視していることが窺えるというものだ。
「この国を立て直せるかどうかはともかくとして、その代表者となるのは間違いなく聖女だ。本人が望む望まないに関わらず、周囲はそうやって祭り上げようとするだろう」
「そうでしょうね。彼らは、国の復興を諦めていない。まあ、それは国の貴族として当然の感情でしょうけれども……聖女様が周囲の期待を向けられることは間違いないでしょうね」
「つまり、どのような形であれ、聖女がこの国のトップになる可能性は高いということだ。お前さんにとっては、注意すべき相手だろう?」
俺の言葉に、アルトリウスは僅かに視線を細める。
だが、それでも彼は否定の言葉を口にすることはなかった。
どうやら、俺の認識に間違いはなかったようだ。
「これまでの国でも、お前さんは国の上層部と交流してきた。ここでも同じようにするつもりなんだろう?」
「否定はしませんが……」
「目的に関しては聞かん。そちらの都合まで踏み込むつもりは無いさ」
確かに、アルトリウスはどうにも、現地人の勢力に入れ込み過ぎているような印象がある。
ただの方針というよりも、何か裏側に別の事情を感じる気がするが……その辺りまで深く聞くつもりは無い。
というより、そういう人間関係方面のクエストは面倒であるため、あまり関わりたくないというのが正直な所だが。
だが、俺の言葉に対し、アルトリウスはしばし迷った様子で黙考した。
「……どうかしたか?」
「クオンさん……以前、いずれ僕の目的についてお話しするといいましたよね?」
「あん? ああ、そんな話も聞いた覚えはあるが……」
「近々、それをお話ししたいと思います。クオンさんと……それに、パーティメンバーの皆さんも。招待状を出しますので、どうか集まって頂けると」
「ほう……? また、随分と珍しいことを」
これまでは秘密主義であったアルトリウスにしては、随分と意外な言葉だ。ここに至って、これまで隠していた情報を明かすとは。
だが、気になっていたことも事実ではある。
こいつと行動を共にすることが増え、ある程度は人柄も見えてきた。
最初に睨んだ通り、こいつは何か大きな目的を持ってこのゲームをプレイしているのだろう。
その理由を知れるというのならば、確かに興味を惹かれる所だ。
「了解だ、その時は招待にあずかるとしよう」
「ええ、お待ちしております。さて、地図だとそろそろ目的地ですが……」
「……そう言えば、さっきから魔物に会わんな」
この国に入って来た際に通った山道、その途中にあった脇道に入ってしばらく。
いつの間にかこの周囲からは、魔物の気配が消え去っていた。
純粋に、周囲に魔物の気配がない。どうやら、魔物どもはこの辺りを避けているようだ。
「おかしな様子だな……強い魔物がいるのか? それとも、これも聖女の力って奴か?」
「分かりませんが、進む分には好都合ですね」
「あ、先生。この先は道が細くなってくるみたいですよ」
若干先に進んでいた緋真が、前方を示しながら声を上げる。
視線を向ければ、確かにどうも道の横幅が細くなってきているようである。
これ以上進むと、馬車を反転させられなくなる可能性があるだろう。
「ふむ……アルトリウス、目的地はもう近いんだよな?」
「ええ。恐らく、前方にある林の向こう側ですね。馬車はここで止めておきましょうか」
アルトリウスは馬車を停止させて降車する。
車輪が動かぬように固定具を嵌めて、アルトリウスは改めて前方――隠し聖堂の方へと視線を向けた。
あの先に、件の聖女とやらがいるのだろう。果たして、どのような人物であるのやら。
期待半分警戒半分、そんな心境で林の中へと足を踏み入れる。
木々の間から見える建物はあまり大きくはなく、だが確かに荘厳な雰囲気を感じる建造物だ。
「あれが隠し聖堂……雰囲気ありますねぇ」
「だが、随分と寂れている。外観まで気を使う余裕はないんだろうな」
人の気配は殆ど感じない。精々、三人程度といった所だろう。
件の聖女と、その世話役が数人程度だろうか。まあ、あまり大勢いないのであればそれはそれで好都合だ。
俺たちはゆっくりと建物に近づき、俺たちは聖堂の様子を確認した。
「とりあえず……まだ、悪魔の襲撃はないようだな」
「そのようね。辺りに気配も無いし、さっさと入りましょう」
どうやら扉に鍵はかかっていないらしく、俺は代表して聖堂の扉を開く。
――瞬間、目に飛び込んできたのは色とりどりの光であった。
「これは……」
「……綺麗」
まず目に入ったのは、大きなステンドグラスだ。
入口から見て正面の壁面にあるステンドグラスは、多くの色彩を聖堂の内部へと届けている。
そして、それに照らされているのは白い石材で作り上げられた、大きな女神像だ。
色とりどりの光は、白い女神像を鮮やかに染め上げながら床にまでその光を届け――そこに跪く、一人の少女を照らしている。
「――――」
手を組み、女神像へと向けて真摯に祈りを捧げ続ける人物。
その身を包むのは、シンプルながら清潔な、蒼い布によって作り上げられたローブ。そしてその中に流れるのは、若干青みがかった白い髪。
翠の宝玉が嵌った髪飾りで髪の一部のみを結い上げた、年の頃にして高校生程度の少女。
「――お待ちしておりました」
その言葉を耳にした時、俺は不覚ながら、その姿に意識を奪われていたことを自覚した。
周りの気配を感じ取れなくなっていた訳ではない。
ただ、この少女の圧倒的な存在感に、意識を奪われてしまったのだ。
「我が女神は……この日、私の運命が訪れると仰っておりました。貴方がたが、きっと私の運命なのでしょう」
ゆっくりと、少女は立ち上がる。それと共に開かれた蒼い瞳は、俺たちの姿を順に眺めたようだ。
成程、聖女か――そう呼ばれるのも納得できる。
戦う力を持っているようには思えないが、相応の能力は有しているようだ。
「運命とやらは良く分からんが……俺たちが来ることを予見していたというのか」
「我が女神よりの神託です。運命という言葉が、いかなる意味を示しているのかは分かりませんが……貴方がたに間違いない筈です」
「であれば、俺たちの目的は分かっているのか?」
「悪魔の駆逐、そしてこの国の復興でしょう?」
聖女はそう返答し――けれど、どこか疲れた様子で声を上げる。
どうやら、何か思う所があるようだ。
「ですが……申し訳ありません。この国は最早、救うことはできないでしょう」
「それはどういう意味だ?」
「私には何もありません。民を導く力など無いのです。ただ女神の声を聞き、その意を代弁する――私にできることは、ただそれだけ。私は……無力です」
己の両手を見下ろしながら、聖女はそう口にする。
その声の中に含まれていたのは、強い諦観であった。
女神の声とやらからなのかは知らないが、彼女はどうやら、この国の現状を把握しているらしい。
己の肉親が既にいないことも、多くの民が今も殺されていることも――彼女は手の届かぬ場所で知り、何もできずただ祈りを捧げていたのだろう。
動かなかったことを責めることはできない。彼女が動いたところで何かができたわけではないだろうし、無駄な犠牲が増えただけだろう。
だが――
「……初めまして、聖女様。僕は、アルトリウスといいます」
「……? あの……?」
「よろしければ、お名前をお聞かせ願えますか?」
一人前に出たアルトリウスが、己の胸に手を当てながら声を上げる。
その穏やかな声音に、聖女はやや困惑した様子ながらも返答した。
「私は……ローゼミア。ローゼミア・アドミナスと申します」
「お美しい名前です。ローゼミア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい」
困惑しながら、聖女ローゼミアは頷く。
とりあえず、自己紹介をしつつ距離を詰めるつもりか。
まあ、こいつは演技ではなく、素でこのような態度を取っているのだが。
実際、アルトリウスにはこれを期待して連れてきたわけであるし、ここは手並みに期待するとしようか。