215:襲撃の全容
「スヴィーラというと……この街の、この領土の領主だという……」
「はい、仰る通りです。私はこの領土における領主の息子、ということになります」
「……それは失礼した。まさか、いきなりそのような人物に出会うとは思ってもみなかったもので」
確かに、この街の代表とは接触しなければならないと考えてはいたが、まさかいきなり関係者と出会うことになるとは。
クラウと名乗ったこの青年は、疲労しやつれている印象はあるものの、傷らしい傷はない状態だ。
驚きはしたが、しかし僥倖でもある。まさか、このような形で縁を結ぶことができるとは。
「それで、こちらに話というのは?」
「我々の現状について……そして、我が国で起こったことについて、お話ししたく。そして、どうかお力をお貸しいただきたい」
「悪魔共と戦え、という話か?」
「それを含めて、お話をさせて頂きたい」
俺としては、悪魔と戦うことについて否はない。
だが、その他のことについてまで安易に約束してしまうというわけにもいかないだろう。
その辺りの取引については、正直俺では良く分からん。
とりあえずメールでアルトリウスを呼び出しつつ、今はこちらが聞きたいことだけを聞くこととした。
「いま、こちらの代表みたいな奴を呼び出している。街をどうこうって話なら、そっちの方に頼みたい。ちなみに、領主殿は?」
「……悪魔の襲撃の際に、亡くなりました」
「……そうか。お悔やみ申し上げる」
領主が死んでいるとなると、少々厄介な状況だ。
この青年を領主の代理として扱っていいのかどうか……その辺り、領主がどのように準備していたのかによって状況は異なる。
まあ、その辺りはアルトリウスが上手くやるだろう。俺は元より、政治的な部分に関わるつもりは無いし、巻き込まれても面倒だ。
俺がやるべきことは敵を斬ること、人々を救うのはその結果でしかない。
「とりあえず、何があったのかを聞かせて貰いたいのだが……ここの悪魔共の行動はどうにも不可解だった。人間を殺さず管理するなど、今までの悪魔共には見られなかった行動だ」
「私たちにも、それは良く分かりません。どうやら、悪魔共の上役と言いますか、上位の悪魔がそう指示したようでした」
「だが、殺された人間もいるんだろう? でなければ、あんな公開処刑のような真似はしなかったはずだ」
この青年、クラウはあの時悪魔に殺されかけていた。いや、悪魔に挑むことを強要されていたのだろうか。
戦うことにはあまり慣れていなさそうな様子であったが、あれにはどのような意味があったのか。
俺の問いに対し、クラウは視線を伏せながら声を上げた。
「恐らくですが、抵抗した人間や、戦う力を持った人間が狙われていたようです。ですが、それも一気にではなく……私が駆り出された時のように、戦う力を持った人間を少しずつ殺していったようでした」
「……良く分からんな」
戦える人間を優先的に狙う、ということは分からないではない。
自分たちに反抗する者を、抵抗する力を持った者を削っていくことは、奴らの立場として理に適った行動だ。
だが、奴らの力ならばそれを全滅させることも不可能ではなかったはずだし、少しずつ削っていくという行動の意味が分からない。
一体、奴らは何を考えていたのだろうか。
「ここを取り仕切っていた悪魔……貴方が戦っていた、あの炎を操る悪魔は、ある程度の数を殺すと他の悪魔たちを止めていました。『明日の分が無くなる』、と言っていた気がします」
「ふむ……」
一日に殺せる数を制限していたのか、或いは例のリソースとやらが関連しているのか。
どうにも、悪魔共の目的は人間を殺すことそのものより、そこから得られるリソースにあるように思える。
それを集めることが奴らの目的であるとするならば――奴らは、人間を資源のように扱っていたのだろうか。
「……結論は出ないか。他の領地や首都の状況については分かるだろうか?」
「最初の内は都市間で連絡を取り合っておりましたが、すぐにその余裕も無くなり……現在の状況は分かりません」
「他の領地も一斉に攻撃を受けていたというのは……」
「それは事実のようです。連絡を取り合っていた際、父がそのように話していました」
どうやら、悪魔共が足並みを揃えて襲撃を仕掛けてきたことは事実であるようだ。
我の強い爵位悪魔共が、揃って指示に従っている所を見ると、奴らの上にいるのは相当な力を持った悪魔であると考えられる。
高い実力で支配しているのか、カリスマによるものか――或いは、その両方か。
何にせよ、厄介な存在がいることは間違いないだろう。
「それだけの数の悪魔を操る存在か……」
まだ分からんが、侯爵級の悪魔が出現している可能性は高い。
伯爵級であれだけの力を持っているのだ、今回は非常に厳しい戦いになるだろう。
ともあれ、まずは街の解放に成功したことを喜ぶべきだ。
ここを足掛かりとして、この国を攻略していくことになるだろう。
「……さて、クラウ殿。貴方がこの街のまとめ役になるのかどうかは分からないが、とりあえず纏め上げられるだけの人間を集めて欲しい。こちらも代表者を出すので、今後の方針について話し合いの場を設けたいと思う」
「……! 分かりました、生き残っている者がどれだけいるかは分かりませんが、探してみます」
さて、後のことはアルトリウスに任せるとしよう。
それまではエレノアと装備の調整でもしたい所であるのだが……こちらの話に巻き込まれそうな気配をひしひしと感じる。
果たしてどのような流れになることやら……話が長引きそうな予感もするな。
妙な状況になってきたことに、俺は思わず嘆息しつつ、走っていくクラウの背中を見送った。
* * * * *
領主の住まいであった館、その近くにあった屋敷へと集められた俺たちは、その内の一室を会議室として利用することになった。
集められたメンバーは、俺やアルトリウス、エレノアに加え、他のクランのマスターたちも含まれている。
『剣聖連合』や『クリフォトゲート』、『MT探索会』の面々もいるが、彼らの様子は中々に大人しい。
まあ、このような場になれているのはアルトリウスぐらいであろうし、それも仕方ないが。
「話を纏めますと――」
ここまで、クラウを始めとした現地人の話をいくつか聞いた。
彼らは辺境伯の領地に属していた爵位の低い貴族であり、今回の悪魔の襲撃を何とか生き残った者たちだ。
切羽詰まっているだけあって、言っていることはあまり纏まりが無かったが、簡単に纏めれば――
「――王都は既に滅んでおり、恐らくは王族の方々も殺されている。そして各領地もまた既に落とされ、壊滅状態である」
「悔しいですが、その通りです。最悪の状況であることは否定できません」
「だが、どうか協力を願いたい。この国を取り戻すために、どうか!」
こちらへと強く願い出てくる貴族たち。
彼らとしても、藁にも縋りたい気持ちなのだろう。それほどの状況であることは否定できないし、同情はする。
王都の状況については、ここに襲撃に来た悪魔が語っていたらしい。
曰く、王都の人間は一人残らず、ディーンクラッドという悪魔を呼び出すための生贄にされたと。
つまり、そのディーンクラッドとやらが奴らの上役ということなのだろうが……果たして、どれほどの怪物なのだろうか。
「……正直に言わせて貰う。悪魔を殺しに行くことに否はないが、この国を取り戻すというのは無茶な言葉だ。王都、そして各領地が落とされている以上、この国を率いて立てる人間がいない。この国は、最早滅びているに等しい……アンタたちはさっさと、ベーディンジアに保護を求める方が良いだろう」
懇願する彼らへと向け、俺はそう告げる。
言いづらいことではあるが、彼らには最早国としての戦力はない。
この街のように、他の街でもある程度生き残っている人間がいる可能性はあるが、それでもそれらの人間を率いることができる人間がいないのだ。
仮に悪魔を駆逐することができたとしても、この国を運営することは不可能だろう。
だが、貴族たちの一人が、俺の言葉に対して否の声を上げた。
「違う、まだ終わってなどいない! あの方が……聖女様がまだ生きておられる!」
「聖女……?」
「……類稀なる女神の加護を受けてお生まれになった、この国の第二王女殿下です。あの方は修行のため、南の山中に秘された聖堂で隠れ住まれておられます」
疑問符を浮かべた俺に対し、クラウはそう返答する。
成程、つまりこの国の王族は、一人だけは何とか生き残っているということらしい。
だが、そのような重要人物がいつまでも放置されているとは思えない。
早いところ保護しなければ、他の者と同じ末路を辿ることとなるだろう。
クラウも同じように考えていたのか、彼は俺の方へと向けて頭を下げながら声を上げた。
「お願いします、クオン殿。どうか、聖女様を保護して頂けませんか。このままでは、いずれ悪魔に……」
「……この国の旗印云々の話は知らんが、保護については同意しよう」
「……! ありがとうございます!」
『《聖女救出》のクエストが発生しました』
どうやら、俺に対するクエストという形となったようだ。
何故俺にだけこのクエストが発生したのかは知らないが、このクエストを受けることに否はない。
これ以上悪魔の好き勝手にさせるというのも寝覚めが悪いというものだ。
「アルトリウス、お前さんはどうする?」
「基本的に、八大都市の解放に動くことになると思います。ただ、この都市の解放にワールドクエストが出現しなかったということは、他の都市でも同様の処理になる可能性があります」
「まだるっこしい言い方ね。要するに、各クランが自由に動いて対処しろってことでしょ」
「そうなりますね」
アルトリウスとしては中々に悩ましい事態であるようだが、これに関しては仕方あるまい。
ここからのプレイヤーの動きは、全体を制御できるようなものではない。
都市の攻略は各個人に任せるしかないだろう。
「要するに、都市を解放し、現地人を保護する。それを繰り返すだけだ。どんな悪魔がいるかは知らんが、やるしか無かろう」
「そうですね……クオンさん、聖女様についてはお願いします」
「了解だが……少し相談に乗ってくれよ」
流石に箱入りのお嬢様の相手は俺には荷が重い。
多少、コイツにも手伝って貰うとしよう。