212:アイラム襲撃計画
宣言通り一時間で準備を終えたアルトリウスは、早速アイラムへの行軍を開始した。
と言っても、今回は『キャメロット』や『エレノア商会』に限った編成ではない。
『剣聖連合』のメンバーやクランに属さぬプレイヤーも混じっており、まさに混成軍といった様相だ。
あまり見ない組み合わせをセイランの背中の上で眺めつつ、俺は隣を進むアルトリウスへと問いかける。
「この状況、お前さんでも御しきれるもんじゃないだろう。どうするつもりだ?」
「まあ、確かに指示を聞いて貰える面子じゃありませんね」
俺の問いに対し、アルトリウスは苦笑交じりにそう声を上げた。
『キャメロット』のメンバーのみならばまだしも、今回は功を競い合う者たちが多い。
こうなると、最大効率で動くことは不可能だろう。
同盟のみで動けば細かな指示を出すことも可能だろうが、それは期待するべくもない。
「仕方ありませんよ。あまり、僕たちだけでイベントを独占するべきではない。厄介なことになりますからね」
「人付き合いか。面倒なことだ……だが、実際問題どうする? ある程度の協力ならばまだしも、ロクに指示は聞かんだろう」
「ええ、反発してくるような人たちもいるでしょうからね」
言いつつ、アルトリウスはちらりと視線を横に向ける。
そちらにいるのは、どうやら『クリフォトゲート』の連中のようだ。
一応、レベルは十分に高く、きちんと自分たちの実力でマウンテンゴーレムを打倒してきたようだが……確かに、あいつらがアルトリウスの指示を聞くとは思えない。扱いに困る連中だ。
だが、アルトリウスはそれでもどうということはないとばかりに笑みを浮かべ、続ける。
「ですが、元よりそこまでして貰おうとは思っていませんよ。今回は、それぞれが動いて貰う形で問題ありませんから」
「……そうなのか?」
「まず、都市の奪還については、ワールドクエストではありませんがクエストとして提示されています。クオンさんも請けましたよね?」
「ああ、教会で確認しとけと言われたからな」
アルトリウスが準備を行っている間、俺たちは彼の助言に従い、現地人から提示されるクエストとやらを確認してきた。
どうやら、俺が悪魔に拉致された人々を連れて来たことから発生したクエストらしく、その内容は悪魔に囚われた人々を救出してくるというものだ。
このクエストを発注したのは救い出された人々と、彼らを保護した教会である。
人々を救出し、教会に保護させた分だけパーティに報酬が配布される。それが、このクエストの内容だ。
尤も、俺たちの場合、既にこのクエストをクリアした扱いになっていたのだが。
「今回の戦いで最も重要、かつ厄介な点は、アイラムに悪魔と人間が混在していることです。最悪、囚われた現地人の人々が人質にされる可能性も否定できません」
「……あの連中に、悪魔より現地人を優先させるってことか?」
「今回は、悪魔を狩るよりその方が実入りが良い、そういう状況です。1パーティ当たりの人数制限もありますし、無理して人々を集めるという動きも少ないでしょう」
つまり、あのクエストそのものが抑止力になるということか。
だが、それだけで上手いこと動かすことができるだろうか。
そんな俺の考えを読み取ったのだろう、アルトリウスは小さく笑いながら声を上げる。
「ペガサスを配備した高玉さんの部隊に、上空からの観測手の仕事を果たして貰います。敵の動き、そして人々の位置、その辺りの情報をリアルタイムで掲示板に流していきますので」
「おい、それは……」
「確かに、皆さんの動きの制御はできません。しかし、ある程度動きを操ることは可能です。皆さんには効率よく攻略をして貰い、その戦果を得て貰う。それだけでいいんです」
爽やかな表情でそのような言葉を吐くアルトリウスに、思わず戦慄する。
どうやらこの男、情報とエサで他のプレイヤーを無自覚な配下として扱うつもりのようだ。
彼らは存分に戦果を挙げて満足し、アルトリウス自身は求めていた結果を得る。他のプレイヤーの不満解消まで含めた、一石二鳥の作戦ということだろう。
無論、難易度は高いだろうが……アルトリウスならば、それを成し遂げることだろう。
「……やることは分かった。で、俺には何をさせるつもりだ?」
「いつも通りですよ。クオンさんは悪魔を斬って下さい――現地人保護の報酬は、もう受け取っていますしね」
確かに、俺たちは既にこのクエストをクリアしている。
報酬として教会専用の装備やらアイテムやらを手に入れたが、基本あまり使うものではないのでお蔵入りだった。
ともあれ、そういう状況であるため、確かに俺たちは現地人の救助に動く意義は薄い。
ということは――
「あの街を支配している悪魔のボス格を、爵位悪魔を狙えということか」
「そうなります。正直、どのような悪魔がいるかは分かりませんが……」
「構わんさ、その方が性に合ってるしな」
場所が場所だ、伯爵級の悪魔が存在している可能性もあるだろう。
だが、そんな悪魔がいる中で救出活動を行う場合、誰かしらが囮になる必要がある。それに適任であるのは、間違いなく俺だろう。
こちらとしても、その仕事は望むところだ。強い悪魔がいるならば、是非斬ってみたい。
「爵位悪魔を見つけたら連絡を頼む。伯爵級だったら、流石に一人で殺し切るのは難しいが……子爵級までだったら片付けてやるさ」
「ええ、お願いします。さあ、見えてきましたよ」
視線を上げれば、巨大な都市の外壁が目に入る。
あれが南端の領地の領都であるアイラムか。先日はここまで接近することはできなかったが、成程確かに大きな都市だ。
ベーディンジアの王都には及ばないが、ベルゲンにも近い規模があることだろう。
尤も、ベルゲンは要塞都市であり、防衛設備を含めた上でのあの規模だ。
こちらはそこまで戦闘を見越した形にはなっていない――と言うより、ほぼ戦争を目的とした形状はしていない様子だ。
重要な都市であるというのにそこまで無防備な様子であることは解せないが、今回攻める上では好都合だろう。
あの様子ならば、容易く外壁を突破できるはずだ。いくつか、外壁が崩れている場所も見受けられるしな。
「よし……俺たちは先に行かせて貰うが、構わんか?」
「ええ、どうぞ。こちらも焚きつけますので」
「フン、いい性格をしていることだ。よし、行くぞお前ら!」
アルトリウスの言葉に頷き、合図を送る。
アリスと話していた緋真、そして上空を飛行していたルミナがそれに反応し、移動の準備を開始する。
その様子を確認し、俺はすぐさまセイランに合図を送った。
俺の指示を受けて力強く地を蹴ったセイランは、翼を羽ばたかせてあっという間に空中へと駆け上がる。
風が頬を撫でていく中、開けた視界に映るのは、荒廃した都市の様相だ。
「……酷いですね。ベルゲンほどじゃないですけど……」
「あれはヴェルンリードが暴れたからだがな。こちらは、必要以上の破壊はしていないようにも見える」
外壁が一部破壊され、内部の建物も倒壊している様子が見受けられる。
だが、それでも壊れている建物の数はそれほど多くはない。
生活の痕跡も、ある程度は見受けられる状況だ。
尤も――街中を闊歩しているのは、人間ではなく悪魔共であるようだったが。
「チッ……」
舌打ちを零し、悪魔共を睨みつける。
だが、奴らは俺が狙うべき獲物ではない。探すべきはもっと大物――街の奥にいるであろう、爵位悪魔だ。
眼下に広がる光景には、悪魔だけではなく、確かに人間の姿も見受けられる。
話に聞いていただけでは正直あまり信じられなかったが、悪魔共は確かに人間を殺さずに支配しているようだ。
尤も、一部血痕の痕跡が見て取れることから、全く殺されていないというわけでもなさそうだが。
「悪魔共め、何を企んでやがる……?」
未だ、悪魔共の意図は掴めない。
何故、人間を殺さずに置いているのか。奴らは労働力など必要としないであろう。それだけならレッサーデーモンにでもさせた方がよほど効率的だ。
こうして上空から見る限りでは、人々は悪魔に怯えた様子ではあるものの、ある程度普通の生活を送っているようだ。
ますます理解不能であるが……とりあえず、救出できる人々の数は多そうだ。
と――
「っ、先生、あそこ!」
「どこだ、何があった?」
突如として、緋真が若干焦った様子で声を上げる。
その様子に眉根を寄せつつ、指差す方向へと視線を向ければ、そこには妙な光景が広がっていた。
そこに設置されていたのは、木で作られた台座――遠目から見れば舞台のような代物だ。
その上に立っていたのは悪魔と、それに相対する人間。
悪魔と相対したその男は、剣を手に挑みかかろうとしている。だが、その構えは随分と逃げ腰で、武器の扱いに慣れていないことが見て取れた。
剣闘奴隷の真似事か、或いはただの公開処刑か。何にせよ、碌なものでないことは確かだ。
であれば――
「セイランッ!」
「ケエェッ!」
俺の命令に従い、セイランは一気に急降下する。
その背の上で、俺は鐙から足を外して膝立ちになり――セイランが悪魔に体当たりを決めた瞬間、その背を蹴って勢いを殺し、舞台の上に体を回転させながら着地した。
そして、餓狼丸を抜きながら立ち上がり、宣言するように告げる。
「――さあ来い、悪魔共。貴様らの下らぬ企みと同じだけ、その首を並べてやろう」





