210:悪魔による拉致
悪魔、およびそれに連れられた人々の背後に回り込むように移動し、そのまま気づかれぬように地上に降り立つ。
ただし、ルミナとセイランはそのまま上空で待機だ。セイランの巨体は森の中では動きづらいし、ここは伏兵として上空にいて貰った方が良いだろう。
ルミナならばまだ動けなくはないが、ルミナの戦闘は派手だ。戦闘が始まってからならばいいが、今はまだ目立ちたくない。
「それじゃ、行ってくるわね」
「ああ、気付かれたらこちらも介入するぞ」
「ええ、よろしく」
特に気負った様子もなく、しかし戦意を昂らせながらアリスは森の中へと姿を消してゆく。
森の中における戦闘は、アリスの独壇場だ。
身を隠す場所が多く、薄暗い森の中は、アリスにとっては非常に有利なフィールドであると言えるだろう。
彼女はまだ成長武器を解放していないが、《隠密行動》を発動して察知しづらい状態となっている。
その姿は、俺でも視覚で捉え続けることは難しい。気配自体は消えていないので、追いかけることはできなくはないのだが。
「しかし……結構な数がいますね。悪魔はともかく、現地人が」
「ふむ。無理やり連れて来られていることに間違いはなさそうだが……本当にどういう状況なんだかな」
「ここに来て、変な行動をする悪魔が増えて来ましたよね。まあ、おかげで今この人たちは死んでないわけですけど」
「良かったと取るか、悪かったと取るかは状況次第だがな。彼らが今生きているのは幸運だが、他に集められた人間がいるとしたら……その状況次第では、良かったとは口が裂けても言えんな」
木の陰に隠れて人々の動きを観察しながら、俺は緋真の言葉に返答する。
悪魔共の目的は不明だ。少なくとも、爵位持ちの悪魔でなければ尋問することもできんし、状況は分からない。
見たところ、この集団の指揮をしているのはデーモンナイトだ。
奴らは制圧できたとしても、尋問しようとすれば爆発して勝手に死んでしまう。情報を得ることは難しいだろう。
少しでも情報を手に入れられれば御の字といった所だ。
「けど、この悪魔……数が少ないですね?」
「この数の人間を連れ出すには、確かにな。戦闘を行った悪魔は別行動をしている可能性が高いか」
「この人たちを助けるだけなら好都合なんですけどねぇ……」
「どれほどの戦力かは分からんな。まあ、今は仕方あるまい」
彼らを助け易いというだけで御の字としておこう。
そんな会話をしている間にも、アリスは最後尾の悪魔に接近したようだ。
状況を確認し、問題ないと判断したのだろう、アリスはすぐさま最後尾を歩いていたデーモンナイトの背中に刃を突き立てた。
元より急所に対する攻撃力の高いアリスの一撃だ。多少レベルが高かったとしても、即死部位を持つデーモンナイトに耐えられるものではない。
そのまま声を上げることもできずに崩れ落ちるデーモンナイト。それに対し、アリスは一瞥もくれることなく次なる標的へと向けて動き出した。
「相変わらず、いい手際だな」
「もう次の相手を刺してますよ。このまま気付かれないなら楽なんですけどね」
「さすがに、人々も気づくだろうからな、ざわつき始めれば悪魔共も気づくだろうよ」
最後尾の悪魔はともかく、横合いにいる悪魔を殺せば現地人たちも気づく。
実際、横にいた悪魔が突然倒れたことに気づいた人々がざわつき始めているようだ。
仕方のないこととは言え、徐々に厄介な状況となっていくことだろう。
「移動するぞ、奴らの前を取る……遅れるなよ」
「了解です」
歩法――間碧。
木々の間を滑るように移動しながら、人々の列を迂回する。
その間にもアリスは順番に悪魔の心臓を背後から一突きにしていくが、徐々に敵に察知され始めているようだ。
悪魔共が警戒するように動き始め――けれど、まだアリスの姿は捉えられていない。
アリスならばまだ暗殺も可能だろうが、そろそろ動きづらくなってくるころだろう。であれば――
「仕掛けるぞ」
「はい、分かりました!」
歩法――烈震。
木々の間から、一気に飛び出す。
構える切っ先は、周囲の状況を探ろうと視線を巡らせていたデーモンナイトへと向ける。
柔らかい地を陥没させる勢いで蹴り、即座にデーモンナイトへと肉薄する。
斬法――剛の型、穿牙。
突き出した切っ先はこちらの姿に気づいたデーモンナイトの喉へと突き刺さり、首の裏側まで貫通する。
驚愕に目を見開いたデーモンナイトと視線が合い、思わず口角を吊り上げる。
そのまま、抉り抜くように刃を振り抜き、首を半ばまで断ち斬られたデーモンナイトは緑の血を撒き散らしながら枯葉の上に崩れ落ちた。
周囲の人々は、突然の惨劇に悲鳴を上げながら距離を取ろうとする。惨殺の現場を見せてしまったのは申し訳ないが、今は説明をしている暇はない。
「緋真!」
「はいッ!」
俺の姿に気づいた別のデーモンナイトは、こちらに攻撃しようと手を向ける。
だが、その瞬間に踏み込んだ緋真がデーモンナイトの腕を斬り落とし、更に返す刃がその心臓を貫いた。
相手の出鼻は潰せたが、これで悪魔共もこちらの存在に気が付いたようだ。
数体は潰せたが、それでもまだデーモンナイトたちは存在する。
奴らが魔法を使って暴れ始めるのは危険だ。であれば――
「光の槍よっ!」
「ケエエエエエエエエッ」
上空から飛来した光の槍が悪魔共を貫き、怯んだ悪魔共を上空から飛来したセイランが叩き潰す。
突如として現れたセイランの姿に、周囲は一気に混乱に陥った。
距離を置こうと混乱する人々に、それを押し留めようとする悪魔。
そうやって混乱する状況の中、水を得た魚のようにアリスは躍動する。
意識を背けた悪魔に刃を突き立て、そのまま人々の間をすり抜けるように駆け抜ける。
あちらは任せておけばいいだろう。後は――
「しッ!」
動き出そうとする悪魔の出鼻を挫くように刃を振るう。
相手が爵位悪魔ならばまだしも、デーモンナイトならば斬ることに苦労はしない。
こちらの攻撃を受け止めようとした刃を下から掬い上げるように弾き、仰け反ったデーモンナイトへと摺り足で一歩を踏み出す。
そして、それと共に強く地を踏みしめ、胴から体を捻り刃を振り下ろした。
反転した刃はデーモンナイトの体を袈裟懸けに斬り裂く。緑の血が噴出し、木々や枯葉を染め上げて、直後に黒い塵となって消滅する。
「《練命剣》――【命輝一陣】!」
悪魔の消滅を見届けることなく、俺は反転しながら刃を振るう。
飛び出した生命力の刃は、木の向こう側にいた悪魔を木ごと両断した。
そして倒れてくる木に隠れるようにしながら緋真が走り、こちらへと向かって来ようとする悪魔に横合いから奇襲を仕掛ける。
後方にいた悪魔たちはアリスによる暗殺と、飛来したルミナの刃によって斬り伏せられている。
その反対側にいた悪魔はまとめてセイランに蹂躙されていることであるし、どうやら問題なく片付けることができたようだ。
「ふぅ……さて」
息を吐き出して刃を降ろし、怯えた様子で固まっている人々の方へと視線を向ける。
状況がつかめていない彼らは、すっかりと怯え切ってしまっているようだ。
まあ、突然襲撃を仕掛けた訳であるし、そんな反応も仕方のないことではあるだろう。
特に、セイランはテイムモンスターとは言え、グリフォンであることに変わりはない。突然巨体を持つ魔物が現れれば驚くのも仕方のない話だ。
さて、そうなるとどうやって彼らを落ち着かせたものか。しばし考えて、思いついたのは先ほどの街と同じ方法であった。
「あー……驚かせてすまない。我々は君たちの救助に来た、異邦人の者だ。あそこのグリフォンは俺のテイムモンスターだから危険はない」
言いつつ、俺は取り出したアドミナ教の聖印を見せつける。
それを目にした瞬間、彼らは大きく目を見開き、それから安堵の吐息を吐き出した。
相変わらず、ここの国の人々はこの聖印に対する信頼度がちょっとおかしい気がするが……まあいいか。話が通じるのであれば問題はない。
「とりあえず、この場は危険だ。カミトの街まで移動するが……歩けるか?」
「え、ええ……少々遠いですが」
「悪いが、今の所そこ以外に安全な場所を知らないんだ。そこまでは俺たちが護衛する」
彼らの数は百人には満たないが、それでも数十人もの数がいる。
この数を護衛するのは難しいが、この場に放置するわけにもいかない。
今の所、あの街以外に安全な場所は発見できていないし、逆戻りするしかないだろう。
とりあえず、まずは街道に出ねばなるまい。悪魔は出没するが、それでも敵と出没する確率は大幅に減る。少しでも遭遇戦は減らさねばならないだろう。
「セイラン、上空から見張れ。仕留め切る必要はない、追い払うだけでも十分だ。ルミナ、お前は敵を発見したら俺に知らせろ」
「クェ」
「分かりました、お父様」
俺の言葉に頷いたルミナとセイランは、再び上空へ駆け上がる。
敵の動きを先に察知出来れば、対応することも可能だろう。
ともあれ、俺は集中は途切れさせぬようにしながら、街道に出るために歩き始めた現地人の青年に声を掛けた。
「それで、一体何があったんだ? 悪魔共が人間を集めて何をしている?」
「いや……我々には分かりません。突如として悪魔が村を襲ってきて……応戦した者は皆殺されました。生き残った我々は、こうして連れ出されて……」
「拉致されていた、と。この方角だと、向かい先はアイラムか」
「恐らくは……」
俺の言葉に、青年は眉根を寄せながら首肯する。
戦った人間は殺しつつも、他の人間は殺さなかった――それ自体は分からなくはないが、悪魔の行動と考えると不自然だ。
奴らは人間の存在するエネルギーを得ることが目的のはず。そうである以上、奴らが人間を生かす理由など無いはずだ。
だが現実として、この人々は殺されることなく拉致され、アイラムの街に集められようとしていた。
悪魔共は、一体何をしようとしているのか。
(……現状、判断に足る情報は無いか)
まだ悪魔共が何をしようとしていたのかは分からない。
だが何にしろ、俺たちにとって都合のいい話ではないだろう。
さっさと思惑を潰してやりたい所ではあるが、正直な所手が足りない。
やはり、アルトリウスの手は必要だろう。
「連絡を入れておくか……さっさとこっちに来てくれればいいんだがな」
アルトリウスはそれなりに多忙だ。
ベーディンジアの混乱もまだ収まっていないというのに、果たしてすぐにこちらに合流できるのやら。
俺は小さく溜め息を吐き出して、森の中から抜けるために歩を進める。
何はともあれ、まずはこの人々を無事に街まで送り届けなくてはならないのだから。





