201:二つの成長武器
『《回復適性》のスキルレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《セイラン》のレベルが上昇しました』
ベルゲンを出て北上し、数戦。
新しい武器の試しではあったが、それだけで、セイランとアリスのレベルが上昇していた。
イベントの完了で経験値はすべて反映されていた筈だが、それでも結構な量を溜め込んでいたようだ。
「調子はどんなもんだ?」
「やっぱり、★1だと攻撃力が低いですね。まあ、魔法があるから何とかなりますけど……それはそれとして、本当に扱い易いです。これが重國の刀なんですね」
「私はあまり気にならないわね。急所を突く分には、攻撃力の不足はそこまで問題にならないし」
「こちらは好調です、お父様。この刀のこと、とても気に入りました」
どうやら、新しい武器は彼女たちにも好評であるらしい。
ちなみに、セイランが走る速さは確かに以前よりも増していた。
翡翠飾りからの交換であるため、そこまで大きな差を感じる訳ではないのだが、初めて翡翠飾りを装備した時と同じ程度の速度の差は感じた。
素の状態と比較すれば、それなりの速度向上になっていることだろう。
尤も、当のセイランはあまり気にした様子もなく、いつも通り暴れまわっていた訳なのだが。
「さてと……次辺り、解放を試してみるか?」
「そうですね。★1ならすぐに経験値も溜まっちゃってますし……一回使っても、ミリエスタに着くまでに溜まり切りますよ」
「私も興味あるし、一度ぐらい使っておこうかしら」
どうやら、二人とも成長武器の性能には興味津々であるようだ。
まあ、俺の餓狼丸のように扱い辛い能力というわけでもないし、もうちょっと気軽に扱える性能である筈だ。
普段からどの程度使うかは分からないが、その詳細を確かめておくに越したことはない。
そうこうしている内に現れたのは、既に慣れ親しんだグルーラントレーヴェたちだ。
街道沿いに進んでいると他の魔物が出現する確率も高く、今の所は連続撃破によるアルグマインレーヴェの出現には至っていない。
こいつらならば既に嫌というほど戦ったわけであるし、事故が起こる確率も低いだろう。
「よし、それじゃあ私から行きますね」
現れた魔物の姿に、緋真は薄っすらと笑みを浮かべながら前に出る。
戦意に燃える、僅かながらに歪んだ笑み――成程、いい表情をするようになってきたものだ。
そんな俺の感想を知ってか知らずか、緋真はどこか楽しげな様子で刀を、紅蓮舞姫を構える。
そしてその口から唱えられるのは、刃の秘めた力を解放するためのトリガーだ。
「焦天に咲け――『紅蓮舞姫』!」
紅蓮舞姫の限定解放スキル、《緋炎散華》。それを発動した刹那、緋真の体が燃え上がった。
否――紅蓮舞姫の刀身、そしてそれを構える緋真の腕までが炎に包まれたのだ。
その現象に、緋真は一瞬驚いたように体を硬直させる。
だが、それも一瞬。それが己を傷つけるものではないと理解した緋真は、すぐさま敵へと向けて踏み込んだ。
「ふ……ッ!」
縮地で踏み込んだ緋真は、そのまま横薙ぎに刃を振るう。
その軌跡をなぞる様に炎が中空を走り、炎を警戒するグルーラントレーヴェの体を斬り裂いた。
★1であるため、攻撃力自体はまだ高くはない。
だが確かに、先程までより大きく攻撃力が上昇しているようだ。
恐らく、攻撃属性が炎の魔法になったことによって、《火属性大強化》のスキルの効果が乗っているのだろう。
これからスキルが育っていくこと、武器が育っていくことを考えると、解放中の緋真の攻撃力は今後大きく上昇していくことだろう。
グルーラントレーヴェの横を通り抜けながらその身を斬り裂いた緋真は、即座に反転して刃を上段に構える。
今回手に入れた能力は、ただ成長武器を解放するだけではないのだ。
「――【緋牡丹】!」
炎を纏う刃は一直線に振り下ろされ――その刃が食い込んだ瞬間、周囲に発生した炎が一斉にグルーラントレーヴェの体へと収束した。
そして、一瞬だけその身を焼いたのち、大きな爆発を発生させる。
あれが解放中のみ使用できるスキル、ということだろう。どうやら、中々に高い威力を有しているらしく、グルーラントレーヴェはその一撃で消し飛んでいた。
★1とはいえ、この威力は大したものだ。今後強化されていくことを考えると、かなりの期待が持てる。
「さて……それじゃ、私も行ってくるわ」
「ああ、そっちの方が良く分からん効果だったからな、しっかり確かめてくれ」
「了解よ。じゃあ――闇夜に刻め、『ネメ』」
ネメの闇刃の限定解放スキル、《暗夜の殺刃》。
何とも物騒な名ではあるが、成長武器の解放であればかなり強力な効果であろう。
それを発動した瞬間、アリスの全身は黒い靄のようなものに包まれた。
「あら、これは……」
「また、不思議な姿になったものだな」
「ふーん……あら、姿がブレてる?」
「それが幻影とやらじゃないのか? 移動していないから同じ場所に表示されているだけだろう」
「ああ、そう言えばそんな効果だったわね」
確か、5秒に一回、1秒前にいた場所に幻影を発生させるんだったか。
今は移動していないから、アリス自身と幻影が重なって表示されているのだろう。
黒い靄を纏うアリスの姿は、目の前にいるというのに随分と存在感が薄い。
普通に立っているだけだというのに、また随分と面白い効果だ。
「ふぅん……とりあえず、試してみるわ」
呟いて、アリスは前に踏み出す。
その踏み込みには音が発生しない。どうやら、足音を小さくする効果もあるようだ。
暗殺には持って来いの効果であるが……気づかれていない相手に対する攻撃力が大きく上昇するという効果もあるし、果たしてどの程度威力が上がっていることやら。
まあアリスの場合、そもそも暗殺の時点でほぼ即死させているため、この辺りの相手にはあまり効果を実感できないかもしれないが。
影を纏って駆け出したアリスは、更に《隠密行動》のスキルを発動させて存在感を消す。
そのまま回り込むように移動したアリスは、背後からグルーラントレーヴェに刃を突き刺した。
瞬間、ライオンの体はびくりと震え、そのままその場に倒れ伏す。
急所への一撃ではなかったが、どうやらそれだけで殺し切れる威力であったようだ。
その間にも緋真は刃を振るい、次々とグルーラントレーヴェたちを仕留めていく。
【緋牡丹】は最初の一度以外は使っていない所を見ると、どうやら連発できるものではないようだ。
【命輝一陣】などと同じように、そこそこのクールタイムがあるということだろう。
「お姉様たち凄いですね、まだ攻撃力が低い状態なのに。強化されたらさらに強くなるんですね」
「そうだな。緋真の解放スキルの説明を見た感じ、レベルが上がるごとに【緋牡丹】のようなスキルが増えそうな気配もあるし、期待できそうだ」
今は【緋牡丹】しかないため連発できないが、あれが増えれば戦い方も変わってくるだろう。
アルトリウスのコールブランドのような純粋強化、俺の餓狼丸のような搦め手――緋真の紅蓮舞姫は、その中間にあるような武器だと言えるだろう。
アリスについては更なる例外だ。あれは特化型と言うべき強化である。
まあ、例も何も、まだ成長武器の例が少なすぎるのだが。
そうこうしている内に、緋真たちはグルーラントレーヴェの群れを片付け終わっていた。
それと共に、二人の体を覆っていた炎や影が消え去る。その状態で己の武器を見下ろしている二人に、俺は軽く笑みを浮かべながら声を掛けた。
「扱ってみた感想はどうだ?」
「いい感じですよ。結構火力も上がってますし、武器の強化ができればかなり期待できますね」
「こっちの火力は正直あんまり気にならないのだけど……この影の効果は面白いわね。物陰も使わずに接近したのに、全然気づかれなかったわ」
どうやら、十分に手応えはあったようだ。
この調子ならば、今後も十分扱えるだろう。★3まで強化すれば、現段階においても十分切り札としての運用ができるはずだ。
「よし、扱えそうならば問題はない。ミリエスタまで行ったら石碑を使ってベルゲンに戻り、成長武器を強化するぞ。アドミスに行くまでに★3にはしとかんとな」
「そこまで急がなくてもいいんじゃ……と言いたいところだけど、次の国に行くのにボスを倒さないといけないのよね」
「だな。もしかしたらアルトリウスの所でもう挑んでいるかもしれんが」
現状、どのようなボスが道を塞いでいるのかは不明だ。
今の所ボスを倒したというアナウンスは流れていないし、仮に『キャメロット』が挑んでいたとしてもまだ倒されてはいないのだろうが……さて、果たして何が待ち受けていることやら。
だがどのような敵であれ、北にはさらに強大な悪魔が待ち構えていることは間違いない。
可能な限りの強化を行っておくべきだろう。
「とりあえず、ミリエスタには『キャメロット』の連中がいるんだろう? 話を聞くぐらいはできるだろうさ」
「ですね、情報は集めておきましょうか。それに……先生、もうそろそろレベル50ですしね」
「ここの所強敵とばかり戦っていたから、上がるのが速いわね」
アリスの言葉を否定しきれず、苦笑を零す。
カイザーレーヴェや爵位悪魔など、最近は強敵ばかりと戦っていた。
レベル50になれば新たなスキル枠も増えるし、プラチナスキルオーブで取得するスキルも考えておいた方が良いだろう。
まあ、前回から変わっていないのであれば、取りたいスキルもあまりあるわけではないのだが。
例の《宣誓》とやらも少々気になるが、さて何を取ったものか。
「……ま、スキルの追加については追々だな。経験値を溜められたら、さっさとミリエスタまで行ってしまおう」
「はーい。じゃ、その辺の敵を探してきましょうか。経験値溜め切ったら騎獣で移動しちゃいましょう」
緋真の言葉に頷き、街道から外れて歩き出す。
新たなスキル、成長武器の強化――どちらも楽しみだ。
北のボスに会う前に、万全の態勢を整えておくこととしよう。





