196:駆ける騎兵たち その17
嵐の防壁を突破して、ヴェルンリードへと接近する。
同時、ヴェルンリードはこちらを尻尾で薙ぎ払いつつ、前方にいる防御部隊へと向けて宝石化の呪いを放ち始めた。
対し、こちらはヴェルンリードの背へと鉤縄を放ち、大きく跳躍する。
鱗があるため、引っかかる場所は多い。思い切り鉤縄を引くと共に強く地を蹴り、俺は振るわれた尻尾を回避しながらヴェルンリードの背へと跳び乗った。
一方、第三の瞳からの光線を受け止めている防御部隊は、どうやらその影響を受けてしまっているらしい。
何かのスキルかステータスか、一応一瞬で宝石と化すというほどの効果は無いようであるが、それでも体が徐々に宝石へと変化してきてしまっている。
支援部隊の魔法によって同時に解除が進められているようであるが、やはり宝石化するスピードの方が早い。
このままでは、彼らも宝石の像と化してしまうことだろう。
故に――
「しッ!」
ヴェルンリードの背中に着地した俺は、そのまま背中を蹴って奴の頭へと向けて駆ける。
奴も俺が背中に乗ったことに気づいたのか、体を震わせて振り落とそうとするが、それに合わせて跳躍することで振動を回避した。
当然、犬のように体を振れば瞳の照準もズレる。防御部隊を宝石に変えようとしていたその光線も、あらぬ方向へとズレて地面をエメラルドへと変化させた。
それを見届けながら、俺はヴェルンリードの翼の付け根を蹴って更に奴の頭へと接近する。
奴も俺を振り落とせなかったことに気づいたのだろう、長い首を捻ってこちらを睥睨し、魔法を放とうとする。
だが、それだけの時間があるならば、首に肉薄することは十分に可能だ。
「《練命剣》、【命輝閃】ッ!」
振るう刃を、首の根元へと叩き付ける。
完全に黒く染まり切った餓狼丸は、ヴェルンリードの長い首に確かな斬り傷を与えていた。
断つには到底至らない傷であるが、それでも十分にダメージは与えられている。
しかし、ヴェルンリードは首にダメージを受けたことで反射的に体を振るい、俺を振り落とそうと暴れ出した。
流石に、この状況で奴の上に留まり続けることは不可能だ。俺は素直にヴェルンリードの背中を蹴って、上空へと跳躍した。
同時、空から飛来した気配が、俺の上げていた左腕を掴んで持ち上げる。
「また派手にやってるわね。解毒薬はいる?」
「頼む。流石に、あの状況では血を避けられなかったからな」
俺を掴んだのはセイランであり、その背に乗っていたのは、ベルゲンの街から連れ出されたアリスであった。
セイランから離脱する前、俺は彼女を回収するようセイランに命じていたのだ。
アリスは別に死に戻った訳ではないため、デスペナルティを受けているということも無い。
戦線への復帰を果たしたアリスへとパーティ申請を送りつつ、俺はセイランの腕を伝ってその背中まで移動した。
ついでにアリスから解毒薬を受け取って毒状態を回復しつつ、眼下の様子を観察する。
俺を引きはがすことに成功したヴェルンリードであるが、その周囲にはプレイヤーたちが集まりつつある。
特に目立つ動きをしているのは、やはり『キャメロット』の面々だ。
ディーンとデューラック、そして黄金に輝く聖剣を掲げるアルトリウス。
彼らは暴れまわるヴェルンリードが落ち着く瞬間を見計らい、一斉攻撃を開始した。
ちなみに、足並みを揃えられていないプレイヤーの幾人かは、暴れるヴェルンリードに踏み潰されて死に戻っていた。
「そろそろ、一本目のHPが無くなるわね」
「何か変わるのか?」
「さあ? ただ、こういうボスの場合、何かしら強化されることが多いわね」
アリスの言葉に視線を細め、俺はセイランを動かす。
何かしらの攻撃を仕掛けてくるのであれば、まずは状況を観察しなければならない。
その間にも地上のプレイヤーたちは攻撃を続け、そのHPを削り切る前にアルトリウスたちは退避する。
どうやら、同じように状態の変化を警戒しているようだ。
だが、そのセオリーを理解していない一部のプレイヤーは、気にすることなく攻撃を続け――
『ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!』
刹那、ヴェルンリードの全身から膨大な魔力が迸った。
放出された力は竜巻と化し、周囲を纏めて蹂躙する。
距離を取っていたアルトリウスたちは巻き込まれなかったようであるが、退避しなかったプレイヤーはまとめて上空に投げ出されてしまった。
それに関してはどうしようもない。それよりも気にするべきは、ヴェルンリードから放出されている膨大な魔力だ。
空中に放出されたヴェルンリードの魔力は、竜巻の渦の中で三つの点に収束する。
砂埃を巻き上げていた竜巻は、やがてゆっくりと収まり――姿を現したのは、三体の人間の姿をしたヴェルンリードだった。
「な……っ!?」
「ちょっと、そんなのアリ?」
地上には未だ、竜の姿をしたヴェルンリードが存在している。
つまり、現在ヴェルンリードは四体存在しているということだ。
尤も、それら全てが本物というわけではない。ベルゲンを奪還する際にも姿を現した、分身を形成する魔法だろう。
あの時に斬った感触から、あの分身は本体ほどの強度が無いことは分かっている。
だが、使える魔法に変わりがあるわけではない。あの数で魔法を連射されれば、戦線が崩れることもあり得るだろう。
「チッ……アリス、仕事のようだぞ?」
「勘弁して欲しいわね……とりあえず、降りるとしましょうか」
セイランを操って地上へと戻り、増えたヴェルンリードの様子を観察する。
ヴェルンリードの分身はゆっくりと行動を開始し――それぞれがいくつもの魔法陣を展開した。
どうやら、奴らはまだ防御部隊による誘引の効果を受けていないらしい。
厄介なのは、内一体が俺に対して意識を向けていることだ。
他を見向きもせずこちらに視線を向けている辺り、随分と奴の恨みを買ってしまったことが窺える。
「アリス、頼む。ここから先は、他を気にしている余裕はなさそうだ」
「……どうするの?」
「掻い潜って本体を斬る。分身を倒したとして、また出せたとしたら鼬ごっこだ」
「あんなとんでもないものを無制限に増やせるとは思えないけど……それでジリ貧になったら元も子もないものね。分かったわ」
「お前さんも、上手くやれよ」
まあ、彼女の場合は態々言うまでもないだろうが。
セイランも自由行動とし、二人が離れていく気配を感じながら静かに構える。
アルトリウスたちもこの事態に対処しようとしているのだろうが、今はそれに視線を向けている余裕もない。
ヴェルンリードの分身体は、ゆっくりとこちらへ魔法陣を向け――その瞬間、俺の視界はモノクロに染まった。
久遠神通流合戦礼法――風の勢、白影。
飛来する魔法の全てを回避し、駆ける。
降りてきている奴もいるが、俺を狙っているのは空中にいる分身体だ。
排除することが難しい以上、今は無視して本体を狙うのみ。
「『生奪』」
歩法――烈震。
強く地を蹴り、背後で魔法が着弾する気配を感じながらヴェルンリードの本体へと吶喊する。
ヴェルンリード本体については未だに防御部隊の誘引が効いているため、俺に対する注意は散漫だ。
尤も、上にいる分身が魔法を連射してくるため、安心できるというわけではないのだが。
範囲魔法だけは《蒐魂剣》で斬り裂いて本体に接近、その腹の下に潜り込む形で刃を振るう。
蜻蛉の構えから振るった刃はヴェルンリードの腹部を傷つけ、緑の血を滴らせた。
移動しながらであるため血そのものの回避は可能、そのままヴェルンリードの右前足へと向かう。
だが、視界の端に見えた存在に、俺は舌打ちと共に地を踏みしめた。
(コイツの下にいれば魔法は撃たれないかと思ったが、流石に甘かったか)
歩法――陽炎。
頭上から滴る血、そして横に展開された魔法陣から放たれた雷光。
それらを緩急をつけて回避しながら、尚も前進。
前足が地に突いたタイミングを狙い、大きく刃を旋回させる。
「『生奪』」
斬法――剛の型、輪旋。
遠心力で勢いを増した切っ先は、地を踏みしめ踏ん張ろうとしているヴェルンリードの足に傷を付ける。
体を支えようとしたタイミングでの痛みにヴェルンリードの巨体は揺れ、頭の位置は僅かに下がった。
だが、まだ攻撃するには位置が高いが――
「先生ッ!」
視界に、緋真の姿が映る。
白影を使っている今、あいつの言葉の意味を理解することはできないが、それでも俺に呼び掛けていることだけは理解できた。
そして、体を回転させるようにしながら捻り、縮めたその姿に、俺は言わんとしていることを理解して緋真へと向けて駆ける。
緋真が俺の方を見ながら繰り出したのは、大きく開脚して放つ柱衝だ。
緋真が天へと向けて突き出してきた蹴り足に、己の足を合わせて後ろ宙返りをするように跳躍する。
逆さになった視界に映るのは、斜めに体勢を崩したヴェルンリードだ。
「そこッ!」
その首を目がけ、俺はインベントリから取り出した二本の小瓶を投げつけた。
傷がついていない方の首へと命中した二つの小瓶は割れ、中に入っていた液体をぶちまける。
瞬間、奴の首筋からは煙が立ち上った。嗅覚が生きていれば、強い刺激臭が漂ってきたことだろう。
『ガアアアアアアアアアアアアッ!?』
それを受けて、ヴェルンリードは巨大な悲鳴を上げる。
無理も無いだろう。あれは、女王蟻の体液から生成された腐食毒。
あらゆるものを溶かす強力な酸だ。ヴェルンリードの頑強な鱗とて、十分に通用する効果であろう。
「《蒐魂剣》、【因果応報】」
同時、空中で体を捻って刃を振るう。
上空から魔法を放ってきた分身の一撃を吸収、次いで反射するように撃ち出し、空中の相手を牽制する。
そのまま体勢を整えて着地し、再びヴェルンリード本体の後ろに回り込むように走り出す。
これで準備は整った。後は、最後の機会までの布石を積み上げるだけだ。





