194:駆ける騎兵たち その15
街から飛来した遠距離用の矢、魔法、そして恐らくはエレノアたちが用意したであろうバリスタ。
それらは嵐の護りを失ったヴェルンリードへと殺到し、その身を叩いて行く。
距離があるため強靭な鱗を貫くには至っていないが、それでも多少のダメージは与えられているようだ。
特に、穴を空けられた翼に対してはそれなりにダメージが通っているようであり、ヴェルンリードは空中でぐらりとバランスを崩す。
「セイラン!」
「クェエ!」
それを確認し、俺は即座にセイランに上昇を命じる。
ヴェルンリードは俺のことを視線で追いつつも、こちらに対して攻撃を行う余裕はないようだ。
俺はプレイヤーたちの攻撃に巻き込まれないようにしながら上昇し、刃を振るう。
「《練命剣》――【命輝閃】!」
『ガアアアアッ!?』
狙うのはもう一方の翼。
流石に一撃で翼を破壊するには至らないが、それでもヴェルンリードはぐらりとバランスを崩した。
そのままヴェルンリードの背後を上昇したセイランは、奴の頭上で宙返りしつつ風を纏って、その頭へと強靭な前足を叩きつける。
純粋な攻撃力についてはトップクラスのセイランの一撃に、ヴェルンリードの体はぐらりと揺れ――その瞬間、巨大な翼に太い矢と、バリスタから放たれた槍が突き刺さった。
その衝撃で完全に体勢を崩したヴェルンリードは、そのまま地面へと向けて墜落してゆく。
「よし……ここからが本番だ。降りるぞ」
「ケエエッ!」
まずは第一目標を達成できた。ここからは地上戦だ――存分に斬るとしよう。
セイランへと命じ、ヴェルンリードを追うように地上へと一気に降下する。
振りかざす刃は餓狼丸――ミリエスタでは控えていた、成長武器の解放を発動する。
「貪り喰らえ――『餓狼丸』ッ!」
本来であれば他のプレイヤーのいる場所では使いづらいのだが、ヴェルンリード相手にはそうも言っていられない。
地面に激突したヴェルンリードであるが、奴のHPは殆ど減ってはいない。
バジリスクの姿と化したこのヴェルンリード相手には、出し惜しみなどしている余裕はないのだ。
「『生魔』!」
滑るように着地したセイランは、そのまま地を蹴ってヴェルンリードへと向けて疾走する。
奴は起き上がって体勢を整えつつあるが、まだこちらの動きを捉えられてはいない。
俺は即座にヴェルンリードへと接近し、その足へと刃を振り抜いた。
だが――
「ッ――!」
『魔剣使いィ!』
俺の一閃は、ヴェルンリードの足に僅かな傷を付けるだけに終わる。
今の状態では、コイツに有効なダメージを与えることはできない。
餓狼丸の吸収が進めば変わるだろうが、現状ではどうしようもない。
俺たちを振り払うように放たれた横薙ぎの一撃を回避しながら、ヴェルンリードの背後へと移動する。
瞬間、こちらへと振り下ろされたのは奴の尻尾だった。
「セイランッ!」
「ケェッ!」
セイランは強く地を蹴り、叩き潰そうと迫る尻尾を回避する。
それと共にセイランの背から飛び降りた俺は、叩きつけられた尻尾の上に着地し、そのまま体の上へと向けて駆け上がった。
打法――槌脚。
振り下ろした足より叩き付けた衝撃で、ヴェルンリードは僅かに怯む。
だが、やはり大したダメージにはなっていない。
《化身解放》を持つ伯爵級を相手には、この程度ではダメージを与えられないということか。
やはり、強化された餓狼丸が必要か――
『ふざけるなァ!』
「っとぉ!」
ヴェルンリードが魔力を昂らせる気配に、俺は跳躍してこいつの背から飛び降りる。
迫る風の刃は《蒐魂剣》で斬り裂きつつも着地し、改めて刀を構え直す。
こいつは元々魔法に特化したタイプの敵であったが、今はその肉体だけで十分に接近戦をこなせてしまっている。
非常に厄介極まりない。奴はただ、その強靭な肉体を振り回すだけで、俺たちを容易く仕留められるのだ。
だが、だからこそ――
「来いよ、トカゲ女。あの時のように、自慢のその目を斬り裂いてやろうか?」
『ほざけええええええええええッ!』
ヴェルンリードの纏う嵐が拡大する。
地を捲り上げ、雷を降り注がせるそれに、俺は嗤いながら《蒐魂剣》を振り抜いた。
総てを消し切るには至らず、ほんの僅かな空白地帯を作るのみであったが、それでも十分すぎる。
俺は僅かに開いた安全地帯へと突っ込み、ヴェルンリードへと接近する。
歩法――烈震。
「《蒐魂剣》」
斬法――剛の型、穿牙。
《蒐魂剣》を纏いながら突き出す刺突は、まるで強引に穴を空けるように嵐の壁を突破する。
その先にいるのは、殺意に瞳をギラつかせたヴェルンリードだ。
俺一人へと向けられている強大な殺気に、思わず口角が釣り上がるのを感じる。
そうだ、存分に怒り狂え。その感情こそ、俺が常に抱いている炎なのだから。
歩法――陽炎。
急激な減速を交え、進む方向を斜めに捻じ曲げる。
瞬間、俺が通る筈だった場所には翠の閃光が突き刺さり、地面を宝石へと変貌させていた。
相も変わらず恐ろしい効果だ。だが、その射出までにはほんの僅かなタイムラグがある。
空中では回避が難しかったとしても、即座に反応できる地上では対処は容易い。
「『生奪』」
ヴェルンリードの視線を回避しつつ、奴の左前脚に接近。その関節部分へと向けて刃を走らせる。
だが、その一撃は奴の体に接触する前に出現した障壁によって減速し、碌なダメージを与えることはできなかった。
どうやら、この姿になっても尚、あの強力な魔法障壁を纏い続けているようだ。
ヴェルンリードは、腕に接近した俺を振り払うように腕を振り上げ、次いで嵐を纏いながら鉄槌のごとく振り下ろしてくる。
ただでさえ強靭な腕を、《嵐魔法》で強化しているのだ。掠っただけでも消し飛びかねない威力である。
「《蒐魂剣》――【因果応報】」
後方へと跳躍しながら刃を振るう。
ヴェルンリードの前足は俺の眼前の地面を叩き、その腕に纏った風と雷を解放した。
足元から立ち上る魔法からは、本来逃れる術はなかっただろう。
だが、俺の振るった刃は、それを斬り裂いた上で吸収し、刃にその力を纏わせる。
『何っ!?』
「確か……こうだったか!」
かつてオークスが見せたテクニックの使用方法を思い出し、刃を返して振り上げる。
瞬間、餓狼丸の刃からは雷を伴う強烈な暴風が放たれ、ヴェルンリードの顔面へと直撃した。
奴は大きく顔を仰け反らせるも、それほどダメージを受けた様子はない。
とは言え、魔法を返されたのは衝撃だったのか、こちらへと強い警戒心を抱いたようだ。
だが、奴の視線はその瞬間に驚愕へと変わる。
『――――ッ!?』
「遅い」
顔に風が直撃すれば、どうした所で視界は遮られる。
その刹那の内に地を蹴った俺は、再び奴の前足へと接近していたのだ。
振るうのは、全力で生命力を込めた一撃だ。
「《練命剣》――【命輝閃】ッ!」
『グ……ッ!』
斬法――剛の型、白輝。
地を砕かんとするほどの勢いで踏み込み、全力の一閃を叩き付ける。
先ほどの一撃で障壁は破壊しきっていたため、《蒐魂剣》を交える必要はない。
黄金の軌跡を描く一閃は、ヴェルンリードの腕に食い込み――毒々しい緑の血を噴出させる。
それに触れた瞬間に感じた違和感に、俺は思わず舌打ちしながら距離を取った。
「毒の竜……成程、まさにその名の通りって訳か」
体を包む倦怠感。深く呼吸して身体性能を落とさぬよう制御しつつ、インベントリからポーションを取り出す。
だが、そんな俺の反応を読んでいたのか、ヴェルンリードは腕のダメージを無視して俺への追撃を優先した。
舌打ちし、こちらへと撃ち出されようとする魔法へと《蒐魂剣》を構え――それが放たれる直前、上空から飛来した光と炎がヴェルンリードの巨腕を地面へと叩き落した。
それを見ながらポーションを飲み干し、地上に降り立った二人へと声を掛ける。
「遅かったな……まあ、まだまだ始まったばかりだが」
「ええ、全然HPも減ってないですしね。けど、随分面倒な能力ですね」
「だが、刃は通る。ならば殺せる。そら、ここからが本番だ」
ヴェルンリードの傷は、以前と同じように煙を上げながら修復されていく。
だが、その速度はミリエスタの街に魔法陣を敷いていた時よりも明らかに落ちている。
これならば、攻撃を積み重ねていれば倒すことは可能なはずだ。
そして――
「俺たちだけで独占というわけにもいかなくなったようだしな」
背後から馬蹄の音が届き始めている。
整然としたこの音は、恐らくベーディンジアの騎士団によるものだろう。
そして、その後ろからはプレイヤーたちがこちらに殺到してきているはずだ。
ヴェルンリードもそれが見えているのだろう。翠の目を細め、苛立ちの混じったような唸り声を上げている。
そして――
『ルゥォォォォオオオオオオオオオオオオオ!』
大きく息を吸ったヴェルンリードは、まるで遠吠えのように天へと向けて咆哮を発した。
瞬間、晴れていた空は急激に黒く染まり、雷鳴が轟き始める。
……どうやら、この悪魔も全力でこちらと相対するつもりのようだ。
『ただ一匹とて残しはしない――ここで潰えなさい、人間』
「今度こそ、その首を落としてやる……覚悟を決めろ、悪魔」
互いの殺意は交錯し、吹き荒れる風の中で俺は静かに刃を構える。
そして――雷光が周囲を染め上げるのと同時、俺たちはヴェルンリードへと吶喊した。





