192:駆ける騎兵たち その13
「砕け散りなさい!」
「《蒐魂剣》!」
空を裂く雷光が、強大な破壊力を伴って放たれる。
魔法陣によって幾条にも増えたその魔法は、俺たち全員を狙って虚空を駆ける。
飛来した魔法を《蒐魂剣》で斬り裂きながら、俺は思わず舌打ちを零した。
(チッ……拙いな、ジリ貧だ)
ヴェルンリードの魔法は強力だ。
マリンによって全員に防御魔法が張り巡らされているが、それも焼け石に水にしかなっていない。
だが生憎と奴に対して有効なダメージを与えられない――いや、そもそもまともな攻撃もできないのが現状だ。
吹き荒れる風を《蒐魂剣》で散らし、飛来した雷を回避しながら、俺はただひたすらに状況を観察し続ける。
俺と緋真は問題はない。セイランは持ち前の機動力で何とかなっているし、その隙はルミナが埋める形で対処している。
アルトリウスやデューラックも自前の魔法で何とかしており、多少被弾しているディーンたちも未だ健在だ。
だが――それでも、少しずつ削られていることは否定できない。
斬法――剛の型、鐘楼。
ヴェルンリードが放った雷を《蒐魂剣》で斬り裂きながら接近する。
この女がノータイムで放ってくる程度の魔法であれば、《魔技共演》を交えない《蒐魂剣》でも十分に斬り裂くことができるようだ。
接近と共に振り下ろした刃に再び《蒐魂剣》を付与し、奴の纏っていた障壁を斬り裂く。
だが、奴自身に攻撃をすることはできない。回復のために魔力を使われ、それによって宝石にされた住民たちに被害を出す訳にはいかないのだ。
厄介ではあるが、ここは時間稼ぎに徹する他ない。
「《斬魔の剣》!」
「っ……魔剣使いならいざ知らず、その程度のスキルでわたくしの魔法を斬れるとは思わないことです!」
俺に合わせる形で背後からヴェルンリードに迫った緋真であるが、流石に覚えたばかりの《斬魔の剣》ではヴェルンリードの魔法を斬ることはできない。
尤も、緋真もそれは承知の上なのだろう。どちらかと言えば、それは単なる挑発行為であり、奴の意識を逸らすための行動でしかないのだ。
実際、ヴェルンリードは苛立ち交じりに緋真へと向けて風の刃を放ち、それを読んでいた緋真はあっさりと回避して距離を取る。
それに合わせる形で接近した俺は、ヴェルンリードの肩に手を添えた。
打法――流転。
「な――!?」
足を払い、くるりと相手の体を回転させて地面へと叩き付ける。
頭から叩きつければ多少はダメージになるだろうが、背中から落としたため精々呼吸を乱す程度の効果しかないだろう。
だが、今はそれでいい。必要なのは時間稼ぎだけだ。
現状、ヴェルンリードの魔法に対処できるのは三人のみ。魔法を斬れる俺と、挑発して行動を誘発させられる緋真、そして直撃を受けても耐えられるディーンだけだ。
その内、ディーンは魔法を行使しているマリンを護る必要がある。
必然的に、まともに動けるのは俺と緋真だけであるということだ。
だが――
「緋真!」
「はい、先生!」
俺の声掛けに従って、緋真は俺と同じタイミングで後方に跳躍する。
瞬間、ヴェルンリードの身を囲むように竜巻が発生した。これに巻き込まれると、大きく吹き飛ばされることになってしまうだろう。
だが、これを放置すれば奴は空中に浮かび上がろうとするはずだ。
二度も地面に叩き落すことは避けたいため、この魔法もさっさと破壊することとしよう。
「《蒐魂剣》」
暴風の中で立ち上がるヴェルンリードの姿を捉えつつ、横薙ぎに振るった刃が竜巻を霧散させる。
《蒐魂剣》の発動にはMPを使用するが、今は吸収する魔力の量が多いため、俺のMPは全く減っていない。
防御に専念しているため、こちらも攻撃ができない代わりに、あまりダメージも受けていない。
千日手ではあるが、時間を稼ぐことには成功している。
問題は――これがいつまでかかるのかということだ。
今の所、街の中からの増援はここまで届いてはいないが、それも時間の問題だろう。
アリスや高玉がある程度は潰したのであろうが、今はあの二人も動けない。
いつまでも手を拱いていれば、こちらは数で潰されかねない。
消え去った竜巻の向こうから、体勢を立て直したヴェルンリードが手を掲げる。
回避のために体を傾け――その寸前、横合いから飛来した氷の魔法がヴェルンリードの手を弾く。
それによって逸れた魔法が地を穿ち、土煙を上げる。巻き込まれかけた幾人かが体を投げ出して避ける中、それを横目に見ながら、俺は更に奴へと接近した。
打法――影仰。
「がっ!?」
奴の懐に潜り込みながら、掌底にてヴェルンリードの顎を打ち上げる。
詠唱を強制的に途切れさせ、脳を揺らす一撃だが、生憎とそれで気絶するほどかわいらしい生態はしていないようだ。
僅かに仰け反ったこの怪物に、俺は更に肉薄して肩を押し当てる。
打法――破山。
地を踏みしめた衝撃が、肩からヴェルンリードの体へと叩き付けられる。
その衝撃によって後方へと吹き飛んだヴェルンリードを待ち受けるのは、手を前方へと構えた緋真だ。
ヴェルンリードの体を受けとめた緋真は、その勢いを利用して、背負い投げの形で地面へと叩き付けた。
「――《スペルエンハンス》【アイシクルピラー】!」
瞬間、地面から伸びあがった氷が、ヴェルンリードの体を捕らえて封じ込める。
どうやら、スカーレッドの使った氷の魔法であるようだ。
体を氷に封じ込められてはいるが、奴の魔力は未だ健在。程なくして出てくることだろう。
「アルトリウス、他の悪魔は!?」
「まだ来ていません! しかし――」
びしり、と音が響く。
案の定、ヴェルンリードは氷の柱を砕き、外に出ようと魔力を昂らせ――それが砕け散る瞬間、ミリエスタの街から巨大な音が響き渡った。
それは、まるでガラスが砕け散るかのような音。
その音にその場にいた全員が驚く――それこそ、氷の中から這い出してきたヴェルンリードすらも。
「……そんな、馬鹿な。どうやって……何をしたのですか!?」
ヴェルンリードの慌てた様子を見て、理解する。
どうやら、アリスたちが見事に仕事を成し遂げたようだ。
そんな俺たちの耳に、若干焦った様子の高玉の声が届く。
『団長、クオン殿。仕事は果たしたが、こちらに悪魔が殺到してきている。悪いが、一足先にベルゲンに戻らせて貰う』
『こちらも同じく。二人で五体は爵位持ちを仕留めたし、大目に見てよね』
「ありがとうございます、よくやってくれました!」
「ああ、これでようやくだ」
どうやら、二人は先にスクロールで離脱するようだ。
隠密特化のあの二人では、多数の悪魔を同時に相手にすることはできない。ここは素直に帰還して貰うとしよう。
氷は粉砕しつつも呆然とした様子のヴェルンリードは、しばし絶句したままミリエスタの街の街を見つめていた。
何にせよ、これで攻めることができる。アリスたちがいなくなった以上、街中の悪魔共もこちらに殺到してくる可能性は高いが――それまでにこの女を斬る。
「回復できるからと舐めた真似をしているからだ。今度こそテメェを斬る」
「……斬る? この、わたくしを?」
「人質まで取ってこのザマだ。今更覚悟がねぇとは言わせんぞ」
呆然と目を見開いていたヴェルンリードへと一歩足を踏み出し、餓狼丸を解放して――刹那、背筋が粟立つ気配を感じた。
思わず咄嗟に距離を取り、蜻蛉の構えに構えていた太刀を正眼に戻す。
何だ、これは。この妙な圧迫感は一体何だ。この女、一体何をしようとしている?
普段ならば強引に叩き斬る所であるが、この魔力の集中は尋常ではない。
まるで爆発する寸前の爆弾だ。安易に手を出すことが躊躇われるほどの圧迫感に、距離を取って警戒する。
顔を俯かせたヴェルンリードは、ゆっくりと俺たちの方へと振り返る。
その尋常ではない雰囲気に、全員が警戒して距離を取る中、ヴェルンリードはゆっくりと声を上げる。
「はぁ……もういいです。最初からやり直すとしましょうか」
「……何をするつもりだ」
「決まっているでしょう――蹂躙ですよ」
刹那――背筋が凍り付くほどの圧倒的な魔力が、ヴェルンリードの身より放たれた。
その体からあふれ出る翠の魔力。それはヴェルンリードの全身を包み込み、ゆっくりと巨大化していく。
人間ほどの大きさであったはずの体は、四つん這いになりながら見上げるほどの巨体へ。
高さだけで5メートルはあるかというほどの巨体。その姿は――
「ど……ドラゴン?」
「これが……本当の姿だとでも、言うつもりか」
翠色の鱗に身を包んだ、巨大なトカゲ。
より深く、輝くような色の瞳は三つ。先ほどまでの姿とは似ても似つかぬ、紛れもない怪物としての姿。
『これこそが《化身解放》……伯爵級以上の悪魔が持つ、我ら本来の姿を解放する力。他の悪魔共に頼ることはもう止めにするとしましょう――わたくし自身の手で、貴様たちを滅ぼすこととします』
理解する。理解できてしまう。
これは桁が違う。この女は、この悪魔は、これまでの悪魔とは比べ物にならないほどの怪物であると。
瞬間、ヴェルンリードの額にある三つ目の瞳が翠に輝き――
「――【ミラージュ】」
俺たちの脇を、翠の光線が薙ぎ払った。
それが通り過ぎた瞬間、その地面が翠色の宝石――エメラルドへと姿を変える。
その様を目撃して理解した。あの宝石像を作り上げた仕組みは、この能力なのだろう。
だが、今なぜ攻撃を外したのか――その答えを示すかのように、これまでの軽薄さを消したマリンが叫び声を上げる。
「二度は外してくれないぞ、アルトリウス!」
「撤退だ! クオンさん、すぐに!」
「ッ――セイラン!」
どうやら、今の攻撃を逸らしたのはマリンであるらしい。
先ほど言っていた幻術とやらか――そう考えた瞬間、アルトリウスが瞬時に撤退を判断した。
確かに、この化物を短時間で殺し切ることは難しい。そうなれば、街から増援の悪魔が現れるのは間違いないだろう。
この怪物だけならばまだしも、多数の悪魔を相手にする余裕などない。
だが、スクロールを取り出している余裕もない。俺はすぐさま呼び寄せたセイランの背に跳び乗って空へと駆け上った。
他の面々もペガサスで撤退を開始したことを確認して、俺はアルトリウスへと声を掛ける。
「おい、アルトリウス。あれをどうするつもりだ?」
「ここで戦うことは不可能です。だから、ベルゲンまで撤退します……空を飛んで、ですけどね」
眼下では、こちらを見上げるヴェルンリードが翼を羽ばたかせ始めている。
どうやら、空を飛んでこちらを追跡するつもりであるらしい。
こちらを逃がすつもりは無いということか。
「スクロールを使えば一気に帰還できるだろう?」
「ですが、それではヴェルンリードが追ってこない可能性がある。ここでこの悪魔は仕留めます。だから――イベントに参加しているプレイヤー全てを巻き込むんです」
どうやら、アルトリウスはこいつをベルゲンまで誘い出すつもりのようだ。
しかしそうなると――
「コイツをケツに引き連れていくのか?」
「やるしかありませんよ。それに、クオンさんもそのつもりでしょう?」
アルトリウスの言葉に、俺は思わず口角を吊り上げる。
全く、コイツもよく俺のことを理解しているものだ。
「了解だ。やってやろうじゃねぇか」
嵐を纏って飛び上がるヴェルンリードを視界に捉えながら、南へと向けて一気に駆ける。
さて、果たしてどちらが勝つか――ここからが正念場だ。





