191:駆ける騎兵たち その12
ヴェルンリードの障壁を貫いた光の槍は、そのまま奴を地面へと叩き付けるとともに消滅した。
そしてその直後、全ての状況が動き始める。これは、千載一遇のチャンスなのだ。
奴が他の悪魔から切り離され、地に落ちた現状。これを座視する理由などない。
「ルミナ!」
「はい、お父様!」
俺が頭上に手を掲げた瞬間、上から飛来したルミナが手を掴み、俺を空中へと連れ出す。
そしてその瞬間、待っていたと言わんばかりに、セイランは地上へと向けて急降下を開始した。
「ケエエエエエエエエエエエエエエッ!」
セイランは風と雷を身に纏い、大きく振りかぶったその腕を、地面に叩き付けられたヴェルンリードへと振り下ろす。
瞬間――衝撃によって地面は陥没しながら砕け散り、同時に解放された暴風が砕けた地面を大きく巻き上げた。
しかし、セイランは油断なくその場から飛び離れ、直後に強大な魔力が解放される。
それは、ずっと詠唱しながら待ち構えていたスカーレッドだ。
「《コンセントレイト》、《スペルエンハンス》! 燃え尽きろ、【フレイムピラー】ッ!」
セイランが退避したその場所に、巨大な炎の柱が立ち上る。
とんでもない熱量を肌で感じながらルミナと共に着地し、俺は即座に地面を蹴る。
スカーレッドの放った魔法の威力は、緋真とは比べ物にならぬほどのもの。
流石は魔法特化のプレイヤーであると言えるだろう。
だが――それでも、火柱の中から放たれるヴェルンリードの殺気には、一分の揺らぎもない。
事実、内部からは急速に魔力が膨れ上がり、暴風と共に炎は弾け飛んでいた。
「小癪なァッ!」
「――『生魔』」
故に、俺はその風の中へと足を踏み入れる。
生命力で強化した《蒐魂剣》はヴェルンリードの纏う竜巻に食い込み、それを瞬く間に掻き消していた。
それと共に奴の脇腹へと一閃を加え、俺は即座にその場を離脱する。
コイツの場合は一撃で殺し切れるような相手ではないし、間近で足を止めては他の連中の邪魔だ。
「《ハイブースト:STR》、《練闘気》、《破壊撃》――【フレイムスラスト】!」
「《戦意専心》、《スペルエンハンス》、【エンチャントアクア】――【ウォータースラスト】!」
ヴェルンリードを挟み撃ちにするように駆けたのはディーンとデューラックだ。
ほとんど知らないスキルばかりであるが、火力を上げるスキルばかりのようだ。
魔導戦技による双撃は、二色の軌跡を描きながらヴェルンリードへと突き刺さる。
そして空中に残った軌跡は、一拍置いてその魔力を解放し、荒れ狂う破壊力を奴の身へと叩き付けた。
「が――」
「輝きを示せ――『コールブランド』!」
だが、そこで手を緩めることはしない。
ヴェルンリードへと走りながら声を上げたのは、他でもないアルトリウスだ。
アルトリウスの手にする白銀の剣は、その声と共に黄金に輝き始める。
アルトリウスの持つ成長武器、『聖剣コールブランド』。その解放効果は、全ステータスの向上とHPの持続回復だ。
デメリットの無い効果である分、強化の幅はそこまで大きくないようだが、それでも破格の効果であると言えるだろう。
「《練闘気》、《スペルエンハンス》、【エンチャントライト】――【ルミナススラスト】ッ!」
聖剣は眩く輝き、先の二人と同じように空中に軌跡を残しながら叩き付けられる。
その刃を受けたヴェルンリードは後方へと吹き飛ばされ――そこに、炎が揺らめく。
「《練闘気》、《スペルエンハンス》、《術理装填》【フレイムピラー】――【炎刃連突】」
ヴェルンリードの背後へと回り込んだ緋真は、刃に炎を宿しながら魔導戦技を放つ。
繰り出した刺突の周りには、浮かび上がる六つの炎の棘。
それらは刺突に追い縋るようにヴェルンリードの体へと突き刺さり、その魔力を炸裂させた。
更に、【フレイムピラー】を装填していた効果により、突き刺した相手が炎の柱に包まれる。
緋真はすぐさま刃を抉るように捻ってから抜き取り、後方へと跳躍して距離を取る。
炎の中に取り残されたヴェルンリードは、しかしそれに反撃することも無く沈黙し、その場で身を焼かれ続けている。
この程度で死ぬような悪魔ではないだろう。だが、それでも今の攻撃でかなり多くのHPを削ることができた筈――
「なっ!?」
「馬鹿な、何だそれは!?」
緋真の驚愕の声と、憤るようなディーンの言葉。
無理も無いだろう。何故なら、今減らしたヴェルンリードのHPが勢いよく回復していっていたのだから。
スキルというにはあまりにも早すぎる回復速度に、思わず攻撃の手が止まる。
俺が持つ自動回復のスキルよりも更に早い回復速度だ。だが、その要因はスキルではないだろう。
集中すれば分かる。膨大としか言えない量の魔力が、街からヴェルンリードへと注ぎ込まれているのだ。
『クオン、街の地面に突然線が浮かび上がって、像が光り始めたんだけど』
『……こちらでも確認した。街に巨大な魔法陣が敷かれている』
「ッ……ヴェルンリード! 貴方は、石に変えた人々から魔力を搾り取っているのか!?」
突如として、アルトリウスが苦い表情で叫び声を上げる。
アルトリウスも高玉からの報告を聞いたのだろう。その情報を元に判断を下した彼は、糾弾するかのようにヴェルンリードに問いかける。
対しその悪魔当人は、収まりゆく炎の中心で、冷酷な表情を浮かべて声を上げる。
「当然でしょう。ただリソースを奪うだけなど資源の無駄遣いですから。それに彼らも、わたくしの糧になれることを光栄に思っていることでしょう」
「……ッ!」
胸裏で燻っていた憤怒が燃え上がり、臓腑を焦がすような錯覚を覚える。
ああ、やはり悪魔共はこういう生き物であるということなのだろう。
こいつらは、人の意志を、尊厳を踏みにじる存在だ。
かつて俺たちが護ろうとしたものを、この女は――
「少しいいかな、クオン殿」
「っ……何の用だ」
餓狼丸を解放し、奴の回復よりも早く首を斬り落とすため踏み込もうとした瞬間、背後から小さく声がかかる。
それは、あの怪しげな笑みを浮かべる魔法使いの少女、マリンであった。
彼女は俺の背中に隠れるようにしながら、小声で声を上げる。
「まずは、僕をパーティに加えて欲しい。詳しい話はパーティチャットで行うよ」
言いつつ、マリンはこちらへとパーティ参加の申請を飛ばしてくる。
何をしたいのかは分からんが、どうやら何かしらの考えがあるらしい。
怪しくはあるが、とりあえずパーティに加えるぐらいなら問題は無いだろう。
元々、潜入の為にアリスと高玉、後はルミナとセイランがパーティに加わっている状態であるため、一人分は空きがある。
ヴェルンリードに対する警戒は絶やさぬようにしながらマリンをパーティに加えれば、彼女はさっそくパーティ全体へのチャットを開始した。
『高玉君とアリシェラ君、聞こえるかな? こちら、マリンだよ』
『……参謀か、何の用だ』
こいつ、どうやらアルトリウスの参謀だったらしい。
副官らしい仕事はKがやっていたが、どうやらこいつが側近の一人であるという予想は間違っていなかったようだ。
『あまり時間が無い、端的に話そう。現在、ヴェルンリードは宝石化した人々から魔力を搾り取り、HPを急速に回復させている』
『ちょっと、それって拙いんじゃないの? 宝石化してる人たちが魔力を吸い尽くされたらどうなるのよ?』
『死ぬ可能性が高いね。救助対象である以上、今強引に攻めるのは得策ではない』
最後の言葉は俺に対するものでもあったのだろう。
腹立たしくはあるが、その言葉は紛れもない正論だ。だが、それならばどうやって現状を打破するというのか。
ヴェルンリードは体力を全回復しつつあるが、その条件があるため、こちらも攻撃に出ることができない。
手を拱いて見ている状況だが、マリンは淀みなく言葉を重ねる。
『高玉君、魔法陣が見えていると言ったね?』
『……ああ、かなり巨大だ。街を覆い尽くすような程だな』
『であれば、この魔力の吸収は、スキルではなく魔法によるものだろう。どのような魔法なのかは気になるけれど、それは置いておくよ。とにかく重要なのは、これが魔法であること。そして――』
『魔法ならば破壊できる、ってこと?』
『その通りだよ、アリシェラ君』
その言葉に、俺は思わず息を飲む。
《蒐魂剣》ならば、確かに魔法を斬り裂くことが可能だ。
スキルは壊せずとも、魔法であれば壊すことができる。
しかし――
『クオンをここまで連れてくるつもり? 正直、クオン無しで伯爵級を抑えるのは無理でしょう』
『そうだね。クオン殿をそちらに行かせるわけにはいかない。だから――高玉君、君にお願いするよ』
『……《スペルブレイク》か。だが、あのスキルで魔法陣を破壊するには、核となっている場所を探す必要があるぞ?』
『それは《看破》のスキルがあればいい。アリシェラ君、君は持っているね?』
『……ええ、使えるけれど。でも、それは私が直接見ないと無理よ』
『知っているとも。そして今は移動の時間も惜しい。だから――ひとつ、僕の魔法を見せるとしよう』
そう口にして――マリンは、捻じれた杖を掲げながら不敵な笑みを浮かべてみせた。
* * * * *
己の視界に己のものではないスキルの情報が浮かび上がる光景に、高玉は視線を細める。
街で最も高い建物である鐘撞台、その屋根の上に立った高玉は、視界に浮かび上がる《看破》のスキルの情報を読み取り、細く息を吐き出した。
マリンの持つレアスキル――とある悪魔を倒した際に手に入れたスキルオーブ、《幻惑魔法》。その魔法の一つである【シェアーサイト】によって、現在高玉とアリシェラは視覚情報を共有している状態にある。
《看破》のスキルによって浮かび上がった魔法陣の核は、街の四か所に点在している。
大きさは3メートル程度の円だ。建物が破壊されているため射線は通っているが、この位置から狙うにはかなり遠いだろう。
――その困難さを理解して、高玉は覆面の下で笑みを浮かべる。
「……成程、確かに。こいつは僕向きの仕事だ」
その手に掲げ、ゆっくりと構えるのは、高玉の保有するレア武器『竜穿弓』だ。
成長武器とは異なり、経験値を溜め込む性質こそないが、特殊なスキルや強化方法を持つ珍しい装備である。
この竜穿弓は非常に大型の弓であり、放つ矢も専用に作成しなくてはならない。
引くにも高いSTRを要求されるため、威力は高いながらも扱いの難しい逸品である。
しかし、高玉はこの装備を愛用し、そのためにステータスを育て上げているのだ。
弓に矢を番え、ゆっくりと引き絞りながら、高玉は静かにスキルを発動する。
「《心眼》、《ハイブースト:DEX》、《スペルブレイク》」
《スペルブレイク》は《蒐魂剣》と異なり、破壊した魔法の魔力を吸収するような効果はない。
また、射撃攻撃にしか付与することはできず、基本的には防御魔法や魔法陣の破壊にのみ使用される。
高玉の場合、あらかじめ準備しておくことで相手の攻撃魔法にも対応することが可能だ。その腕を使い、魔法の迎撃に専念したこともある。
「それに比べれば、動かない的など容易いものだ――【エアロスナイプ】」
《スペルブレイク》を発動し、蒼い光を纏っていた矢が、その上から緑の魔力に塗り潰される。
風属性の魔導戦技――その効果は、矢の飛距離と威力を伸ばす程度のものでしかない。
だが、彼にとってはそれだけで十分だった。矢が届く場所であるならば――
「――確実に射抜いて見せる」
――その呟きと共に、高玉は矢を撃ち放った。





