187:駆ける騎兵たち その8
方針は決まったが、すぐに動けるというわけではない。
俺たちのみならば構わないのだが、アルトリウスにはこなしておかなければならない仕事があった。
まずは、出発前に今後の戦いの方針を伝えなければならない。
どうやら前線拠点をこのベルゲンに移し、向かってくる悪魔共の迎撃に当たるらしい。
現在、『エレノア商会』が動員できるメンバーを全て動かし、街の修復にあたっている。
とは言え、悪魔共と接敵するまでにすべてを修復できる訳でもないため、戦いながらの修復となってしまうだろうが。
「この状況だってのに、お前さんが直接指揮をとらなくていいのか?」
「ええ、対応方針は全てKに伝えていますから。対応そのものは特に問題はありません」
「……何か気になる点でもあるのか?」
「……敵の一部がこの街を無視して、他の拠点を攻撃された場合です。手は打ってありますが……やはり、万全とは言い難いですね」
苦々しい表情のアルトリウスに、さもありなんと肩を竦めて返す。
後手に回ってしまった以上、万全の態勢を組めないことは分かり切っている。
対応方針を各所に伝え、迎撃の態勢を整えさせただけでも御の字と言った所だろう。
この状況においての王道と言えば、敵の攻撃を凌ぎながらこちらの態勢を整え、十分な戦力を整えた上で反撃を仕掛けることだろう。
長期戦にならざるを得ず、被害は少なからず出るだろうが、勝ちの目は十分にある。
だが、アルトリウスはそれよりも、速攻を仕掛けることを望んだ。
その裏にどのような意図があるのかは分からないが、そこはあまり気にしてはいない。
勝てば状況は大きく好転し、負けても情報は手に入る。俺たちが挑もうとしているのは、そういう戦いだ。
「打てる手は打った。ならば、後は動くしかあるまい」
「……ですね。あまり時間も残されていませんから」
頷いたアルトリウスを伴い、北門へと向かう。
瓦礫に埋め尽くされていた北門であるが、現在の所それらはすべて撤去されている。
敵の侵入を防ぐこともできるが、瓦礫があるとこちらも外へと出撃しづらいのだ。
特に、騎馬での戦いを主とする騎士団の面々にとっては致命的だ。
エレノアたちの手によって片付けられ、現在は門の修復が最優先で行われている。
悪魔共の攻撃が始まるまでには何とか間に合うだろう。
尤も、街中の修復は全く終わっていない状況であるため、この要塞の機能はほぼ停止していると言っても過言ではないのだが。
「やあ、来たかいアルトリウス」
「お待たせ、もう出発できるよ」
アルトリウスの気軽な口調に、僅かながらに目を瞠る。
彼は、基本的に誰に対しても丁寧な口調を崩さない。
例外は、彼の最側近であると言えるディーン、デューラック、Kの三人だった。
ということは、この白い髪の少女もまたアルトリウスの側近、そしてリアルからの知り合いであるということか。
濃い蒼の瞳を煌めかせ、その魔法使い風の姿をした少女は、こちらに視線を向けて相好を崩す。
「やあ、こんにちは。僕はマリン、支援魔法部隊の部隊長だ。よろしくお願いするよ、クオン君」
「ふむ……ああ、よろしく頼む」
どうにも胡散臭い笑みを浮かべる人物だが、アルトリウスが信頼している相手であるならば、とりあえずは問題ないだろう。
少なくとも、こちらとの関係を拗らせてくるような真似はしない筈だ。
後のメンバーはディーンとデューラック、そして以前の会議でも顔を合わせたスカーレッドと高玉だ。
前衛が三人、後衛が三人と……中々にバランスの良さそうな組み合わせである。
「成程、最精鋭か。だが、戦力は足りるのか?」
「これ以上割けば、こちらの防衛に響きますからね。最低限の数で、最大限の戦力を導き出すにはこれが最善です」
「その割には軍曹は入れないんだな」
「彼は少し特殊ですからね……それに作戦立案、指揮どちらも得意ですから、防衛の方をお任せしています」
「そうか。まあ、確かに適任ではあるな」
あのオッサンならば、この状況でも持ちこたえることは可能だろう。
無論、様々な条件はあるが、撤退を進言していないということは何とかできると判断したということだ。
とりあえず、このベルゲンの防衛だけは何とかなるだろう。
「ともあれ、出発しましょう。かなりの無茶になりますが……」
「承知の上だ。それで――正面から突っ切るのでいいのか?」
俺の言葉に、アルトリウスは大きく目を見開く。
普段からクールな表情を崩さないコイツを驚かせたことに笑みを浮かべていれば、アルトリウスは視線を細めながら問い返してきた。
「……可能ですか?」
「無理――と言う所だったが、いいタイミングだったな。かなり無茶をすることになるが、出来ないことは無いぞ」
餓狼丸を見下ろし、俺は頷く。
本来であれば、不可能としか言いようがなかった。
だが、先ほど手に入れたテクニックがその不可能を覆す可能性を有していたのだ。
「一応聞いておくが……空中から行くんだろう?」
「ええ、部隊長級についてはペガサスを購入しています。地上よりは空中の方がまだ敵の数は少ないですからね」
まあ、それにしたところで数の差は歴然であるため、あまり救いになる話ではないのだが。
とは言え、俺としても空中から進むことについては賛成だ。
敵の数にしてもそうだが、移動速度が地上を行くよりも遥かに速くなる。
あまり長く時間を掛けられない以上、速度は重要な要素だ。
「であれば、まだ可能性はある。ある程度賭けになるが、乗るか?」
「……ええ、貴方の賭けであれば、乗る価値はあります」
俺の言葉に、アルトリウスは不敵に笑う。
尤も、部下の内の数人は何か言いたげな様子ではあったが――それでも、アルトリウスが決めた以上はそれに従うつもりなのだろう。
それを思考停止と呼ぶか信頼と呼ぶかはともかくとして、一度口に出したからには仕事を果たすつもりだ。
ひらりとセイランの背に跳び乗り、野太刀を抜き放つ。
「アリス、お前さんはどちらに乗る?」
「そんな無茶をしようとしてる貴方と同乗するなんてごめんだわ。体を固定できないジェットコースターじゃない」
「お前さん、ジェットコースターなんて乗ったことあるのか?」
「宣戦布告と受け取っていいかしら」
アリスの遠慮のない物言いには皮肉を返しつつ、向かう北の空を見上げる。
悪魔の数はかなりのものだ。この数は流石に、殲滅しきれるようなものではない。
だが――突破するだけならば、何とかしてみせるとしよう。
ペガサスを呼び出して騎乗している彼らへと視線を向けつつ、俺は改めて声を上げる。
「ざっくりと説明する。俺があの悪魔共の群れに全力で攻撃を叩き込む。HPを半分ぐらい消費するので、その次の攻撃でHPを吸収する。吸収では流石に殺し切れんと思うから、そこに攻撃を撃ち込んでくれ。クールタイムがあるからすぐに連発はできんが、こいつはそう長いクールタイムじゃない」
「……それなら、間を埋める攻撃の役目は順繰りにした方が良いですね」
「それと、僕はクオン君のサポートに専念しよう。少しでも火力は上げた方が良いだろうし、回復もできるよ」
「ふむ……成程、それなら頼むとしようか」
マリンの提案に頷きつつ、俺は野太刀に【スチールエッジ】を掛けて空を見上げる。
悪魔共が近付いてきている。ベルゲンに辿り着くまで、あと十分も無いだろう。
そろそろ、出発せねばなるまい。
「生憎、気の利いたことは言えん。とりあえず言うことは……生き残れ、以上だ」
それだけ告げて、俺はセイランに合図を送った。
地を蹴り、翼を羽ばたかせ、セイランは空中へと駆け上がる。
後ろを他の面々が追いかけてくる気配を感じながら、北へと向かう。
「【ブーストアップ・ストレングス】」
「【エンチャントライト】」
マリンと、次いでアルトリウスからの支援を受け取り、野太刀の刃に光が灯る。
悪魔共もこちらの姿を捉えたのか、こちらへと向けて加速を開始したようだ。
空を埋め尽くすほどの悪意――それを真っ向から受け止めて、俺は嗤う。
「《練命剣》――【命輝一陣】」
野太刀の刃が、生命力の輝きを纏う。
《生命力操作》によって注ぐHPの量を増し、俺のHP総量の半分程度を注ぎ込んだ。
眩く黄金に輝く刃は目を焼かんばかり。手綱を放し、両手で刃を握り――上半身の力を持って、刃を横薙ぎに振り抜いた。
刹那、黄金の輝きが刃となり、前方へと向けて撃ち放たれる。
これは、以前にオークスと手合わせした際に見た、生命力の刃を放つテクニックだ。
限界までHPを注ぎ込んだその一撃は、巨大な刃となって悪魔の群れへと直撃した。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?』
黄金の刃は、無数の悪魔を引き裂き、黒い悪魔の群れに大きな切れ込みを走らせる。
だが、ここで止まりはしない。その切れ込みの中へと飛び込みながら、次なるテクニックを発動させる。
「《奪命剣》――【咆風呪】」
続いて、野太刀が黒い闇を纏う。
それを横薙ぎに振り払えば、黒い闇が風となって溢れ出した。
生命力を食らう黒き呪いは、オークスとの手合わせで喰らい、敗北することとなった一撃だ。
このテクニックによって放たれた黒い闇は、悪魔の群れを瞬く間に飲み込み、その生命力を削り取っていく。
【命輝一陣】を受けながらも辛うじて生き残っていた悪魔も、これによって生命力を吸い尽くされ、干からびて絶命することとなった。
そして――
「緋真ッ!」
「――《スペルエンハンス》、【フレイムストライク】ッ!」
すかさず、悪魔の群れへと緋真の魔法が放たれる。
紅の火線を引いて宙を駆けた魔法は、黒い風に包まれていた悪魔共に直撃し、派手な爆発を巻き起こす。
元よりHPを削られていた悪魔共はその火力に一瞬で焼き尽くされ、群れの陣容に大穴を空けることとなった。
その穴の中へと飛び込んでいきながら、俺は再び刃を構える。
やることはこれの繰り返しだ。HPは【咆風呪】で十分に回復できているし、これならば決して不可能な無茶ではない。
あまり好みの戦いであるとは言えないが、悪魔共の思惑をぶち壊してやると思えば悪くない。
「さあ、続きだ――ぶち抜いてやれッ!」
「はい、お父様!」
ルミナが光芒を放つ姿を横目に見ながら、俺は笑みを浮かべる。
待っているがいい、ヴェルンリード。必ずや、この切っ先を届かせてやろう。





