180:駆ける騎兵たち その1
「貴方がクラン、とはねぇ。噂は聞いているけど、とんでもないわね、貴方の部下」
「部下、というか身内というか……ま、それなりに実力のある連中であることは確かだ。師範代たちは達人級だぞ」
「その基準が良く分からないのだけど……」
「武術家としての実力は緋真より上ってことだ。こいつも達人級に指を引っ掛けるぐらいにはなってきたが、まだまだ未熟だ」
「……否定はしませんけど」
ワールドクエスト『駆ける騎兵たち』――そのイベントの開始地点は、ベルゲンの手前だ。
既にこの国の騎士団はベルゲンの前に展開を開始しており、イベントの開始と共に彼らはベルゲンへの攻撃を開始するだろう。
だが、それにもまずはあの門を破らなくてはならない。その辺りの方法についてはまだ聞いていないが、何かしら考えていることだろう。
ともあれ、まずは装備を回収しなくてはなるまい。防具については更新はないが、今回は餓狼丸を強化に回しているのだ。
カイザーレーヴェ戦ではほぼ毎回餓狼丸の力を使用していたとはいえ、奴から得られる経験値は膨大だ。奴を相手にする場合、限定解放によって消費する量よりも、得られる経験値の量が多い。
素材も手に入り、経験値も溜まり切っているのならば、成長させない理由は無い。
「ともあれ、今はあいつらのことは気にしなくていい。流石に、このイベントに参加できるような状況ではないからな」
「この短期間でここまで来たら流石にドン引きよ……ほら、これよ」
『エレノア商会』の出張支店で保管されていた餓狼丸を受け取り、確認する。
いつもながら、特に重心の変化等はない。まあ、あっては困るのだが――何にせよ、使用する上では問題はなさそうだ。
刀身を晒して状態を確認、更にステータスを表示させる。
■《武器:刀》餓狼丸 ★4
攻撃力:45
重量:19
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
成程確かに、中々にいい攻撃力になったようだ。
現状、可能な限り攻撃力は高めた。これならば、ヴェルンリードと直接対決しても戦えるようにはなっているだろう。
まあ、今の所奴はベルゲンにはいないようであるが。
それと、限定解放の能力についてであるが――
■限定解放
⇒Lv.1:餓狼の怨嗟(消費経験値10%)
自身を中心に半径33メートル以内に黒いオーラを発生させる。
オーラに触れている敵味方全てに毎秒0.3%のダメージを与え、
与えた量に応じて武器の攻撃力を上昇させる。
順当に効果範囲が広がっている。吸収量は増えていないということは、こちらは奇数のレベルの時に伸びるということだろうか。
どちらにせよ、より広い範囲から吸収できるのであれば都合がいい。
流石に、今回のイベントのように、周囲に大量のプレイヤーがいる時は使いづらいが……餓狼丸の威力を高めるために、より多くの敵を巻き込みたい所だ。
「どうかしら、やれそう?」
「ヴェルンリードの相手が、ってことか?」
「ええ。正直な所、今回の作戦についてはあまり心配はしていないわ。伯爵級悪魔がいない限りは、負ける要素はないでしょう」
「そこまで断言はできんがな。流石に戦の規模が大きすぎる、俺一人で全てが決まるわけじゃない」
「けど、その広範囲をカバーできるアルトリウスがいるでしょう。騎士団の協力も取り付けている以上、決して難しい戦いじゃないと思っているわ」
エレノアの言葉に、俺は軽く息を吐き出して肩を竦める。
戦である以上、結果はどのように転ぶかは分からない。
無論負けるつもりこそないが、安易に結果を口にすることも出来ないのだ。
とは言え、エレノアの言うことも分からないではない。現状、戦力は十分すぎるレベルで集まってきている。
伯爵級悪魔以外が相手であれば、十分に対処しきれるだろう。
そして、ヴェルンリードについても――
「……ヴェルンリードの相手であれば、恐らくは可能だろう。まだ奴の底を見ていない以上、倒し切れるとまでは言えんがな」
「これだけ強化しているのに?」
「奴はそれだけの難敵だ。相性がいいとは言え、俺も全力で当たる必要があるからな」
可能な限りの強化はした。だがそれでも、あの女を確実に倒せるとまでは言えない。
そもそも、あの時も意表こそ突けたとはいえ、全く奴の能力を観察できていなかったのだ。
どれだけ強化したとしても、油断できるような相手ではない。
「何にせよ、あの街にいる悪魔共は全て片付ける。それが俺たちの目標だ」
「……そうね。こちらも、最大限サポートするわ」
「ああ。と言っても、前線まで付いて来いとは言わんがな」
軽く苦笑して、踵を返す。
さて、行くべき場所は最前線――今まさに、アルトリウスが部隊の展開を進めている場所だ。
あれだけの数の軍勢となれば、悪魔共も既に態勢を整えているだろう。
間違いなく、大きな戦いとなる。その展開に思いを馳せながら、口元に浮かんだ笑みを手で隠し、『エレノア商会』を後にした。
* * * * *
要塞都市ベルゲン――堅牢な城壁に包まれた、難攻不落の大要塞。
正直なところを言えば、俺はヴェルンリードさえいなければ、この都市が落とされることは無かっただろうと考えている。
それほどまでにこの都市を攻めることは難しく、ベーディンジアの騎士団は手を拱き、アルトリウスもいくつもの準備を重ねることとなった。
しかし今、状況は整い、こうしてすべての戦力が集結しつつある。
そんな戦力の中心で、アルトリウスは手際よくクランのメンバーたちへと指示を飛ばしていた。
『キャメロット』のメンバーも慣れたもので、俺が顔を出した瞬間、特に問答をすることも無くアルトリウスの元へと案内された。
そしてアルトリウス自身もまた、こちらの姿を捉えて相好を崩す。
「来ましたね、クオンさん」
「ああ、当然だろう。それより、そちらの準備はどうなんだ?」
「万端です。これも、クオンさんのお陰ですよ。跳ね橋が落ちていなければ、かなり面倒な作戦を立てる必要がありましたから」
「ふむ……そちらも聞いてみたくはあるが、今はいいだろう。それで、今度は俺に何を任せるつもりだ?」
毎度のことではあるが、今回は何をするつもりなのかと問いかける。
こちらにとっても有益な話であれば乗るのもやぶさかではないが――俺の問いに対し、アルトリウスはどこか困ったように眉根を寄せた。
「……正直な所、あまり無いんですよ」
「何?」
「少しだけ依頼したいことはあります。二つだけですが……一つは、開戦直後に上空から敵陣を強襲、門の上を混乱させてほしいこと。もう一つは……ルミナさんに対して」
「わ、私ですか?」
「ええ。貴方の持つ魔法、刻印で強化したストライク系の魔法を一つ目の門に叩き込んで欲しいんです。頑丈ではありますが、火力を集中させれば十分に破れるはずです」
アルトリウスが告げてきた言葉に、俺は視線を細めて黙考する。
ベルゲンの門は非常に堅牢だ。頑丈極まりない門を二つ破らねば、地上からでは内部に侵入することができない。
その表門を短時間で破れるならば、ルミナの戦略的価値は計り知れない。
今回の作戦はベーディンジアの騎士団も存分に動くべき案件であることだし、彼らが戦いやすいようにすることに否はないが――
「ふむ、まあ上で暴れることについては構わんが――ルミナ、お前はどうする」
「え……私は、お父様に――」
「違う、お前がどうしたいかだ。お前の戦いを、俺の意志に委ねるな」
「……!」
俺の叱責に対し、ルミナは僅かに息を飲む。
こいつはどうにも、俺に対する敬意が強すぎる。
剣を学び始めた経緯からも、それを否定するつもりは無いが――流石に、戦う理由まで俺任せにすることは認められない。
己の剣を他者に預けるな、という言葉は既に教えている。それを思い出した様子のルミナはしばし沈黙し、そして顔を上げた。
「やります。私の魔法で、あの門を破ります」
「分かった。なら全力を尽くせ、口に出したことは果たして見せろ」
「ッ……分かりました!」
決意を秘めたルミナの言葉に、俺は小さく笑みを浮かべる。
やると決めたのであれば、それを否定するつもりは無い。
コイツならば、気合を入れて仕事をこなすことだろう。
「というわけで、門をどうにかすることについては構わん。俺も上で暴れさせて貰おう。だが、随分と控えめだな。普段はもっとギリギリを攻めてくるだろう?」
「あれはギリギリにせざるを得なかったからなのですが……ええ、正直な所、今回は過剰戦力です」
半ば以上苦笑の表情で、アルトリウスは苦笑する。
その声の中にある余裕に、それが一切の誇張の無い言葉であることを理解した。
「ヴェルンリードがいない以上、敗北する要素はほぼありません。今回の戦いの肝は、門を破れるかどうかのみです。ルミナさんの協力があれば表側はほぼ破れますし、一つはこちらで何とでも出来ます。内部を制圧するには十分すぎる戦力がありますし……」
「要するに、俺が無茶をせにゃならんような状況ではないということか」
「無論、言い切れる話ではありません。ヴェルンリードが後から襲撃をかけてくる可能性もありますし、子爵級がいる可能性も否定はできない。ですが、それは確実性のない推論です。それを元に作戦を立てても意味はないですから、対処できる余裕を持たせておく程度に留めておくだけですよ」
「……その『余裕』とやらが、この俺だと?」
「ええ。大抵の緊急事態は、どうにかできてしまうでしょう?」
アルトリウスの言葉に、俺は口元を笑みに歪める。
中々言ってくれるものだ、だが、否定はすまい。
そのような修羅場が起こるというのであれば、こちらとしても歓迎というものだ。
まあ、現地人の騎士団が狙われるのは勘弁して欲しい所であるが。
「ともあれ、了解だ。何かあるまでは好きに暴れさせて貰うとしよう」
「ええ、よろしくお願いします。では……そろそろ始まりますし、配置に就くとしましょうか」
笑いながら立ち上がるアルトリウスに、こちらも首肯して後に続く。
さあ、ここからが本番だ。全力で楽しませて貰うとしようか。





