177:閑話・とある配信者の受難 前編
動画配信者――それは、『Magica Technica』をプレイするプレイヤーたちの中で、少数ながらも存在する勢力だ。
自らのゲームプレイ動画を動画配信サイトにアップロードするプレイヤーは一定数存在しており、このゲームにはそれ専用のサポート体制も存在している。
映像録画用のアイテムはまさに動画配信を主目的としたアイテムであり、運営からもこの行為が公認されている物であることが窺えるだろう。
そして、そんな配信者についても、スタイルは大まかに二分される。
それが、録画配信者と、生配信者の二つである。録画した映像を動画配信サイトにアップロードするか、配信サイトの生放送機能でリアルタイムに配信するかの違いであるが、どちらかと言えば多いのは前者の方であろう。
多人数がプレイするゲームであるため、生配信をするにはそれなりに考慮しなければならないことが多いのだ。
そして――
「うはー、すげー!」
どちらかと言えば少数派であるところの生配信者、アバター名『大神壱胡』は、初めて目にする『Magica Technica』の世界に歓声を上げていた。
彼女は、現実世界にいる頃からアバターを利用して動画配信を行ってきた配信者、通称『アバターライバー』の一人。
アバターライバーをタレントとして擁する企業『フロントキャスト』に所属する配信者であり、第二陣から『Magica Technica』に参入したプレイヤーだった。
「みんなー、見えてるー?」
『こんばんわんこー』
『こんにちわんこー』
『見えてるよー』
『おけまる!』
視界の端に浮かべたウィンドウに流れるコメントに、壱胡は満足げに笑みを浮かべる。
第一陣に入れなかった彼女であるが、そのおかげで準備は万端だ。
配信のための準備も万端であり、開始にもたつくことも無かった。
「というわけでみんな、こんばんわんこー! フロントキャスト所属、大神壱胡だよー。今日は予告通り、MTをみんなでプレイしていくよ」
『わんこちゃん待ってた』
『待ちわびたぜ、この時をな!』
『おお! アバターそっくりやん!』
『みんなおるん?』
『後の三人はどこよ?』
「まだキャラ作かな? フレ登録はしてるから、入ってきたらすぐに合流できるよ」
ゲーム速度が加速されているMTの生配信の動画を視聴するためには、同じくMTにログインしているか、加速機能付きのVRマシンを使用している必要がある。
つまり、彼女たち配信者の生配信動画を見るためにはどうした所でVRマシンが必要であり、VRマシンの製造会社にとっては非常に有用な広告塔であると言えるのだ。
彼女の所属するフロントキャストにもVRマシン製造会社がスポンサーとして付いたことにより、配信体制は完璧なまでに整っていたのである。
「いやぁ……ホント、どれだけこの時を待ったことか。いや、あんまりストーリーのネタバレは見てないんだけど、戦闘動画とかは結構見ちゃったよ。ほら、あの師匠さんの」
『安定の師匠動画』
『師匠動画なら安心だな、全く何の参考にもならないから』
「それは草」
その存在は、既に多くの人々の間で話題となっている。
曰く、刀一振りで軍勢を真っ二つに斬り裂いた。
曰く、敗北イベントを地力でひっくり返した。
曰く――『現代最強』。
信じられないような実績を現実に打ち立てた最強のプレイヤーは、第二陣に数多くの後追いプレイヤーを生み出していたのである。
壱胡もまた、完全ではないがそんなプレイヤーの一人であった。
『どんなスキル選んだの?』
「壱胡は攻撃型斥候、的な? サポートしながらもどんどん攻撃当てて行くよ。武器は短刀だ!」
『あっ(察し)』
『調べたのに何でそこは真似してしまったのか』
「いいんですー! 道場行けば武器の扱い方ちゃんと教えてくれるって知ってますー!」
遠慮のないコメントに憤慨しつつ、壱胡は周囲を見渡しながら角を曲がる。
と――その直後、横合いにあった店舗から急ぎ足で出てきた人物と衝突しかけ、壱胡はバランスを崩していた。
「ふわっ!?」
「おっと……済みません、大丈夫ですか?」
転倒しかけた彼女に対し、店の中から現れた男は瞬時に彼女の腕を掴んで転倒の阻止に成功する。
互いの手に伝わっているのは、人の手の柔らかさや体温ではなく、筒状のプラスチックに触れたかのような無機質な感触だ。
ハラスメントガードと呼ばれる機能によって、許可を出していないプレイヤー同士の接触は、硬質な感触として伝わるようになっているのだ。
ともあれ、転倒を回避した壱胡は、すぐさま相手へと頭を下げる。
「済みません、よそ見していて!」
「ああいえ、こちらが避ければよかった話ですから……おや、配信中? 動画配信の機能、でしたか」
「あ、はい。大神壱胡って言います、配信者やってます!」
「成程、生配信というのは話には聞いていましたが……ああ、済みません。私は水蓮と申します」
名乗りを上げた壱胡に対し、水蓮は穏やかな笑みを浮かべてそう返す。
紺色の髪を揺らす彼は、それよりも深い蒼の瞳でじっくりと壱胡のことを、そして浮遊している緑色の光――配信カメラのことを観察していた。
底の見えない湖のようなその色に思わずたじろぎながら視線を揺らした壱胡は、水蓮の腰に二振りの小太刀が佩かれていることに気が付いた。
「あ、水蓮さんも短刀使うんですか? しかも二刀流!」
「ええ、やはり慣れている得物が一番いいですね」
「慣れ……? あ、水蓮さんも道場で練習を?」
「道場ですか。確かにある程度は教えてくれるようですが、かなり混み合っていましたよ。それに、刀の扱いを覚えるのには、あそこは不向きでしょう」
その言葉を聞き、壱胡は首を傾げる。
今の言葉は、まるで――
「あの、もしかして――」
「おう、蓮――じゃなかった、水蓮。何やってんだ? ナンパか?」
「何を馬鹿なことを言っているんですか、戦刃さん。装備の方はどうですか?」
「全員選び終わってるぜ。師範があのエレノアとかいう姉ちゃんに話しておいてくれたおかげだな」
「商売を牛耳っていると言われるだけありますね。と、それは今はいいでしょう」
唐突に背後から現れた人物に言葉を遮られ、壱胡は眼を剥く。
そこにいたのは、見上げるほどに大柄な男性だった。
長大な刀を背負った男は、水蓮に対して親しげな様子で声を掛けている。
だが壱胡はそれよりも、話に挙がった人物の名前に引っかかりを覚えていた。
「何か今……凄い有名人の名前が聞こえた気が……」
『第二陣なのに《商会長》の知り合い?』
『っていうかさっきの口ぶりからしてリアル武術経験者では』
『あ、この人らさっき見かけた一団じゃん。話題になってるよ』
壱胡は流れてきたコメントに意識を取られかけ――ふと、いつの間にか水蓮が目の前に立っていたことに気が付いた。
動いた瞬間など全く認識できなかったことに驚き、壱胡は思わず仰け反るが、それを気にした様子もなく水蓮は続ける。
「貴方が剣を覚えるという気概があるというのであれば、少しばかりお手伝いをしましょうか」
「え、ええ?」
『師匠と同じ流派の、師匠の部下とか門下生の人たちらしいぞ。さっき大声で話してたわ』
「――もしも貴方にやる気があるのであれば、我々久遠神通流が、少しばかりの手解きをするとしましょう」
「……ふぁああああああああああああああ!?」
――その言葉に、壱胡は思わず素っ頓狂な叫び声を上げていた。
* * * * *
「あのー、何でこんなことになってるんです?」
「壱胡にも分からないんだけど……」
「えー? いいじゃん、これもまた撮れ高って奴よ」
「リンちゃん体育会系のノリ苦手」
七種菖蒲、大神壱胡、春日野わたげ、灯狐リンカ。
フロントキャストが擁するアバターライバーの中でも最も高い人気を誇る四人は、始まりの街の北側にある平原にて、数多くのプレイヤーに囲まれて肩身の狭い思いをしていた。
彼女たちの目の前にいるのは、同じく四人のプレイヤー。
戦刃、水蓮、巌、ユキ――久遠神通流に名を連ねる師範代。
その実力は流派の頂点たるクオンに次ぐ、現代を生きる本物の達人であった。
「よーしお前らァ! 準備はできてるな!」
「先に説明した通りのパーティを組み、北の大狼を討伐します。今回はゲストがいますがね……これは運営組からの依頼ですので、悪しからず」
「ま、お嬢ちゃんたちは俺らが面倒みるから気にすんな! 各員、通るルートは頭に叩き込んであるな!?」
「目につく限りの敵を狩り尽くし、自らの力を高め、足を止めることなく大狼を打倒する。そしてボス以北にある狩場を我々で独占し、師範に追いつくための足掛かりとする――目標は、本日中の王都への到達です」
「じゃあ出発しろ。お前たちで、この平原の敵共を狩り尽くしてやれ!」
戦刃と水蓮が発した言葉に対し、四人の配信者は呆然とした表情で立ち尽くす。
今発していた言葉は、果たして本気なのだろうか、と。
だが、彼らの表情は至って真面目であり、その言葉が完全に本気であることが窺えた。
「さて……それでは、貴方たちには我々師範代が一人ずつ付きます。大神さんは短刀の二刀流ということですし、私が適任でしょう」
「お? なら俺は、こっちの緑髪の……七種のお嬢ちゃんだな。大剣ってことは攻撃役だろう?」
「私は杖の子、灯狐さんですね。魔法使いのようですが……接近された時の対処法ぐらいは教えておきましょう」
「……では、春日野殿に稽古をつけるとしよう。守りの役のようだな」
美味しい展開だからと引き受けてしまったことを若干後悔しつつも、やいのやいのとコメント欄は確実に盛り上がっている。
果たして、これは正解だったのか失敗だったのか……四人の少女たちは、顔を見合わせつつ頷き合った。
つまり――『撮れ高は命よりも重い』、である。
『よ、よろしくお願いします!』
四人は覚悟を決め、揃って頭を下げる。
――これが、久遠神通流との長い付き合いの始まりとなるとは、四人も考えていなかった。





