176:任務達成
「ようやくペガサスを買えたのか。時間がかかったような、そうでもないような」
「確かに、結構時間がかかりましたけど……おかげで、移動も楽になりましたよ」
ペガサスの手綱を握りながら、緋真は照れたように苦笑する。
従魔の巫女からペガサスの割引券を貰ってから、現実の時間では数日。
それほど時間は経っていないような気もするのだが、ゲーム内の時間は長いため、それなりに時間が経過したようにも思える。
何にせよ、手に入ったのであれば上手く活用していくまでだ。
「貴方たち、いつ終わるかも分からないのに、ずっと近場で待機していたの?」
「ええ、遠くから見ていれば、跳ね橋が下りて来たかどうかは分かりますし。それまで、のんびりとルミナちゃんに剣を教えてましたよ」
「はい、大変勉強になりました」
嬉しそうに頷くルミナの様子に、小さく笑みを零す。
一応、合間合間に緋真が教えてはいたのだが、長時間稽古を続けられるようなタイミングはあまり無かったのだ。
スプライトの時のような一足飛びの成長こそできないが、ルミナは今も上達を続けている。
緋真に合わせて動けるようになったことこそ、その証左であろう。
「で、跳ね橋が下りたのを確認してから、こうして迎えに来たわけです」
「何にせよ、助かった。あのままだと少々面倒だったからな」
「走ってる先生を回収するのも大変でしたし、間に合ってよかったです」
一応、あのまま門の上から逃走するのが本来の逃走ルートだった。
あまりスマートであるとは言えないが、状況的にそれ以外のルートが選べなかったのだ。
確かにあのまま外壁の屋上部分で回収して貰うのが最も楽ではあったが、流石に見える場所で待機している訳にも行かない。
かと言って、広い平原ばかりのこの国では、ベルゲンの近場にいい隠れ場所は存在しなかったのだ。
それに上空で待つにしても、発見されれば悪魔共も騒ぎ出す。その状況では、こちらの救助どころではなくなってしまうだろう。
ついでに言えば、セイランは俺以外を乗せて飛ぶことこそあれど、俺以外の詳細な指示を聞くことはできない。
それも《テイム》のスキルの効果なのだろうが、とにかく緋真だけではセイランを完全に乗りこなすことはできないのだ。
それを見越してのペガサスの購入であったが、これに関しては間違いなく運が良かったと言えるだろう。
何にせよ、望外に上手く行った。作戦は成功であると言えるだろう。
「それで、街の中はどうでしたか?」
「悪魔共はかなりの数だが、ヴェルンリードが街を離れているらしいことは間違いないようだな。妙な話を聞かされたが」
「妙な話?」
「その辺りは、まとめてアルトリウスに報告する。どうにも込み入った話だからな」
連れ去られた人間や、奴自身が今ベルゲンにいないこと。
跳ね橋を落とせたこともそうだが、この作戦で状況は大きく進展したとも言える。
だが、本番はここからだ。正面から侵攻するためのルートは作った。後は門を破り、ベルゲンに乗り込むだけだ。
尤も、それの調整にはしばしの時間が必要だろう。
騎士団を動かすだけではなく、プレイヤーの参加調整も必要だ。
恐らくはワールドクエストに該当するであろう戦い、参加に制限が発生するわけではない。
『キャメロット』だけではなく、多くのプレイヤーが参加することだろう。
「ま、後のことはアルトリウスに任せて、また気ままにやらせて貰うとするか」
「レベリングですか?」
「そうなるな。あのライオン共はいい獲物だ……まあ、カイザーレーヴェと会うことを考えると、あまり頻繁にはできんが」
数を倒すと出現するカイザーレーヴェは、正直ルミナの魔法が無ければ対処できない強敵だ。
奴とは二十四時間に一度しか戦えないと考えておいた方が良いだろう。
流石に、今の俺たちには、素の状態であれだけの数のアルグマインレーヴェを相手にする力はない。
できもしない無茶はするものではないということだ。
ともあれ、今はもうこの辺りに用事はない。
さっさと王都まで戻って、アルトリウスと話を付けてくることとしよう。
* * * * *
王都まで戻ってきたところ、俺たちを出迎えたのは『キャメロット』の使いであった。
一応メールで連絡は入れていたが、どうやらアルトリウスもこちらに戻ってきているようだ。
案内役に先導されてやってきたのは、街の一角にある大きめの建物――集合住宅的な様相の建物であるが、どうやらここがベーディンジアにおける『キャメロット』のクランハウスのようだ。
案内に従って建物の一室に向かえば、そこではアルトリウスがKと議論を交わしている姿があった。
俺たちの入室と共に話を切り上げたアルトリウスは、相変わらずの爽やかな笑みと共に声を上げる。
「お待ちしていました、クオンさん。跳ね橋を降ろしていただき、ありがとうございます」
「何、仕事だからな。同盟関係としての利益を得ている以上は役割を果たすさ」
俺たちの同盟において、俺という個人勢力から提供できるのは、あくまでも戦力だ。
アルトリウスからの情報やエレノアからの物資の提供を受けている以上、依頼程度は果たさなければ不義理というものだろう。
何にせよ、果たすべき仕事は果たした。ここから先はアルトリウスの仕事である。
「で、どうなんだ? 攻略作戦の首尾の方は」
「跳ね橋を落としたことについては、既に騎士団の方に連絡済みです。彼らにしても、ベルゲンの奪還は必須事項。軍の編成は進んでいるようですね」
「となれば……近い内にワールドクエストが発生するか?」
「ええ、可能性は高いでしょう。今回は、このベーディンジアに到達しているプレイヤーも多い。この国における戦いは、ここからが本番だと言えるでしょう」
以前に起こった牧場の防衛やらはかなり突発的なイベントだった。
まだベーディンジアに到達していないプレイヤーの数も多く、あの戦いに参加できない連中は数多くいただろう。
だが、今回はこちらからの攻撃。準備期間は十分にあるし、他の連中も多数参戦することだろう。
つまるところ、戦力の数という意味では問題はない。これ以上ないほどの数であると言えるだろう。
問題は――
「気にしているのは、敵がどんな状態かってことか?」
「ええ……何か情報はありましたか?」
「生憎、上位の悪魔は見られなかったな。話していた連中もいたし、もしかしたら男爵級は何体かいたのかもしれんが」
「……では、ヴェルンリードは?」
「奴に関しては、どうやら北に戻っているらしい。それに関しては良かったんだがな」
「何か問題が?」
アルトリウスの問いに対し、軽く肩を竦める。
脳裏に浮かぶのは、悪魔共が話していた内容だ。
正直、何とも判断の難しい話であったが――
「あの女、気に入った人間を連れ帰って飾るのが趣味らしいぞ」
「それは……悪魔らしい、とでも言えばいいのですかね」
「さてな。だが、そうなると少々問題がある」
「ええ。生きているのであれば、救出しなくてはならないですから」
アルトリウスの頭の中には、見捨てるという選択肢も浮かんでることだろう。
この情報をベーディンジアの面々に渡さなければ、面倒が増えることはない。
だが、こいつはそれを選ばなかった。それが果たしてどのような計算によるものなのか――それは、流石に分からなかったが。
「しかし、飾るですか……消滅していない以上、生きてはいるのだとは思いますが」
「一体どんな状態なのやら……あまり、期待できるもんじゃないと思うぞ?」
「分かっています。これが奴隷とでも表現していたのであれば、何かしらの仕事をさせるためのものだと判断できましたが、飾る……鑑賞目的では全く予測ができない。それも含めて、やれることをやりますよ」
「……正直なところ、お前さんがそこまでして現地人に心を割く理由は良く分からん。だが、意味はあるんだろう?」
「ええ。僕たちにとって、彼らと絆を深めることは非常に重要です」
まあ、そのおかげもあってこいつは王宮に出入りしたり、彼らからクエストを受けたりしているのだ。
そういう意味では、コイツの行動は間違いなく正解だったのだろう。
それがどれほどの利益をもたらすのかは分からんが、コイツが成功を収めてきた背景には間違いなくその考え方があるだろう。
「ともあれ、その辺りの対処については議論しておきます。状況が分からないので、まだ何とも言えませんが……救助に動く方向性に変わりはありません」
「そうか……ま、その辺りはそちらに任せる。ワールドクエストになったら、また暴れさせて貰おう」
「ええ、その時は存分に。よろしくお願いします」
頭を下げるアルトリウスに軽く手を振り、俺は部屋を辞去する。
細かいことは『キャメロット』に任せて、こちらはこちらのやれることをするとしよう。
倒すべき相手はヴェルンリードだ、奴を斬れるように、俺は力を付けなくてはならない。
次の戦いは集団で戦うことになるだろうが、まだ奴の底は見えていない、あまり楽観視するものではないだろう。
「さてと……では、残った時間で修業と行くか」
「やっぱりですか……」
「当たり前だ。ルミナの刻印を使わないのも勿体ないだろう。一日に一度しか使えんのなら、有効に使っておくべきだ」
であれば、今は時間の許す限り力をつける。
今度こそ、奴の命脈を確実に断ち切るために。
その決意を込め、俺は仲間たちを伴って北への移動を再開した。





