170:奪還計画
「あんなこと言って大丈夫なの? 貴方クラスの人があれだけ暴れまわるとか、正直悪夢なのだけど」
「いや、悪夢って何だよ。それにあいつらは……まあ、大半は緋真よりは弱いぞ。師範代たちは緋真より強いが」
「……ま、なるようになれって感じね。水蓮さんは冷静そうではあったし」
「ああ、うちの連中と交渉するなら、確かにアイツの方が良いな。一番話が通じやすいだろう」
まあ、剣士という意味ではアイツも同じ穴の狢であるため、あまり信用しきれるものでもないのだが。
ともあれ、師範代たちとの顔合わせを終わらせた俺たちは、石碑で再びベーディンジアまで帰還してきた。
俺たちが現在いるのは、『エレノア商会』が店舗として借りている建物の一室だ。
流石に、このメンバーでは道端で話をしているわけにもいかない。
「さて、アイツらのことはいいだろう。こちらに合流するまでにはまだまだかかるだろうさ」
「レベル1ですから、それは仕方ないですよ。素直にこちらの作戦に合流できるかどうかも微妙ですからね。それより――」
「ああ、分かってる。ベルゲンの話だろう」
今日の主題は、師範代たちではなくベルゲンのことだ。
聖火の塔を解放し、ベルゲンは現在聖火の塔の効果範囲内に置かれている。
内部の悪魔たちは弱体化しており、今があそこを攻略するチャンスであることは間違いないのだ。
だが、あそこは巨大な要塞。そう簡単に攻略できるような場所ではない。足を踏み入れるにしても、作戦が必要だ。
「まず、現状からお話しします。こちらをご覧ください」
言いつつアルトリウスが机の上に広げたのは、どうやらベルゲンの見取り図のようだ。
一体どうやって手に入れたのかは知らないが、作戦を遂行する上で便利であることには変わりない。
見取り図を見てみれば、この都市が非常に機能的な構造をしていることが理解できる。
中央から放射状に司令が行き届くような構造となっており、重要拠点や生産拠点は内側に入れて破壊から免れるよう工夫されている。
ただ都市そのものの堅牢さだけではなく、内部に動く人々のことまで計算された戦闘都市だ。
尤も、今はその人がいないために構造上の効果を発揮することは無いだろうが――それでも、厄介であることに変わりはない。
「まず、この都市は非常に巨大な規模を有しています。これを制圧しきるには、プレイヤーの勢力だけでは不可能です」
「今回も騎士団に仕事をしてもらうって訳か」
「ええ。彼らの作り上げた都市というだけあって、ベルゲンの通路は非常に広くスペースが取られています。彼らであれば、騎乗状態でも縦横無尽に駆け回ることができるでしょう」
「けれど、それにはまず、騎士団が内部にまで入り込めなければいけないわけでしょう?」
エレノアの懸念に、アルトリウスは神妙な表情で首肯する。
そこが何よりのネックだ。ベーディンジア王国の騎士団は、非常に強力な騎兵隊を有しているが、攻城戦にはあまり向いているとは言えない。
野戦であれば、或いはこの都市の内部であれば比類なき実力を発揮するだろうが、この城壁を破る段階ではそれほど役には立つまい。
彼らの戦力を無駄に消費すれば、それだけ悪魔共は力をつける。それは絶対に避けねばなるまい。
「つまり……騎士団が都市内部に入り込むための道を作る必要がある、って訳だ。ならばどうする、前の砦奪還の時のように、強引にぶち破るか?」
「いえ、それは困難でしょう。この通り、ベルゲンの周囲には深い堀が築かれています。そしてこれを渡るには、跳ね橋となっている二重門の表側を降ろさなくてはならない」
堅牢な構造が、こちらにとっての障害となっている現状に嘆息を零す。
厄介なことだ。門を破る方法があったとしても、堀があってはどうしようもない。
騎士団を内部に導く必要がある以上、橋は降ろさなければならないのだ。
アルトリウスの説明に対し、エレノアは眉根を寄せつつも疑問の声を上げた。
「……北側は悪魔たちが破ったのよね? そちら側はどうなっているの?」
「確かに、そちら側は跳ね橋は落ちています。しかし、肝心の門が瓦礫に埋まっている状態です。人間であれば乗り越えることも不可能ではないでしょうが――」
「馬に乗り超えろってのは酷な話だな」
北側から回り込むのは不可能、南側を何とかして開かせる必要がある。
最低でも、跳ね橋を落とす必要があるだろう。
であれば、いかにしてその道を切り開くか――それを考えなくてはならないだろう。
「だからこそ、今回の作戦は二段階の作戦となります」
「まずは跳ね橋を落とし、その後に決戦ってわけか……分かり易いが、どうするつもりだ?」
「それについては、こちらをご覧ください」
言いつつ、アルトリウスは取り出した薄い紙をベルゲンの見取り図の上に重ねる。
複雑に絡み合った、奇妙な黒い線。それはベルゲンの見取り図を透かしながら不可思議な姿を示しだしている。
これは――
「……まさか、抜け道か?」
「抜け道? 地下道ってこと?」
「これだけの規模の要塞だ、いざという時の為の脱出経路ぐらいは用意してるもんだろうさ」
この黒い線の末端は、ベルゲン内の重要拠点となる建物に繋がっている。
その内部にいる重要人物などを逃がすための通路なのだろう。
通路の存在の如何はともかくとして、これを有効活用しない手は無いだろう。
つまり――
「都市の内部まで潜入し、南の跳ね橋を落とす……というわけか」
「それも、ただ落とすだけでは駄目ね。跳ね橋を繋ぐ鎖を破壊しなくちゃ」
「その通りです。まずはこの内部へ潜入、跳ね橋の鎖を破壊するのが第一段階となります」
さて――中々無茶なことを言ってくれるものだ。
何しろ、今のベルゲンは悪魔の巣窟だ。その内部に潜入した上で南の門まで辿り着き、何とかして鎖を破壊しなくてはならないのである。
俺であっても中々困難な任務であると言えるだろう。
「アリスのことを歓迎と言っていた理由はそれか。確かに、この手の作戦には向いているかもしれんがな」
「けど、私では鎖の破壊なんて無理よ? そこまでの攻撃力は無いわ」
軽く肩を竦め、アリスはそう告げる。
確かに、アリスは対人戦においては優秀な能力を発揮できるが、物理攻撃力は決して高くはない。
というか、普通の鎖ならばまだしも、巨大な跳ね橋を支える頑丈極まりない鎖など俺でも斬ることは難しい。
何かしらの策が必要だろう。
「鎖の巻き上げ装置みたいなのがあるんじゃないんですか? それを壊すとかは……」
「装置そのものはあるでしょうけど、巻き上がった状態で固定されたら元も子もないでしょ? それに、騎士団が突入するまでに修復されたらそれまでだもの」
「悪魔共に修復技術なんぞあるのかは知らんが、万全を期した方が良いのは確かだな。だが、鎖を破壊する方法があるのか?」
「それについては、これをどうぞ」
言いつつ、アルトリウスが何やらポーションのようなものを机の上に取り出した。
オレンジ色の、見た覚えのない液体だ。普段からあまりポーションは使わないが、このような色の液体は見たことがない。
一体何なのかとそのアイテムを注視し、《識別》を発動させる。
■《毒物》金属腐食液
重量:1
使用回数:1回
付与効果:腐食(金属)
そのままと言えばそのままなのだが――
「クオンさんが倒した女王蟻、その体液から作り出した毒です。金属に特化した腐食効果があり、鉄程度であればあっという間に溶かしてしまうほどの腐食毒となっています」
「あの女王蟻の体液か……確かに、それなら跳ね橋の鎖を破壊できてもおかしくはないな」
思い起こされるのは、視界を埋め尽くす蟻の群れと、その先で出現した巨大な女王蟻だ。
斬りつけたこちらの武器が溶かされるという、剣士からすれば悪夢のような相手であったが、あの体液の効果は紛れもなく本物だ。
例えこれだけで破壊できなかったとしても、腐食した鎖ならば餓狼丸で斬ることはできる。
幸い、餓狼丸ならば耐久度が減らされるということも無いからな。
「つまり、お前さんの計画は……地下通路を利用してベルゲン内部に侵入し、南門まで到達して鎖にこれをぶっかけてこい、というわけだ」
「そうなりますね」
「……正直に言うとだな、無茶にも程があるぞ」
地下通路を利用しての潜入についてはまだいい、そこまでならばそう難しい話ではない。
問題はその先、発見されずに南門まで辿り着いて、このアイテムを使用しなければならない点だ。
「ベルゲンの内部は悪魔の巣窟だ。一度でも敵に発見されれば、街中の悪魔共が集まってくる。流石にそれを捌き切るのは厳しいだろうよ」
「そうですね。発見されずに、そこまで移動する必要があります。ですので……クオンさんとアリスさん、お二人だけに潜入して頂こうと思います」
その言葉に、視線を細める。
成程、コイツ……ジジイの特技を知ってやがるな。
おおよそ軍曹から聞いたのだろうが――深く嘆息し、続ける。
「確かに、ジジイなら可能だろうな。相手が機械じゃなければ、一人で拠点に乗り込んで誰一人気付かれることなく敵を皆殺しにしてきた男だ」
「クオンさんは、それには届かないと?」
「悔しいが、俺はまだあの領域には無い。あれは境地に至った剣士だからこその業だ……だが」
――嗚呼、だが、確かに。いつまでもあの時のまま、というわけにもいくまい。
俺は未だ森羅万象の境地には無い。ジジイの神業の再現には届かないだろう。
だが、それでも――その程度はやってのけなければ、いつまで経ってもあの男には届くまい。
「……良いだろう、やってやる」
「先生!? そ、それじゃ――」
「お前は来るなよ、緋真。流石にお前には無理だ」
「……分かってます」
もしもこいつが、合戦礼法の一つを習得していたならば話は別だったが、仕方あるまい。
緋真ではこの仕事をこなすことは不可能だ。アルトリウスの言う通り、俺とアリスだけが可能な仕事だろう。
「アリス、お前さんはどうする?」
「得意の仕事からも逃げていたんじゃ、雇われた意味が無いからね。その位はやってみせるわよ」
軽く肩を竦め、アリスはそう口にする。
確かに、潜入は彼女の専門分野であると言える。
例え困難だからと言って、それを避けていては何も始まらないだろう。
「ありがとうございます、お二人とも。精製できた腐食毒は4つ……それぞれ、二本ずつお渡しします」
「……了解だ。緋真、一応セイランとルミナは外に出して、お前に預けておく。パーティは組めんだろうが……」
「分かってます、面倒は見ておきますよ。ここの所、あまり剣も見てあげられませんでしたし」
「頼んだぞ」
さて、大仕事だ。
厳しくはあるが――やってやるとしようか。
 





