162:喰らい合う獣
じりじりと距離を詰めてくるグルーラントレーヴェの群れ。
その後ろにはアルグマインレーヴェたちが控えており、俺たちの正面にはカイザーレーヴェが健在だ。
安全なのは上空にいるルミナぐらいであり、絶体絶命のピンチであると言える。
ちなみに、いつの間にか戻ってきていたアリスはセイランの背中に乗っており、いつでも上空に逃げられるよう準備しているようだった。
まあ、それについては良い。彼女の場合、数に囲まれるのは非常に不利だからだ。
「アリス。空に上がってもいいが、ルミナに伝言を頼めるか?」
「いいけど、どうするつもり?」
「大したことはない、単純な内容だ」
ルミナに伝えておくべき内容を口にし、俺は改めてカイザーレーヴェへと向き直る。
余裕の表情、と言った所だろうか。俺たちを包囲したことで、自分が優位であると自覚しているようだ。
とは言え、完全に気を抜いている訳ではない。俺たちが攻撃を再開すれば、即座に周囲のライオン共をけしかけることだろう。
であれば――
「……緋真、鬼哭を使う。飲まれるなよ」
「――――っ!」
俺の言葉に、緋真は大きく目を見開き――そして、口元を笑みに歪める。
緋真もまた、随分と慣れてきた様子だ。であれば、盛大に見せてやるとしようか。
足を広げ、大きく息を吸い――全力の殺気を、解き放つ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
久遠神通流合戦礼法――火の勢、鬼哭。
悪意、害意、敵意、殺意――ありとあらゆる憎悪の叫びを、周囲へと向けて解放する。
その殺気を正面で受け、カイザーレーヴェは咄嗟に体勢を低くしながら俺に対する警戒を深めていた。
それでいい、こちらを警戒しておくことだ。そうすれば、後は時間さえあれば解決する。
燃え上がるような殺意と共に口角を吊り上げながら、俺はカイザーレーヴェへと向けて足を踏み出した。
瞬間、警戒したカイザーレーヴェは周囲へと向けて鋭く叫び声を上げる。
「ガァッ!」
その声を聞き、周囲のライオン共は一斉に俺へと距離を詰めてくる。
だが、その動きは中々に鈍い。どうやら、俺の放っている殺気を恐れ、動きが鈍っているようだ。
そして、それこそが俺の狙いでもある。
流石に四方八方から攻撃を仕掛けられるのは厳しいが、その一歩を躊躇うのであればかなり楽になるのだ。
「し……ッ!」
飛び掛かってきたグルーラントレーヴェの前足を斬り裂き、体を屈める。
頭上を通り過ぎていくライオンたちの足を斬り裂き、こちらの足に食らいつこうとしたライオンは蹴り返して他の個体に衝突させる。
殺す必要はない。むしろ、殺してしまっては意味がない。
殺さずに、確実に動きを止める。それこそが俺の狙いなのだから。
「く、はははっ、ははははははははははははははッ!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく振るった刃で飛び掛かってきたグルーラントレーヴェたちの前足を斬り落とし、ゆっくりと先へ進む。
周囲から集う黒いオーラは俺の全身を包み、餓狼丸の刀身は目に見えて黒く染まり続けていた。
周囲の敵が増えれば増えるほど、餓狼丸の吸収効率は高まっていく。
そしてそれと同時に、《剣鬼羅刹》による攻撃力上昇もまた効果が上昇していくのだ。
素の状態では、俺の攻撃力はカイザーレーヴェには届かないだろう。
だが――
「今の状態なら、どうだろうなァ!」
「グルァアアアアッ!」
歩法――縮地。
軽く振るった刃でグルーラントレーヴェたちを斬り払い、カイザーレーヴェへと接近する。
覇獅子は即座に反応し、その強靭な前足をこちらへと振り下ろす――その内側へと入り込みながら、俺は刃を振り下ろした。
「《練命剣》――【命輝閃】ッ!」
黄金の輝きを纏う一閃が、カイザーレーヴェの腕へと食い込む。
先ほどまでは毛筋ほどの傷しかつけられなかったその一撃は、確実に刃を潜り込ませ、深く傷を付けてみせた。
噴き出す血に俺は哄笑を、そしてカイザーレーヴェは悲鳴を上げる。
「ガァァッ!?」
「ははははははははははッ! そら、続けていくぞォ!」
両方の前足を傷つけられ、カイザーレーヴェの体ががくりと落ちる。
その瞬間を見計らい、《練命剣》と《奪命剣》を同時に発動した俺は、さらにカイザーレーヴェの懐へと踏み込みつつ刃を突き上げた。
斬法――剛の型、穿牙。
突き出した刃はカイザーレーヴェの胸を貫き、その奥を抉る。
先ほどまでとは比べ物にならないほどの手応えに笑みを浮かべつつ、俺は刃を抜き取って横へと跳躍した。
直後、カイザーレーヴェはその胴で押し潰そうとするかのように体を伏せる。
四足歩行の動物であるため足元に攻撃しづらいのは当然であるが、アレに押し潰されてはたまらない。
俺を押し潰し損ねたカイザーレーヴェは、俺が居ない方向へと転がり距離を取る。
そして、直後に大きく口を開け――
「ガアアアアアッ!」
「『生魔』ッ!」
飛来した衝撃波を、威力を上げた《蒐魂剣》で斬り裂く。
魔法であろうがなかろうが、魔力を使っている現象であれば《蒐魂剣》で斬り裂ける。
威力が上がっている今の餓狼丸ならば、これを斬ることも可能だ。
使われた魔力を吸収してMPを回復し、再びカイザーレーヴェへと向けて駆ける。
「『生奪』!」
「グルルルル……ッ!」
その間にも、緋真によって行動不能に追い込まれたグルーラントレーヴェが俺の近くへと投げ込まれ、俺の攻撃力は上昇を続けていた。
《剣鬼羅刹》を意図して利用したことは無かったが、思った以上に有用だ。
これならば――
「テメェ相手にも効くだろうよ!」
歩法――陽炎。
振るわれた剛腕は、俺を捉えることなく空を切る。
その巨腕の陰に隠れるように駆けた俺は、カイザーレーヴェの腕の付け根へと向けて刃を走らせた。
太い血管を傷つけたのだろう、勢いよく噴き出す血が地を汚す。
鋭い痛みに呻くカイザーレーヴェは反射的に足を地につけ、がくりと体を揺らす。
刹那――
「――貰ったわ」
「ガ――――ッ!?」
ひらりと上空から飛び降りてきたアリスが、カイザーレーヴェの左目へとナイフを突き立てた。
そして刃を引き抜いた彼女はその傷へと手を突っ込み、カイザーレーヴェの顔面を蹴って後方へと跳躍する。
当然ながら地面へと落下するが、それよりも先に飛来したセイランが彼女の体を受け止めた。
随分と乗りこなしているようであるが――いや、それはいい。それよりも、アリスがやってのけたことの結果が重要だ。
「グ、ガァ……ッ!」
左目を潰されたカイザーレーヴェは、顔を掻きむしるように目を擦っている。
ただ痛みを感じている、という様子ではない。
どうやら、アリスが奴の目に何かをしたらしい。おおよそ、刃を突き立てた傷の中に毒でも放り込んできたのだろう。
あれほどの魔物ならば耐性がある可能性も高いが、直接目の中に異物を放り込まれて何も感じないような生物ではないようだ。
「グ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「――――っ!」
だが、その痛みによるものか、カイザーレーヴェは強い怒りと共に周囲へと咆哮を発する。
瞬間、周囲のライオン共が一斉にこちらへと距離を詰め始めた。
包囲していたアルグマインレーヴェまでもが向かってきている。どうやら、奴らも形振り構わなくなってきているようだ。
――だが、こうなった時点でそれは警戒していたのだ。
「ルミナァッ!」
「――光よ、集え! 鉄槌となりて打ち砕け!」
上空に光が満ちる。俺たちの頭上で翼を広げたルミナが、右手を輝かせながら巨大な魔法陣を展開していたのだ。
その数は六つ、輝く魔法陣は周囲へと向けてその砲門を広げていた。
太陽に代わろうというかのように地上を照らした魔法陣はその中央へと巨大な魔力を収束し――周囲へと向けて、その輝きを射出する。
空中に六つの軌跡を描いて地に落ちた魔法は、俺たちを取り囲むように着弾して輝く魔力を拡散させる。
その一撃によって、最後尾からこちらを狙っていたアルグマインレーヴェは、その大半が吹き飛んでいた。
ルミナの使える最大の魔法、それを刻印で強化した上に《魔法陣》で拡大したのだ。その破壊力は尋常なものではない。
「く、ははは! どうした、デカブツ。頼みの綱の配下はまとめて吹き飛んだぞ?」
「グルルルル……ッ!」
左目を潰され、配下を吹き飛ばされて、それでも戦意は失わぬままカイザーレーヴェは奮い立つ。
ルミナの攻撃は二度目は無いし、直撃を免れたアルグマインレーヴェもまだ残ってはいる。これ以上戦闘を長引かせることは危険だろう。
――さあ、ここらで決めてやるとしようか。
「合わせろ、緋真ァ!」
「はいっ、先生!」
歩法――烈震。
俺と緋真は、互いに左右に展開するようにしながら駆ける。
攻撃対象が左右に分かれたためだろう、カイザーレーヴェは逡巡するように硬直する。
――刹那、その顔に影がかかる。
「クケエエエエエエエエエエッ!」
「ガ……ッ!?」
上空から飛来したセイランがカイザーレーヴェの頭頂を全力で殴りつけ、衝撃が迸る。
その衝撃によって強制的に地に伏せさせられたカイザーレーヴェへと、俺たちは走る角度を変えて両側から肉薄した。
「――【スチールエッジ】!」
そのタイミングで、緋真の刀へと《強化魔法》を発動する。
まず、攻撃を放つのは緋真だ。
「《術理装填》! 《スペルチャージ》、【フレイムストライク】ッ!」
放つのは、突進の勢いを全て乗せた全力の刺突。
刃を上向きにして放たれたそれは、痛みに崩れたカイザーレーヴェの首へと突き刺さる。
だが、そこで動きは止まらない。
「――【炎翔斬】ッ!」
魔導戦技を発動、炎を纏った緋真は、そのまま上空へと跳び上がる。
突き刺さっていた刃は強引に振り抜かれ、カイザーレーヴェの首を深々と抉り斬る。
そのまま空中で宙返りしながら体勢を立て直す緋真を視界の端に捉えつつ、俺は相手の首の横へと踏み込んだ。
「《練命剣》――【命輝閃】ッ!」
斬法――剛の型、白輝。
踏み込みが地を砕き、撃ち降ろした一閃は輝きを纏いながら振り抜かれる。
その刃はカイザーレーヴェの首へと食い込み、深々とその肉を斬り裂いた。
確実に致命傷だと確信できるダメージだ。だがそれでも、カイザーレーヴェの腕からは未だ力が抜けていない。
首が落ちかけているこの状態で尚、こいつは動こうというのか。
文字通り最後の力を振り絞り、俺へと牙を剥いて――
「はあああああああッ!」
上空へと跳び上がっていた緋真が、己の全体重をかけた一閃をカイザーレーヴェの首へと振り下ろした。
振り下ろしの一閃に反応して装填されていた【フレイムストライク】が解放され、爆炎となって覇獅子の首へと叩き付けられる。
鋭い一閃と、爆発の衝撃。その二つの破壊力は、既に致命傷を負っていたカイザーレーヴェには耐えられるものではない。
草原の覇者たる獅子の王は――その首から上を失って、ゆっくりと地に伏せるのだった。





