150:雇用条件
王都に辿り着くまでの間、アリスは非常に口数が少ない状態だった。
恐らく、葛藤しているのだろう。まだこちらへの協力を決め切れていないということは少々悩ましいが、同時に考慮の余地のある提案であるとは考えて貰えているようだ。
この様子であるならば、説得次第では何とかなるとは思う。
彼女の技術は、あまりにも貴重で有用なものだ。久遠神通流の当主として、何としても確保したい。
指導能力があるかどうかは別として、他に渡すということだけはあり得ないのだ。
「はぁ、ようやく戻ってこれましたね。帰りはPKには会わなかったですけど」
「試し斬りにいいかと思ってたんだがな」
「貴方、結構PK達からは恐れられているからね。顔を合わせたら容赦なく攻撃してるでしょう?」
「そもそも、あまり会ったことは無いはずなんだがな」
まあ、確かに出会ったならば確実に斬っているだろうが。
そこまで恐れられるようなことをしただろうかと、首を傾げる。
どうせならば、もっと大々的に襲ってきてほしい所なのだが。
「それでどうする、アリス? 詳しい話をするなら、どこか店でも入るか?」
「……そうね。詳しい話は詰めたいし、他の目の無い場所で話をしましょうか」
軽く息を吐き出し、アリスは俺の言葉に首肯する。
どうやら、話には応じて貰えるらしい。
条件次第、ということだろうか。であればかなり好感触だが――
「そうね、気に入っている喫茶店があるから、そこでいいかしら? 当然、奢りぐらいはしてくれるでしょう?」
「くく、いい性格しているな、お前さんも。勿論、それぐらいは構わんさ」
淡く笑うアリスの言葉に、こちらも笑みと共に返答する。
喫茶店か。俺の場合はあまり、このゲーム内で飲食店に入ることはない。
基本的にエレノアの所で購入した携帯食で済ませているし、街に立ち寄ることがそもそも少ないからだ。
立ち寄った時も屋台食で済ませているためか、きちんと店を構えている所へ入ることは滅多に無い。
別にそういう場所が嫌いという訳ではないのだが、どうにも時間が勿体なく感じてしまうのだ。
いい機会であるし、お気に入りの店とやらを経験してみるのも悪くないだろう。
「ここからそう遠くはないわ。こっちよ」
「アリスさんのお気に入りかぁ……どんな店なんだろう」
緋真も興味を惹かれている様子で、どこか楽しげに小さな背中を追いかける。
ルミナは喫茶店というものに対するイメージが湧かない様子であるが、緋真の様子から楽しい場所であると考えているのだろう、楽しみにしている様子の笑みを浮かべている。
流石に店内にセイランは入れないだろうから、こいつは店の外で留守番であるが。
「……悪いな、後で何かしら差し入れる」
「クェ」
気にするな、と言わんばかりの様子で首肯するセイランに、俺は苦笑を浮かべながら首筋を撫でる。
こいつは中々ストイックな性格に育ったものだ。
戦いには積極的で、俺に対しては従順。実に頼りがいのある騎獣である。
と――その時、感じた気配に対して、俺とセイランは同時に視線を動かす。
二対の視線が向かった先は、俺たちの背後――こちらへと駆け寄ってくる、一人の女性に対してだった。
(見覚えは無い姿だな。誰だ?)
大きな帽子にマントという、ステレオタイプな魔女のイメージのある女性だ。
大きな丸眼鏡が印象的だが、その奥にある瞳は、目を引くであろう俺とセイランをスルーしてその先にいるアリスへと向けられている。
何やら気が立っている様子だが、果たして何者だ?
無防備な様子であるためあまり警戒はしていないが、それでも厄介事が向こうからやってきた予感だ。
一応は態勢を整えつつ、その女性がこちらに近づくのを待つ。
彼女は――眼鏡の奥の緑の瞳を見開きながら、視線の先にいるアリスへと大きく声を上げた。
「アリスちゃん、どこ行ってたの!?」
「っ……シズク」
その声に振り返ったアリスは、いつもと変わらぬ無表情ながら、僅かながらに眉間に皺を寄せていた。
どうやら知り合いであるようだが、あまり仲のいい相手であるとは言えないようだ。
駆け寄ってきたシズクというらしい女性は、俺たちを完全に無視したままアリスへと詰め寄り、声を上げる。
「もしかして、また危ないことをしてたの!? ダメだって言ったじゃない!」
「……彼らとパーティを組んでいたのよ。別に、危ないことは無いわ」
どうやら、PKKをやっていたことは隠しておきたいらしい。
こちらに目配せをしてきたアリスには首肯を返し、改めてシズクの方へと視線を向ける。
眼鏡の奥にあるのは、猜疑心を抱いた眼差しだ。
初対面の相手であるため、警戒するのは間違いではないが――少々あからさまに過ぎる。
どうにも、思い込みの激しいタイプのように思えてしまう。
「……失礼ですが、貴方は? アリスちゃんとどんな関係ですか?」
「クオン、こっちは緋真だ。森の探索で一緒になってな、礼に喫茶店に案内して貰っている所だ」
「シズク……貴方、この二人を知らないの? このゲームで最強のプレイヤーよ?」
「は……え!? 《緋の剣姫》と《剣鬼羅刹》!?」
アリスの言葉に、彼女は眼を剥いて俺たちを凝視する。
まあ、俺たちは普段最前線にいるわけであるし、情勢の落ち着いたアルファシアにいるとは思われないか。
こちらの正体を知ったシズクであるが、しかし警戒心はあまり解かれてはいない。
いまいち、この二人の関係が分からないな。だが、これまでの話からも、彼女が普通の人間であることは理解できた。
「シズク、私はこの人たちと個人的な話があるの。話だったら後にしてくれない?」
「個人的なって……何をするつもりなの?」
「いや、別に貴方には関係ないでしょう」
「あるよ、私はおばさんからアリスちゃんのことを任されてるんだから!」
どうやら、家族ぐるみの付き合いがあるようだが、アリスの方は彼女のことを煙たがっているようだな。
しかし、どうにも押し問答で話が進まない。小さく嘆息し、俺は横から口を挟んだ。
「アリス、どうせ後から問い詰められるのであれば、今説明してもいいんじゃないのか?」
「私はそれでも構わないけど……良いのかしら?」
一緒に問い詰められて面倒なことになるけれど、と言外に含まれた言葉に対し、俺は苦笑交じりに首肯する。
この場で押し問答をしているよりはマシだ。
アリスは俺の反応に複雑そうな表情を浮かべるが、小さく嘆息すると俺たちを先導するように歩き出した。
そのまま向かった先は、通りに面した建物のうちの一つ、どこかシックな雰囲気のある喫茶店だった。
どうやらマスターとも顔なじみであるらしいアリスは、壮年の男性であるマスターにひらひらと手を振りつつ、空いている奥の席へと移動する。
「さてと……それじゃあクオン、改めて聞かせて貰ってもいいかしら。悪いけど、結構面倒なことになると思うわよ」
「こちらも、無理を言っている立場ではある。面倒を引き受けるのは筋ってもんだろう」
「そこまで買い被られるようなものではないと思うのだけど」
アリスは苦笑しつつも、視線で俺に先を促す。
話の流れがつかめていないシズクはどうにも警戒した様子であるが――まあ、率直に告げておくとしよう。
「そうだな。単純に終わりそうであるし、まずはゲーム内の話にするか。お前さんには、俺たちと固定パーティを組んで貰いたい」
「……貴方たちは、このゲームで最強のパーティとして名高いわ。私の出番なんて無いと思うけど?」
「いや、お前さんの持つ技術は、それ一点に絞れば俺に匹敵する。その技術は是非とも欲しい……それに、悪魔共はお前さんにとっても満足できる標的だと思うぞ」
悪意ある敵と戦うことを望むアリスにとっては、悪意の塊である悪魔共はいい獲物だろう。
彼女ならば、男爵級程度ならば正面から暗殺することも可能なはずだ。
その技量があれば、俺たちのパーティでも十二分に活躍できることは間違いない。
だが――それに納得できない者もいるようだ。
「ちょっと待ってください! アリスちゃんを固定パーティって、何でそんなことを!」
「ふむ。シズクさん、だったか。君はアリスと固定パーティを組んでいるのか?」
「それは勿論――」
「組んではいないわよ、たまに行動を共にする程度。シズク、私の行動をいちいち貴方に制限される謂われは無いわよ」
食い気味の返答をアリスに潰され、シズクは面食らった様子でアリスを見つめる。
対するアリスは、マスターの運んできたコーヒーをブラックのまま口を付けながら、赤い瞳で俺のことを見つめ返す。
「最強と名高い貴方が、それほどのラブコールをしてくれるなんてね。でも、悪い気はしないわ」
「では、受けてくれるだろうか?」
「それは、もう一つの話が上手く行ったらね。どちらか片方にするつもりは無いわ、私」
どうやら、こちらへの所属が決まった場合には、俺たちとパーティを組んでくれるらしい。
ベルゲンの奪還には潜入も必要になる可能性は高いし、是非とも彼女は手に入れたいところだ。
「では、改めて――久遠神通流当主として、リアルの君に依頼したい。君の有する技術を伝える講師として、我ら久遠神通流に招きたい。住む場所の問題もあるだろうが、我が久遠家に住み込みで滞在できる部屋を用意しよう。住環境及び食事については全てこちらで保証する」
「ッ――――!?」
「……当主、ってことはそのナントカっていう流派で一番偉い人なわけね? そんな人が何でゲームをやってるのよ」
「実戦経験を積める機会ってのは、中々少ないもんでな。扱いは外部講師制度での雇用となる。書類は後で改めて送らせて貰うが……このシステムの場合、初任では最低でも手取り30万はあるだろう」
俺の言葉に、アリスとシズクの二人は絶句した様子で沈黙する。
ちなみに最低でもと言ったが、彼女の有している技術はその最低ラインを遥かに超えている。
値段にして倍に到達したとしても不思議はない。
「……そこまで買い被られると、ちょっと怖いのだけど」
「元々、久遠神通流は内側で閉じた流派だからな。外部から講師を呼ぶことは少なく、そして呼ぶ場合には高い技術か特化した技術かのどちらかを有している者になる訳だ。それだけの技術を持っている場合、雇用には相応の値段が必要になる。君の持っている技術は、武術の奥義クラスだぞ? その教えを乞うとなれば、相応の値段が必要になる。むしろ安いぐらいだ」
久遠神通流は古くから、強者の技術や血を取り込むことで成長してきた。
この制度は、その名残であると言っていいだろう。
そんな古臭いシステムを持ち出して告げた言葉に、アリスは黙考している。
俺と年の頃が同じ程度であれば、普通であれば破格の給料であると言っていいだろう。
――だが、そこに口を挟んだのは、案の定隣に座るシズクであった。
「だ、ダメです! 何を言っているんですか!?」
「……シズク」
「駄目だよ、アリスちゃん! そんな、いきなり住み込みの仕事だなんて! そんなことできる訳ないでしょう!?」
「――――ッ」
アリスが、僅かに顎を引く。
歯を食いしばったか。どうやら、アリスがシズクに対して隔意を抱いていたのはこれが原因であるようだ。
真実、彼女はアリスのことを案じているのだろう。だが――
「だって、アリスちゃんは――」
「――体に障害を抱えている、だろう?」
俺が告げた言葉に、二人は言葉を失ってこちらを凝視していた。
やはり、予想通りだったか。深く溜め息を吐き出し、コーヒーで喉を潤して、俺は改めて声を上げる。
「無痛無汗症に近いが……違うな、似て非なる症状だ。アリス、リアルの君は痛覚を持っていない。そうだろう?」
「……驚いた。まさか、そこまで見抜かれていたなんて」
「虚拍が習得困難である原因は、相手の傍に無防備に踏み込まなくてはならないからだ。痛みを恐れるからこそ、踏み込む足が鈍る。それは生命として当然の反射だが――君にはそれが無い。痛みに恐怖しないから、躊躇なく踏み込めるんだ」
流石に、それがどのような障害であるのかは、医者ではない俺には分からない。
だが、どうやら以前から考えていた仮定は事実であったようだ。
俺に斬られながら前へと進んだあの動き――やはりあれは、痛覚が無いからこその無茶であったようだ。
点と点が線で結ばれ、アリスの置かれている現状の姿が見えてくる。
空隙の才、意識の隙間を感じ取るその驚異の才能は、彼女の体質から生み出されたものだったというわけだ。
ならば――最早、説得は容易い。
「それを理解した上で、俺は君に依頼をしている。体の影響で働けないタイミングがあると言うのならば、勿論考慮しよう。それに――」
動きを止めているアリスへと――俺は、その核心を突く言葉を口にした。
「周囲に――『普通』ってものに、合わせる必要もなくなるぞ」





