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149:生の実感












「……とんでもない現地人がいたものね。まさか、貴方が負けるなんて」

「おいおい、俺は無敵の怪物ってわけじゃないぞ。俺より強い剣士なんて、探せば見つかるもんだ」



 呆れを交えたアリスの言葉に、俺は苦笑しながらそう返す。

 尤も、それがいくらでもいると言うつもりは無いが。

 俺を超える剣士は、そう数多くいるわけではないという自負はある。単純に、俺よりも強い奴を何人か知っているから、胸を張って言えるレベルではないというだけだ。

 とはいえ、そんな俺の言葉は、アリスにはあまり実感が湧かなかったようであるが。



「ふぅん、世界は広い……ってところかしら。それで、クエストはこれで完了なの?」

「ああ、これでスキルの強化ができた。悪魔共への対策も、とりあえずこれで一つってところだな」

「……一応話は聞いていたけれど、伯爵級だったかしら? まさかこんなペースで上位種が出現するなんてね」



 そう口にするアリスは、僅かながらに笑みを浮かべている。

 元々無表情であまり感情が読みづらい彼女にしては、珍しい反応であると言えるだろう。

 PKKと名乗っていたし、プレイヤーを相手にすることが多い筈だが、悪魔にも興味があるのだろうか。

 ……まあ、元々聞こうと思っていた話だ、この辺りで尋ねておくべきだろう。



「なあ、アリス。一つ聞いてもいいか?」

「何かしら?」

「お前さん、何でPKKをやってるんだ?」



 俺の問いに対し、アリスは僅かに顔を顰める。

 あまり聞かれたくない話題だっただろうか――そう考えたのだが、どうやらアリス当人の考えはまた別の場所にあるようだ。

 何故なら、その返答として口に出された言葉は、全く見当はずれの方向へ向かっていたからだ。



「……貴方も、辞めた方が良いって言うの?」

「おん? いや、純粋に興味があるだけだが……あまり一般的なプレイスタイルではないだろう?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと過剰反応だったわ。けど……理由ねぇ」



 返答に窮した様子で、アリスは顎に指を当てる。

 どこか見た目相応な姿に内心で苦笑を零しつつ言葉を待てば、アリスはゆっくりと言葉を選びながら声を上げた。



「……しっくりきた、って言うのが正しい表現かしら」

「しっくりきた?」

「ええ、その……そうね。私はたぶん、悪意のある相手を標的にしたいのよ」



 その言葉に興味を惹かれ、俺はまじまじとアリスの瞳を見下ろす。

 彼女はその赤い瞳を細めながら、うっすらと笑みを交えて続けていた。



「貴方ならば分かると思うけれど……あの技、虚拍、だったかしら? あれを扱うには、相手の意識が強い方が良いでしょう?」

「ふむ。それは確かにそうだな。意識が一点に集中しているほど、入り込む隙は大きくなる」

「悪意のある相手ならば呵責なく殺せるし、そこそこ実入りもいい。そして狩りやすい……私からしたら、ちょうどいい標的なのよ」

「成程な。だが、それは続けている理由で、始めた理由じゃないだろう?」

「っと……そうね、確かにそうだわ」



 俺の指摘に、アリスは苦笑を零す。

 虚拍の技術は、確かにプレイヤーを相手にするには有用なものだ。

 アリスの場合、潜んでいるPKたちを気づかれることなく始末することも可能だろう。


 だが、『悪意のある相手ならば呵責なく殺せる』というのは少々危うい言葉だ。

 アリスは、人を傷つけることに理由を求めている。理由があって相手を傷つけているわけではない。

 その原因となった最初の理由――それは、知っておかなければならないだろう。

 とは言え、アリス本人も、その理由を上手く言語化できない様子ではあるが。

 彼女はゆっくりと、口の中で言葉を選び――躊躇いながら口を開いた。



「……そう、ね。きっと――嬉しかったんだと思うわ」

「嬉しかった、か。それは、何がだ?」

「初めてPKに襲われて、返り討ちにした時。相手の悪意を躱して、刃を突き立てた時……その時、私は確かに嬉しかった。私は生きている・・・・・って、そう思えたのよ」



 そう呟いて、艶然と微笑むアリスに、俺は視線を細める。

 見た目にそぐわぬ表情に驚いたのではない。彼女のその言葉に、俺は驚愕を覚えていたのだ。

 だが、同時に納得もする。俺の予想した通りであれば、彼女は――



「お前さん、まさか――」

「先生! 色々話を聞けましたよ!」



 だが、それを問う前に、緋真がオークスから話を聞き終えて戻ってきた。

 こいつめ、どうにも戻ってくるタイミングが悪い。

 まあ、少々踏み込み過ぎたこともあるし、気が急いていたことは否めない。

 アリスの危うさを知れただけでも、今回は収穫だったと思っておこう。

 小さく嘆息し、緋真の方へと振り返る。



「複合魔法、だったか。何か分かったのか?」

「ええ、何でも、複合魔法は四種類あるらしいですよ」



 先ほどオークスが説明していた《嵐魔法》。

 あれは《風魔法》と《雷魔法》の両方を鍛えることで習得できると言っていた。

 恐らく、これと同じように、他にも三つの魔法があるということなのだろう。


 詳しく話を聞いてみれば、四つの複合魔法は以下の組み合わせで発生するようだ。


《火魔法》 + 《氷魔法》 → 《熱魔法》

《風魔法》 + 《雷魔法》 → 《嵐魔法》

《水魔法》 + 《土魔法》 → 《木魔法》

《光魔法》 + 《闇魔法》 → 《空間魔法》


 どれも聞いたことの無い名前の魔法ばかりだ。

 だが、二つの属性の複合であるというのであれば、ヴェルンリードの魔法が《嵐魔法》であるというのは納得できる。

 これらの複合魔法はどれも二次スキル――緋真がこの間習得した《火炎魔法》と同じランクの魔法であるらしい。

 つまるところ、奴の魔法能力はそれだけ高いということであり、こちらからすれば頭の痛い事実であるが……まあ、奴が強いことは最初から分かり切っている話だ。

 今のところ、複合魔法は二つの属性が交じり合っている魔法という程度のものであるようだし、対処は変わらず《斬魔の剣》――いや、《蒐魂剣》で斬るだけだ。



「だが、二種類の魔法を持っているのは魔法使い系ぐらいだろう。ルミナは二種を持っているが、その組み合わせにはならんようだしな」

「それは……まあ、その通りなんですけど」



 俺の指摘に、緋真は眉根を寄せる。

 ルミナがメインで使用している魔法は光属性であるが、それと組み合わせる闇属性はとても取得するとは思えない。

 そしてセイランは風属性のみ――



「……いや、セイランはあり得るのか?」

「クェ?」

「ああ、そう言えばグリフォンの上位種族って……」



 首を傾げるセイランを共に眺めながら、俺たちは従魔の巫女の言葉を思い出す。

 グリフォンの最上位進化系であると思われる、嵐王ワイルドハントとかいう魔物。

 名前からして、明らかに《嵐魔法》を有していそうな種族だ。

 セイランがそこまで進化するのにどれだけ時間がかかるのかは分からないが、それまでに習得する可能性はある。

 それについては、今後の成長を楽しみにしておくこととしよう。



「……まあいい、《嵐魔法》はともかく、他のものについては見たことすら無いわけだからな。気にしていても仕方がない」

「結構な情報だと思うんですけどね……とりあえず、掲示板に書き込んでおきます」



 そこそこいい情報なら、見返りもなく周知するのもどうかと思うのだが……まあ、今更情報で金を稼がずとも十分な金額を受け取っている。今更金に換える必要もないか。

 軽く肩を竦めつつ、ウィンドウを弄っている緋真から視線を外し、その背後――ゆっくりとこちらに歩いてくるオークスへと視線を向ける。



「クオンよ、お前さんの弟子は中々に面白いな。うちの弟子共はどうにも面白みに欠ける男ばかりだった」

「そいつは光栄だ、と言ってもいいのかね……まあ、いい弟子ではあるよ」

「そうか……大事にすることだ」

「言われるまでもないさ」



 そう告げながら緋真の頭を軽く叩くと、こいつは弾かれたように顔を上げてこちらを凝視する。

 珍しいことを言った自覚はあるが、そこまで極端な反応をすることか。

 とは言え、緋真はその表情の中に喜色を隠しきれずにいる様子だ。

 わざわざ水を差す必要もないかと、笑いを零しながら改めてオークスへと告げる。



「それじゃあ、世話になった。また何かあったら顔を出すよ」

「おう、しっかりやれよ」



 満足気に微笑むオークスに対し、一度頭を下げる。

 そして、俺たちはこの剣聖の小屋を後にすることとした。

 再び森の中へと足を踏み入れながら、非常に上機嫌な様子の緋真が弾んだ声を上げる。



「何とかスキルの進化ができましたね。実は、私も三魔剣の前提スキルが解放されましたよ」

「ほう? オークスと戦ったからか?」

「かもしれないですね。まあ、私は三つとも取るような余裕はないですけど」



 確かに、緋真はこれまで三魔剣を前提とするような育成はしてこなかった。

 改めて三つとも育てるというのは少々難しいだろう。



「まあ、枠が空いたら《斬魔の剣》ぐらいは取ってみます。魔法の防御手段って結構貴重ですから」

「そうだな、お前なら使いこなせるだろう」



 緋真は攻撃力は十分高いし、使うとすれば《斬魔の剣》か《収奪の剣》のどちらかだろう。

 回復を魔法やポーションと割り切り、魔法防御手段を求めるという選択も悪くはない。

 その辺りはこいつが自分で決めることだし、口を出す必要も無いだろう。

 どちらかといえば――



「アリス、お前さんも教えを請いに行っても良かったかもしれないな」

「別に構わないわ。私、発動系の攻撃スキルは既に二つ持っているし……貴方のような特殊なスキルが無いと、併用はできないから」



 俺の言葉に、アリスは軽く肩を竦めてそう返す。

 確かに、アリスは防御無視の《ペネトレイト》と毒付与の《ポイズンエッジ》の二つを有している。

 これらは《魔技共演》のような特殊なスキルが無ければ併用できないため、三魔剣を持つのは確かに効率が悪い。

 防御用である《斬魔の剣》についても、通常攻撃力の低いアリスには向かないだろう。

 ともあれ、これで目標の一つを達成することができたわけだ。



(奴と再戦したいところだが……流石に、まだ殺し切れる自信は無いな)



 三魔剣――剣聖オークスの編み出したこのスキルを鍛えれば、奴を倒すための手札の一つとなるだろう。

 だが、それだけでヴェルンリードを倒せるなどと言うつもりは断じて無い。奴を確実に斬るためには、まだまだ時間が必要だろう。

 そのためにも、ベーディンジアに戻って準備を進めなければ。

 尤も、まずは状況の確認をしなくてはならないが。

 要塞都市を攻めるために、アルトリウスがどのような作戦を立てているのか。

 動きが決まればこちらに連絡を入れてくるだろうが、やはり少々気になるものだ。



「とりあえず、これから俺たちは王都に戻り、それからベーディンジアへ移動するつもりだ……アリス、そこで答えを聞かせて貰いたい」

「……仕事を請けるかどうか、貴方たちと一緒に行くかどうか、ってことね」

「ああ。条件については、その時に改めて詰めていこう」



 俺の言葉に、アリスは小さく頷く。

 葛藤はあるようだが、ある程度はこちらのことを信用してくれているようだ。

 請けてくれるかどうかは微妙なところだが……そこは、腹を割って話すしかあるまい。


 ――彼女が抱えている歪みと、その秘密のことを。





















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