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147:空隙の才












 俺が送り付けた決闘に、アリシェラは困惑した様子で眉根を寄せた。

 迷うように手を動かした彼女は、その表情のままおずおずと声を上げる。



「……私を痛めつけたい、ということかしら?」

「違う、純粋に勝負しようと言っているだけだ。無抵抗の相手を斬ったところで意味はない」

「そう……いいわ、何でもすると言ったのは私だしね」



 小さく嘆息して、アリシェラは決闘を了承する。

 そのまま僅かに重心を落とし、前傾姿勢で構えた彼女は、腰の後ろに手を回して静止した。

 どうやら、短剣の類を使用しているらしい。先ほどPK共を片付けた手並みからして、やはり暗殺者のような戦闘スタイルなのだろう。

 改めて餓狼丸を構え、俺はその姿を見据える。

 どうやら、中々に戦い慣れているようだ。果たして、どのようにしてそれほどの経験を積んだのかは気になるところだが、これは評価を一段階上げておくべきだろう。

 5メートルほどの距離を置いて向き合い、アリシェラは視線を細めて意識を集中させたまま、囁くように声を上げた。



「けど……あまり舐めないでほしいわね。貴方が相手だとしても、負けるつもりは無いわ」



 その言葉は己に言い聞かせたものか、或いは俺に対して告げたものか。

 どちらにしろ、いい気迫だ。戦う以上、そうでなければ。

 向かい合いながら静止した俺たちは、決闘の開始を静かに待ち――システムから、決闘の開始が宣言される。


 ――刹那、アリシェラの姿が消え去った。



「――――!」



 僅かに目を見開き、けれど動揺はしない。

 目の前にいるのに突如として消え去るなど、ジジイと戦っている時にはよくあるものだ。

 冷静に気配を探り、その動きを察知する。

 潜り込んだ・・・・・相手を視覚で捉えることは不可能だ。捉えるべきはその殺気――相手が俺へと向けている意識そのものだ。

 その粟立つような感覚は、俺の横手へと潜り込んで刃を突き出そうとするアリシェラの気配を確かに捉えていた。

 それを理解した俺は、即座に刃を翻し、アリシェラが脇腹へと突き刺そうとしていたスティレットを弾き返す。



「ッ――!?」



 剣を弾き返されたアリシェラが、驚愕に目を見開く。

 恐らく、これに対応されたことは初めてなのだろう。であれば、一つ面白いものを見せてやるとしようか。


 歩法・奥伝――虚拍・後陣。


 攻撃を弾き返したその瞬間を狙い、虚拍へと潜り込む。

 俺の姿はアリシェラの意識の中から消え去り、潜り込んだその感覚の中で、俺は彼女の横手へと移動する。

 そして、彼女がこちらを捉えるよりも速く、その脇腹へと回し蹴りを叩き込んだ。


 先陣と対を成す歩法の奥伝、虚拍・後陣。

 これは、先陣とは異なるタイミングで認識の外へと潜り込む奥義だ。

 具体的には、攻撃が完了し、次の行動へと移行する瞬間である。

 次の行動へと意識を割き、ほんの僅かながらに相手に対する意識が逸れる刹那。

 俺は今まさに、その瞬間を狙ってアリシェラの意識の空白へと潜り込んだのだ。



「っ……!」



 体重が軽いこともあり、弾き飛ばされたアリシェラは地面を転がり――けれど、体を跳ね上げるようにしながら体勢を整える。

 その動きに僅かに目を見開きながらも、俺は間髪入れずに彼女の眼前へと足を踏み出した。


 歩法――縮地。


 一歩でアリシェラの目の前へと踏み込んだ俺は、彼女へと向けて袈裟懸けに刃を振るい――しかしその直撃を受けながらも、アリシェラは尚も動きを止めない。

 彼女は、肩から胸にかけてを深く斬り裂かれながら、俺の脇腹へとスティレットを突き刺していたのだ。

 その彼女の行動には流石に驚かされ、思わず眼を見開きながらも刃を振り抜く。

 その直後、アリシェラのHPは半分を下回り、決闘は俺の勝利で終了していた。



「ふむ……成程、よく分かった。お前さん、色々と難儀だな」

「……色々と言いたいことはあるけど、納得して貰えたなら良かったわ」



 何事もなかったかのように立ち上がったアリシェラは、嘆息しながらスティレットを腰の後ろの鞘へと戻す。

 体やポンチョで見えぬようにしている辺り、中々に手慣れているものだ。



「アリシェラ。お前さんは、他者の意識の空白に潜り込める……いや、潜り込めるタイミングが分かる。そうだな?」

「意識の空白、ね。確かに、そう表現するのが的確な気はするわ。そういうあなたも同じことをやっていたみたいだけど」

「そう軽く言われるのは流石に困るんだがな」



 何しろ、これは歩法の奥伝――現在の久遠神通流でも片手で数えられる程度の人数にしか習得できていない技術だ。

 それを当たり前のように言われてしまっては、こちらも立つ瀬がないというものである。

 思わず苦笑しつつ、俺は餓狼丸を納刀した。

 と――そこで、黙って観戦していた緋真が、慌てた様子で声を上げる。



「ちょっ、ちょっと待ってください、先生! この子、虚拍を使っていたんですか!?」

「ああ、間違いなく虚拍・先陣と同じものだ。お前がアリシェラと戦ったら、負けているかもしれんぞ?」

「マジですか……確かに、それはあり得ますけど」



 しかも、アリシェラの使った先陣は、俺のものよりも精度が高い。

 俺が相手の呼吸を掴まなければ潜り込めないのに対し、彼女は初めて戦う俺を相手に、戦闘開始直後で虚拍に入り込んでみせたのだ。

 これは、彼女が技術ではなく、才能でこの業を再現している証拠である。



「というか、この子って呼ぶのは流石に止めてほしいわ……いや、無理はないけど。私、貴方より年上よ?」

「はいっ!?」

「恐らく、俺と同じ程度の年じゃないか?」

「たぶんその辺りね……けどホント、どうやって見抜いているの、それ?」



 胡乱げな視線を向けてくるアリシェラに対し、苦笑を返す。

 これに関してはただの勘だ。内臓や骨格が大人のものになっているとはいえ、それで正確な年齢まで見極められるわけではない。

 単純に、肉体の状態から20代には達しているだろうと判断し、言動から年齢を推定しただけだ。



「まあ、その辺りの話はとりあえず置いておこう。俺からお前さんに言えることは一つだ」

「……何かしら?」



 アリシェラは、俺の言葉を警戒するように構える。

 そんな彼女に対し、俺は笑みを浮かべながら用件を告げた。



「お前さん、俺に雇われるつもりはあるか?」

「雇う? 私に出来ることなんて、潜入か暗殺ぐらいよ?」

「ああ、違う違う。ゲームの中じゃない……いや、ゲームの中でも雇いたいところではあるが、俺が言っているのはリアルの話だ」



 その言葉に、アリシェラは大きく目を見開く。

 まあ、突拍子もない話であるため無理はないが、これは決して冗談などではない。

 彼女が当たり前のように使っている技術は、それほどに価値のある代物なのだ。



「アリシェラ。お前さんが使っていた、他者の意識の空白への侵入……あれは、あらゆる武術において奥義として扱われる代物だ。俺や緋真が扱う武術においてもな」

「……私も、あれは変わった技能だとは思っているけど、そこまで言うほどのものなの?」

「ああ、これを扱えるのは、俺の流派でも片手で数えられる程度だ。お前さんは、それを直感で成し遂げているわけだ……これを感覚的に行える才能を、俺たちは『空隙の才』と呼んでいる」



 虚拍の開祖はまさにこの才を有していたと言われている。

 歴史を紐解いても持っていた者は数少ない、非常に貴重な才能だ。

 だが、これを持つ者は大抵早死にしている。これは虚拍の性質が故でもあるのだが――保護する意味でも、是非彼女を確保したい。



「あの感覚を持つ者に、あの領域へ入り込む方法の指導を願いたい。雇用条件については調整するが……可能な限り、お前さんの希望を叶えるつもりだ」

「あまり、ゲームマナーがいいとは言えない台詞だけど……私もあんなことをした後だし、それは良いわ。確かに、興味深い話ではあるし」



 慎重そうな性格に見えるアリシェラではあるが、その気配からは結構な好反応をしているように見える。

 まあ、無理はないだろう。彼女は社会人の年齢であるだろうが……恐らく、抱えているハンデはかなり大きい。

 彼女を攻撃した際の違和感――あれが俺の想像した通りのものであるならば、彼女はまともな仕事に就けるような状態ではない。社会生活もままならないハンデを抱えていることだろう。

 条件を調整できるような雇用など、彼女にとっては渡りに船である筈だ。



「すぐに返事をくれとは言わん。だが、決めて貰うためにもしばらく行動を共にしたい」



 告げて、俺はフレンド申請をアリシェラへと送る。

 彼女は一瞬だけ逡巡した様子であったが、小さく息を吐き出すと、軽く笑いながらこれを了承していた。



「分かったわ。しばらくの間、様子を見させて貰うわね……けど、いいの? 本当に何かしらのクエストで来たんでしょう?」

「ああ、ここに来た用事は俺にしか関係のないものだし、他の連中が来たところで大して意味は無いからな」



 三魔剣全てを有しているのは俺だけだし、《練命剣》や《蒐魂剣》だけであれば、恐らく最初の街にあった道場でもスキルの進化は可能だろう。

 スキルの進化クエストそのものについては、知られたところで大した意味はない。

 まあ、恐らく《収奪の剣》を覚える方法は、あのオークスに学ぶ以外には無いのだろうが――ここに来れようとも、オークスに認められなければ習得はできないだろう。

 この場所は地図に表示されている以上、他のプレイヤーにも到達可能な場所のはずだ。

 だというのに他に習得したという話を聞かないのは、恐らく誰も認められていないということなのだろう。



「……まあ、貴方が構わないというのなら、私としても問題は無いわ。よろしくお願いするわね、クオンさん?」

「呼び捨てで構わんさ。俺もそうしているからな」

「そう? なら、クオン。しばらくの間、よろしくね」



 俺の言葉に頷き、アリシェラは二つの申請を承認する。

 これがしばらくの間になるか、今後ずっとになるかは、彼女の選択次第と言ったところか。

 願わくば、末永い付き合いにしたいものだ。



「もう貴方は分かっているとは思うけど……私のスタイルは、主に暗殺者と呼ばれるようなタイプよ。相手に認識されていない状態から攻撃すると、大きなダメージを与えられるタイプ」

「バックスタッバーですか……虚拍が使えるなら、確かにとんでもなく有効ですよね」

「正面に立っていても、相手の認識から外れていれば効果は発動するからね。中々便利よ、これ」



 呆れたような表情の緋真に対し、アリシェラはフードの下で淡く笑いながらそう返す。

 俺たちからすれば、虚拍をそんなあっさりと使われてしまっては立つ瀬がないというところなのだが……使えるものを使うことは別に悪いことではない。

 レベルからしても、彼女は間違いなく頼りになる実力者なのだ。

 ここは素直に、その能力の高さを喜んでおくべきだろう。



「相性は悪くなさそうだな。俺たちは派手に暴れるから、お前さんは俺たちが視線を集めている内に暗殺してくれればいい」

「私としてもやり易そうだし、少し試してみるとしましょうか」



 配置については、それほど悩む必要も無いだろう。

 俺たちの戦闘スタイルならば、お互いの位置を邪魔することはない。

 彼女としても、俺たちが暴れている間は暗殺を狙いやすいことだろう。



「よし、じゃあ行くとするか……ああ、済まんが、魔法を使う相手は譲って貰えると助かる」

「……? ええ、分かったわ」



 《斬魔の剣》のレベルはあと1つ。

 オークスの所に辿り着くまでに溜まるかどうかは微妙なところだが、少しでも経験値は取得しておきたい。

 さて、目指す先は森の奥、剣聖オークスの住居だ。

 果たして、どのようにスキルを進化させるのか――楽しみにしておくこととしよう。





















■アバター名:アリシェラ

■性別:女

■種族:魔人族ダークス

■レベル:32

■ステータス(残りステータスポイント:0)

STR:22

VIT:17

INT:22

MND:17

AGI:27

DEX:27

■スキル

ウェポンスキル:《暗剣術:Lv.3》

マジックスキル:《闇魔法:Lv.27》

セットスキル:《死点撃ち:Lv.24》

 《隠密:Lv.24》

 《毒耐性:Lv.16》

 《調薬:Lv.21》

 《バックスタブ:Lv.23》

 《回復適正:Lv.24》

 《闇属性強化:Lv.24》

 《ペネトレイト:Lv.25》

 《看破:Lv.21》

 《ポイズンエッジ:Lv.16》

 《無音発動:Lv.10》

 《軽業:Lv.24》

サブスキル:《採取:Lv.18》

 《偽装:Lv.25》

称号スキル:なし

■現在SP:33

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