126:防衛作戦の概要
エレノア達から装備を受け取った後、俺はアルトリウスのもとへと顔を出した。
アルトリウスは、どうやら現時点でも現地人の騎士と作戦内容を詰めているらしく、鎧姿の男と会話を続けている。
少々忙しそうではあるが、こちらもあんまりのんびりとしているわけにもいかない。
近いうちに、悪魔共との戦いが始まってしまうのだから。
小さく嘆息を零し、俺はそんな彼らへと声を掛けた。
「アルトリウス、戻ったぞ」
「ああ、クオンさん! ちょうどいい所に来てくださいました」
「……厄介事のようだな」
顔を出した俺に対し、アルトリウスは嬉しそうに表情を綻ばせる。
フレンドリーな反応であると言えばその通りなのだが、この状況でその反応をされても面倒事の予感しかしない。
半眼を浮かべた俺の内心を理解したのか、アルトリウスは苦笑交じりに肩を竦めていた。
「アルトリウス殿、そちらの御仁は?」
「ザンティス殿。彼はクオン、僕ら異邦人の中でも最強の剣士ですよ」
「そこまで大仰な説明をされるような人間でもないんだが……どうも、初めまして」
「クオン……ああ、貴公が巫女様を救ったという剣士か! 俺はザンティス、第二騎兵隊の隊長だ」
差し出された手を握り返せば、ザンティスは嬉しそうに破顔する。
どうやら、従魔の巫女を救ったことを心から感謝しているようだ。
彼女は確かに、この国にとってはかなり重要な存在であるという話だったため、その反応は分からなくはない。
しかし、この期に及んでアルトリウスがここにいるということは、まだ何かしら決まっていないことがあるということだろう。
「それで、今はどんな状況なんだ? 俺はどこで戦えばいい?」
「既にお察しだとは思いますが、そこが少々問題なんですよ」
俺の問いに対し、案の定アルトリウスは表情を曇らせる。
まあ、これについてはある程度予想していたことではある。
騎兵達と轡を並べようとする以上、問題が起こるのは当然なのだから。
「突然のことでしたので、ベーディンジア側から動員できたのは彼ら第二騎兵隊だけなんです」
「流石に数に不安があるってか?」
「端的に言えばその通りです。後は、クオンさんも危惧していた通りですよ」
「俺たちから動員しようにも、彼らに合わせられるプレイヤーがいないってわけか」
初めに危惧していた通り、やはり馬術のプロである彼ら騎兵隊に合わせられるプレイヤーがいないようだ。
これに関しては最初から分かっていたことではある。
プレイヤーの素人馬術で、その道のプロに付いていこうとすること自体に無理があるのだ。
「その通り、貴公らでは我らの戦列に並ぶことはできまい。騎兵は我らに任せることだ」
「そうだな。ザンティス殿の言う通り、俺たちでは騎兵隊の行軍に合わせるのは不可能だろう。俺や緋真でも付いていくので精一杯だろうさ」
「……そうですか。クオンさんなら或いは、と思ったのですが」
残念そうに、アルトリウスは柳眉を下げる。
流石に、一通り学んだ程度の技術では、それを専門に訓練を重ねてきた連中には敵うまい。
その行軍に合わせて馬を――というかセイランを走らせるぐらいならまだしも、そのまま戦闘を行うにはしばしの慣れが必要だろう。
「とはいえ、数に不安があるのも事実だろう?」
「ふん、不要な心配だな。騎乗戦闘に慣れていない悪魔如き、物の数ではない」
「だが、数で劣ることは事実。無用な犠牲は避けるべきだと思うが?」
「ならばどうするつもりだ? 貴公でさえ我らには合わせられぬというのだろう?」
どうやら、騎乗戦に関してはかなりの自負があるらしい。
それに関して譲るつもりは無いようだし、無駄に言い争っても時間の無駄だ。
ともあれ、こちらの話に耳を傾けるつもりにはなったようだし、とっとと本題に入るとしよう。
「こちらは数は用意できる。であれば、追い込み漁が可能だろう」
「追い込み漁だと? 何をどうすると言うんだ?」
ちらりとアルトリウスへ視線を向ければ、彼は口元に小さく笑みを浮かべて首肯する。
どうやら、アルトリウスの方も同じことを考えていたようだ。
確かに、俺たちでは騎兵隊の行軍に合わせることはできない。
だが、彼らの機動力とこちらの兵力、その両方を生かす方法が無いわけではないのだ。
「単純です。僕ら異邦人の兵力、特に遠距離攻撃を主体とした部隊を展開し、キルゾーンを作成する。騎兵隊の皆様は敵軍を誘導し、そのキルゾーンへと追い込んで貰う」
「……そこを一網打尽にするというわけか」
この方法ならば、俺たちが行軍に同行できなかったとしても問題はない。
騎兵隊の面々も最小限の接敵で済むであろうし、犠牲も減ることだろう。
尤も、問題点があることは否定できないが。
「それはつまり、奴らが奪った騎獣たちも纏めて殺すということか?」
「無論、狙撃可能な面々のみで部隊を構成するつもりです。とはいえ、馬たちを無傷で止めるというのは難しいでしょう……どのように相手をしたとしても」
アルトリウスの言葉に、ザンティスは沈黙する。恐らく、その言葉を否定することができなかったのだろう。
乱戦になりかねない戦場で、相手の馬を傷つけずに敵を倒すなど、かなり無茶な話だ。
特に数で劣る以上、余裕を持って戦うことは難しい。それは、ザンティス自身も理解していることだろう。
俺が戦う場合であっても、馬を傷つけずに戦いきることは困難だ。
不可能とまでは言わないが、要する時間は数倍にまで増えるだろう。
「矢や魔法による狙撃で、悪魔の落馬を狙う。これが、最も味方や騎獣を傷つけずに済ませる方法です。少なくとも、犠牲を減らすことはできるでしょう」
「……そうか」
ザンティスは、それだけ呟くと沈黙する。
どうやら、葛藤があるようだ。まあ、無理も無いだろう。
この国の人間である以上、騎獣に対してはそれなりの愛着を持っている筈だ。
とはいえ、アルトリウスの言葉が理解できないほど愚かではあるまい。そのような人間では、一部隊の隊長に上り詰めることは不可能だろう。
「……いいだろう。貴公の案に乗るとしよう」
「いいのですか? 僕は決して、戦いの専門家というわけではありませんが」
「構わん、我らとて拘泥して兵や騎獣を無駄に傷つけたいわけではない。少ない数で悪魔に挑まねばならぬ以上、作戦は必要だろう」
見たところ、ザンティスは基本的にこちらのことは信用していない。
正確に言うならば、戦力を確認していないアルトリウスのことを信用していないと言うべきか。
俺のことに関しては、騎士や巫女たちからある程度話を聞いているようであるし、一定の評価はされているらしいが……異邦人だからと、女神の使徒だからと鵜呑みにするような人物ではないようだ。
少々プライドが高いきらいはあるが、それを押さえて理性的に判断が下せるだけの知性はある。
つまるところ、彼らは数の少なさを除けば、現地人の戦力としては十分な能力を持っていると判断できるわけだ。
「アルトリウス、後の配置は任せる。その作戦になった以上、俺は歩いてる連中の排除に回ればいいだろう?」
「騎兵の方に鬼哭を使って頂ければ一番なんですが」
「……やはり名前も知っていたか。あれは、俺が離れれば効果が薄れる。下手に薄まると恐慌状態になりかねんぞ?」
「成程、分かりました。順当に行くとしましょう……クオンさんは、いつも通り蹂躙してください。向こうはKに任せてあります」
「そうさせて貰おう。セイランも暴れさせてやらにゃならん」
一通り戦闘はさせたが、乱戦も学んでおいて貰わねばならないからな。
敵の大軍に突撃していくことは、これから幾らでもあるのだから。
とはいえ、今回は常に騎乗しながらの戦闘というわけではない。
敵のど真ん中まで突撃し、後は好きにやらせて貰うとしよう。
軽く手を振ってその場を後にし、俺たちは牧場の北側入口へと向かう。
敵の軍勢は、既にこちらに近づいてきていることだろう。
『キャメロット』の連中もまた、それに合わせて準備を行っているはずだ。
そちらに近づいて確認すれば、確かに見知った姿を発見することができた。
「よう、そちらも準備は進んでいるみたいだな」
「っ、クオン殿か。貴方がこちらに来たということは――」
「俺は徒歩の敵を相手にするってわけだな。よろしく頼む」
その言葉に、Kは沈黙する。眉間に寄った皺を見るに、あまり歓迎はされていないようだ。
まあ、好き勝手やる俺のようなタイプは、彼にとっては扱いづらい存在だろう。
とはいえ、既に戦闘は近づいてきているのだ。Kとしても、俺のことを無視はできないだろう。
「……了解です。貴方が戦線に加わるならば、文字通り百人力だ。頼りにさせて貰いますよ」
「あまり建前を並べんでもいいさ。あんたからすれば、俺が居るのは邪魔だろうからな」
「そうは言いませんよ。貴方という戦力が貴重であることは紛れもない事実です。ただ……私では、貴方を作戦に組み込むことが不可能であるというだけだ」
Kの言葉に、俺は苦笑を交えて肩を竦める。
否定はできないだろう。俺のような劇物を扱えるのはアルトリウスぐらいなものだ。
尤も、アルトリウスもそれを織り込み済みでいたようではあったが。
「俺は適当に動くさ。あんたは俺に構わず、味方を動かせばいい。距離を離しておけば何とかなるだろうよ」
「無茶を言いますね……しかし、それが妥当ですか」
言いつつ、Kは少し離れたところにいる緋真たちを――正確にはそこで地面に伏せているセイランへ視線を向ける。
『キャメロット』の連中も揃って騎獣を購入したようであるが、今の所グリフォンを購入したものは見かけていない。
値段が高いのもそうだが、そもそもグリフォンに認められるかどうかという問題もある。
飛行騎獣が普及するようになるのはまだまだ先だろう。
「……今の貴方の足を止める方法はない。せめて、挟撃になるように戦って貰えますか?」
「ふむ、その程度だったら構わんさ」
単純な作戦であるが、悪くはない。
本来であれば数で包囲することで意味を成すのだが、多少は敵を混乱させられるだろう。
「お願いします、クオン殿。それでは、我々も配置に着きます」
「ああ。お互い、楽しむとしようか」
にやりと笑いながら拳を掲げれば、Kも苦笑を浮かべて拳を合わせる。
お固い奴ではあるが、決してノリが悪いわけではないようだ。
俺たちは互いに笑みを交わしながら別れ――そして、それぞれの仲間と共に位置に着く。
敵の軍勢は、既にその影が見える場所まで近づいていた。





