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012:裁縫師伊織












 道場での時間潰しも終え、俺は再び気配を消しつつ、元いた天幕へと戻った。

 相変わらず人の多い天幕の中、奥の方に見えた身長の低い少女の傍、そこには随分と特徴的な姿の人物が存在していた。

 長い金髪で、腰の辺りまで届くその髪先は、何条かに分かれた後に緩くカールが巻かれている。

 アレがさらに強く巻いていたら、所謂ドリルと呼ばれることになっていただろう。

 まあ、そこまでならまだ分からなくはない。高い身長とあわせても、そこそこに似合っている姿だと言えるだろう。

 ――やたらとゴテゴテした着物を纏っていなかったら、の話であるが。



「お、先生さーん」

「……気づかれたか」



 と、フィノがこちらの姿に気付き、相変わらず眠そうな表情のままこちらへと手を振る。

 それと同時に着物の少女もこちらへと視線を向け――その碧玉の瞳を、大いに輝かせていた。



「まあ! まあまあまあ!」

「お、おお?」



 何やら、やたらとテンション高く近づいてきた少女は、遠慮なく距離を詰めると、俺の姿を観察するようにぐるりと周囲を回る。

 どうやら、彼女の視線は俺の装備に対して集中しているらしい。

 いや、どちらかと言えば、それらを纏った俺の姿全体に対して、だろうか。

 一通りこちらのことを観察した少女は、実に上機嫌な様子でぽんと手を叩き、話し始める。



「素晴らしいですわ! ここまでわたくしの服を着こなして頂けるなんて! 緋真さん以来ですわ!」

「あー……まあ、和服はそこそこ着慣れているからな」

「そうでしたの。やはり経験のある方は違うものなのですわね」



 何と言うかまぁ、色々と特徴的な人物である。

 顔の造作は整っている――どちらかと言うと、外国人っぽさのある顔の作りをしているだろうか。

 そのおかげで金髪碧眼の容姿にはまるで違和感を覚えないのだが、その服装が和服であることには戸惑いを禁じえない。

 おまけにこのお嬢様口調だ。少なくとも、大いに印象に残ることは間違いない。



「ええと、アンタが伊織さんかい?」

「はい、その通りですわ。よろしくお願いいたしますね、クオンさん」

「ああ、よろしく頼む。で、注文の品は持ってきてくれたのか?」

「ええ、こちらに」



 そう言って伊織が取り出したのは、二着の羽織だった。

 一つは焦げ茶色のごく普通の羽織、もう一着は――



「……おい、何故こんな物を持ってきた」

「フィノがクオンさんのことを、緋真さんに勝るほどのサムライだと言っていましたもの、これが似合うと思いまして!」



 水色に染め上げられ、袖口だけが白い羽織。

 日本人なら誰でも見覚えがあるだろう、まごうことなき新撰組をイメージした羽織だ。

 まあ確かに、鉢金まで巻いたこの姿はそう見えなくもないだろうが、下に着ているのは袴ではなく着流しだ。

 しかも同系統の色となると、この新撰組の羽織は似合わないだろう。



「生憎、今の服装じゃ似合わんだろう。あんたが作ったんだからわかってるだろう?」

「むぅ……まあ、否定はできませんわね。まあ、これはこれで、中村主水のようで似合ってますわ!」

「……そうかい」



 時代劇フリークか何かだろうか。

 まあ、要求した装備を持ってきてくれた以上、その背景については追及することもないだろう。

 とりあえず、俺は受け取った焦げ茶色の羽織りを《識別》した。



■《防具:装飾品》森蜘蛛糸の羽織(焦げ茶)

 防御力:6

 魔法防御力:2

 重量:2

 耐久度:100%

 付与効果:なし

 製作者:伊織



 性能についてはそれほど高くはないが、まあ装飾品枠に入る装備なのだからこんなものだろう。

 丸に唐花の家紋が付いた、ある種徹底している装備に苦笑しつつも、俺は装備の具合を確かめる。

 袖口は広くはあるが、あまり長くは伸ばしていないため、刀を振る上で邪魔になることはないだろう。

 とりあえずはこれで目標は達成できた、というわけだ。



「よし、こんなもんだろう。金はいくらぐらいだ?」

「1万で大丈夫ですわ。その代わりといってはなんですが――」



 そう告げると、伊織は手元で何やらメニューを操作し始める。

 何をする気かと首を傾げたちょうどその時、俺の目の前にウィンドウが表示された。



『【伊織】からフレンド申請が送信されました。承認しますか? Yes/No』

「ふむ……また唐突だな。初対面だってのに」

「和服装備を着こなせる、数少ないお客様ですもの!」



 何だかよく分からん基準ではあるが、何だかんだでフィノの認めているほどの職人だ。

 となれば、布系の生産職としてはトップクラスの腕を持つ人物だと考えていいだろう。

 縁を結んでおくのも悪くはないはずだ。そう判断して、俺は頷きつつフレンド登録を了承する。

 鼻歌でも歌いそうなほどに上機嫌な伊織の様子には苦笑しつつも、こちらもまた満足して頷いた。

 これはこれで良縁だろう。今後装備を更新する際にも世話になるかもしれんしな。



「ふふ、助かりましたわ。ありがとうございます、クオンさん」

「別に助けた覚えは無いんだが?」

「わたくしの作品を購入してくださったことですわよ」

「……いおりん、腕のいい布装備職人なんだけど、和服しか作らないから……需要がニッチ」



 フィノの言葉に、半眼を作りつつも納得する。

 ここはファンタジーの世界だ。正直なところ、和服というものがそれほど似合うようには思えない。

 ついでに言えば、布系の装備というのは基本的に後衛向けの装備のようであるし……となれば、刀を持って戦う前衛には向かない装備であると言えるだろう。



「わたくしに入ってくる注文はいつも弓道の胴着か巫女服でしたし……それも悪くはないのですが、わたくしとしましては普通の着物を作りたいものだったので」

「……で、俺や緋真のような存在が貴重ってわけか」

「ええ。機動性を重視して、布系の装備で刀を持ちながら前衛を張るプレイヤー、となると非常に限られてしまいます。そういう意味においても、クオンさんはとても仲良くしたいプレイヤーなのですわ」



 まあ、要するに互いに利のある関係であるということか。

 その点に関してはこちらとしても否やはないし、仲良くしておくに越したことはないだろう。



「あの、それでなのですが……クオンさんに、一つお願いと言うか、依頼したいことがございます」

「うん? 依頼だ?」

「はい。私と一緒に、東の森のボスを討伐していただきたいのですわ」

「東の森? この街の東側のフィールドか。そこのボスを倒せばいいのか?」



 この街の四方には、それぞれ異なる敵の出現するフィールドが広がっており、東側には深い森が存在している。

 正直、俺としては最も敵の強い北の平原にしか興味がなく、他は無視していいと考えていたのだが――



「そこのボスを倒すと、何か特典でもあるのか?」

「と言うより、そのボスのドロップ品が狙いなのです。ボスはグレーターフォレストスパイダー、まあ要するに巨大な蜘蛛なのですが、その蜘蛛の落とす糸が必要なのですわ」

「成程、装備を作るために使いたいわけか」



 布装備の職人となれば、当然その元となる布が必要になるだろう。

 布を作るとなれば、当然糸が必要だ。その糸に、東の森のボス素材を使いたいということだろう。

 現状手に入る素材としては、恐らくボスの素材が一番強いだろうしな。



「勿論、その糸でクオンさんの装備を作らせていただきますわ。オーダーメイドにも応じます。どうでしょう?」

「……その糸で装備を作ると、お前さんに何か得でもあるのか?」

「現地人からのクエストで、一定以上の性能を持つ装備を作ってみせなければならないのですわ。ただ、現状出回っている素材だとどうしても難しく……」

「そこでボスの素材ってわけか」



 ふむ。まあ、いい装備を造ってもらえるっていうなら否はない。

 今の装備も、決して悪くはないのだが、現状で装備できるものという間に合わせの感が拭えないものだ。

 より強力な装備に変更できるなら、そうしておくべきだろう。

 ついでに言えば、ボスと戦えるのも魅力的だ。

 北の狼ほどではないのだろうが、ボスと名が付くからにはそこそこの強敵であるはず。

 さらに、森の中という特殊な状況下での戦闘は、それ自体がよい経験となることだろう。



「分かった、その依頼を受けるとしよう」

「本当ですの!? 良かった……皆さん蜘蛛が気持ち悪いからと受けてくださらなかったので……」

「ああ、まあそういう連中もいるか。俺としては、戦えるのならば否やはないんだが」

「先生さんも戦うの好きだねぇ……」



 どこか呆れたような表情で呟くフィノに、俺は軽く肩を竦めて返す。

 そもそも、戦うためにこのゲームを始めたのだから、それに間違いはないだろう。



「それで、これから出発するのか?」

「ああ、いえ……今日はもうクエストをこなしてきたので、色々と消耗しておりますの。申し訳ありませんが、明日でもよろしいでしょうか?」

「明日か。確か日曜だったな……外の時間で言えば、二時以降なら大丈夫だが」

「わたくしもその時間で問題ありませんわ。では、明日はよろしくお願いいたします」

「ああ。こちらこそ、頼んだぞ」



 満面の笑みを浮かべる伊織に、こちらもくつくつと笑みを零しながら首肯する。

 足手纏いになるかどうかは分からんが、まあそういうのもいいだろう。

 周囲に気を配りながら戦うのも、また一つの修行だ。



「さて、用事も済んだし……ふむ、もうそこそこいい時間か」

「あら、ログアウトしますの?」

「そうだな。初日から楽しませて貰った。緋真頼りとはいえ、良縁を結べたことに感謝しよう。では、また明日頼む」

「はい、よろしくお願いいたしますわ」

「ばいばーい」



 礼儀正しく頭を下げる伊織と、長柄のハンマーを床において体を預けているフィノ。

 その二人に見送られながら、俺は初日のログインを終了させたのだった。











 * * * * *











 どこか引っ張られるような感覚と共に目を開けば、暗転していた視界が元の己の部屋へと戻る。

 リクライニングシートから体を起こし、立ち上がって体を動かして――違和感がほぼ存在しないことに安堵した。

 これなら、多少素振りする程度で感覚の磨り合わせができるだろう。

 頷きつつ、俺は木刀を手に部屋から出て縁側へと向かう。

 と――その途中、俺の視界に入ったのは、こちらへと向かって廊下を歩む明日香の姿だった。

 明日香もまたこちらの姿を捉えると、僅かに目を見開いてこちらに駆け寄ってくる。



「先生、ログアウトしてたんですか」

「ああ。そこそこやることもやったんでな。今から軽く体を動かしてくる」

「ゲームの中でも剣を振ってたのに、まだやるんですか……」

「だからこそに決まってるだろ。実戦で剣を振ったからには、きちんと素振りをして微調整するのが基本だ。お前もきちんとやれ」

「う、そうですよね……」

「分かりゃいい。錆び付かせないように気をつけろよ」



 軽くぐりぐりと頭を撫でて、明日香とすれ違うように廊下を進む。

 明日はでかい蜘蛛との戦いだ。そのイメージも含めて、体に叩き込んでおくとしよう。

 そこまで考えて、ふと気づく。ここ最近感じていた退屈が、完全に吹き飛んでいるということに。



「はは……いいな、思った以上だ」



 懐かしいと言うにはいささか最近過ぎるが、これは確かに、ジジイに挑んでいた時と同じ情熱だ。

 強くなること、戦うこと。その果てない可能性があの世界には眠っている。

 ああ、これはいい、楽しいな。



「感謝するぞ、緋真・・。俺は、まだまだ前に進めそうだ」



 ――そう呟いて、俺は素振りを開始したのだった。











■アバター名:クオン

■性別:男

■種族:人間族ヒューマン

■レベル:8

■ステータス(残りステータスポイント:0)

STR:14

VIT:12

INT:14

MND:12

AGI:11

DEX:11

■スキル

ウェポンスキル:《刀:Lv.8》

マジックスキル:《強化魔法:Lv.5》

セットスキル:《死点撃ち:Lv.7》

 《HP自動回復:Lv.2》

 《MP自動回復:Lv.3》

 《収奪の剣:Lv.3》

 《識別:Lv.7》

 《生命の剣:Lv.1》

サブスキル:《採掘:Lv.1》

 《斬魔の剣:Lv.1》

■現在SP:2

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― 新着の感想 ―
[一言] 後々、爺さんを誘うんだろうか?
[気になる点] まだ12話までしか読んでないのですが、気になったことを一つ。 伊織という名前について、この名前は男性につける名前です。この作品では女性の登場人物に男性名をつけていることが少し引っかかり…
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