102:灯の元へ
ギロチンの後も、中々に悪辣な罠は続いた。
燭台の明かりと明かりの間、薄暗くなった場所に仕掛けられたワイヤートラップや、ドアノブに仕掛けられた毒針。
角の曲がり際に飛んでくる矢や柱の裏から飛び出してくる鉄杭など――分かり辛い場所に仕掛けられたトラップが数多く登場したのだ。
尤も、ある程度の法則性はあったため、読みやすいといえば読みやすかったのだが。
「先生、どうやって罠の位置を特定してるんですか? 私には全く分からないんですけど……」
「私もです、お父様。いつも、トラップの発動前に感知されていますよね? どうやっているのでしょうか?」
「うーむ、これは言葉では説明しづらい感覚なんだがな」
言ってしまえば、経験から来る直感だ。
かつての戦いの折、ブービートラップの類にはよく遭遇したし、それ故にどこに仕掛ければ効果的であるかも理解している。
その知識を生かして、きな臭い場所を全て警戒しているだけなのだ。
「さっきも言ったが、要は自分ならここに仕掛けるだろう、という場所を警戒しているだけだ」
「自分が仕掛ける立場だったら、ですか……正直、やったことは無いからよく分からないですけど」
「だが、全くイメージできないというわけでもあるまい」
「それはまぁ、そうですけど」
トラップは仕掛けられる場所が限られる以上、バリエーションもそうそう多くはならない。
ある程度のパターンを覚えておけば、どこに何があるかを予想することは難しくないのだ。
尤も、気付けたところで解除の知識は無いため、避けるか迎撃するしか取れる手段はないわけだが。
ともあれ、ある程度想像できてしまえば、後はそれを全て警戒するだけだ。
「まず全景を見て把握し、トラップが仕掛けられていそうな場所を想像する。そこにトラップが仕掛けられていたとして、どのような条件で発動するかも考察する。あとはそれに対処する方法を決定する。簡単に言えばそれだけだ」
「あー……かなり経験則が物を言いますね」
「正直、私は覚えられる気がしません、お父様……」
「覚えておいて損が無いことは事実だが、そうそう使うもんでもないからな。トラップがあると分かっているなら、専門家を雇った方が効率がいいだろうよ」
まあ、一応他にも方法はあるのだが、こちらは更に難しいだろう。
小さく苦笑し、こつこつと足音を立てながら石畳の通路を進む。
俺が利用しているのは音の反響だ。地面から伝わる振動や壁での反射には、何かしらの異物がある場合には相応の違和感が生じるものだ。
これを利用して、何かが仕掛けられている場所をある程度特定しているのだ。
と――
「む……?」
「どうしました、先生? またトラップですか」
「かもしれんが……この先の、右手側の壁だな。壁の向こう側に小さな空洞があるようだ」
その部分だけ、音の反響の仕方が違う。
しかしながら、それがどのような空洞であるかまでは判別がつかない。
トラップなのか、はたまた隠し部屋なのか――藪をつついて蛇を出すことにもなりかねないが、多少の興味はあった。
「とりあえず、罠を起動するような仕掛けは無いし、生き物の気配もないが……一体何のための空洞だ、こりゃ」
「んー、壁壊せますかね、これ?」
「緋真姉様、この辺り、罅が入っていますよ?」
「お? ってことは、もしかしたら本当に隠し部屋かも」
ルミナの言葉に表情を輝かせた緋真は、インベントリからピッケルを取り出し、壁の罅を狙って叩き始める。
ボロボロと落ちる壁の破片を見るに、やはり最初から穴を空けられることを想定したギミックのようだ。
ピッケルによって発生した音の反響の仕方から、隠し部屋――というより隠しスペースか。そこは一畳分程度の広さしかない小さなスペースであることが分かる。
果たして、何が入っているのか。興味深そうに、ルミナは光球で緋真の手元を照らす。
やがて、人が通れる程度の穴が開いた、その壁の向こう側には――一個の宝箱が鎮座していた。
「おおっ、宝箱ですよ、先生!」
「ほう、初めて見たな……こんなあからさまな形してるのか」
鉄板などで補強された木製の箱。おおよそ、宝箱と聞いてイメージするような形状をしているだろう。
隠しスペースから引きずり出されたそれは、俺の膝ほどまでの高さがある、そこそこ大きな箱だ。
さて、一体何が入っていることやら。
「鍵はかかってないみたいですね。開けますよ?」
「ちょっと待て」
興味津々で宝箱を開けようとした緋真に待ったを掛け、俺は軽く宝箱を叩いていた。
音の反響からして、中に何かが入っているのは間違いない。
それに、何かしらが仕掛けられているという気配もなさそうだ。
これまでの罠を考えると少々拍子抜けだが、面倒が無くて助かると言えるだろう。
「問題はなさそうだな。開けてみろ」
「はい。さて、何かな何かなー?」
緋真が鼻歌交じりに宝箱を開くと、そこには同じアイテムが四つほど収められていた。
これは……どうやら、ランタンのようだ。
■聖火のランタン:特殊・フィールドアイテム
聖火の塔で作られたランタン。
聖火の塔最上階に灯された聖火を持ち運ぶことができる。
その光は、魔物を退ける力を持つ。
「ほう……? 例の聖火とやらを持ち運べるアイテムか」
「魔物避けのアイテム、ってことですよね。つまりこれって、魔物避けの香の代わりに使えるアイテムってこと?」
「ああ、あれって消費アイテムだったか。つまり消費アイテムを使わずに安全な野営ができるってわけか」
「《鑑定》持ちに見て貰わないと確定じゃないですけど……うん、その可能性は高いと思いますよ」
成程、もしも予想が当たっているのであれば、中々有用なアイテムだ。
どこでも安全地帯を作れるのであれば、遠征中の休憩にも役立つだろう。
しかしながら、聖火のランタンと名前が付いている割には、肝心の火が灯っていない。
これは、最上階で聖火を取ってくる必要があるということか?
「ふむ……今はまだ使えないようだな?」
「ですね。最上階で火が取れるか試してみますか」
とりあえず、聖火のランタンはインベントリに突っ込んでおくこととする。
使えるかどうかは分からないが、折角の隠しアイテムだ、放置しておく理由は無い。
まあ、四つあっても無駄であるし、一つはエレノアに売り払ってもいいかもしれないが。
「よし、進むぞ。外観からの大きさはあまり当てにはできないが、見た目通りならそろそろ最上階でもおかしくはないはずだ」
「分かってます。気を引き締めていきますよ」
通路を抜け、上階へと続く階段を発見する。
以前のようなトラップがあるかどうかも分からんし、警戒を絶やさぬままに上へと進み――その中ほどで、俺は足を止めていた。
「先生、どうしたんですか?」
「またトラップでしょうか?」
「静かにしろ」
有無を言わさぬ言葉に、二人は息を飲みつつも素直に沈黙する。
その様子に満足しつつ、俺は静かに意識を集中し、耳に入る音を読み取っていった。
この先の上階より、何らかの気配を感じる。先ほどのインプのような小さな気配ではなく、人と変わらぬ大きさの生き物が動く気配だ。
数にして五つ以上だろうか。これまで殆ど敵の姿を見かけなかったというのに、ここに来ていきなりこの数とは。
「ボスかもしれんな。気を引き締めろ、お前ら」
「っ……はい」
「分かりました……!」
トラップへの警戒は絶やさぬまま、俺はゆっくりと階段を上ってゆく。
今度は足音を立てることはない。静かに、気配を殺しながら最上階へと近づいていった。
やがて見えてきた最上階に、俺は再び足を止めて気配を探る。
――武装した人型の存在が五体ほど。それ以外に、空中を飛び回るような気配がある。
飛んでいる相手は厄介だ。遠距離攻撃が無い俺では対処が難しい。
「ルミナ、お前は空中にいる奴を何とかしろ」
「空中、ですか」
「ああ、何か妙な奴が飛んでいる。俺と緋真では相手が難しいからな」
「……分かりました、お任せください」
静かに頷くルミナに小さく笑い、俺は餓狼丸を引き抜く。
せっかくだからコイツの能力を使ってみようかとも考えたが、そこそこ経験値も溜まってきているので、ここで使ってしまうのも勿体ない。
ここは普通に斬っていくとしよう。小さく笑みを浮かべ――俺は壁を蹴り、三角跳びの要領で最上階へと跳び出していた。
緋真が追ってくる気配を感じ取りながら、俺はその場にいた敵を全て確認していた。
■デーモンナイト
種別:悪魔
レベル:32
状態:パッシブ
属性:闇
戦闘位置:地上
■デーモンプリースト
種別:悪魔
レベル:34
状態:パッシブ
属性:闇
戦闘位置:地上
■イビルフレイム・ゴースト
種別:悪霊
レベル:30
状態:パッシブ
属性:火
戦闘位置:空中
『《識別》のスキルレベルが上昇しました』
――デーモンナイトが三体、デーモンプリーストが二体、ゴーストが空中に三体。
数が多く、見知らぬ敵も多い。成程、厄介な状況だ。だが――
「――『生奪』」
刃が、金と黒のオーラを纏う。
着地と共に地を蹴った俺は、そのまま最も近くに立っていたデーモンナイトへと向けて突貫していた。
その時点で向こうもこちらの存在に気付いたが、反応が遅い。
デーモンナイトに肉薄した俺は、横薙ぎの一閃を放ち――ギリギリで反応したデーモンナイトの腹部に傷を負わせていた。
「ぐ……ッ、人間め、いつの間に……!」
「――緋真ッ!」
「《スペルチャージ》、【ファイアボール】!」
声に呼応するかのように、俺が傷を負わせた悪魔へと向けて火球が射出される。
それは後方へと跳躍して着地したばかりのデーモンナイトを、正確に狙い打っていた。
爆裂する炎が相手の体を飲み込み、敵は煙を上げながら後方へと吹き飛ばされ――その先にあった、巨大な台座へと衝突していた。
大きくダメージを与えたようであるが、まだ生きているらしい。
(レベルが高いだけはあるか。しかし――)
僅かに舌打ちしつつ、俺は敵が激突した台座へと視線を向ける。
それは、直径3メートルはある巨大なボウル状の皿を乗せた台座だ。
そしてその皿の上には、禍々しい黒い炎が燃え盛っていた。
それが如何なる物であるかは分からないが、どこからどう見ても益のあるものには見えない。
悪魔共が聖火の塔に仕掛けているのは、恐らくこの黒い炎なのだろう。
どうすればこの炎を消せるのかは分からないが、まずはこの悪魔共を片付けるのが先決だ。
「先生、先にプリーストを! 回復されてます」
「っ……面倒なことをしてくれる」
ボディアーマーのような外皮を纏うデーモンナイトとは異なり、デーモンプリーストはローブのような衣装を纏っている。
尤も、黒いローブであるため、聖職者というよりは魔法使いの類に見えるが。
何にせよ、ダメージを与えても回復されてしまうのは厄介だ。
緋真の言う通り、回復役を先に潰すべきなのだろう。
だが――
「構わん、一撃で殺せば同じことだ」
「ちょっ、先生!?」
回復能力があろうと、即死した奴まで癒せるわけではないだろう。
首を断つ。心臓を穿つ。ただそれだけで、あらゆる生物は死ぬのだから。
「来るがいい侵略者共。お前らのせせこましい計画は、容赦なく踏み潰してやろう」
「言ってくれるな、人間如きが……!」
傷を癒して立ち上がったデーモンナイトは、声に憤怒を纏わせながら剣を抜き、構える。
瞬間――奴の背後にあった黒い炎が、突如としてうねりを上げていた。
まるで生き物のように蠢く黒い炎は、空中で分離し、それぞれが悪魔たちへと降り注ぐ。
しかし、奴らはそれを避ける様子も無く――それどころか、命中した炎は奴らの体に纏わりつき、まるで体が燃えているかのような様相へと変化していたのだ。
「我らが邪炎の力、とくと思い知るがいい、愚かな人間風情が!」
その掛け声と共に――黒い炎を纏う悪魔たちは、一斉にこちらへと襲い掛かってきた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:31
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:25
VIT:20
INT:25
MND:20
AGI:15
DEX:15
■スキル
ウェポンスキル:《刀術:Lv.2》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.21》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.19》
《MP自動回復:Lv.17》
《収奪の剣:Lv.17》
《識別:Lv.19》
《生命の剣:Lv.20》
《斬魔の剣:Lv.12》
《テイム:Lv.16》
《HP自動回復:Lv.16》
《生命力操作:Lv.12》
《魔力操作:Lv.3》
《魔技共演:Lv.2》
サブスキル:《採掘:Lv.10》
称号スキル:《剣鬼羅刹》
■現在SP:27
■アバター名:緋真
■性別:女
■種族:人間族
■レベル:29
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:26
VIT:18
INT:22
MND:18
AGI:16
DEX:16
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.29》
マジックスキル:《火魔法:Lv.25》
セットスキル:《闘気:Lv.19》
《スペルチャージ:Lv.17》
《火属性強化:Lv.17》
《回復適正:Lv.12》
《識別:Lv.17》
《死点撃ち:Lv.19》
《格闘:Lv.18》
《戦闘技能:Lv.17》
《走破:Lv.17》
《術理装填:Lv.3》
サブスキル:《採取:Lv.7》
《採掘:Lv.10》
称号スキル:《緋の剣姫》
■現在SP:34
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:ヴァルキリー
■レベル:3
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:26
VIT:19
INT:33
MND:19
AGI:22
DEX:19
■スキル
ウェポンスキル:《刀》
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《光翼》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:中》
《MP自動大回復》
《風魔法》
《魔法陣》
《ブースト》
称号スキル:《精霊王の眷属》





