099:エレノアとアルトリウス
王都を後にするクオンの背中を見送った後も、二人のクランマスターは会話を続けていた。
『キャメロット』のアルトリウス、『エレノア商会』のエレノア――規模で言えば最大級と言っても過言ではない二つのクランのマスターである。
二人の間で交わされているのは、先程結ばれたクラン同士の同盟に関する取り決めだ。
「まずは小さい取引で様子見ってことね……まあ、お互い規模は大きいし、無理をするのは得策ではないわね」
「ええ、まずは小口の契約からでいいでしょう。最初から規模を大きくすると、修正が大変ですから」
「となると、こちらからはクラン向けの注文票を修正しないといけないわね……小口だとそこまで割引はできないけど」
「ある程度の生産はうちでもできますから、単純なものに絞って数だけ注文しましょうか。生産部隊は他に必要なものに回せば余裕もできますし」
大規模クランのマスターである二人は、それだけ有名人でもある。
街中にいればすぐさま視線が集まってくるほどであるため、アルトリウスの側近を含めたメンバーは近くにあった『エレノア商会』の支店へと足を踏み入れていた。
今回のイベントで大きく利益を上げたエレノアは、早速店舗の増加に踏み出していたのだ。
まだ改装している店内は、戻ってきたクランメンバーたちが慌ただしく動き回っている。
その様子を感心したように眺めつつ、アルトリウスは口を開く。
「総じて、僕らからは素材の提供、情報の提供、それから護衛の引き受けと言った所ですかね」
「そのぐらいなら無理なく展開できそうね。こちらからはアイテムの提供と割引、それから研究開発への参加許可かしら」
「……いいのですか? そこは、貴方にとっても切り札では?」
「構わないわ。無論、メンバーの厳選と情報管理はして貰うけど……『キャメロット』の持つ前線情報は私たちにとっても非常に有用だから」
アイテムの研究開発を行う『エレノア商会』のコンペティションだが、その趣旨は職人同士の情報交換にある。
そこに最前線の素材を手に入れやすい『キャメロット』のメンバーを招き入れれば、研究の発展を見込めるのだ。
無論、情報面でのリスクはあるが、それを踏まえても協力し合う価値はあるとエレノアは判断していた。
「では、まずはそれで。一ヶ月ほど運用して、細部を詰めていきましょう」
「それがいいでしょうね。ありがとう、アルトリウス」
「いえ、こちらこそ。今後もいい関係を築いていきたいですね」
互いに握手を交わし――しかし、エレノアはその言葉に対して半眼を向けていた。
そんな視線を受けながらも、いつも通りの態度を崩さぬアルトリウスに、エレノアは僅かに吐息を零しながら声を上げる。
「貴方ね、隠し事をしながらこんな話を持ち掛けてきたくせに、よく言うわね」
「おや、そういう割には話を受けてくれたんですね」
「メリットがあるのは事実だし……あれだけのことをやらかした以上、クオンの後ろ盾は必要でしょう? 彼との繋がりを考えたら、受けておいた方が便利だもの」
「成程、仲間想いなんですね、エレノアさん」
アルトリウスの言葉に対し、エレノアは内心を隠しながら視線を返す。
盛大に顔を顰めたい所ではあったが、ただでさえ見透かされている感覚を受けるアルトリウスに対し、これ以上の弱みは見せたくなかったのだ。
「それにしても、隠し事をしていることは否定しないのね」
「今更否定しても無駄でしょう、貴方はもう確信を得ているはずだ」
「……そういう所よ、アルトリウス」
呻くようなエレノアの声に、アルトリウスは苦笑を零す。
彼自身、信用を得づらい立場であることは自覚していた。
エレノアたちに――否、クランメンバーの大多数に対してすら、隠し事をしているのは紛れもない事実なのだから。
「そもそも今回の話にしても不自然よね。生産活動がメインであるウチとの提携はまだしも、最前線を競い合う立場であるクオンを支援するのは理屈が通らないわ」
「それについては説明したはずですが?」
「クオンの行き先を把握して、そこ以外を攻めるって? それも理解できなくは無いけれど……貴方が本気なら、クオンと競争することだって不可能じゃない筈よ。わざわざ競合を避ける理由がない」
確かに、クオンの実力は特別を通り越して例外的なものだ。
彼はその突出した戦闘能力で、自覚無しに最前線を荒らしまわることになるだろう。
だが、アルトリウスはそれに対抗し得る運営能力と組織力を有している。
その気になれば、クオンを出し抜くことも不可能ではない筈なのだ。
だというのに、彼はクオンの支援を申し出た。それはつまり――
「……つまり貴方、クオンに活躍して貰いたいのよね。彼が最前線を走ることが、貴方にとって都合がいいのでしょう」
「それを理解していて、僕に合わせてくれたんですか?」
「クオンが最前線にいるのは、『エレノア商会』にとっては大きなメリットよ。彼も緋真さんも、ウチとしか取引をしていないわけだし……更に成長武器のおかげで、ほぼウチが専属スタッフのような状態になったわけだしね。けれど――貴方がクオンの背中を押す、その理由が分からないわ」
そう告げて、エレノアはアルトリウスの瞳を真っ直ぐと見つめる。
虚言は許さないと――その瞳の奥にある真意を探るように。
そんな彼女の視線に、アルトリウスはどこか観念したように苦笑を零していた。
「そうですね、否定はしません。僕は、クオンさんに最前線を走って貰いたいと思っています」
「……それは、何故?」
「今はまだ、話せません。ですが……僕が貴方たちの敵になることはない、それだけは保証します」
エレノアの視線に対し、アルトリウスは真っ直ぐと見つめ返しながらそう返答する。
しばし、二人は無言で睨み合い――そして、同時に相好を崩していた。
そして軽く嘆息を零し、エレノアはアルトリウスへと告げる。
「……分かったわ。とりあえず、今はそれでいい、貴方の秘密主義は、今に始まった話でもないしね」
「ご理解、感謝します」
「いけしゃあしゃあと……クオンもかなり無茶苦茶な存在だけど、謎という点については貴方も似たようなものよ」
「はははは、それも否定できませんね」
再び爽やかな笑みを浮かべるアルトリウスに、エレノアは半眼を向ける。
しかし、今以上の話を引き出すことは無理であると判断し、それ以上の追及は打ち切っていた。
とは言え、気になることもまた事実。アルトリウスは、周囲の反応からも、元々立場のある人間である可能性が高い。
しかし、そんな人間が何故、長時間にわたってログインし続けることが可能なのか。
――エレノアも人のことは言えないが、彼女自身にも事情はある。だからこそ、余計に警戒しているのだ。
「はぁ……まあいいわ。今更協力の話を無かったことにするつもりも無いし。お互い、上手いこと手を回すとしましょうか」
「ええ、よろしくお願いします。では、今日はここで失礼を」
そう告げて、アルトリウスは席を立つ。
そのまま、入り口の辺りで控えていたディーンを伴って外へと向かい――扉の傍で、彼は肩越しに振り返り、エレノアへと声を掛けていた。
「いずれ、貴方とクオンさんにはお話ししましょう」
「……本気?」
「ええ、しばし時間はかかりますが、いずれは。それまでは、少しお待ちくださいね」
そこまで告げて、アルトリウスは支店を後にする。
彼の背中を見送りつつ、エレノアは深く溜め息を零していた。
「……もしかしたら本当に、裏があるってことなのかしらね。それなら、お父様のあの指示は――」
そこから先の言葉を飲み込み、エレノアはゆっくりと席を立つ。
しばし瞑目してから顔を上げたその表情は――いつも通りの、敏腕商会長のものへと戻っていた。
* * * * *
『《強化魔法》のスキルレベルが上昇しました』
『《MP自動回復》のスキルレベルが上昇しました』
『《魔力操作》のスキルレベルが上昇しました』
「ふむ……《生命力操作》ほど使ってる実感はないな」
「そうなんですか? 魔法優先ビルドの人は結構違いを実感できるらしいですけど、《魔力操作》」
「正直、よく分からんな。まあ、少し効率化しているのは事実のようだが」
北への道を進みながら、俺たちは新しく取得したスキルのテストを行っていた。
俺が覚えたものは《魔力操作》と《魔技共演》、ついでに《刀術》である。
尤も、《刀術》については単純に武器威力が向上した程度のようであるし、あまり差は感じ取れないが。
「それより、お前の方はどうなんだ? 金のスキルオーブで新しいスキルを覚えたんだろ?」
「ああ、はい。《術理装填》っていうスキルですね。簡単に言うと、武器に魔法を込められるスキルです」
「それがさっきの刀が燃えてたやつか。普段使ってる魔導戦技と何か違うのか?」
「そりゃ勿論、全然違いますよ」
確かに、魔導戦技を使う時のように、体が勝手に動いている様子はなかった。
つまり、あれと同じような効果を得ながら、自分の意志で動けるということなのだろう。
それは確かに中々便利そうだが――俺の魔法は《強化魔法》だし、取得しても意味はないか。
「《術理装填》を使ってから魔法を発動すると、その魔法が武器に宿るんです。で、その魔法に応じてそれぞれ違う効果が発動します。【ファイアボール】だと、振ったら火の玉が飛んでいくとか」
「成程……色々と応用ができそうですね、緋真姉様」
「その通り! しかもこれ、魔法の威力が上がれば攻撃の威力も上がるから、《スペルチャージ》とかも乗せられるし」
「ほほう……そりゃ確かに、色々と使えそうだな」
「ですよね。まあ、燃費はあまり良くないんですけど」
緋真の言うように、《術理装填》を使った後は、あまり長時間は効果が持続していないようであった。
元が単発の魔法であると思えば仕方ないのかもしれないが、MPの消費は少々厳しいかもしれない。
とは言え、これは後半になればなるほど手札が増えてくる類のスキルだろう。
性能をしっかりと把握できれば、大きな力となるかもしれない。
「それで、先生の方はどうなんですか?」
「《魔技共演》か? それなら――」
既に何度か試してはいるのだが、やはり口で説明するよりは実演した方が早いだろう。
そう考えて周囲を見渡せば、大分離れたところにオークが二匹歩いている姿を発見した。
向こうはまだこちらに気づいていない様子だが、軽く手を出せば向こうから寄ってくるだろう。
「緋真、アイツらで実演するぞ。ルミナは……あの『神威の刻印』とやらを試してみるか」
「これですか……一日一回しか使えないそうですが」
「知りもしないものは使えんからな。とりあえずは性能の把握が優先だ」
今は篭手で隠れているが、ルミナの右手の甲には、翼を模った紋章が金色の輝きを放っていた。
『神威の刻印』を装備させた途端に浮かび上がってきたもので、これが光っている状況ならば使えるということなのかもしれない。
とは言え、一日一回の使用制限がある以上、安易に使うこともできない。
どうやって試すかを考えている内に、緋真は軽く魔法を放ってオーク二匹を挑発していた。
「先生、来ましたよ」
「よし、それならば――『生奪』」
ショートカットワードとやらに設定したキーワードで、《生命の剣》と《収奪の剣》を同時に発動する。
その瞬間、手にある餓狼丸は金と黒が螺旋状に絡まったオーラを纏っていた。
巨体を揺らすオークは、でかい棍棒を振りかざしながらこちらへと突撃し――俺はそれを回避しながら、オークの胴へ一閃を放つ。
オーラを纏う太刀は脇腹から深く斬り裂き、内臓を両断し――その命を一撃の下に葬り去る。
そしてその瞬間、まるで血を吸収するかのように、俺のHPが回復していた。
「刀の違いもあるが……やはり、普通に《生命の剣》を使うよりは威力が落ちるな。だが、普通に《収奪の剣》を使った時よりは威力は高いし、ダメージが上がった分、吸収量が落ちても何とかなっているようだな」
「単発攻撃系持ってる人なら、色々と組み合わせで遊べそうなスキルですね。まあ、プラチナ限定みたいですけど」
「だな。成長して威力減衰が抑えられればかなり有効になりそうだ……よしルミナ、後は刻印を試してみろ」
「はい、了解です!」
俺の言葉に頷き、ルミナはもう一体のオークの前へと躍り出る。
魔法なのだから別に近づく必要はないのでは、と思ったが、どうやらいつもの刀に光を纏わせる魔法を使いたいようだ。
「光よ――っ!?」
刹那、ルミナの右手が眩い金の光を放つ。
それと共に、ルミナの刀は目を開けていられないほどに強い輝きを纏っていた。
《魔力操作》を取得したためだろうか、この魔法にとんでもない量の魔力が込められていることが理解できる。
まるで爆発寸前の爆弾を見ているかのようなイメージに、俺は思わず頬を引き攣らせながら叫んでいた。
「振り下ろせ!」
「っ、はい!」
俺の声に反射的に従い、ルミナは眩い光に怯んでいたオークへと刀を振り下ろす。
その瞬間、膨れ上がった光がオークを頭頂から真っ二つに斬り裂き――それだけにとどまらず、その先数十メートルに渡り、地面に深い一直線の亀裂を走らせていた。
『《魔技共演》のスキルレベルが上昇しました』
「……お、おお」
「えぇ……」
「こ、これ、私がやったんですか?」
その惨状を見つめながら、三人揃って呆然と呟く。
一撃だけに限定しているとはいえ、一体どれだけ威力が増していたのか。
回数制限こそあるものの、これは使い所さえ間違えなければかなり強力な武器になるだろう。
「……とりあえず、使う時は指示するからな」
「は、はい、分かりました」
思わぬ出来事ではあったものの――俺たちは順調に新たな力の確認を行い、聖火の塔への道を進んでいた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:30
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:25
VIT:20
INT:25
MND:20
AGI:14
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:《刀術:Lv.1》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.21》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.19》
《MP自動回復:Lv.17》
《収奪の剣:Lv.16》
《識別:Lv.17》
《生命の剣:Lv.19》
《斬魔の剣:Lv.12》
《テイム:Lv.15》
《HP自動回復:Lv.16》
《生命力操作:Lv.12》
《魔力操作:Lv.2》
《魔技共演:Lv.2》
サブスキル:《採掘:Lv.8》
称号スキル:《剣鬼羅刹》
■現在SP:25
■アバター名:緋真
■性別:女
■種族:人間族
■レベル:29
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:26
VIT:18
INT:22
MND:18
AGI:16
DEX:16
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.29》
マジックスキル:《火魔法:Lv.25》
セットスキル:《闘気:Lv.18》
《スペルチャージ:Lv.17》
《火属性強化:Lv.17》
《回復適正:Lv.11》
《識別:Lv.16》
《死点撃ち:Lv.19》
《格闘:Lv.18》
《戦闘技能:Lv.17》
《走破:Lv.17》
《術理装填:Lv.2》
サブスキル:《採取:Lv.7》
《採掘:Lv.10》
称号スキル:《緋の剣姫》
■現在SP:34
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:ヴァルキリー
■レベル:3
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:26
VIT:19
INT:33
MND:19
AGI:22
DEX:19
■スキル
ウェポンスキル:《刀》
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《光翼》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:中》
《MP自動大回復》
《風魔法》
《魔法陣》
《ブースト》
称号スキル:《精霊王の眷属》





