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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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99 話 乗り物としての肉体

 日本標準時における2015年12月8日。

 その日は何の変哲も無い普通の一日のはずだった。


 この世界で第三次世界大戦などというものが始まってから、その時には既に2年ちょっとが経過していた。


 しかし世界大戦などと言っても、それは戦場が世界中に点在していたためにそう名付けられはしたものの、実質的には主にテロリスト達といくつかの先進国との間の戦争であり、さほど世界中の人達がいつも当事者意識をもたなければならないほど、派手な戦闘状態があちこちで頻発していたわけではない。


 特に戦況が膠着状態になってからは、時々遠くの国で爆発事件があったらしいとか、小国の拠点付近で銃撃戦があったらしいなどという──。


 確かに痛ましくはあったのだが、それでも戦争が起こる前と比べてさほど変わりないような状況にまで、事態は表面上は落ち着いてきていた。


 少なくとも一般の大衆からはそのように見えていたのである。



 だから、その日も普通に一日が始まってそして普通に終わるものと、世界中のほとんどの人達が信じて疑っていなかった。


 突然襲撃された東京の住民ですら、正午に攻撃が始まるまではそう思っていたのだから、他の国の人達がそう思っていたのはある意味当然のことだったとさえ言えるだろう。



 東京時間で正午過ぎにテロリスト達の奇襲が始まった時。


 後から考えるとちょうどその時刻辺りに、後に委員会カウンシルのメンバーと呼ばれることになる──世界中で生活していた7人の人間たちは、それぞれに何かを感じ取っていたのだ。



 アメリカにいたエリックは、その頃ニューヨークで仕事をしていた。

 彼は新聞記者だった。

 既に日は暮れて日曜の夜になっていたが彼はまだ夕食も摂っていなかった。

 明日の朝刊に載せる記事の推敲がまだ終わっていなかったのである。



 日本にいた黒崎はプログラマーだった。

 その日、クライアントとの打ち合わせのために大阪に来ていた彼は、昼になった途端に突然東京の本社と連絡がつかなくなり困惑していた。

 何が起こったのかは見当もつかなかったが、東京方面からのあらゆる通信が寸断されている様子で事故であれ事件であれただ事ではないことは確実だった。



 オーストラリアにいたオリバーは発明家だった。

 それ以前からも、彼にはずっと未来の出来事やテクノロジーなどがうっすらと見えることはあったのだが、人間不信が強かった彼は自分の予知能力を他人には隠して生活していた。

 そして表面上は自動車修理工場を営みながら、細々と地味な特許を取りつつ生活する日々を送っていたのである。


 また数ヶ月ほど前から、大津波で都市が水没する夢や大地震の夢などを毎日のように見るようになり、流石に気になった彼はそれをSNSやブログなどで警告したりもしていたのだが──それも一部の取り巻き以外は薄笑いを浮かべるだけであった。


 そのオリバーは、ちょうどランチを食べようとしていて、やって来た突然の耳鳴りに顔をしかめていた。



 イギリスにいたトーマスは大学教授だった。

 次の日は月曜だというのに、その日は深夜になっても寝付くことができず、睡眠薬を飲もうかと迷っていたのだ。

 テレパスの彼は、人の暗部を見てしまうことで精神が不安定になることが良くあり、当時はうつ病で通院していたのである。



 ドイツにいたヒルダは政治家だった。

 戦争が始まってからは連日疲れていたこともあり、チャネラーである彼女の“アンテナ”は感度も状態もそれほど良くない状態が続いていた。


 ストレスが大きいと、どうしても悪意的なメッセージばかりが、頭の中にやってきてしまうようで、若い頃から彼女に色々助言をしてくれていた“彼”の声もしばらく聞くことができなくなっていたのである。



 ロシアのアルビナは高級娼婦だった。

 やっと嫌な男との情事が終わり、その日は早朝から逃げるように外へと出てきていたのだ。


 彼女がいたのはモスクワの近郊だったのだが、早朝の街はやっと目を覚ましたといったところ。

 かなり冷え込んでいたこともあり、カフェが開いたらそこで強いエスプレッソを一杯身体に入れて、毒気を抜きたい気分だった。



 アフリカのヤオは、カメルーンから少し外れた更に田舎のオアシスで羊を飼っていた。

 その日は夜が明けるまでは、もう少し間があったはずなのに、羊たちが妙に騒いでいる様子だったのだ。


 見回ってみたが、肉食性の野生動物がやって来ている気配はない。

 しかし、子供の頃から羊達と暮らしてきた彼は、意味もなく彼らが騒ぐわけがないことをわかっているつもりであった。


 何かの前触れじゃないだろうな?

 そう思いつつ、仕方ないので一度寝床へと帰ろうとして──。



   ◆◇◆◇◆




 後から話し合ったところでは、ちょうどそんなタイミングで彼らは恐らくほぼ同時にそれぞれビジョンを見たのだという。


 ビジョン……つまり白昼夢である。


 内容はそれぞれ微妙に違ってはいたのだが、概ねこれから起こる大災害の前触れであるところは共通していた。


 それは強烈な説得力で彼らを圧倒し、何かに突き動かされるようにそれぞれが一人も欠けることなく全員がその時行動を起こしたのだ。



 津波のビジョンを見たエリックとトーマスは車を飛ばして内地へ。

 それ以外の大地震の映像やその地域で起こる災害らしき映像を見た者達は、手短に身支度を整えた上で、屋外の開けたところに向かったらしい……。


 ──そしてそれからおよそ2時間くらい後になって、突然ポールシフトが起こったとのことだ。



 ポールシフトが起こった時……。


 彼らはそれぞれの場所で、まるで急に無重力になったかのような状態となり、しばらく上も下もわからなくなったと言う。


 そして、そこから世界自体が一回転するような体験と共に地面に叩きつけられ……どれくらいかわからないが、一様に気を失っていたらしい。


 これらの経験はほぼ白瀬の記憶していたものと同じだった。



「そして気が付くと……」



 そうエリックが言った。



「僕達は奇妙なことに気が付いたんだよ」



 7人が意識を取り戻すと、まず最初に自分の身の回りの環境が激変していることに驚いた。


 何が起こったのか全く理解できなかったくらいだ。


 だが、共通していたのは。

 人工的な建造物はズタズタ。

 周りは死人で溢れて。

 断続的な地震がまだ続いていたこと──だ。


 しかし、それだけではなかった。

 それ以上に不可思議な変化が、彼らの身の上には起こっていたのである。



 彼ら全員がその時以来──。

 自分の身体の中で、意識がふわふわと浮遊感がある状態で、存在しているような感じになっており……。



「うっかり気を抜くと、全く違う場所の風景が見えるようになってしまっていた。まるでチャンネルが切り替わるように、意識が別の場所に切り替わってしまうんだ」



 その時の事を思い出すように眉間にシワを寄せるトーマス。



「それだけじゃなかったわ。ずいぶんと自分の心の中が騒がしいと思ったら、自分の他に6人の意識が同居するようになっていたのよ。まるで自分の別人格のようにね!」



 ヒルダが説明を引き継いだ。



「それは私の持っているチャネリング能力のようでもあった。だから最初は今日はなんてエネルギーがうるさい日なのかしら!って思ったわ。でも、そうじゃない。そうじゃなかったのよ……」



 どうやら、彼ら7人の存在はその時から心の中において、ひとつに繋がってしまったらしいのだ。



「繋がってしまったと言うか。同居するようになってしまったというか……」


「説明が難しい」



 黒崎がそう呟き、オリバーが困惑気味に付け加えた。



 つまりこういうことだ。


 彼らはみんなが個性を保ちつつもひとつに。

 いわゆる集合意識のような状態にまとまってしまったのだ。

 その上で、7つの肉体をみんなが共有するような形で収まってしまったようなのである。



「そんなこと可能なんですか?」



 それを聞いて、思わず隆二がそう口にしてしまったのだが──。



「可能も何も……ねえ?」



 アルビナが、茶目っ気たっぷりに両手を広げて見せる。


 それからも心の中で対話を続けることで、少しずつその事実に気が付いていった彼らは、その結果知ることになったのだ。


 自分達のそれぞれの肉体が世界の別々の場所に点在していること。


 そして、切り替えながら見ているそれぞれの7つの場所の風景こそが、いま現在の世界中の実際の状況なのだと……。



 それを理解した時。

 彼らは愕然とした。



「世界の終わりだって思ったわ」



 ヒルダが言えば。



「ノアの箱舟のような、黙示録的な出来事が起こったんだと、僕は思ったさ」



 トーマスが肩をすくめた。


 彼らはそれぞれが更に話し合いながら、各々の所属する地域の現状を詳細に確認していった。


 また彼らにとっては、より身近で死活問題であることが他にもあった。

 それは自分達の隠してきたESP──つまり超能力のことである。


 彼らは、繋がった全員が何らかのESP持ちであることをすぐに悟ったが、これから7人で力を合わせて生きていくためには、それぞれの持っている能力について情報を共有する必要があったのだ。


 だが、そうやって自分達の能力を実際に使って試しているうちに、彼らはまたあることに気が付く結果となった。


 それは彼ら7人のどの肉体が対象であっても、それぞれが主人格の位置に入った意識にその肉体を動かす権利が与えられること。


 そしてそれに加えて。

 “主人格が持っているESP能力をそれぞれの肉体が使えるようになる”

 ──ということだったのだ。


 つまり7人の肉体の誰であっても、使いたいESP能力を持った人格を主人格として中心に「セット」することで。


 “7人は誰もが使いたい超能力を切り替えて使えるようになった”


 と、そう言うことなのである。


 つまり「超能力」は肉体にではなく、それぞれの人格=意識に付随するということだ。


 どうやら意識の中におけるある対象に対する焦点の合わせ方。

 そのコツこそがESPを扱う時のキモということらしい。



「何ていうのかなぁ。それがわかった時には──“ああ、しょせん肉体なんていうのは意識にとっては入れ物、そして乗り物に過ぎないのかもしれないな” なんて思ったね!」



 そう芝居っ気たっぷりに言ってみせるエリック。


 それが真実かどうかはともかくとして。

 少なくとも、こういう境遇になってしまった彼ら自身にとっては、そう考えたほうが都合が良かったことだけは確かなことだった。


 更に言うと、彼らの中にヤオという瞬間移動テレポーテーション能力者がいたことで、それからの7人の行動範囲とその速度が常人では不可能なほど迅速になったということが特筆すべき点だろう。


 ヤオが7人の肉体に主人格として入り、順番に瞬間移動させていくことで距離に関係なく全員が瞬時に、世界中を移動することが可能になったのだ。



「こうやって一瞬のうちに東洋の辺鄙な島国にみんなが集まることができたようにね!」



 そう言うと──。

 アルビナは翔哉達に向けてウインクを投げて見せたのだった。

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