98 話 7人の秘密
「My god! Finally, you made a mistake, Kurosaki!(あーあ、とうとうやっちまったな黒崎!)」
それは黒崎の声だったが流暢な英語だった。
「しょうがないだろう。私も最善は尽くしたんだ。それにしてもマルチリンガルがいるとは……」
そして、また日本語で黒崎が喋る。
「多重人格!?」
舞花が当てずっぽうに叫んだ。
唐突に黒崎が一人で会話を始めたので、みんな何が起こっているのかさっぱりわからない。
「Wie viele Sprachen sprichst du?(君は何カ国語を扱えるの?)」
黒崎の声のまま再度ドイツ語で隆二が話しかけられる。
また少し性格が違う感じで今度は女性のような雰囲気であった。
「Ich spreche ... wie viele genau ... ? Nun ... Englisch, Französisch, Deutsch, Italienisch, Spanisch, Rosisch ...
(僕は……正確にはいくつだったかなあ……英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語……)」
隆二もそれに対して平然とドイツ語で答えを返す。
そして考えながら自分の扱える外国語の数を数え始めると──横から恵がそれを即答した。
「隆二さんがわかる言語の数? 確か27カ国語じゃなかった? 私は以前に隆二さんの履歴書を見たことがあるから」
それを聞いて、また黒崎の口から英語が飛び出す。
「27 languages!? Wow! You are true monster!!(27カ国語だって!? ワオ。君は正に化物だね!)」
すると次に挑発的な口調でロシア語が──。
「Тогда это нормально, если я присоединюсь к этому разговору, верно?(それなら私も仲間に入って大丈夫よね?)」
「Конечно, нет проблем!(もちろん問題ないですよ!)」
すぐにまた違う言語が黒崎の口から出た。
今度は気弱な感じだ。
「Banyere m ... ọ gaghị ekwe omume, ọ bụghị ya?(僕……は、無理かな?)」
「Oh, asụsụ Ndi Igbo na Afrika! O siri ike ịnụ!(アフリカのイボ語ですか。珍しいですね!)」
「Ị ghọtara? Ọ dị mma!(わかるのかい? すごいや!)」
代わる代わる──まるで別人格が入ってくるように、黒崎が様々な言語で隆二に話しかけ、隆二も事もなげにその全てに対応しているわけだが……。
場は大混乱である。
勿論、この状態で全てを把握しているのは、黒崎以外では隆二ただ一人。
開発課の他のみんなも英語に関しては問題はあまり無いが、それ以外の言語となるとほとんどわからないのだ。
ましてや翔哉となると英語も含めて全滅である。
「So then, well ... umm ... how cumbersome! I will come to you!(するとだ……って、もう面倒くさいな。ちょっとそっちに行くわ!)」
また英語を話す快活な人格が出てきてそう言い始めるが……。
「Come to me? What!?(こっちに来るって……え?)」
それを聞いた隆二も、言葉の意味はわかるが訳がわからない。
そっちに行く?
こっちに来るって……!?
そこまで黙って聞いていた舞花が、とうとうシビレを切らして隆二に尋ねた。
「何? どうしたの?」
「なんか、こっちに……来るって」
「最後にそう言ってたのはわかったけど。一体どうなってるの?」
「そんなの僕も全然わかんないよ」
訳のわからない舞花と隆二が、そうやり取りしているのも一向にかまわず。
更に黒崎の口が動いて会話が続く。
「Hey, Yao please!(おい、ヤオ頼む)」
「N'ezie!(はいよ!)」
すると──。
◆◇◆◇◆
その場に突然。
まず体格の良いアメリカ人がテーブルの横に降って湧いたように姿を現した!
「Hi, everyone!(やあ、みんな!)」
これは当然黒崎の声ではなかったのだが、先程まで黒崎の声で聞こえていた快活な英語と話し方がそっくりだ。
そして──。
「Guten Tag!(こんにちは!)」
次に蜂蜜色で短髪の利発そうな女性が現れる。
「Привет(ハーイ!)」
更に、亜麻色の美しい長い髪で、鋭い勝ち気そうな目を持った女性が。
その後に続いて、赤毛の真面目そうな男、金髪の繊細そうで女性的な男性……そうやって次々と、国際色豊かな人達が平然とモニタリングルーム内に姿を現していく。
翔哉を始め、開発課の4人も言葉を無くして、その状況をただ見守るしか無かった。
開いた口が塞がらないとはこのことである。
「Nnọọ!(やあ!)」
そして最後に、黒人の男性が姿を現すと……どうやらこれで打ち止めらしい。
気が付くと、そこには黒崎を中心に7人の男女が肩を並べて立っていた。
「もしかして……」
英語すらもよくわからず、ここまでキョロキョロするしかなかった翔哉だったが……これでやっと理解することができた。
彼らこそが“委員会の7人”だということを──。
◆◇◆◇◆
「君達は、シンギュラリティーポイントの収束に向けて、その鍵を握る重要なグループのひとつだ。遅かれ早かれ会って話し合わないといけないとは思っていたんだ」
上機嫌な感じで、そう言う旧アメリカエリア担当者エリックの英語を隆二が通訳する。
「そう言うことね。まあ、大丈夫でしょう。オリバーも重大なことが近付いてきているって言ってたし、“彼女”も何も言ってこないしね?」
旧EUエリア担当者のヒルダも首を縦に振って同意の意志を示した。
「つまり今がその時だ……そういうことだよ」
そう言ったのは旧イングランドエリア担当のトーマスだ。
「まあ、私は面白そうだから異論はないけど!」
勝ち気で癖がありそうな感じの喋り方をするのは、旧ロシアエリア担当のアルビナである。
「そうだね。むしろこれはこの流れを決定づける既定事項に近いものかもしれない。私もそう思ったからこそ、ここに来るのに同意したんだがね」
少し神経質そうなのは、旧オーストラリアエリア担当のオリバーだった。
そして……。
「僕は英語も日本語も全然わかんないから、黒崎の中でみんなの話を聞いていることにするよ。そうすれば全部わかるからね」
旧アフリカ地区担当のヤオは、そんな意味のわからないことを一方的に言うと、椅子の背にもたれかけて目を閉じてしまった。
なんだろう。
謎は深まるばかりである。
◆◇◆◇◆
「なんだ、そうだったのか。それじゃ君達はみんなこのガイノイド──エルの視覚センサーで、ここから全てを目撃しちゃったってことなんだね?」
エリックが頭を抱える。
「つまりヤオの能力もトーマスの能力も全部見られた、と」
オリバーが眉間にシワを寄せる。
そこに黒崎も付け加えた。
「君達も聞いていただろう。その上、アルビナとヒルダが能力を使う時に、私に入った時に漏らした言葉も聞かれてしまっているんだ」
そして首を横に振りながら主張する。
「今更、下手に誤魔化そうなんて考えないほうがいいんじゃないか?」
黒崎は元よりそのつもりだったようで、もう吹っ切れたように何も遠慮をするつもりはないようだった。
「そういうことかよ。じゃあ、やっぱりこうするしかなかったんじゃねーか!」
エリックが逆ギレ気味にそう言い放つ。
「だいたいね、エリック。あなたが一番最初に短気を起こして、一番にここまで飛んできちゃったんだから。黒崎に文句をいう資格なんてないわけ!」
アルビナがフフッと笑ってエリックをからかった。
「大丈夫なんでしょ、トーマス?」
最後にヒルダがトーマスに何かを確かめ……トーマスはそれに静かに頷いて見せた。
そんな感じで、話がまとまると──。
7人は自分達のことを翔哉達に話してくれることにしたらしい。
彼ら7人は、7人の意識が7人の身体に自由に行き来できる特異体質なのだそうである。
そんな説明から彼らの話は始まった。
「僕達だってそれぞれの地域で普通に暮らしてきた一般人だったんだ。ある時まではね」
エリックが言った。
一般人とは言ったものの、彼らには小さな頃から人とは違うところが1つずつあったのだ。
それはESP(超感覚的知覚)である。
つまり“超能力”と呼ばれるような能力を、みんなそれぞれが生まれつきひとつずつ持っていたのだ。
○ アメリカ地区担当エリックは、遠くの物を見ることができる千里眼。
(クリアボヤンス)
○ 日本地区担当黒崎は、意志の力で物質を動かしたりできる念動力。
(テレキネシス)
○ オーストラリア地区担当オリバーは、未来を透視する予知能力。
(プレコグニション)
○ イギリス地区担当トーマスは、相手の心を透視し言葉を使わず対話するテレパシー能力。
○ EU地区担当ヒルダは、霊や意識体などと意志疎通をすることができるチャネリング能力。
○ ロシア地区担当アルビナは、触ったものからビジョンを読み取ることができるサイコメトリー。
○ そしてアフリカ地区担当ヤオは、一瞬で違う場所へと飛ぶことができる瞬間移動である。
彼らは、密かに持っていた自分の能力を社会的には隠しつつ、ある時までは普通の生活を営んでいた。
そのある時とは──。
大戦末期にポールシフトが起こる直前……であった。




