97 話 決着
黒崎の予言通り。
半魚人のような強化人間5人と戦闘用アンドロイド8人の格闘は、だんだん形勢が傾いてきていた。
元々数的に劣っている強化人間側が、良くやっている図式だったのだ。
それだけに、戦う場所を自然公園の比較的オープンな場所から、木々や障害物が多い農業プラント付近へと移したのが大きく響いているようだった。
戦術的自由度が増したことで、アンドロイドの判断力が強化人間をはっきりと凌駕するようになっていったのである。
手数ではかなわないところを、厚い装甲部分で攻撃を受けることで形勢を互角に持っていっていた強化人間達だったが、それからは次第に急所や弱点にダメージを受けるようになり、そのせいで更に動きが悪くなっていく──。
戦況を立て直すべく強化人間たちは農業プラントの方へと逃げていった。
そして隠れる場所を求めて、その中にある温室の中へ駆け込んでいく。
それを整然と追う8体の戦闘用アンドロイド。
最初の頃とは図式は逆になっていた。
合わせて13の人型が入っていった温室の中から、断続的に攻撃的な戦闘音が聞こえてくる。
まず銃撃戦のような音が聞こえ、それから温室の中で様々なものが破壊され、様々なものが飛び散っている様子が外壁のガラス越しにも見て取れた。
ドカーン!
しばらくして、そのガラスで覆われた温室の壁が内側から衝撃を受けて破壊される。
吹き飛ばされた強化人間が、ガラスの破片ごと中から飛び出してきて、外の木に打ち付けられ地面に転がった。
苦し紛れに農業プラント内へ逃げ込んで、戦況の泥沼化を図ろうとしていた強化人間達。
だが、アンドロイド達はすばやく先回りをして先手を取り、逆に更に複雑になった環境を利用して奇襲をかけたのだ。
あらゆるものを利用して神出鬼没に動く8体のアンドロイド達が、様々な場所や角度そして攻撃手段で強化人間達を翻弄していく──。
「初歩的な戦術ミスだ」
状況を観察していた黒崎が、興味を無くしたとばかりに呟いた。
「戦況が泥沼化するのは、双方が疲弊から状況をコントロールできなくなった時だけだ。優勢なアンドロイドを相手に苦し紛れにできる芸当ではない」
そして見下したように吐き捨てる。
「まだまだ練度も戦闘経験も足らんな」
そこからは一方的であった。
温室内からも叩き出されて来た強化人間兵達は、装甲も武器も既にボロボロになっていたのである。
中には半魚人のような頭の装甲が割れ、人間のような顔が半分露出してきている者もいる。
◆◇◆◇◆
その様子を見て、アンドロイド達は最後の仕上げに入ったようである。
弱っている一人から集中的に攻撃して、各個撃破で確実に潰していこうとしているようだ。
強化人間兵達は、そうはさせまいとするのだが。
強化しているとはいえこちらは人間。
ダメージが蓄積してきた体ではもうどうにもならないように見えた。
次第に装甲が割れ、血が吹き出し、体の一部が機能不全になっていく。
そして……。
とうとうその中で一番弱っていた一人の強化人間が、アンドロイド二体に地面に押し付けられ、体の自由を奪われてしまった。
「殺すな。生け捕りにしろ」
そう黒崎が叫ぶ。
すると、観念したように押さえつけられた強化兵が力を抜き、そして他の4人がパッとすばやく四方に散った。
「!」
それを見て何かを感じた黒崎が、自分の後ろにいる翔哉とエルに向き直り、襲いかかるように地面へと二人を押し倒す。
「伏せろっ!」
ずがぁあああぁあぁん!!!
物凄い爆発音がして、翔哉もエルも地面に叩きつけられた。
勢い余って頭を打ったのもあるが、それ以上に大きな爆発音のせいで耳鳴りが酷い。
「う……うう……」
しばらくして体を起こすと、辺りは吹き飛ばされていた。
横にあった農業プラントの温室も、内部が半分ほどがめちゃめちゃに破壊されている。
また辺りの木々にも火が燃え移っていたらしく、プスプスとくすぶっている音が残っていた。
「エル……大丈夫?」
翔哉が耳を押さえながら起き上がった。
「私は大丈夫です。この方が守って下さったので……」
エルはそう言って黒崎に謝意を示す。
しかし、黒崎は特にそれに応えることもなく。
ぽつりと独り言のように呟いた。
「奥歯に仕込んだ爆薬で自爆しおったか」
…………。
………。
……。
そこからの黒崎の事後処理は素早かった。
アンドロイド達に自爆した強化人間兵の破片を集めさせ、その間にアースユニオン政府軍のヘリを呼びつける。
この辺りは、事前に段取りしていたのか動き出すとすぐであった。
そして、やってきた彼らに事後処理の段取りを命令すると、意外なことに彼は翔哉とエルを再び彼の元に呼び寄せたのだ。
「お前達はこっちだ」
そう言ってから、果樹園になっている木々が多く植えられている奥の方へと入っていく。
「もうこれ以上、厄介事を増やしたくない」
黒崎は、ぼそりとそう言うと色々と出し惜しみをするつもりも、もう無くなってしまったのか二人を自分に掴まらせた。
そして。
再び瞬間移動らしきものを使って、今度は一気に研究所まで瞬時に帰ってきてしまったのである。
◆◇◆◇◆
いきなり帰ってきた3人にびっくりしたのは、モニタリングルームに一同が揃っていた開発課の面々だった。
それはそうだろう。
何が起こっているかわからないままに、エルの視覚と聴覚を通じて起こっていることを類推し、どうやらとんでもない事態になっていることくらいは理解していたはずなのだが。
いきなり耳がつんざくような爆発音が聞こえたと思ったら、それから30分もしないうちに今度は黒崎に加えて、翔哉とエルまでが揃って自分達の目の前に立っていたのだから……!
こんなことを目の前にして、驚かない方が逆におかしいくらいだ。
さっきいきなり鳴り響いた爆発音のお陰でまだ痛い耳を押さえながら──。
まず白瀬が翔哉に尋ねた。
「しょ、翔哉君……いったいこれはどうなってるの?」
「いや……僕も実はさっぱり……」
そう返すしかない翔哉。
だがそこで、これまで何事につけても控えめにしか話さなかった黒崎が、意外にも前に出てきて短くこう言ったのである。
「私が説明しよう」
その言葉は一見今までの黒崎と同じようにドライで手短な感じだったのだが。
その様子からは、今までの物事を素通りするような無関心さとは違ったものが見て取れたような気がした。
それを察した一同は、そこからモニタリングルームの後ろにあるミーティング用のテーブルの周りに移動する。
そこにある椅子にそれぞれ座り、聞く体勢を整えることにしたのだ。
準備ができると、おもむろに黒崎が話し始める。
「まず私は、君達に詫びなければならない」
意外なことに彼の話は、まず一同に頭を下げるところから始まった。
「なぜなら今日こうして東京の外周部に行けば、龍蔵達の部隊に襲われることになるだろうことを、私達は事前に知っていたからだ。わかっていて私は君達を故意に危険に晒したことになる」
黒崎は並んで座っているエルと翔哉に頭を下げた。
「やっぱり、さっき襲ってきていたのは安原龍蔵が裏で糸を引いている者達だったんですか?」
白瀬が聞く。
「そうだ。龍蔵が密かにテロリスト達と手を結んで、軍備を整えていることを委員会は既に把握していた。だが、彼らの拠点を特定しそれを叩く大義名分を得るには、向こうから手を出させる必要があったのだ」
淡々と黒崎ボイスで言われると何でもなく聞こえるが、なんだか凄いことを言っている気がする……。
横で翔哉が目を白黒させていた。
「でも、どうして向こうは私達のやろうとしていることに先回りできたの? 今回は私のただの思いつきだし。それに急だったのに!」
舞花が疑問を呈する。
「それはこういうことだ」
黒崎は短く言うと、エルを近くに呼び寄せた。
エルを含めたみんなの顔が「?」という感じになる。
そこで黒崎はエルの耳に手を伸ばすと、その中に手を突っ込むようなそぶりをする。
「ちょっとセクハラー……!」
──と言いかけた舞花が急に声を止める。
黒崎が中のものを見せるように、手を広げた中心にみんなの視線が注がれた。
そこには──。
「マイクロ盗聴器だ」
小豆ひと粒くらいの高性能マイクらしきものがその手の中にはあった。
「いつのまにこんなものが……!」
それを見て一同が驚く中、その気持ちを代弁するように恵が呟く。
「恐らく異世界転移の現場で倒れた時だろう。私がエルの装置のオーバーフローを治した時にはもう既にあったからな」
そう事もなげに言う黒崎。
「わかっていらっしゃったんですか?」
白瀬も驚いている。
「知っていた。まあ、最後になってようやく気が付いたんだがな。だがそれをそのまま放置したのは私の判断だ」
「そんなー!!」
舞花が抗議の声をあげる。
「だから謝罪している。だが、これは龍蔵が裏で画策している諸事を暴くためには仕方がなかった。この流れが必要だったのだ」
この流れ……今回の襲撃のことだろうか?
そこで突然、ここまで黙って聞いていた隆二が納得したように呟く。
「そうか……それじゃやっぱり最後のは“ちょっと待って”だったんだ。じゃあ、あの“彼女はこう言っている”ってしきりに言ってたのは……」
そして、独り言のように考えを口にしながらブツブツと言っている。
それを舞花が聞きとがめた。
「は? 隆二。ちょっと何よそれ?」
「うん。あの時──黒崎さんがエルを助けてくれた時に、色々口の中でボソボソ言ってただろ? あれは恐らくドイツ語とロシア語だと思うんだよね」
「あの……ポダツデとかって奴?」
「“подождите минуту” これはロシア語だよ。英語で言う“Wait a minute”ということだね。つまり“ちょっと待って”……だ」
「そうだったんだ~」
舞花が感心する。
「そして、その前にもあなたはしきりにドイツ語で” Sie sagt”つまり”She says”って連呼していましたよね? それもまるで誰かに何かを尋ねるみたいに。実を言うとそれがあれからずっと僕は気になっていたんです。あれはいったい何だったんです?」
隆二は好奇心満々の様子で、聞くなら今しかないとばかりに矢継ぎ早に黒崎に質問を浴びせた。
すると黒崎は。
「それは……」
彼にしては珍しく口ごもったのである。
そして、しばらくの沈黙の後。
彼の口からは、その声はそのままにまるで性格だけが変わったような快活な口調で、突然こんな言葉が飛び出してきたのだ。
「My god! Finally, you made a mistake, Kurosaki!(あーあ、とうとうやっちまったな黒崎!)」




