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95 話 平和な一日の終わりに

 翔哉とエルはジェットコースターの後も、VRバーチャルリアリティで宇宙を旅するアトラクションやコーヒーカップなどの乗り物に乗って昼過ぎまで楽しんだ。


 VRについてはゴーグルを付けてもエルは錯覚を起こさなかったようで、2つの映像を同時平行的に認識してしまったため、立体映像には見えていなかったようなのだが、エルが言うにはそれはそれで違った意味で面白かったらしい。



 コーヒーカップは、二人で同じカップに乗れるのが嬉しかったようだ。

 その上、二人でハンドルを回すことで回転速度を変えられることがわかると、回転を上げたり落としたり、二人で面白がって色々遊んでいたものの……。

 これはすぐに翔哉の方が酔ってしまい──結局先に音をあげてしまうという結果になった。



 それからは翔哉の気分が回復するよう、植物園が隣接されている緑豊かな公園まで行って休むことにしたのだ。



「ここから奥に行くと植物園があり、その横には見学可能な農業プラントも併設されています」



 公園に着くとリリスがそう教えてくれる。

 そこは緑が少なくなったこの時代にあって、木々や植物であふれた素晴らしい場所だった。


 少し休憩した後、公園内を散策した二人は開けた場所にある可愛らしい白いベンチを見つけた。

 そこは開けた向こう側には観覧車も見えており、今日は少し曇り気味なのが残念だったが景観も抜群の場所だった。


 すっかりこの場所気に入ってしまった二人は、ここでランチを食べることにしたのである。



 実は今日は、エルが一人で早起きをしてお弁当を作ってくれていたらしい。


 翔哉が朝になって、予定の時間に目覚めた時にはお弁当は既にできていたので、中身をこの時まで見ることはできなかったのだが──。



「初めて作るものが多くて、上手くできているかどうか……」



 そう言いながらエルは、恥ずかしそうにお弁当を広げていく。

 まず目を引いたのは、お弁当を入れたタッパーがカラフルで可愛らしいものだったこと。

 そしてひとつひとつが、ファンシーなナプキンで丁寧に包まれていたことだ。



「今日は……エル一人で作ったんだよね?」



 思わず確かめてしまう。



「そうですよ? 夜中に翔哉さんを起こさないようにベッドから出て、こっそり作ってしまいました!」



 テヘっとちょっと首を傾げて照れ笑いを浮かべるエル。


 昨日買い物に行った時には、いつも以上に細々《こまごま》したものを随分買っているなぁなんて、他人事のように思っていた翔哉だったのだが、こういうものを揃えているとは気が付かなかったのだ。



 そして、出てくる出てくる美味しそうなお弁当の数々……!


 おにぎりになっているご飯は、飽きが来ないように色々な味付けがしてあり。

 玉子焼きはハート型に可愛く成形されているし、おかずも女の子らしいフィルムで仕切られている。


 前にサンドイッチを作ってもらった時には、こういった飾り付けのところまではあまり手が回っていない感じがしたのだが──。

 それが今となってはこういった感性まで、もうすっかり人間の女の子そのものである。


 お弁当のおかずにも気合が入ったものが並んでいる。

 定番の唐揚げやミニハンバーグに混じって、明らかに手が込んでいるおかずがあちこちに目につくのだ。



「これは?」


「それはアスパラを豚肉で包んだんですよー」


「う、美味い!! この肉団子みたいなのもすごいよ!!」


「それは、鳥のひき肉を一度揚げたものを甘酢で──」



 そして目立っていたハート型の玉子焼きも……。


 可愛い見かけからは思いもよらないほどジューシーだった!

 聞いてみるとこれも完全に手作りらしい。


 ──そう言えば、日曜にも玉子を加熱した時の状態の変化について、エルは執拗に篠原さんに質問していたっけ!


 これに比べれば以前入院していた時、最初にエルが玉子サンドで作ってくれていたものも、少し焼き過ぎでモソモソしていたのかも……そう思い出してしまうほどだ。



   ◆◇◆◇◆



「何だかどんどん上手くなっていきますねー……エルの料理!」


「もう私達のアシストは必要無いかもしれないわ。却って足を引っ張っちゃうかもね……」



 これには、モニタリングしている舞花と恵の両名も驚きを通り越して呆然という感じだ。

 エルの料理技術は、あっという間に常人の域を通り越して、達人の境地へと達しつつあった。



「翔哉君役得だなぁ。ああ、僕もあの肉団子食べたい……」



 隆二も正直な感想が口をついて出ていた。



 ………。

 ……。

 …。



「いやーとんでもなく美味しかったよー。ありがとうエル。ごちそうさま!」



 翔哉は心から感謝を述べていた。

 こうなってくるとエルはもう翔哉の専属シェフである。

 それほどのクオリティに思えてくる。


 加えて、食べやすいように整えられた心配り。

 女子力の高い可愛らしいパッケージング。

 どれもレベルが高く、こうなっては文句のつけようがないほど。



「この間、人間の女の子の中に入りましたよね。その時に彼女の心の中を見ることができたことで、好きな人に喜んでもらいたいって言う気持ちが、何だか少しわかるようになったような気がするんです」



 そう言って恥ずかしそうに俯くエル。


 チチチッ……チュッ!


 そこに突然、鳥が一羽飛んできてエルの肩に止まった。



「あっ」



 驚くエル。

 翔哉は静かに口に指を当てて「しーっ」と伝えた。


 エルは自分の肩に乗った緑色の鳥を優しい目で静かに観察する。


 鳥はそこからエルの肘の方へと移動し、しばらく寛いでいるようだ。

 エルが見つめる中、鳥は右を向き、左を向き、そしてエルと目が合う。



「ふふっ!」



 そう思わずエルが笑うと、パッと鳥は飛び去ってしまった。



「あれはメジロだね。普通は人に止まることなんてないのに……」


「怖がらせちゃったんでしょうか?」


「そんなことないんじゃないかな。ほら!」



 翔哉が示した先に、さっきのメジロがもう一羽と絡み合いながら飛んでいるのが見えた。

 まるでいたわりあうように──。



つがいみたいだ」


「そうだったんですね!」



 エルもそれを聞いて笑顔になる。



   ◆◇◆◇◆




「なんだかまるでエルと翔哉君を見てるみたい……」



 モニタリングルームのエルの視覚モニターで、仲が良さそうなメジロのつがいを見ながら恵がしみじみと呟く。



「それにしても、今どきメジロとかいるのねー」


「あの辺りは自然公園が隣接しているからさ。そこから飛んできたんだろうね」



 不思議そうな舞花に隆二が説明する。


 この世界では、第三次世界大戦と大災害があった後は、魚類や鳥類は一度壊滅的な打撃を受けていた。

 遺伝子を保存したシードバンクから、食用の魚類や一部の鳥類などを少しずつ復活させているとのことだったが……。



「それをあの近くの自然公園に放しているんじゃないかしら。それでも野鳥は敏感だから、人の心の中にある敵意とか鋭角的な感情を嫌って、普通は寄り付かないものだと思うんだけど……」



 恵が感心したようにそう言う。



「エルの心がそれだけ穏やかなんでしょうね、きっと」


「王子様が近くにいると特にねっ!」



 隆二と舞花も嬉しそうにそれに同意していた。



   ◆◇◆◇◆



 時間はそろそろ午後2時半くらいになろうとしていた。

 朝から少しずつ空に増えてきていた雲が、だんだんと分厚くなってきているようだ。



「今日は最後に観覧車に乗って。もう帰ろうか?」



 天気は思ったより早く下り坂になっているのかもしれない。

 それを感じているのか、場内の他のお客さん達も午後からは少しずつ減ってきているような気がする。


 今日は早めに帰った方がいいかもしれないな。

 翔哉もそう思い始めていた。



「観覧車……ですか?」



 わからないエルに指さして教えてあげる翔哉。



「あれだよ。二人で同じゴンドラに入って、空を一周してくるんだ」



 密室で二人で近くに座る……説明しているうちに、なんだか意識してしまい翔哉も赤くなってしまう。


 急に今日のおめかししてきたエルの服装が気になって来てしまった。

 春らしくちょっと薄着になったブラウスの首元や、スカートのフリルが風に揺れる度に、エルの柔らかくて温かそうな肌が見え隠れする。



「なんだか……恥ずかしいですね……」



 エルも赤くなって俯いてしまう。


 そう言いながらも、二人して恥ずかしそうに手を繋ぎながら、観覧車の方へと近付いていった。



 空模様というと──。

 午後からはあいにくの曇り空で綺麗な夕焼けは拝めそうになかったが。

 まだ明るいこの時間なら、遠くまでこの東京エリア全体を見渡すことができるだろう。



「おう。二人の様子はどうだ」



 その二人を見ているところで、モニタリングルームに白瀬が顔を出す。

 白瀬は用事があってしばらく席を外していたのだ。



「今、ちょうど二人が観覧車に乗るところです」



 隆二が報告する。

 舞花は既に臨戦態勢だ。



「観覧車。いよいよ遊園地デートの華だわー。いけー、そこだキスしろー!」


「オヤジみたいなこと言うなよ……」



 その二人の横から恵が──。



「さっき翔哉君からも連絡がありました。天気が崩れそうなので、観覧車が終わったら早めに帰ってくるそうです」



 そう白瀬に伝える。



「そうか。若いのにその辺り抑えが効いてて感心だねぇ。さて、このまま何も無いといいんだけどなぁ」



 そう言いながら、白瀬もモニタリングルームに入って腰を落ち着けた。



   ◆◇◆◇◆



 二人は丁度今から観覧車に乗るところである。


 入口はやはりここも無人だった。

 センサーで安全チェックをされると、そのままゴンドラが自動で開いて乗り込むようになっている。


 狭いゴンドラに二人で押し込められる感じ。

 それは、やっぱり緊張すると同時に嬉し恥ずかしい感じがする。


 ガチャン。


 自動的に入口が閉じられ鍵がかかる。

 するとそのままゴンドラはゆっくりと空へと上がっていった。



「すごいです、翔哉さん! お空から街を見下ろせるなんて!」



 エルは素直に大興奮していた。


 この辺りの反応もずいぶんと変わった感じがある。

 今までは何かに興味を持っている時でも、エルはいつもどこか冷静だった気が今となってはするのだ。


 それがここ数日はすっかり変わっていた。



「あっちに見えているのが銀座街区じゃないのかな?」



 翔哉が自分の後ろを指し示す。



「そうなんですか? 私も今そっちに行きますね!」



 エルがゴンドラ内の翔哉と同じ側の椅子へとやってくる。



「あの辺りでしょうか……?」


「そう……だね……」



 説明しようとして、翔哉は自分もそちらへ顔を向けようとする。

 すると、もっとよく見ようとしているエルの胸の辺りが、今度は翔哉の顔の方へと近付いて来てしまって、ドキドキしてしまうのである。


 離れなきゃ悪いな。

 でも急に動いたらゴンドラのバランスが。

 そうだよな、急に動くと危ない、だから。


 などと──。

 翔哉がちょっと嬉しい気持ちを感じながらためらっていると……。



 ガン!!!


 場違いに激しく大きな音がして観覧車全体が激しく揺れた。



「キャッ!」


「うわっ!!」



 ドサッ。


 突然の揺れにエルがバランスを崩して、翔哉の上に覆いかぶさるように寄りかかり……そのまま二人で床に倒れ込んでしまう。


 翔哉はエルの胸の部分の下敷きになって仰向けに倒れた。

 エルの胸の膨らみは温かく、かなり柔らかかった……じゃなくて!



「ごめんなさい、翔哉さん!」


「あ……ご、ごめんエル……うぷっ」



 その柔らかい膨らみから顔を出して、自分達が今とんでもない格好にあることを発見した翔哉だったが……そこに。



 グワァーーーン!!!



 ──と、今度は一際耳をつんざくような激しい音がして、再びゴンドラ全体が大きく揺り動かされる。

 続いて、軋むような音がやかましく響く。


 こんな演出……流石に観覧車にあるわけが……。



 そう不審に思った翔哉の目に。



「うわぁーっ!!!」



 まるで半魚人のような容貌の……それが人間なのかロボットなのか、何だかわからない“何か”。

 翔哉の目の前──ゴンドラのすぐ外側に張り付いている異形の物体──。


 それが突然、翔哉の視界いっぱいに飛び込んできたのだ!

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