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94 話 東京ファミリーランド

 翔哉とエルが東京ファミリーランドに向かった9月19日の月曜日。

 研究所では朝から開発課の3人と白瀬がモニタリングルームに集まっていた。



「もう~私も一緒に行きたかったなぁ~!」



 舞花はふくれっ面である。

 遊園地に行くと決まった時点で、てっきり一緒についていけるものと思っていたらしい。



「こういうカップルが二人で遊園地デートする時には、もう一人カメラを持って二人を追いかける同性の親友役が一人は必要なのにぃ~!」


「……どこから突っ込んでいいものか。もう考えるのも嫌になってくるよな」



 いつものように頭を抱えてみせる隆二。



「まあ、今日は月曜日だからな。彼らはともかく俺達は勤務日だ。一緒に遊びに行くわけにもいかんだろ」



 そう言う白瀬にすかさず叫ぶ舞花。



「有給を申請しま~す!」


「却下」


「隆二にはそれを決める権限ないでしょー?」


「まあまあ、舞花ちゃん」



 恵がそろそろ抑えに入り始める。



「気持ちはわかるけどな、舞花。こうやって二人の日常をモニターしている目的はそもそもなんだったのか。これはガイノイドが単独で一人の人間と、どれくらい親密になれるのかっていうテストケースだったはずだ。まさか──それ忘れてはいないよな?」



 そう白瀬に言われて、我に返る猫のようにハッとする舞花。



「あ……」


「やっぱり忘れてたんだ。莫迦舞花!」


「アンタ、莫迦とは何よ莫迦とは~」



 そうなのだ。


 できるだけ翔哉とエルを二人きりの状況にしてあげた上で、どう二人の関係が推移していくかを見ていくのが今回のテーマの主眼なのである。

 そこで今日は、8月以来使われていなかったモニタリングルームで、エルの視覚と聴覚をモニターしながら開発陣は温かく見守ろうということになっていた。

 それは翔哉とエルにも通達されている。


 今はエルが先日の昏睡から覚めて以来、まるで一度人間になったことがあるかのような不思議な変化を見せてきているタイミングでもある。


 黒崎がどういう意図であの晩にブッシュしてきたのかは白瀬にもわかり兼ねていたが──いずれにしてもこういう機会を作ってあげることで、エルのストレス軽減だけでなく、色々と興味深いデータが取れるいい機会が得られそうでもあったのだ。



「エルはあれ以来、まるで自発的に物事に興味を持つような積極性を見せてきている。できれば色々な刺激を与えてあげられるといいよねぇ」



 白瀬はみんなにも聞こえるようにそう口にしていた。


 自発的興味は、シナプスの量を増やして知能を更に活性化させていくことが、次第にはっきりと立証されてきている。

 もし、アンドロイドであるエルにその自発的な好奇心が根付くことになったとしたら……?


 人間以上に扱える神経的な結節点が多いガイノイドが、そういう方向で固定されたとしたら一体どういうことになるのか。


 白瀬はその辺りにも興味があったのである。



   ◆◇◆◇◆



 一方──東京ファミリーランドに着いた翔哉達は、入口ゲートからちょうど中に入ったところだった。


 時刻は午前10時を少し回ったところくらい。

 これはほぼ予定通りだ。


 夕方は6時から7時くらいに帰りの電車に乗れば、一時間くらいで家まで帰りつける予定だった。


 今日は月曜日だったが、場内はガラガラという訳ではなく、お客さんは結構入っていた。

 この世界では、勤務体系もそれほどブラックではないし、簡単に有給も取得できるらしいので、平日でも遊びに行ける余裕があるのだろう。



「キャパシティの67%くらいの入場者です。春休みで子供連れの行楽客が多いのでしょう。ちなみに土日は120%を超えていました」



 リリスが説明してくれる。

 それは大変だ。

 120%では身動きも取れない。


 白瀬さんからも聞いていたが、こういう時期も考慮して少しでもいている月曜日に予定を組んでくれたんだろう。



 場内の乗り物やアトラクションの内容は、翔哉がざっと見たところでは表面上はそれほど昔と変わりがない印象だった。

 むしろ屋外で遊ぶようなこういう場所では、古い楽しみを残しておきたい感じなのだろうか?


 見回すと──ジェットコースターらしきものや、遠くに観覧車らしきものも見える。


 そして。

 これくらいの人出ならそれほど並ばずに、色々なアトラクションを無理せずに回れそうであった。



「土日は、待ち時間2時間超えがほとんどでしたが、今日ならどのアトラクションも20分以内で乗ることができるでしょう」



 リリスもそう言ってくれる。

 それはありがたい。


 しばらく見ていると、場内をうろついているヌイグルミっぽい物体は、いわゆる“着ぐるみ”ではなくアンドロイドのようだった。

 それも綿菓子を配ったり、子供に話しかけたりしているようで芸が細かい。


 この辺りは、流石に未来っぽい感じがする。



「あれはなんですか?」



 エルがあるアトラクションを見ながら聞いてくる。

 すかさずリリスが答えた。



「メリーゴーランドです。馬に乗った気分を味わうアトラクションです」



 そういう無機的な説明をすると、身も蓋も無い感じがするなあ。

 翔哉は苦笑した。



「取り敢えず乗ってみる?」


「はい!」



 こういうものは体験するものなのだ。

 折角ここまで来たんだから、片っ端から乗ってしまえばいいんじゃあ?

 あまり場内が混んでいないこともあって翔哉も気が大きくなって来たのか、次第にそんな開放的な気分になってきていた。


 ということで、まずはメリーゴーランドだ。


 あまり並ぶことなく、すぐに自分たちの順番になると、翔哉はエルが乗るのを手伝ってあげた。

 そしてエルの準備ができると自分は乗らずに彼女から離れていく。


 それが意外だったようで──。



「あの……翔哉さんは一緒に乗らないんですか?」



 少し不安そうな声でそう言うエル。

 しかし翔哉は自信ありげにこう応えたのだ。



「大丈夫だよエル! メリーゴーランドを楽しむには、ちょっとしたコツがあるんだ!」



 そう答えてニッコリする翔哉。

 最初は半信半疑のエルだったが、実際にメリーゴーランドが動き始めるとすぐに彼の意図がわかったようだ。


 翔哉はメリーゴーランドの外にある柵から手を振っていた。

 そうすると一周する度ごとにエルの目からは、翔哉が近付いたり遠ざかったりするのである。



「わー翔哉さーん!」



 ぐるぐる。



「また来ましたー!!」



 ぐるぐるぐる。


 ──だんだん調子を掴んできたのか、エルも近付いてくる度に翔哉に手を振り始める。


 それをすかさず写真に撮る翔哉。

 メリーゴーランドから降りてきたエルに、それを見せるとまた大喜びだった。


挿絵(By みてみん)



   ◆◇◆◇◆



「やるじゃないか、翔哉君~!」



 この演出にはモニタリングルームで、エル視点から見ていた隆二も感心しきりだった。



「王子様さっすが~!!」



 舞花と隆二の意見が合うのは、天文学的な確率の偶然である。



 さて。

 次はジェットコースターということになった。

 エルが場内をぐるぐると回っている電車のような乗り物に興味を示したのだ。



「これは一緒に乗れますよね!!」



 翔哉と隣同士で、ジェットコースターに乗ったエルは上機嫌である。


 このジェットコースターは、東京ファミリーランドでは“コークスクリューコースター”と呼ばれており、途中螺旋状に回ってから水面に落ちるというスリルが売りらしい。


 運動エネルギーを蓄積するために、発車してから最初はまず単調に高いところへと登っていく。


 そして、登りきった後からが本番だ。


 まずゆっくりと右へ左へ細かく揺さぶりがかかり、次に細かく上下に揺れて……それから真っ逆さまに──。


 ドーン!!


 ──というような感じである。


 そこからは正にジェットコースター。

 風景があっと言う間に後ろに流れていく……。

 様々な方向からGが掛かり、翔哉も思わず声が出てしまう。


 一方エルはというと──。

 人間の感覚に近付いたとはいうものの、それは羞恥心や価値観の部分だけのようで、そういう恐怖やスリルのようなものとはやはり今でも無縁らしい。


 頭をしっかり固定して前を見据え、興味深そうに風景を観察しているようだ。

 面白がっているそぶりすらあり余裕しゃくしゃくである。


 そしてジェットコースターはとうとうメインイベントのコークスクリューカーブへと差し掛かる!!



──ゴォオォォォオオオォォーーー!!



「きゃーぁあああぁあぁぁ!!」


「うわぁぁあぁあぉ~~~!!」



 悲鳴をあげているのはモニタリングルームの舞花と隆二であった。


 エルの視覚がモニターに表示され、聴覚からのゴオウォォォという音が部屋中に響き渡っている。


 本人であるエルが全く動じずに、きっちり視点を定点に固定しているので、その映像はより相対的で迫力のあるものになっているらしく……。

 それを見ている舞花と隆二も、思わず体を揺らして追体験状態になってしまっていたのだ。


 ジェットコースターが、場内を一周して所定の位置に止まると、まずフラフラと翔哉が千鳥足で降りてきた。


 その後からエルが平然と真っ直ぐ歩いて降りてくる。


 今日の彼女は、周りからも人間にしか思われていないくらいなので、その様子はかなり変わって見えたらしく、注目を集めてしまっている様子だった。



「翔哉さん、楽しかったですね!!」


「お、おう……!」



 エルがいつも通り元気に掛けてきた声に、翔哉が吐き気をこらえながらやせ我慢全開で答える。



 一方、研究所のモニタリングルームでは──。



「うわー……僕も酔った……」


「ぐるぐるする~……頭が……ぐるぐるする~~~」



 グロッキーになった隆二と舞花が、HPゼロの状態でヘバって床に転がってのた打ち回っていた。



「大丈夫、二人共?」



 一部始終を一緒に見ていたはずの恵が、平然とした顔で心配して二人に声をかけている。

 これを見ると、彼女もまたある種の特異体質のようである。

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