08 話 第三次世界大戦があった世界
そんな訳で。
新しい世界でこうして目覚めた僕は、少しこれからは積極的に生きてみよう。
いや、生きてみたい!
そう思い始めていたんだけど。
そのための第一歩は。
この新しい世界を少しは知ろうとすることから始まると言えるだろう。
そう思った僕は、異世界コーディネーターの伊藤春佳さんからもらってきた小冊子を、まずは興味本位にでもパラパラと眺めてみることにした。
あの「異世界へようこそ」という題名が付いた小冊子である。
実はこの本、最初はふざけた題名に釣られて気が付かなかったが。
結構しっかりした装丁で本としても少し厚め。
ページ数も……うん、結構ある。
パラパラとめくって中身を見てみる。
ふーむ。
こうして見てみると、内容も主に歴史や文化を中心とした話題を扱っているようで、結構真面目な本のようだ。
さて……と。
それじゃ、まずはこの世界の歴史だよな?
伊藤さんは今は地球暦24年だって言ってたけど。
その前は何だったのか。
どんな事情でそれぞれの既存の国家が消滅して、地球暦なんていう全世界的な大改革が起こったのかってところがポイントだろう。
その前は……っと。
お、あったあった。
やっぱりその前は西暦だった。
この世界にも西暦時代は確かにあったんだ。
しかしだ。
そこで僕はすぐに気がついた。
この世界での西暦が年表では2016年までで終わっていることを──。
つまり西暦は2016年で既に終了しており、その後すぐに地球暦ってものに切り変わったらしいのだ。
じゃあ、2017年以降の西暦はこの世界では存在しなかったってこと?
いったい何があったんだ?
その少し前辺りである西暦2000年くらいからの出来事を、その小冊子から拾って読んでみることにする。
どれどれ……。
まず西暦2000年頃には比較的大きな事故が頻発したらしい。
2000年問題ってヤツだろうか。
これって僕が前にいた世界ではあまり問題にならなかったって言っていたような。
でも、その直後にあったはずの9.11事件に関しては、この世界の歴史には逆にどこにも見当たらなかった。
念のためにパソコンを立ち上げ、ネットでも少し調べてみる。
慣れないパソコンに少し悪戦苦闘しながら、何とかテロとか9.11、それから日付なんかのキワードで検索を繰り返してみたが……全くそれらしき事件はヒットして来ないようだ。
こうなってくると、そういったテロ事件はこの世界では存在し無かった……そういうことなるんだろうな。
それに加えて、それ以前に神戸で起こった大震災はあったらしいのだが、東日本大震災……いわゆる3.11も起こっていないようなのである。
こんな感じで。
西暦時代が存在すると言っても、そこに同じ歴史があった訳ではなく、色々と僕が前いた世界とは違っているようなのだ。
その後……今度は2012年になってくると。
今度は僕が聞いたことがないような事件が出てくる。
なになに──。
2012年の6月6日に、日本の九州のある原発にアジアの某国から巡航ミサイルが打ち込まれるテロが起こった……だって!?
なんだそれ。
僕はびっくりして思わず身を乗り出してがぶり寄ってしまう。
こんなふうに物事に引きずり込まれるような気持ちなんて、今まで経験したこともなかった。
僕は不思議な高揚感を感じながら夢中でページをめくる。
いつのまにか「少しだけ小冊子を興味本位にひやかそう」と思っていた軽い気持ちはどこかに行ってしまっていた。
それにしても。
原発に巡航ミサイルとか……これってとんでもない大事故になったんじゃ?
僕は最初そう思ったのだが、その先の情報を読んでみるとそういう訳でもなかったようだ。
どうやら原子炉の建物自体は僕が考えていたよりも、ずっと頑丈なものだったらしく、巡航ミサイルによって原子炉がまるごと破壊されるなんてことはなかったらしいのだが……。
ページを捲って続きを読む。
どれどれ。
『発射された巡航ミサイルが、頑丈な原子炉格納容器を破壊できなかったことでメルトダウンにまでは至らなかったものの、その衝撃や現場の混乱そして数日後に重なった豪雨などの要因により、大規模な放射能漏れ事故へと発展した』
そう書いてあった。
そして、これが大きな国際問題に……と続くのだが。
そりゃそうだろうな。
その後も、僕の知らない歴史はどんどん更に思いもよらない方向へと歯車を回していく。
『この日本に対するテロを皮切りに、2012年の後半からは世界中のあちこちで大規模なテロリズムが蔓延ることになり、世界は一気にきな臭い時代に突入したのである』
こわいこわい。
『そして、その動きを後ろで主導している国際的なテロリスト集団の足取りを掴もうとしている途上で、2013年の9月にNY、東京、パリにおいて同時多発テロが勃発。そのテロリスト集団による世界に向けての宣戦布告を許す形となる。当時の国連安保理は、遅まきながら国際的な連携を更に強化する形で全ての国が一丸となって、このテロリスト集団を武力によって排除する方向に協力することを決議。これによって世界は第三次世界大戦に突入した』
……そういう流れらしかった。
『これが主に先進国の集まりによる国連軍と、テロリスト集団との間の戦争であるにもかかわらず、第三次世界大戦と呼称されることになったのは、このテロリスト集団が世界各地の情報や政治的な統制が難しい地域を戦略的に利用することで、的を絞らせないという手法を効果的に使ったためである。これによって戦闘はテロリズムの枠を超えて、日々広範囲に大規模に広がっていき、その結果これまでの慣習に乗っ取って第三次世界大戦と呼ばれるようになっていったのだ』
……こんな感じである。
うーん。
もう絶句というか……これってとんでもない歴史だな。
この小冊子の他に何冊かもらった資料も広げて見てみる。
すると、その一冊『総論 第三次世界大戦を読み解く』にはその戦争の内容が更に詳しく触れてあった。
『開戦後、できるだけ早く戦争を終結させたかった国連軍だったが、戦略に長けたテロリスト達の本拠をなかなか特定できなかった。その結果戦況が泥沼化したことで、3年間散発的に核兵器やB兵器なども含めた大小の殺傷兵器を打ち合う泥沼の展開に突入する』
それって最悪の展開ですよね……。
そしてこう続くのだ。
『熱核兵器の迎撃不能エリアにおける無力化や、ミサイル迎撃ミスによるリスクを軽減させることを目的として、核弾頭の爆縮前に近辺で炸裂させることによって今までのものよりも高い確率で核弾頭を無力化する、新型の電磁波兵器の開発が急がれた。これによって熱核兵器の大都市圏への直撃リスクを低下させることができた反面、その電磁波兵器の複数地域における度重なる使用によって、最終的には地磁気への重大な影響が引き起こされたのではないかと、後年指摘されている』
なぜ地磁気への影響がそんなに後年重大視されたのかというと。
大戦の末期にポールシフトが起こったから……らしい。
『そして、2015年12月。東京上空まで到達してしまった核ミサイルをその電磁波兵器で迎撃した際、東京近郊に密集した携帯アンテナ群との干渉によって事前のアセスメントの想定を超える電磁波ウェーブが共鳴を起こしたことで、それが引き金となってポールシフトが誘発された。このポールシフトの発生とそれに伴う災害によって、世界中がそこまでの戦争によるもの以上の壊滅的な打撃を受けることとなった。これにより世界の人口は大戦開始直前の約3割弱にまで減少する』
……うわ。
それはえぐいな。
『この全世界的に混乱した状況下でテロリストにイニシアチブを握られることを恐れ、戦争の終結と事態の収拾を焦った当時の国連軍の幹部将校達は、先進国の首脳達を囮に使った通称“殲滅作戦“を決行する。
2016年4月 TOKYO宣言。
そして戦争終結。
直後に国連はアース・ユニオンの成立を発表。
2016年の残りの期間をAT(地球暦)元年として西暦を廃することを決定……』
──なんという。
全く絶句に次ぐ絶句の驚愕の歴史である。
『異世界へようこそ』なんていうお気楽な題名につられて軽い気持ちで読み始めてしまったが、今の僕は正直騙されたような気持ちにすらなっていた。
例えて言うならキャッピキャピの萌えアニメのジャケットに釣られて、癒やされようと思ってDVDを借りてきて観てみたら、とびきりブラックな社会派ヤンデレアニメでした……みたいな感じ?
見たい時に覚悟してみるのとは違って、こういうのって数段ダメージを受けるんだよね。
そこにあったのは、思っていたものとは全く違った、とんでもなくヘビーな現代史だった。
これはもう見かけや町並みが多少似ていたとしても、前いた世界とは全く違った世界なんだと……そう考えざるを得ない。
そこから地球暦になって、今はもう24年目……というわけか。
それだけの時間が経っているにしては、テクノロジーがあまり大きく発展してはいないみたいではあるんだけど。
……それほど当時の被害が大きかったってことなのかな?
戦争と天変地異のダブルパンチか。
それによって人口の7割が死滅。
なんて言われても……僕にはイマイチ実感できない。
きっと物凄く大変だったんだろう、くらいしか言えないよなあ……。
それでもこんな歴史を聞かされると、僕が前までいた世界がどれほど平和な世界だったのかっていうことを嫌でも痛感させられる。
あのままずっと前の世界にいたとしたら、僕はあの後どんな未来を体験することになったんだろう。
ずっとあのまま平和が続いたんだろうか?
……それとも。
もう手が届かなくなった今頃になって、前の世界に対する興味が湧いてくる。
だがきっとその興味は遅すぎたのだ。
失くしてしまってから手を伸ばしてもそこにはもう何も無い。
そうなったら、もう何も得ることはできないのだから。
そのことをここでまた僕は痛感させられることになってしまった。
…………。
据え付けられた冷蔵庫に最初から入っていたペットボトルの緑茶を飲みながら、ちょっとでもこの世界のことがわかったらいいな……なんていう『異世界のしおり』感覚の軽い気持ちで、当初はペラペラとこの冊子をめくって読み始めたはずだったのに。
気がついてみるともうそのお茶も底を尽きかけていた。