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89 話 7人の救世主

 エルの意識は黒崎のお陰で復活したはずなのだが──。

 まだ意識がないとのことである。


 この辺ややこしいのだが、消失していた『意識≒自我』は動き出したが、まだ『休眠状態からは覚めていない=意識がない』状態とのことらしい。


 そのため14日の晩は、翔哉は一人で家に帰ることになった。



 この2LDKの一軒家に引っ越してきてから一週間。

 その間、翔哉はこの家に独りで帰ってきたことはなかったし、この広い家で一人で過ごしたこともなかった。


 それだけにこの日は本当に一晩が長く感じられた。


 エルはあまり口数が多い方ではないのだが──。

 最近はいつも一緒にいたことで横にいる彼女をつい確認してしまうのだ。

 それだけ彼女と一緒にいることが、当たり前のことになって来ていたということなのだろう。


 コンビニで買ってきた弁当を独りで食べて風呂に入る。

 そして寝る。


 たったそれだけのことなのに、そしてそんなことはこれまで当然のように独りでやってきたことなのに。

 ──それが味気なかった。


 きれいで行き届いた広い家。

 それすらも、こうなってしまうと何だか寂しさや虚しさを引き立てるだけのものになってしまうような気がする。


 そんなわけで。

 エルと初めて一緒に眠った時とは全く違った形で……。

 この日の翔哉はまた──なかなか眠りにつけなかったのである。



   ◆◇◆◇◆



「翔哉さんが消えてしまう……か。それは確かに気になるわな」



 次の日。

 白瀬は一日置いた上で、改めて翔哉を所長室に呼んで事情を聞いていた。



「エルはあの時、何かを見たんでしょうか?」


「未来予知……か。まあ、それも無いとも言い切れないけどねぇ」



 白瀬も先にその話は久保田から聞いており、そういう可能性についても考えてはいたのだが……。

 内容が内容だけに、それを翔哉の前であっさりと肯定する訳にはいかなかったのだ。



「まあ、こういうのは深刻になっても解決する問題じゃあないからね。これからエルの記憶データの解析が進めば、もう少し分かってくるかもしれないしさ」



 そう言ってポンと翔哉の肩を叩く。

 しかし、それが気休めでしかないことは白瀬もわかっていた。



「それから、ちょっとこれは当日のことじゃないんですけど……」



 翔哉が次の気になっていたことを尋ねる。



「聞いていいものかどうか迷ったんですが。この世界の人間の状況って……そんなに悪いんですか?」



 少し聞きにくそうにしながら翔哉は白瀬にそう尋ねた。


 今回の召喚任務の同行依頼に、ゲヒルンの4人が来た時に言っていた言葉が気にかかっていたのだ。


『勝手な言い分ばかりで申し訳ないとは思うが、我々も手段を選んでいる余裕はなかったんだよ』


『この調査には、人類の未来がかかっていると言っても過言ではない』


 中村主任と草壁教授の様子を思い出す。

 あれがエルを説得するためだけに、その時とっさについた嘘とはとても思えなかったのである。



「そうだよなぁ……」



 しばらく腕を組んで考え込んでいるように見えた白瀬だったが──。



「ま、ここまで深入りしてしまった君には……これは知っておいてもらったほうがいいことかもしれんな」



 自分を納得させるようにこう言うと。



「ちょっとついてきてくれるかな?」



 白瀬は翔哉をつれて研究棟の更に奥にある資料室へと向かった。



  ◆◇◆◇◆



「翔哉君は、この世界が第三次世界大戦とポールシフトによって、一度壊滅的な打撃を受けたくらいまでは知ってるのかな?」


「はい。人類の全人口が3分の1になったとか……」



 ──資料室のモニターに、ポールシフト直後の映像が映し出される。


 ポールシフトによって不安定になった地球は、史上最大クラスの大地震を連発し、それと同時に大津波も何度か襲ってきたらしい。


 関東平野については、それによって一度かなり北の方まで水没し、地震によって瓦礫になった建造物が津波によって流され、まるで人工の建造物を掃除しようと何者かが意図したように、一面の更地状態になったそうだ。



「そうなんだ。その人口減少によって、個人個人が自由に住む場所を選んで生活を送る事が不可能になってしまった。構成する人間が少なすぎて、インフラを居住可能区域全てに、行き渡らせることができなくなってしまったんだよ」



 そこで、残った少ない人数の人間を比較的狭い地域に集めて、機械化自動化を進めたインフラを整備。

 都市生活を回すために足りない人材は、レイバノイドと名付けられたアンドロイドで穴埋めする。

 そういった計画がその時立案されたのだが、それさえ更地に近い状態からすぐ用意できる訳ではない。


 一度、世界中が泥の海のようなものに沈んだ中で全てを失った状況。

 しかも全地球規模の大災害で助けてくれる他国もまったく見込めない。


 そんな中で──。

 一部の選ばれた層を除いたほとんどの一般大衆は、原始時代に近い凄惨な生活を送らなければならなかったらしい。



 彼らを救うために選ばれた地区の都市化が急ピッチで進められ、旧日本エリアではまず東京、続いて大阪、福岡が都市としての機能を取り戻していった。


 しかし、それでも最初の住民が受け入れを始められるまでには、3年ほどの期間かかったらしい。



「そこから、住む場所も最低限度の収入も与えられ、仕事を可能な範囲から選ぶという──今の管理社会による統治が始まった。それがだいたい地球暦3年頃なんだ」



 白瀬も、その中を生き抜いてきた人間の一人なんだろう。

 翔哉には白瀬が発する言葉のひとつひとつに、本などで読むものとは違った実感がこもっているように思えた。



「都市の数はそれぞれによって違うが、同じような設計思想で造られた都市群が、昔の国の名前で言えば日本の他にアメリカ、オーストラリア、イギリス、EU、アフリカ、ロシアにあるとのことだ」



 それらはどれも、ひとつひとつの都市は同じようなアーキテクチャで設計され、コピーしたように同じものなのだそうだ。



「しかしね。実は当時建設されたこの都市群なんだけど、いまだに技術レベルに関してはその頃とほとんど変わってはいないんだよ」



   ◆◇◆◇◆




 そう言い切った白瀬に翔哉は驚いた。



「でも、その当時ってまだ2016年ですよね!?」



 翔哉はそれを聞いて一瞬何かの間違いではないのかとさえ思った。


 表面上は西暦時代とあまり変わらないと最初は感じたこの世界の街並みだったが、だんだんと暮らしていくうちにかなりのハイテクが入り込んでいることに気が付いてきていたからだ。


 このレベルのテクノロジーが2016年当初からあったなんてとても信じられない。


 しかしそれと同時に。

 語られているこの過去自体はそれほど大昔という訳ではないのである。

 目の前にいる白瀬は、その中を生きてきた目撃者の一人であり、その彼が間違うはずがないとも言えるのだが──。


 その翔哉の戸惑いを感じたのか、白瀬は自分からその疑問点を示してくれる。



「そう。この事実からわかることは2つあるだろう? ひとつは当時としては技術レベルが高すぎること。そしてもうひとつは、それなのにそれ以降は全く進歩が停滞してしまっているということだ」



 その話の続きを待つ翔哉に対してこの後──。

 白瀬はその説明としてはいささか突飛に思えるような答えを口にした。



「これはね、翔哉君。この都市群を作った新しいテクノロジーをもたらしたのが、当時世界中から突然現れた7人の人間によってだからなんだよ」



 それを聞いた翔哉はまたびっくりしてしまった。

 何かの冗談かと思って白瀬をもう一度見たのだが、当の白瀬はニコリともしていない。


 そして更に説明を続けたのである。


 次はその7人のプロフィールだった。


 〇 アメリカから現れたエリック=ウェイバー

 〇 日本から現れた黒崎奏真くろさきそうま

 〇 オーストラリアから現れたオリバー=ヒューストン

 〇 EUから現れたヒルダ=ヴィレム

 〇 アフリカから現れたヤオ

 〇 ロシアから現れたアルビナ=ミハイロフ



「彼らは、アースユニオンが成立した当初から7人が一緒にいた。そしていつしか彼ら7人のグループは委員会カウンシルと呼ばれるようになったんだ。そのせいなのか、彼らを神の使いだとか協力して世界を救ったんだと、そう信じている者達もいまだにいる」



 実際、宗教団体もあるらしい。

 ──もっともこの委員会の7人はというと、この宗教団体との関係を否定しているらしいのだが。


 そこで翔哉はあることに気が付いた。



「この人達が現れた各地区に、それぞれの都市群が建設されたんですか?」


「そうなんだ。偶然なのか必然なのかはわからないが、彼らが現れた地区以外はもっと被害が壊滅的なものだったらしい。その結果、彼らが必然的に生き残った地区の代表になり、それぞれの地区を担当することになった」



 その彼ら──委員会カウンシルの7人が、その時にこれからの新しい世界を作るための進んだテクノロジーを提供した──とのことである。


 まったくここまで聞いただけでもおとぎ話のような突飛な話だが、それ以上にびっくりなのは──この時提供された技術が当時のテクノロジーレベルから見てかなり高いものだったことに加えて、これらの技術が “どこからどのように手に入れたものなのか全くわからないもの” だったことだ。



「その神秘性ゆえに彼らを神の使いだという人達もいるし、逆に気味悪がる者達もいるというわけだ。実は人間ではないんだと言い張る人達もいるし、超常の力を神から授けられんだと主張する人もいる」



 白瀬自身も、何度か日本担当者の黒崎には会っているが、会えば会うほどまったく得体がしれない。

 あるテクノロジーの最先端付近にいるはずの彼をもってしても、科学を超越しているのではないかと思ってしまうことがあるくらいなのだ。


 翔哉も既に二度会っており、これは一般人としてはかなり多いほうだと思うのだが、白瀬の言い分は少しわかるような気がしてきていた。



「しかし、ある日突然もたらされたこのハイテクノロジーによる管理社会が、それ故に生み出してしまったひとつの問題があるんだ。それがさっきも言ったように地球暦に入ってからテクノロジーの進歩がほとんど停滞してしまったという事実──そして、その原因になった深刻な事態なんだよ」



 ゲヒルンが進めている人間の脳の研究と異世界関係の研究、それ加えてアンドロイド方面のテクノロジー。

 それらについてだけは例外的に進んでいるとは言えるのだが、それ以外の技術レベルはほとんどが停滞したままなのだそうである。



「この問題とその原因については多くの議論がこれまでになされて来た。しかし、これまでのゲヒルンの研究によって次第に明らかになってきたのは……」



 ため息をつく白瀬。



「突然もたらされたテクノロジーに対する過度の依存から、脳の退化が多くの人間に既に始まっているらしいということなんだ──」

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