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87 話 タージオン変換

 青木ヶ原の樹海と呼ばれる富士山の麓にある広大な樹林。


 やはりこの世界でも、ここは翔哉が元いた世界のように、昔は迷ったら出られないなどという都市伝説や自殺の名所としての知名度が高かったりしたらしい。


 その反面、一部には富士山の近くにある観光地として、人がやってくるハイキングコースがあったりしたらしいのだが──。

 第三次世界大戦とその直後の大災害によって人間が都市部に集中して住むようになった今では人の行き来は途絶えているようだ。


 ヘリは、廃墟のようになった観光施設跡のようなところに着地する。

 そこで留守を守るパイロット以外はみんな降りたのだが、辺りには他には人っ子一人見当たらなかった。


 そこから立ち入り禁止になっている古びた看板を越えて、樹海の奥深くのほうへと入っていく。

 翔哉とエル、そして久保田はその一行の最後尾からついていっていた。



 前に先行しているのは4名。


 そのうち2人が、布で巻かれた大きめの棒のような機材を抱えており、一人がバッテリーのような機械の箱を持っているようだ。


 そして現場監督らしい中村主任が、先頭に立って目的地に向かって迷わずずんずん進んでおり、最後の一人が久保田・翔哉・エルの3人よりも後ろで殿しんがりを務めている。


 ──こういうフォーメーションである。



「この辺りもね、異世界からの人間をキャッチするには、磁場がいい地域のひとつなんだそうだよ」



 しばらく沈黙が続いていたのだが、近くにいる久保田が気を使ったように翔哉に話しかけてきた。



 磁場……か。

 この富士の樹海は──少なくとも翔哉が前にいた世界においては──溶岩からできた土地のせいで磁場が狂っていて、そのせいで方向を見失って迷いやすい場所になっていると聞いたことがある。


 その辺りと何か関係があるんだろうか。



「僕も……ここでその──“ハンティング”されたんですか?」



 そう翔哉は聞いてみる。

 任務が始まってからは、軍隊のように合理的な用語が飛び交っており、彼らはこの任務のことを“ハンティング”と称していた。



「僕はその時に同行した訳じゃないんだ。だからデータで知っているだけなんだけど、翔哉君の時は日光の奥地だったそうだよ」



 そう教えてくれる久保田。


 この辺りでも富士の樹海を始め、異世界からの人間をハンティングするためのポイントは数箇所あるらしく、それが毎回どこになるかは委員会カウンシルのメンバーやその使いの者から、その度に直前になって指示を受けるのだそうだ。



「関東圏だと大体いつもその数箇所のうちのどれかなんだよね。だからハンティングが成功しやすい要素を持った場所──地理とか地脈みたいなファクターが考慮されて指定されるんじゃないかな?」



 そこからは少し小声になって翔哉の耳元に口を近づける。



「でも翔哉君の時は、今まで一度も使ったことがなかった新しいポイントを急に指定されたらしいんだ。それが何を意味しているのかまでは……僕らにもまだわからないんだけど」



 荷物を持ちながら歩いている他の5人の隊員達は、まるで軍隊のように無駄がなく集団で乱れなく行進していく。



   ◆◇◆◇◆



 エルは──というと。

 何だか少し怯えているような表情をしていて、うつむきつつ翔哉の横を静かについてきていた。



「大丈夫?」


「は、はい……大丈夫です」



 ガイノイドなので顔色が悪いということはないんだろうが、あまり気分が優れない感じには見えてしまう。

 そう言えば、昨日の夜もなかなか休眠状態に入れない様子だった。


 翔哉がそんなことを考えエルの様子をうかがいながら歩いていると──。

 そのエルが道の途中で何かある方向をしきりに気にして歩いていることに気が付いた。


 進行方向から外れた方を見てながらしばらく歩き、またしばらく歩くとそっちを気にする。

 そんな感じなのだ。


 何度も何度もそんなことを繰り返している様子なので、流石に気になった翔哉はエルに直接聞いてみることにした。



「どうしたの、エル?」


「あの……翔哉さん。あの木と木の間辺りにキラキラした──なんだか光の粒のようなものが見える気がして……」


「どこ?」


「あの辺りです」



 指さされた方を見てみる。

 確かに昼間でも暗い樹海の中でその辺りだけ、木と木の間に光が漏れているような気はするけど……。

 でも翔哉には、何か特別そこに何かが見えるような感じはしなかった。



「どうしたんだい?」



 二人の様子に気が付いた久保田もそう声を掛けてくる。



「ああ、エルがあの辺りに……」



 そう言って久保田にも一応エルが言ったことを説明したのだが、彼が見てもやっぱりおかしなところは特にない──。

 少し木々の感覚が他と違う気はするけど、何か特別見えるかというと何も無いはずなのだ。



「翔哉君には何か見える?」


「い、いえ。僕も特には……。光はちょっと差してますけど、あれって太陽の光が上から漏れてきているだけですよね?」


「そうだね……」



 翔哉も久保田も二人共首を傾げる。



「エルちゃんのモニターには可視光以外のものも感じられるから、何か目に見えないものが見えるのかもしれないけどさ」


「何かですか?」


「自殺者の幽霊とかね!」



 久保田はそう言って笑ったが……場所が場所だけに冗談には聞こえなかった。



   ◆◇◆◇◆



 そうやってエルを少し気に掛けながら、翔哉達一行が歩いていると20分ほどで指定のポイントに到着したらしい。


 全体の行進が止まり、そのまま黙々とハンティングの準備が始まる。


 二人の隊員が持っていた布に包まれた棒は、開けてみるとまるでテントの骨組みのような感じで、軽金属でできた細長い部品の集合体のようだった。

 それを担当者が3人で慣れた手付きで組み立てていくと、五角形のパラボラアンテナが長い棒の先に付いたようなものが出来上がる。


 それも3本だ。


 それを運んできたバッテリーのような箱につなぐようだ。

 電極のようなものが、いくつかバッテリーの箱から出ており、そこに線を繋いでいく。


 パラボラアンテナみたいな傘は、地面にほぼ直角に突き立てられ、上を向いて地面に刺さったような格好になる。


 それを3本。

 一辺が3メートルくらいの正三角形の形に配置するらしい。



「あの三角形の中に人が現れるんだよ」



 そう久保田が翔哉に耳打ちする。



「人が現れる!? いったい、どうやってですか??」


「まあ、見ててごらん」



 久保田は、実際に同行して目の前で見るのはこれが初めてだったが、記録映像で何度かその一部始終を見たことがあったのだ。



「ジャイロ正常作動中」


「GPSによる極点の誤差修正よし」


「地磁気正常」



 どうやら最終チェックが始まったようだ。

 翔哉はただ聞いているだけで、全くその意味も訳もわからないが。



「虚数次元への放射エネルギーの圧力上昇中」



 そうやって、まるで魔法の詠唱のように続く声を聞いていると、久保田がまた翔哉に耳打ちをしてくる。



「こんなの全部ハッタリさ」


「ハッタリ?」


「自分たち自身が言ってることの内実をロクに理解していないんだ。だからこんなの必殺技の名前をただ叫んでいるようなものだよ」



 自嘲気味にそういう久保田。

 翔哉はどう言葉を返したらいいのかわからなかった。

 その間もその『詠唱』は続いていく。



「位相転換フェーズ。最終段階へ移行」


「エネルギーレベル、レベル2からレベル3へ」


「位相転換準備、完了!」



 そう声が掛かると、3人がそれぞれ垂直に立っているパラボラアンテナのようなものの横に立って何かに備える。


 暗い樹海の中のため、五角形のパラボラアンテナの先が少し青白く光っているようにも見えるのだが、うっすらとしているためそれが錯覚なのかどうかの判断が難しい。


 それを何とか少しでもはっきり見ようと、そちらに向けて翔哉が思わず目を凝らした時に──。


 中村主任が声を出して号令を発した。



物質タージオン変換開始!」



 その号令を聞くと、パラボラアンテナを持っている3人がアンテナを、フォーメーションを組んでいる三角形の中心に向かって倒す。


 てっぺんの五角形のアンテナが三角形の重心付近でひとつに重なり。


 ガチャン!


 ……と、金属音がした。


 それを見て翔哉もやっと理解できた。

 三本の棒はちょうどピラミッドのように正三角錐の形を作ったのだ。


 そして、その瞬間……!


『キイィイイイイイィィィン!!!』


 という、物凄い耳鳴りがして──翔哉は思わず座り込みそうになる。


 何とかそれに耐えて、中腰になりながら見ているとその三角形の間に、まるで魔法のように人間の女性が姿を現してきた。

 それは目の錯覚なのか、細かい粒子のようなものが一瞬で寄り集まってきたかのように見える。



「あっ!!!」



 翔哉が思わず声をあげる。

 横から久保田がタイミング良くこう説明した。



「これが異世界からの転移の瞬間だ。僕達はこれを物質タージオン変換と呼んでいる」



 魔法陣のように見える三角形の中で、薄っすらとしていた女性はだんだんとはっきりとした形となり、色が濃くなってくる。


 うつ伏せに寝ており、衣類も普通に着ていた。

 髪はオカッパというか、肩辺りで髪を切り揃えてある30代中盤くらいの女性であった。



「僕も……あんなふうに……」



 驚きのあまり呆然となりながら、そう横にいる久保田に尋ねようとした翔哉だったのだが──。

 それはすぐ近くからの大きな音にかき消される。


 ドサッ!


 音がした方に翔哉が思わず振り向くと──目に飛び込んできたのは。

 エルが地面に倒れている姿だった。



「エ、エル……!!」



   ◆◇◆◇◆




 しまった!


 翔哉は後悔していた。

 この怪しげな儀式めいたものが始まってからは、非現実的な雰囲気に飲まれてしまい、エルを全く意識していなかったのだ。


 慌てて駆け寄るとすぐにエルを抱き上げる。



「大丈夫!? エル!!」



 エルの全身は痙攣するように震えていた。


 何が起こったんだろう?

 ──その時、さっきの物凄い耳鳴りを思い出した。


 !!


 あの時。

 エルの身にも何かが起こったんだ!



 翔哉の腕の中でエルが首をイヤイヤと振った。

 そしてうなされるように切れ切れにこう言葉を絞り出す。



「いや……いや………! 翔哉さんが……」



 まるで悪夢を見ているようにエルは苦しみ続け──。

 最後にこう言ったのを、翔哉ははっきりと聞いてしまった。



「翔哉さんが……消えてしまう!!」

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