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84 話 ゲヒルンの極秘任務

「こちらのお二人、草壁教授と中村主任は、異世界からこの世界に“人材を転移させる”実務に携わっていらっしゃる責任者のお二人……なんだそうだ」



 異世界からこの世界に人材を転移させるだって!?

 まさか……!!


 ──それを聞いて翔哉は文字通り絶句した。


 しばらくの静けさが場を支配する。

 その沈黙に耐えかねたように、草壁教授が気まずそうに前に進み出るとこう最初に謝罪の言葉を述べた。



「あー。谷山翔哉さん……あなたの身に起きた異世界転移は、我々独立行政法人ゲヒルンの位相転換分子転移実務研究室の極秘任務によるものだ。君をこの世界に“転移させた”のは私達ということになる。どうかここで詫びさせて欲しい」



 そう言って、草壁と中村は揃って翔哉に対して頭を下げる。

 それからまず説明されたのは、この異世界転移が特定の個人を狙って起こすことができるものでは無いということだ。



「つまり君個人を狙って転移を起こしたわけではないということは強調しておきたい。そして、私達が今のところ知っている情報によれば、この転移は前の世界で必要とされていない人材をこちらの世界に引き寄せるものに過ぎない。それこそが我々が行なっている異世界転移の実態……と言うことになるわけだが」



 そこから草壁の口調は尻すぼみに弱々しくなっていく。



「しかしながら、それが事前に君の意志を問わずに前に居た世界から、強制的に引き抜いたことに対する免罪符になるとは……思っていない」



 つまり特定の因を持っている人間を、その引力で引っ張ったらたまたま翔哉が釣れた。

 転移を起こす意図はあったが、個人に対する他意はなかったごめんなさいというわけである。


 そしてその後も言い訳じみた弁明が続く。


 これはまだ一般社会には出ていない情報だが、この世界に住む人間の活力が知性的にも肉体的にも疲弊してきており、このままでは人類は衰退の一途を辿ってしまう。


 そこであるところからもたらされた技術を使って、 周りにある違う世界で役割が無くなって浮遊している人間をハンティングしてくることにした……そういうことらしい。


 そこで中村主任が口を開く。



「勝手な言い分ばかりで申し訳ないとは思うが、我々も手段を選んでいる余裕はなかったんだ。許してくれとは言わないが、何とか理解してくれたらありがたいのだが……」



 しかしこちらもやはり歯切れは悪い。


 翔哉は当然のことながらびっくりはしていた。

 それでもそれに対して不思議と腹は立たなかったのだ。

 それはもうこうして既にこの世界にいる以上、どうにもならないという諦めもさることながら、今の現状に満足している……というのも大きかったのかもしれない。



「そうですね。びっくりはしましたけど。悪意ではないようですし……。僕自身、前の世界では生きていて正直楽しくはなかったんです。この世界に来て初めて自分が必要とされる喜びを感じることができたって言いますか──」



 すんなりとそんな言葉が口をついて出る。



「だから、僕にとってはこれでよかったのかな……と」



 翔哉からはてっきり罵倒の言葉が飛んでくるとばかり思っていたのだろう。

 嫌味のひとつも無く翔哉が最後にそう言って話を締めると、緊張が解けたのか草壁がまた凄い勢いで翔哉に駆け寄ってくる──そして。



「ありがとう……ありがとう……!!」



 そう連呼しながら、無理矢理に近い形で翔哉の手を握ると何度も何度も頭を下げる。

 教授とか呼ばれていた割には、なんだかそんなに権威ぶったところはなさそうな感じだった。


 ただ……。



「教授……もうそのくらいで……」


「あ、ああ。すまん、中村君」



 ずいぶんと激しやすくて、ちょっと押しというか、我が強い人みたい

だけど……。

 中村主任の方がいつもクールで落ち着いているような感じだ。


 今日はこの話を翔哉にするまでが、彼らにとってはよほど気にかかる懸案だったらしく、ここまでの話が終わる頃には部屋の中の雰囲気はいくぶん楽なものになっていた。



   ◆◇◆◇◆



 この世界的にとってはやむにやまれぬ事情とは言え、こうして相手の気持ちを考慮せずに人々を転移させていることについては、彼らもここまでかなり気に病んでいたらしい。


 なのでこの異世界転移の実態は、社会的に極秘扱いになっているのは勿論のこと、通常はこうして転移者に実際に会って事情を明かすことなどほとんど無く、今回が恐らく初めてだろうとのことだ。


 そんなリスクを冒してまで、どうして今回はこのように事情を話に来たのかと言うと……。



「是非! お力を貸して頂きたいのです!!」



 ズイッ。

 ──草壁教授の顔が大きくなった気がした。


 こうして大きく自己主張してくる時の彼は、何か存在感が増してくるような押しの強さがある。

 そして、彼のバーコードのような頭髪がぐぐっとこちらの方に押し迫って来るような精神的なプレッシャーが襲ってくるのだ。


『はーん。これで教授になったんだな?』


 白瀬も言葉にこそ出さなかったが心の中で納得する。


 そして事前に打ち合わせをしておいたのか、そこですすっと草壁と中村が下がり、今度はここまで後ろにいた二人が出てきて、手際良くプレゼンのスタンバイを始める。


 そこからは吉原と久保田の出番だった。

 部屋の中にあるモニターに、持ってきた端末の外部出力を切り替えて、資料画像を映し出しながら二人は説明を開始した。


 まず久保田が一歩前へ出る。



「先ほどもご説明しましたが、私達が現在利用している異世界からの転移を誘発するシステム……まあ、ここは敢えて召喚と言う言葉を使うべきなんでしょうかね。これがさっきも説明しましたが不完全なものなんです」



 画面にパラボラアンテナのような五角形の傘のようなものが映し出される。



「まずこの装置の設計図を、委員会カウンシルに渡されて組み上げました。そしてそれを指定された日時、そして場所に行って指定通りに通電すると……あら不思議。どこからともなく人が現れてしまいました──という」


 そこまで説明して、大きなため息をつく久保田。



「まるで魔法みたいですねぇ」



 隆二が思わず声をあげる。



「科学者の端くれとしては、こんなことは全くもってお恥ずかしい限りなのですが、私達にはこのテクノロジーの詳細がまだ皆目わからないのです。これについては指示されてその通りに使っているだけで、家電製品を何も知らずに使っている主婦と何ら変わらないんですよ」



 そう言ってしきりに恥じ入る久保田。

 吉原はそんなことなど意に介すこともなく黙々と次の作業を準備している。



「じゃあ、その設計図とか技術とかって。委員会カウンシルはどこから手に入れたんですか?」



 舞花が質問する。

 だが、久保田は首を横に振った。

 横から白瀬が代わりに答える。



「まー、たぶん俺達の時と同じだろう。黙って渡されて必要な事以外何も言われなかった。他に情報は何も無し。聞いてもナシのつぶて。そんなとこだろ?」


「はい……おっしゃる通りです」



 久保田がうなだれながら相槌を打つ。

 そこに草壁が入ってくる。



「我々も何とか、この異世界転移がどのように起こっているのか、もっと具体的に調査して解明したい。ですが、理論は先走っているものの計測機器やその方法に関しては、今のところ全く目処が立っていない状況なのです……」



 そう言って頭を抱えて見せる。


 次に割って入ってきたのは吉原だ。

 これまで黙々と何かを準備していた吉原美咲が、突然モニターに何かを映して説明を始める。



「これを御覧ください」



 そう言われてみんなが画面に注目する。

 これまでの模式的な画像ではなく、そこに映し出されたのは動画だった。


 光が溢れるような晴天の中、草原を誰かと歩いている映像……らしい。

 しばらく横にいる誰かと、楽しそうに進んでいるとだんだん大きな木が近づいてくる。


 そして──。


 その木の根元に座って、持っていたピクニックバスケットを開け、その中にあるサンドイッチを二人で食べるのだ。

 そこで思いついたように、おもむろに横にいる人物の顔を見上げると──。



「え!? 僕!!」



 見ていた翔哉が思わず声を出してしまう。



「もう皆さんお気づきの通り、この映像は先日ガイノイドのエルちゃんが見たという夢の映像なんです」



 久保田がそう言うと、開発スタッフからも感嘆の声が漏れる。



「記憶データから抽出するって聞いてたけど……こんなにすごいの!?」


「かなり鮮明ね。解像度、再現度共にかなり高いわ」


「すごいですね、これは……!」



 舞花、恵、隆二がそれぞれバラバラに感想を漏らす。



「更に言うと、今日は映像しか間に合いませんでしたが、この時の記憶データを包括的に解析した結果、そこには触覚や聴覚……それどころか味覚の情報さえ含まれていたと言うのです!」



 バン!


 興奮して机を叩く吉原。

 暴走しそうになる吉原を事前に久保田が抑えて説明を引き継ぐ。



「聞くところによるとエルちゃんは、実際の草原を見たことがなかったとのことのようです。それでは、この彼女の見た草原の映像は一体どこからやって来たのでしょうか?」



 どうやら……その辺りが今回のゲヒルンの“お願い”にこれから繋がってくるようなのだが──。

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