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74 話 オリエンテーション

「もうこの際だから──エルと翔哉君には、これから一緒に住んでもらおうと思ってるんだよね」



 白瀬がそう言った途端に舞花の感情が爆発した。



「さんせーい! やったー!!」


「またいつものスイーツ脳が炸裂したんだろ、それ?」



 隆二がジト目でツッコミを入れる。



「あ、あの……」



 翔哉はというと──。

 あまりの話の成り行きにびっくりしていた。

 もう、嬉しいのか驚いたほうがいいのかよくわからない。


 ……そう言えば。

 前の家が全焼ってことは、持ち物も全部無くなっちゃったのかな?

 また引っ越し──そう思ってはたと気がつく。


 ほとんどが一ヶ月程前にこっちの世界に来てから、新しく支給されたものばかりだから大したものは特に無いんだけど。

 それでも、全部また無くなっちゃって始めっからいうのは、やっぱり悲しいと言えば悲しいわけで……。


 白瀬はそんな翔哉の様子を見て、一転して真面目な顔になる。



「あー。ちょっと説明が必要かな?」



 こほん、と改まる白瀬。



「冗談めかして言ったものの──これには真面目な側面も多分にあるんだ。翔哉君はどっちにしろ今後しばらくは一人にならないほうがいい。身の安全を確保するためにね」



 そうなのだ。

 家が突然火事……それも狙われたっぽい出火ってことになれば、次だっていつ何をされるかわからないってことだ。

 ──考えてみるとかなり気持ちが悪い。



「だから、この研究所の近くにちょっと大きめの住処を新しく工面するから、そこに住んだらいいと思うんだよ。そしてそこにエルが一緒にいてくれるとセキュリティの面でもメリットになる──そういうことなんだ」



 つまりエルの記憶がそのまま監視カメラになるわけである。

 その有用性は、この前の傷害事件が起こった時も実証済みなわけで……。


 それらを踏まえるとと今回の白瀬の提案は、エルとの関係を深める研究テーマの舞台を用意した上に、当面の翔哉の住処の確保とセキュリティまでを網羅したかなり堅実で合理的な意見だとも言えるのだ。


 それだけを確認するとまた軽いノリに戻る白瀬。



「でね? そのついでにエルのフルバッテリーのテストも……やっちゃおうと思うんだ。その家でさ」



 エルのバッテリーは最大で170時間保つ計算になっている。

 つまり約1週間である。

 しかし8月の臨床テストでは、事故を防ぐためもあって一日分ずつ充電して運用していたのだ。



「でも今回は、もう行政府や第三者機関の縛りも無いし、研究環境としては比較的自由な状況だからね。色々なデータが取れると思うんだよ。うん、実に楽しみだねぇ!」



   ◆◇◆◇◆



 こんな感じだったので、自分の部屋が丸焼けになったのを憂いる暇もなかった翔哉なのだが……実のところ翔哉の現状はかなりシビアであった。


 場合によっては、これからもレゾナンス症状の患者を意図的に使って襲われる可能性があることに加えて、暴走車に襲われた上に立て続けに家から謎の出火で全焼という今回の騒ぎも偶然の一致とは思えない……。

 ある意味狙い撃ちされていると考えるしかない様相なのだ。


 そう考えると次の月曜からも、とても普通にエルドラドに出勤できるような状況ではなかった。


 元々白瀬が、研究所に引き抜くことを考慮に入れて動いていたことで、土曜日のうちに配置換え──つまり転職の手続きについてはすんなりできたようなのだが、こうなってしまってはお店の方にお別れの挨拶に行くようなことも当分できそうにない。


 そのため月曜からでも早速翔哉には研究所に来てもらい、少しずつでも研究所に慣れてもらいながら、正式に綾雅技研に所属という身分が固まり次第、エルを覚醒させようという手筈になったのである。



 さて──。


 こうして翔哉は土曜と日曜の夜に関しては、取り敢えず白瀬の家に泊めてもらうことになった訳なのだが。


 その白瀬の家はというと。

 見事にゴミ屋敷になり果てていた……。



「やっぱり思った通りでしたね!」


「す、すまん。恵……」



 心配してついて来た恵が部屋の掃除を手伝ってくれた。


 どうやら彼女は、何度か一人暮らしの白瀬の家にやってきて、掃除をしたり食事を作ったりしてあげていたことがあるらしい。


 しかし白瀬が遠慮することもあり──前に来たのは半年前なのだそうだ。


 その恵が、二人に夕食の支度までしてくれて帰った後……。

 そこからは白瀬が翔哉の前にいた世界のことを、どうしてもとしつこく聞きたがったため、その話題で夜遅くまで話し込むことになった。



「へぇ、そうすると2016年には将棋も囲碁もAIがプロを凌駕しちゃったって言うのか!」



 やはり一番興味があるのはAI関連の動向で、翔哉はそれほど詳しかった訳ではないのだが、それでも白瀬には充分に面白かったようである。



「ここの世界ではね。翔哉君。ディープラーンニングテクノロジー自体は、2012年前後からあったんだけど、その直後から戦争が始まっちゃったから……その後は全部軍事用に特化した研究ばっかりでさ」



 全ての研究成果はクローズドになり、ボードゲームやその他の一般大衆にアピールするような研究は、戦争が終わる2016年までは逆に行われなかったのだそうだ。



「一応、内部的にはそういうゲームなんかを使った実験もしてはいたんだけどね。それも基礎的な時だけだ。研究が軌道に乗ったら、後は同じデータを取るのなら軍事的なデータを蓄積したほうが実戦の精度が少しでも上がる。それが戦時ってものだよ。今思えば嫌な時代だったね……」



 その後も、白瀬はビールとおつまみを消費しつつ、違う世界の動向について知りたがり、その結果二人の話は深夜にまで及んだのである。



 翔哉の新しい住居の件は、次の週の水曜には物件が使用可能になることがわかっていたため、時間的にはその日のうちにそこまで話し込む必要はなかったはずのだが……。



「次は、政治のことを聞かせてくれ、翔哉君。総理大臣は──」



 白瀬の知的好奇心の前には如何ともし難く、土曜も日曜も朝方近くまで話し込むことになってしまった。



   ◆◇◆◇◆



 そして月曜日──。

 白瀬と共に研究所にやってきた翔哉だったが、その日はまだ主要な施設に入ることはできないようだった。

 IDカードの発行が次の日の火曜日になりそうなのだ。


 そこでこの日は、スタッフそれぞれが時間ごとに一人ずつ翔哉に付いて、研究所内を大まかに案内して回ることになった。

 ちょっとしたオリエンテーションといったところである。



「私はねー。こういう案内って本当はエルとやって欲しかったのよねー」


「そうなんですか……?」


「そうよー。こういうのも翔哉君との大切な思い出になるわけじゃない? それを私達が取っちゃうなんて無粋よねー」



 スタスタと歩きながらアヒル口で舞花がそう主張する。

 もしここに隆二がいたら「それ何の恋愛シュミレーションゲームの話だよ!」と突っ込みをいれることだろう。


 勿論、信念の固い舞花がその意向を諦めたのには理由がある。


 実を言うと、今日の夕方辺りには翔哉の異動は書類上完了するらしい。

 つまりそこからは正式に研究所の所属となり、その時点からエルを目覚めさせること自体は事実上可能になるはずだったのだが……。



「えー! それだとエルが目覚める時に翔哉君を立ち合わせることができないっていうの!?」


「そりゃそうだろう。IDカードが無けりゃ研究棟に入れないんだから」


「駄目じゃんそんなの。却下よ却下!!」



 セキュリティー上の問題もあり、IDカードを持っていない人間が研究棟に入ると警報が鳴ってしまう。

 エルの目覚めの時に翔哉に立ち会ってもらうためには、どうしてもIDカードの到着を待たなければならなかったのだ。


 そんな訳で、舞花はエルを先に目覚めさせて、翔哉と一緒にラブラブ所内見学という自らの提案を取り下げるしかなかった。

 すると翔哉を昼間一人にしておかないためにも、必然的に今日はこうしてみんなでオリエンテーションを行うのが一番無理のない選択ということになる。


 ──それ以外にも「エルは翔哉君のキスで目覚めないと絶対ダメよー!」と駄々を捏ねて却下されたり、「これからも王子様って呼びたいー!」と要求して翔哉から直々に拒否されたりしており、諸々の余罪があっての彼女のこのアヒル口なのである。



 隆二とは同性で年が近いこともあってすぐに仲良くなった。



「舞花って、押しの強いウザ系女子だからさ。ちゃんと嫌なことは断らないと駄目だよ? 人間関係って最初が肝心なんだから!」


「そういうものですか」


「そうそう。みんながみんなエルのような女の子だと良いんだけどさ~」



 そう言ってため息をつく隆二。



「たださ。エルの場合、性格の初期設定自体は僕らが作ったわけなんだけど、幼児期っていうのかな、AIとして動き始めた最初の段階でのやり取りが、その後の人格形成に大きく作用しているみたいなんだ。言わば人格の“受け継ぎ”が起こってるんだよね」


「誰に似ているんですか?」


「それぞれから受け継いだものってあると思うんだけど、やっぱり恵ちゃんのおっとりしたところを一番受け継いだのかもしれないなぁ。一番触れている時間が長かったみたいだしさ!」



 このように舞花と隆二は、揃って自分からよく喋る二人だったのだが、それに対して恵は少し違うようだった。

 恵といると、時間はそれ自体がゆったりと流れているように、会話もゆっくりと進んでいく感じである。



「翔哉さん、あなたが研究所に来てくれて本当に良かったわ」


「いや……僕なんかが入っていいところなのか、ちょっとまだ気後れしちゃいますけどね」


「その辺りはあんまり気にしなくていいと思うわよ? 宗一郎さんたっての希望なんだし」


「そうなんでしょうか……?」



 恵の「翔哉さん」が、ちょっとエルに似ているような気がして、翔哉はドギマギしてしまう。



「私も隆二さんも舞花ちゃんも、みんなあなたと同じ様に宗一郎さんに声を掛けてもらってここにいるの。だからそういう意味では立場はみんな同じなのよね」


「みんなそうやって集まってきたんですか?」


「この次世代技術開発課に関してはね。だから翔哉さんも何の気兼ねもいらないのよ。あなたはエルが選んだ、たった一人の人なんだから」


 そうやって、翔哉が所内を案内してもらいながら、みんなと順番に話していくうちにもう夕方になっていた。


 予定通りなら明日には翔哉用のIDカードが届くことになる。

 そしてそれはエルとまた再会できるということを意味していた──。

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