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73 話 委員会の介入

 “それ”を最初に見つけたのは白瀬だった。

 道を歩く白瀬達に向かって、黒塗りのリムジンが制限速度を無視した猛スピードで突っ込んできたのである。


 キュキュキュ……!

 グワアアァアァァン!!


 ──耳障りなスリップ音と、暴力的なエンジン音が交錯する。



「翔哉君!」



 以前、白瀬は似たような状況に遭遇したことがある。

 そのため手に取るようにとまではいかないが、相手の意図がある程度はわかるような気がした。

 それによって少し先手を打てる。


 白瀬は咄嗟に翔哉の体を抱くように掴むと指示を出すように一緒に動く。

 襲ってきた車と自分達の線上に、街路樹や障害物をできるだけ置くようにしながら移動するのだ──それも緩急を付けフェイントも織り交ぜながら。


 キキキキッ!!


 リムジンが彼らの近いところをすり抜けて行き過ぎると、すぐさま無理なブレーキを掛けてスポーツカーのように反転しようと試みる。

 ──その動きからは、やはり狙いが白瀬達二人であることは明白だった。


 最初のアタックは、なんとか躱すことができたものの、まだ車の主は諦めていないらしい。

 リムジンを反転させて尚も二人を追尾して来ようとする。



「ど、どうなってるんですか!? これ? 白瀬さん!」


「わからん! ともかく逃げるんだ翔哉君!!」



 翔哉が全く訳がわからない状態なのは当然として、多少の心づもりがあったはずの白瀬もかなり面食らっていた。

 昨日村井から一応警告を受けてはいたものの、いきなり今日この場でこういう強引な手に出られるとは思ってもみなかったのである。


 リムジンは方向を変えると、またこちらに向かって突っ込んでくる。

 白瀬は相手を迷わせようと思い、咄嗟の判断で今度は翔哉とは二手に別れたのだが、車は迷わず翔哉へと向かってしまう。



「翔哉君ッ!!」



 そう翔哉に向かって叫びながら白瀬は後悔していた。


 翔哉はこの状況に明らかに動転していて冷静に判断ができていない。

 そんな状態で二手に分かれても相手を幻惑するどころか良い標的である。

 今は離れるべきではなかったのだ。


 しまった!

 これは白瀬の判断ミスであった。


 白瀬は、元々ロビー活動や権謀術数的なやり取りには慣れていたが、当然のことながら武闘系ではない。

 こういう論理的ではない飛び込みには意外に弱いのだ。


 このままでは……!!


 もう一度翔哉との距離を詰めようと模索しながら白瀬は歯噛みしていた。

 二人は今のところ何とか走り回りながら暴走車から逃げ回っているのだが、周りは人通りもほとんどなくいつまでこんな追いかけっこが続くのかわからない。


 これでは後どれくらい二人共無傷で逃られるものか……!


 そう白瀬が不安に思い始めた矢先。

 襲いかかってくる黒いリムジンのフロントガラスに、突然パッと花火のようにヒビが入ったのだ!


 パシッ!!

  パシッ!!


 一瞬にして粉々になったガラスが内側に崩れ、中にいた人間が見えそうな感じになる。

 ──よく見るとそれは黒い礼服のようなものを着たサングラスの男だった。


 その途端にいきなり流れが変わった。

 今まで攻撃的に襲いかかっていたリムジンは、今度は慌てて反対方向にハンドルを切ると、逃げるように身を翻してあっという間に走り去っていく……!


 エンジン音と行儀の悪いブレーキ音が、次第に小さくなっていった。


 …………。

 ……。


 ふぅ──助かった!

 白瀬と翔哉はその場にへたり込みそうになりながらやっと一息ついていた。


 そこに静けさを取り戻した道路の向こうから、今度はまるでさっきのことなど何事もなかったかのように、細身で独特の形の眼鏡をかけた男がゆっくりと歩いて二人へと近づいてきた──。



   ◆◇◆◇◆



 それは目つきはずいぶんと悪く雰囲気も暗い男であった。

 見るからに不気味な感じである。


 警戒しないわけにはいくまい。

 いつまでこんなことが続くのか……そう思いながら白瀬は一旦は翔哉を庇う体勢を取っていた。


 しかし何を思ったのか、そこで急に白瀬のほうが緊張を解いた。

 そして自分の方から彼へと話しかける。

 それは相手が知り合いであるような口調だった。



「黒崎さんでしたか。助けて頂いてありがとうございます……!」



 そう。

 この男と白瀬とは面識があったのだ。

 彼こそが、委員会カウンシルの日本エリア担当委員──黒崎だったのである。


 彼は妙に鼻につくような独特な声を響かせながら口を開いた。



「二人共無事で何よりだった」



 まずそう一言呟く。

 それは誰に対して話しているのかわからないような独特なもので超然とした語り口に聞こえた。



「白瀬」



 相変わらず目はどこを見ているのかわからず、誰に対して話しているかもわからない声。

 それが白瀬を呼んだ。



「はい」



 白瀬はそれにも多少慣れているのか普通に会話をしようとする。



「君達の決断に関して委員会カウンシルは支持することを決定した」



 君達の決断?

 カウンシル?

 翔哉はその中で全く置いてけぼりの状態だった。

 白瀬の横でまたちんぷんかんぷんという様相である。


 何を言っているんだろうこの人は。

 君達って僕達のことだろうか?

 決断ってさっきの僕達の話のこと?


 それを委員会が支持することを今決定したって……?


 一体どういうことなのか。

 翔哉は考えれば考えるほど訳がわからない。


 そんな翔哉には構わず、黒崎は相変わらず無機的に話を続けた。



「君達の身分と安全は、この流れを大きく逸脱しない限り、今後は委員会カウンシルによって保証、そして保護されることになる」



 白瀬はともかくとして翔哉は呆気に取られていた。

 なんという言い草だろう。

 正に中二病?──みたいなのを地で行く感じである。


 だがそれも、さっきからの非日常的な出来事から感覚が麻痺してしまっているのか、だんだん当然のことのように感じられてくるから不思議だ。



「あ、ありがとうございます……」



 どうやら知り合いらしい白瀬も、その言葉に驚きを隠せないようだった。



「今後はその男は白瀬──君の方で保護した方がいいだろう。その男はこの事象の流れの必須要因のひとつだ。もうこれ以上龍蔵にしてやられるなよ……」



 そんな感じで──。

 男は言いたいことだけ言うと、そのまま去っていこうとする。


 それを目で追おうと翔哉がした瞬間に、またタイミング良く白瀬のスマホの着信音が鳴った。

 思わず翔哉がそちらに気を取られてから、ハッと気が付くともう辺りに黒崎の姿はどこにもなかった。


 消えた……?

 ──まさか!


 そう翔哉が驚いていると今度は隣から大声である。

 白瀬が着信を続ける電話を取ると、そのスマホから村井の大声が飛び込んできたのだ。

 またいきなりである。



「谷山翔哉はそっちにいるのか! 宗ちゃん!!」


「う、うん。よく知ってるね。今、ちょうど二人で会ってたんだけど」


「そうか、よかった!! ってぇか良くないんだが!!」



 村井はセカセカしている感じだ。

 それに周りもずいぶんと騒がしい。



「村井ちゃん、ずいぶん慌ててるみたいだけど。どうしたの? 何かあった?」


「谷山翔哉の家が燃えてるんだよ! こりゃ全焼だ!!」



 その声は、スマホ越しでもはっきりと翔哉の耳に入る。

 だいたいこの人は、どうして僕の名前を知っているんだろう……って。


 え?

 燃えてる?

 全焼!?



「僕の家がですか!?」



 僕の家と言っても、この世界にきたばっかりの時に、一方的に与えられたワンルームというだけのものなんだけど……。


 それでも、それが燃えちゃうって……燃えちゃったって……。

 えええーーーっ!?


 それって、もしかしてもう僕には帰るところがないってこと!?



「うん……うん。わかった。それはしょうがないよな。うん……その辺はこっちでなんとかするから」



 そう言って村井との電話を切る白瀬。

 そしてこれが第一声である。



「翔哉君の家、燃えちゃったんだって! 困ったねえ。今晩は取り敢えずうちにでも来る?」



 あまりの展開について行けず呆然としている翔哉を置き去りにして、白瀬は更にマイペースにこう付け加えたのだった。



「中年男の一人暮らしで汚いけどさ。まあ、いいよね?」



   ◆◇◆◇◆



 白瀬が翔哉をつれて帰ってくると研究所は当然大騒ぎになった。


 翔哉を研究所所属にする考えがあることを、白瀬はまだメンバーには何も言っていなかったのだ。



「あのー……チーフ。いつものお散歩に行ってたんじゃないんですか?」



 隆二が頭をカキカキ突っ込んでくる。



「わぁ~~~王子様だ~~~!!」



 舞花も当然駆け寄ってきて大騒ぎである。



「王子様?」



 当然だが、当の翔哉は全く意味がわからない。



「ああ、この女はちょっと頭が変なので別に気にしないで──」


「なーに勝手なこと言ってんのよ! ボケ隆二!!」



 すっかり飲まれている翔哉に説明しようとする隆二を、舞花がドツキ漫才よろしくすっ飛ばす。



「何すんだこの暴力パワハラ女!!」


「アンタこそ、なーに王子様にいきなり私の悪口吹き込もうと──」


「あのー……王子様って……?」



 てんやわんやである。



「あー。諸君注目~!!」



 白瀬がしばらく様子を見てからパンパンと手を叩く。

 その様子を担任の先生みたいだな……などと翔哉が思っていると、そこからメンバー達に紹介される。



「みんなも名前や顔は既に知っていると思うが、彼が──さっき家が無くなってしまった谷山翔哉君だ」



 ある意味で、あんまりと言えばあんまりな紹介である。



「全然わかりません~」


「本当なんですか?」


「チーフちゃんと説明して下さいよ~」



 冗談のような受け答えの中、たった一人──恵だけが心配そうな目を翔哉に向けていた。



「あーすまんすまん。今日は出かけている間に色々あり過ぎてな。つい端折ってしまった。もう全然説明が追いつかないんだ、これが」



 そう言い訳すると、白瀬は研究スタッフのみんなにも事の経緯を説明する。


◯エルを延命させるための方策として、翔哉をスカウトすることにしたこと。

◯これによって、エルと翔哉の関係を深めることを次のテーマに掲げること。

◯当然、その結果エルが目覚めた時に喜ぶことは疑いなく、彼女の精神状態の安定と向上にも大きなメリットが見込めること。



「まあ、まだ状況がはっきりしてなかったからさ。まず彼と話をつけてだいたいの目処をつけてから、みんなには打ち明けようと思ってたんだ。なんだけどそこからまた……」



 そして今度はその直後にいきなり暴走車に襲われ、更にそこから翔哉の家が燃えてしまったという連絡が入ったことを話す。



「それは……」


「ご愁傷さまというかなんというか」



 みんなもやっと状況を把握してきたらしく、いつも通りにぎやかに掛け合っていた、隆二と舞花もこれには流石にドン引きしてしまった。


 ──これで大方、事情は伝わっただろうか。



「ふう……」



 白瀬も、長い説明を終えて一息つく。



「まあ、そういうことなんだよな。みんなもこれから翔哉君と仲良くやってくれ!」



 そう白瀬がまとめるとポジティブな反応が返ってくる。



「よろしく翔哉君!」



 隆二が手を差し出す。



「これからもエルをよろしくね、王子様!」


「いやだから、本人目の前にしてそれはやめろって。失礼だろうが!」


「いいでしょー別に!」


「俺達が恥ずかしいんだよ。お前と同レベルに見られて!」



 隆二と舞花は相変わらずだったが、いつもこんな感じなんだろうなと翔哉もわかってきてしまう。



「色々大変そうですけど、頑張って下さいね」



 恵だけがまともに、翔哉に対して常識的な気遣いを見せていた。

 そこで最後になって白瀬がこんなことを言い出す。



「でさ。今決めたんだけど……この場ですぐ発表しちゃうことにするわ」



 みんなの注目が白瀬に集まる。



「この際だからさ──エルと翔哉君には、これから一緒に住んでもらっちゃおうと思ってるんだよね!」



 ……いきなりここで爆弾発言である。

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