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61 話 異世界ガチャ

 相互干渉多世界。

 現代の多世界事象学の最先端か──。


 白瀬は、ここまでのややこしい話で疲労した頭を一度振り。

 エンジンを掛け直すために、もう一杯コーヒーを注文する。



「あ、僕もお願いします」



 久保田も冷えたコーヒーを急いで飲み干すとそう付け加えた。



「それで今回の翔哉君のケースなんですが……2019年という、私達の世界には存在しない西暦年代からの転移が起こっているのは、白瀬さんもご存知の通りです」


「異世界からの転移者を意図的に引っ張って来る。そう言ったよな? 俺にはまだ信じられないくらいなんだが、それがもし真実だと仮定して──だ。それじゃこれまでは、具体的にどうやって引っ張って来ていたんだ? どの世界から、どの年代から、誰をみたいに指定して召喚するのか?」



 白瀬もわからないことだらけで、質問するにもどこから聞いて良いものやらさっぱりわからない。



「いや。それがまだそこまでやれるわけじゃないんですよ。僕達も多世界の構造やその仕組みを詳しく解明できているわけじゃないですし。そうですね、簡単に言うと……ガチャみたいなものですかね?」


「ガチャ?」



 しかし普段ゲームをやらない白瀬には、いったい何のことかさっぱりわからなかったらしい。

 ウケを狙おうとした久保田は肩透かしを食う。



「すいません、スベりましたか。ガチャというのはゲームとかで良くある、新しいキャラクターやアイテムなんかをランダムで取得するための課金イベントなんですけど──」



 こういうのって、真面目に説明するとなんだか間が抜けてるよなあ……と、内心冷や汗をかく久保田である。



「僕達が行なっている異世界転移の説明を思い出して下さい。『属する世界からの因果律的な必要性が低下した人間』と『彼らを必要とする世界』との間の引力を利用するんです。まだこの辺りの細かい計算式は成り立っていないんですが、その引力を利用してこちらの世界に物質化現象を誘発するテクノロジーについては、さっきも言いましたが既に存在しているんです」


委員会カウンシル智慧ちえだな。つまりそれで引っこ抜くというわけだ」


「そうです。だからその時点で、一定のファクターを持った人間を引っ張って来ていることにはなってるんですが、具体的にどういう人をどこから──と、こちらから選んで連れてくることはできない。現時点ではまだ無理なんです。だからさっきガチャ──と言ったんですがね」



 やっと白瀬にもおぼろげにだが理解できてきた。

 ということはだ。


 ──その先を久保田が更に説明する。



「きっとたくさんある他の多世界の中には西暦2016年以降の世界もあるんでしょう。でもこれまでは2016年までの世界からしか転移は起こらなかった。つまり地球暦という私達の世界の歴史が他の世界にとってはあまり一般的でなかったとしたら、西暦年代における共通項こそが転移を引き起こすための強い因として働いていたと考えられるんです」


「なるほどな。しかし今回はその前例を覆した……そういうことなんだな?」


「そうなんですよ。ゲヒルン内の学者達はきっとそれ以上の強い因が働いたんだろうと考えています」


「強い因……か」



 白瀬は考え込んだ。

 その白瀬の様子を見て、久保田は言葉が足りないと思ったのか、もう少し噛み砕いて説明しようと試みる。



「転移者側にも元いた世界との和合性が良くないという因があるように、こっちの世界側にもその転移者が持っている特性が不足しているという必要性があるはずなんですよ」


「そうか……。だから異世界転移者達はいつもすんなりとこの世界に居場所を見つけ、そこで重宝されると言うことになるわけだ」


「そういうことになります。そしてそれを効率良く助けるために位相転換分子再配置局があるんですけどね」



 どうしてこれらの情報が、翔哉の件を説明するために必要だったのか。

 それがやっと白瀬にも少しずつ飲み込めてきた。



「すると翔哉君には、今までの異世界転移者よりも希少な特性があり、うちの世界からも強く必要とされる因があるはず……そういうことになるんだな?」



 そう尋ねた白瀬に久保田が頷く。

 それを確認すると、頭の中でおぼろげに見えてきたものを確かめるように白瀬は断片的に頭の中の考えを口に出して呟いていく。


 アンドロイドと人間を対等に見る特異な価値観。

 エルの追い詰められた状況……そして理解者の必要性……か。

 まだ見えていないことはいくつかあったが、そうやって考えていくと──白瀬の頭の中でも、次第にこれまで謎だったことが形になってきそうだった。


 それを聞いて久保田も興味を示す。



「なるほど、それは確かに面白い仮説ですね。今回は前例が無いくらい従来のパターンから逸脱している訳ですから、その他にも更に大きなファクターが隠されているかもしれませんが」



 そうでなければもっと多くの転移者が、2016年以降から来ていたことになるでしょう。


 久保田はそう説明した。



   ◆◇◆◇◆



 次に今回の事件の容疑者の話になった。

 今度は、白瀬が村井との調査から明らかになった情報を、久保田に報告する番である。


 当日に目撃された黒いバンの存在。

 そしてエルの聴覚が捉えた可聴域外の音。


 これまで聞いていたそれらの情報に加えて、レゾナンス症状の前科持ちの容疑者が、当日の朝に安原財閥系の病院から現場に直行していたこと──それを白瀬が久保田に報告する。


 それを聞いた久保田は、文字通り頭を抱えた。



「そうですか……。それはもうレゾナンス症状を偶発的に使おうなんていうレベルじゃないですね。レゾナンス症状のトリガーも含めて正確に掌握した上で、患者クランケの行動までもコントロールしているとしたら──」


「確かにこれはもう確信犯だよなあ」



 そう答える白瀬の横で、久保田も頭が痛そうにこめかみ辺りを撫でる。



「エルの聴覚データも提出しようか?」



 その久保田の様子を見ながら白瀬はそう申し入れた。



「お願いします。でも、そうなると──」


「そうだな。これこそ嘘から出たまことって奴だ。失踪したとされる村下英之教授は、これは誘拐されていた可能性が大ということになる。今でもどこかで密かに研究に従事させられているということだ。全く噂が本当になっちまった!」



 そう言う白瀬に、更に落ち込む久保田。



「……ゲヒルンとしては、これは最悪の事態です」


「まあ、そう悲観しなさんな。今回はどうにか尻尾を掴んだんだ。このままやりたい放題されるよりはマシさ」



 その言葉に久保田はやっと頭を上げた。



「確かにそうですね。しかしこれでまた大騒ぎになりますよ」


「そうだな。レゾナンス騒ぎのどこまでが意図的に起こされたテロなのか。それとも自然に引き起こされたものなのか。これでもう見当がつかなくなってしまったんだからな」



 ただ……これで治安維持局もやっと重い腰を挙げるだろう。

 村井の奴が動きやすくなると良いんだけどな。

 悩みが深い様子の久保田にフォローを入れながら、一方で白瀬はそうも考えていた。



   ◆◇◆◇◆



 月曜日の夜もエルは翔哉に会いに来ていた。


 今日はいつも通りエルドラドの女性フロア接客用の制服である。


 しかし土曜日曜と、かなりガーリーなファッションを立て続けに見せられたこともあって、この見慣れた制服も今日の翔哉の目にはメイド服コスプレのように見えてきてしまう。


 ドギマギする心を押さえながら何とか平静を保つために努力が必要だった。



 またエルは今日もエルドラド特製賄い弁当を持参していた。

 それを口に運びつつ話は弾む。



「明日は退院ですね!」


「やっと病院のご飯から開放されるよー」




 病院のご飯というのは、早く退院したくなることで治癒力をアップさせるために、故意に物足りなく作っているのではないだろうか?

 病院食とエルドラドの弁当を交互に食べていると、ふとそんなことすら考えてしまう翔哉である。



「でも、この賄い弁当も美味しかったなあ」



 退院したらこれからはエルドラドのメニューを、たまにはお金を出してでも食べてみたいな。

 翔哉は次第にそう思うようになってきていた。


 それにしても、昨日のエルの手作り弁当。

 あれってこれで食べ納めになっちゃうのかな?

 少し惜しい気がする。



「もう傷は大丈夫なんですか?」



 エルが心配そうにそう聞いてくる。

 刺された脇腹の傷のことだ。



「今日抜糸したんだ。一応傷はくっついているみたいだよ」


「そうなんですね」


「くっついてなかったり膿んでいたりしたら、明日の退院が取り消しになっちゃうところだったんだけどね。これで無事退院決定だよ」


「よかった……」




 安心したように微笑むエル。


 その後はいつものように、今日篠原から教えてもらった料理の話なんかを交えて、いつものように談笑する二人だったのだが……。


 ──そこでふと見ると、捲り上げた袖の下にあるエルの腕が、なんだか黒ずんでいるように見えるのを翔哉は見つけてしまった。


 人間のように内出血したり、青くなったりしてる訳じゃないみたいだけど……これって打撲なのかな?



「エル……その腕は大丈夫? どうかしたの?」



 そう聞いてみる。



「あ、これはちょっと倉庫で失敗してしまって……」



 そう言って腕を服で隠すエル。



「大丈夫なの?」



 エルの体がどうなっているのかは、正直翔哉には良くわからない。

 打撲とかも痛いんだろうか?

 気になって聞いてみるとエルは答えてくれた。



「痛いという感覚はあります。触覚の延長みたいなものです。それが無いと何処に大きな衝撃を受けたかもわからないですから」



 なるほど。



「でも私達ガイノイドの場合、その痛いが苦しいに結びつくことがないんですよ。痛いという情報は伝達されますが、それを辛いと感じたり怖くなったりという二次的な印象はそこからは生まれないんです。だからご心配には及びません」



 そう言ってにっこりするエル。

 まあ、研究所に戻ったら手当してはもらえるんだろうし、エルが辛くはないというのなら問題はないんだろうけど……。


 翔哉はそう思いながらも、慌てて手を隠したエルがちょっと気になったのだ。

 ──倉庫で一人で泣いていた彼女をどうしても思い出してしまう。



「困ったことになっていないといいんだけど」



 エルが研究所に帰って寂しくなった病室内でそう呟く。


 そして、早く職場に復帰してエルの側にいかなくては……そんな気持ちがこれまで以上に湧き上がってくるのだった。 

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