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57 話 私服大作戦

「王子様ノックアウト作戦、大成功~!!」



 エルの視覚から送られてきたモニター映像を見ながら、勝ち誇ったように舞花が吠えた。

 モニターに映った翔哉の表情を見て勝利を確信したのである!


 ──この勝利の基準がどの辺りにあるのかは定かではないが。



「そんなの彼が萌え萌えキュンってなったら勝ちに決まってるでしょ!!」


「……なんだよそれ。俺のこと科学的じゃないとか馬鹿にしてたクセに」



 横でジト目の隆二。

 もちろん舞花のほうはいつもの如く無視である。



 ──この喜び方からもわかるように、お見舞いに行くエルを私服で向かわせようという今回の作戦は舞花によって立案された。


 エルの外殻つまり身体は、実のところ舞花の体型ボディシェイプをサンプリングして造られたもの。


 ……ということは。

 つまりは──こういうことなのだ。



「エルの私服が無いのなら、私の服を着て行けばいーじゃなーい!」



 マリーアントワネット風に舞花がそう言い放ったのが、この作戦のそもそもの始まりなのであった。


 そこから家に私服を取りに帰ると、可愛らしい服やアクセ等を各種取り揃えて、また研究所まで戻ってきたというわけなのだ。


 そこからはしばしファッションショーさながらに、更衣室にある姿見の前で舞花と恵が服を取っ替え引っ替えしながら今日の勝負服を選んだのである。



「あ……あの……舞花さ……」


「きゃーっ! このカチューシャ似合う~!」


「インナーはこれなんかどうかしら?」



 恵もだんだん熱が入ってくる。



「私……エルに一度このキャミワンピ着てみて欲しかったんだ~!!」


「まあ、このチェック柄エレガントで可愛いわね。エルに似合うわ!」


「わ……私……」


「いーの、いーの、エルは大船に乗ったつもりで私達に任せなさーい!」


 …………。

 ……。



 その集大成が今日のエルのルックなのである。



   ◆◇◆◇◆



「翔哉さん?」


「……」


「翔哉…さん?」


「…………」



 返事がない。

 ただの屍のようだ。



「どうしたんでしょう?」



 翔哉の目の前で、気を確かめるように手をかざしていたエルなのだが──。

 その疑問を質問だと受け取ったのか突然ナビゲーターAIのリリスが、翔哉の腕の端末から出てきた。



「瞳孔が開いています。心拍数上昇。発汗確認──」


「大変です! お医者さまを呼ばなくちゃ!」



 リリスからの情報を聞いて慌てるエルだが。



「心配ありません。ある種のショックで少しだけ意識が体を遊離しているだけだと思われます。私が少し電気ショックを与えれば──」


「それはやめてってば! リリス!!」



 電気ショックはまだだったが、翔哉はいきなり意識を取り戻すとリリスに激しくストップをかける。



「ほら、戻ってきました」



 予定調和のように悠々と答えるリリス。

 相変わらず電子音に近い声なのだが、こういう時には表情があるように見えるから不思議である。



「あれ? リリスはどうして出てきたの?」


「彼女の質問に答えただけです」


「彼女ってエルの?」


「はい」



 でも、他の人には反応しないはずなんじゃ?



「私は異世界転移者からの質問でしたら、基本誰にでも反応するようセッティングされています。複数の転移者が同じ場所にいるケースというのは稀にしかありませんが」


「そうなんだ。じゃ、エルは?」


「彼女……は……」



リリスはそこでデータを検索するように口ごもる。



「彼女のパーソナルデータはこの世界の居住者に該当しません。故に転移者とプログラムが判断しました」


「エルが!?」



 リリスはエルを人間だと認識しているのか。

 翔哉は驚いた。

 良くわからないがそういうことらしい。



 ──研究所のモニター室でもこの件は物議をかもしていた。



「転移者に誤認された!?」



 驚く舞花。



「これはまた面白いデータが取れましたねー」



 隆二もそう言う。



「転移者に貸与されているナビゲーターシステムは、人間の脳波パターンで対象を感知しているわ。エモーショナルフォースを二次的に電気信号化して、動いているガイノイドから周囲に放射されているパルスパターンは、それだけ人間の脳波に酷似しているってことかしらね」



 恵も感心しているようだ。

 それにしてもこの3人。

 今日は休みだというのにモニター室に入り浸りである。



「エルがそれだけ人間に近いってことなんだよ、きっと」



 これは翔哉である。

 こちらはそこまで細かいことはわからなかったが、きっとそういうことなんだろうと考えると翔哉も嬉しくなった。



「私……人間に近いんですか?」



 恐れ多いことのように控えめにそう言うエルに対して、翔哉は励ますように自信をもって答える。



「恐らくね。でも、ありがとう。リリス」


「私は質問に答えただけです」



 それだけを言うと、リリスはまた翔哉の腕の端末に戻ってしまう。



「え? 帰っちゃうの?」



 突然のことに思わずそう聞いてしまった翔哉だったが。

 それに対して最後リリスはこう答えて沈黙したのだった。



「私はこの状況下で居座るほど野暮ではありません」



   ◆◇◆◇◆



 土曜日の白瀬は朝から大忙しだった。


 前日の金曜日には、アンドロイド事業部の中でこちらの方がメインの存在と言っていい、汎用企画製作課から新型レイバノイドの製品化前の最終テスト結果がまとめられてきていた。


 白瀬は開発課のチーフであると同時にアンドロイド事業部の部長でもあるため、これを月曜日には綾雅商事の本社にいる本部長に提出にいかなくてはならないのだ。


 この資料を精査して正式に製品化が決まれば、9月からはそれに向かうための工場ラインの調整やら何やら、色々忙しくなってきてしまう。


 今のところエルのことが一番の懸案だとは言え、こちらを放置して後回しにすることはできないのである。



 その資料を土日のうちに提出用にまとめつつ、昼からはまた村井と会う約束が入っていた。

 ──こちらも事が事だけにビジフォンで済ませることができない。



「こりゃ明日は日曜返上でデスクワークかなあ」



 明日は、今のところ出かける用事はない。

 それを考えれば集中して作業を行うことができそうではあったのだが……。



「ふぅ……」



 ため息を一度つくと、白瀬は諦めたように気を取り直してもう一度書類に向かうことにする。

 何とか昼頃までに少しでも片付けておきたかった。



 捜査一課の村井刑事とは、午後二時過ぎにハンバーガーショップの「POSバーガー」で待ち合わせになっていた。


 POSバーガーというのは銀座街区にある有人の手作りハンバーガーショップである。



「宗ちゃんあの件、裏取れたぜ」



 一足先に店の中でソースがたっぷりのPOSバーガーを頬張っていた村井は、入ってきた白瀬を見つけるなり、そう言ってきた。

 あの件……谷山翔哉傷害事件の容疑者が通っていた総合病院「医療法人双峰会」のバックのことである。


 向かいに座った白瀬にも、しばらくすると「フレッシュネス鶏玉バーガー」のセットが人間によって運ばれてくる。

 セットに付いているポテトも、食べると湯気が上がるほどホクホクである。



「もう裏取れちゃったの? 村井さん有能だねえ」


「俺は確かに有能だけどさ。今回のは有能無能関係ないんだわ。医療法人って奴の仕組みを知っていれば誰だってわかるカラクリよ」



 そう事もなげに言うと、医療法人について説明してくれる。



「医療法人ってのはさ、社員って呼ばれる株主みたいなのが社員総会って奴で意思決定を行なってるんだ。そこが選んだ理事が理事会やって理事長を選んでるんだよね」



 なんだか、いかにもな構造だと考えてしまうのは穿ち過ぎだろうか。



「へぇ、なるほどね。そういう仕組みだったんだ。俺もちょっと調べてみたんだけど全然でさ。道理で病院のバックに表向き企業名が全然出て来ない訳だ」


「これだけでもう大体わかると思うけどさ、この社員ってのは金を出した奴な訳よ。このメンバーを洗えば……」


「誰の意志が介在しているかがわかる訳か」


「そういうことだな」



 村井は茶目っ気たっぷりに、らしくもなくウインクなどしてみせる。

 だが、それは大きなタレ目が両目を瞑ったようにしか見えなかった。



「よく聞けよ? まあ、よく聞かなくても一目瞭然だがな。12人の社員のうち8人が安原財閥系の会社からの人間。更に言うと出資比率は9対1だ」


「あらら。あちらさん隠す気は毛頭ない?」



 その極端な数字を聞いて白瀬もいささか呆れ気味である。



「そうさなあ。最近は病院余りでどこも業績が低下してるからな。元々隠す気はあったんだが、そうも言ってられなくなってきちゃったってとこじゃねえの?」


「なるほどねぇ……」



 頷く白瀬。

 ただここがはっきりしてくれば、後は──。

 そう思ったものの、ここで村井の顔が曇った。



「ただな。後催眠をかけた臨床心理士を特定するってことになると……結構やっかいだぜ」


「……後催眠は、かけた暗示を最後に消すところまでが一般的な施術だからな」


「そゆこと」


「やっぱり証拠が残らない……か」


「ま、容疑者ホシに精神鑑定かけることは簡単なんだけどよ。そこから足掛かりを見つけるのは難しいかもしれねえんだ。レゾ患者の精神状態は一般的でないことが多いしさ」



 取り敢えず少しでも手がかりを探して、シラミ潰しに少しずつやるしかない……か。

 どうやら今日わかるのはここまでらしかった。



   ◆◇◆◇◆



 夜になって──。

 運ばれてきた病院の夕食が済むと、既に夜の8時前になっていた。


 土日は翔哉の病室も、他の病棟と同じで午後9時までで消灯するらしいので、後一時間ほどでエルは研究所に帰ることになる。



「今日はお陰さまで一日が早かったよ。ありがとう、エル」



 翔哉が礼を言った。


 土曜日の今日は、特に何をしていたという訳ではなかったのだが、あの後のエルドラドの様子や、篠原に教えてもらっている料理のことなんかを話していると、あっと言う間に時間が過ぎていった。


 エルは翔哉が刺された次の日は出勤できなかったのだが、聞くところによるとその日は治安維持局の現場検証や店内の洗浄なんかで、結局まともに営業はできなかったそうだ。


 そしてその次の日からは、一応通常営業には戻ったそうなのだが、やっぱりお客は少し少なめだったという。



「いつもはエルが来るまで全然時間が進まないんだ。暇で暇で……ね」


「でも、今日は私も何にも持って来れませんでしたから。エルドラドのお弁当が──あればよかったんですけど……」



 確かにあれはあると本当に嬉しい……というか美味しい。

 病院にいる間は特にありがたい。



「でもしょうがないよ。あんな凄いのがまかないで食べられたこと自体、ある意味普通じゃないんだし」



 それも……その場で、篠原の好意によって持たせて貰ったと聞いている。

 お客が減って食材が余り気味だったのだとしてもありがたい話である。



「明日の日曜日、私が来る時に何かお持ちしましょうか?」



 エルが上目遣いにそう言ってくる。

 なんだか催促してしまったみたいで悪い気がした翔哉だが。



「そうだね。ちょっと病院の食事だけじゃ量も足りない感じなんだ。その辺りで売ってるパンとかお菓子とかでもいいから、もし良かったら買ってきてくれないかな?」



 エルが役に立つことを望んでいることは翔哉にもわかってきていた。

 なので、負担にならないように気を付けながら、少し軽く何か頼んでみることにしたのだ。



「はい!」



 それを聞いたエルは嬉しそうにそう応えて笑顔を見せた。

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