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54 話 捜査一課の刑事

 一方、白瀬の方はというと──。

 病院を出た後、その足ですぐに治安維持局までやって来ていた。



「捜査一課の村井さん……いらっしゃいますか?」



 入口付近から中に向かって白瀬がそう声をかけると、奥から年の頃は40歳前後くらいのタレ目の男がこっちに近づいてきた。


 治安維持局捜査一課に所属している村井康男刑事である。


 近くに来るとわかるのだが、彼の髪は生え際があちこち薄くなりかけており、それを隠すためかいつもハンチング帽を被っている。


 その村井は一度白瀬の近くまでやってくると、そこからわざわざ手招きして部屋の端の方へと呼び、それからわざとらしく片手を挙げながら親しそうにこう語りかけた。



「おう。宗ちゃんか。容疑者ホシの件?」


「そうなんだ……いつも悪いね」



 宗ちゃん。

 村井は白瀬宗一郎の下の名前をモジッていつもそう呼ぶ。


 実はこの二人は、私生活ではかなり親しい仲なのだが、隠れて自分の調べ物をしてもらうこともある手前、白瀬は村井の同僚の前ではかなり丁寧に接しているのだ。


 そんな白瀬に馴れ馴れしく手を回して──。



「何言ってんの。俺と宗ちゃんの仲じゃんか」



 芝居がかった口調でそう言う村井。

 ──そうして白瀬の首に手をかけたまま、二人して申し合わせたようにパッと壁の方に同時に顔と体を向ける。


 こうして村井の同僚達から表情が見えなくなると、二人の顔が悪友同志が悪戯を相談するようなものに一変した。



「宗ちゃんの読み通りだったよ。容疑者ホシはレゾの前科持ちで、犯行直前にも病院から来てる」



 村井は興奮気味に、少し早口になりながらそう言った。

 それを聞いてこちらも悪そうな声を出す白瀬。



「なるほどなあ。病院名聞いていい?」


「医療法人双峰会。容疑者ホシはそこの脳神経外科に以前からレゾの治療のために通院してるってさ」


「そうなると当然バックは……」



 白瀬がそう勿体ぶって引っ張ると、二人して顔を見合わせて頷き合う。



「まあ、調べるまでもねえだろうな? だがそういう訳にもいかねえから裏は後でしっかりと取っといてやるよ」


「助かる。村井さんマジ天使だねっ」



 村井に触発されたのか、白瀬も芝居がかった声でそう答える。



「まあな。宗ちゃんの推理にはいつも助けられてるからよ。これもギブアンドテイクって奴だ」



 あっさり肯定して、マジ天使を否定しないふてぶてしさは流石である。



「それから使った凶器は刃渡り10センチのフォールディングナイフ。まあ、キャンプ用とかの普通のヤツだな。容疑者ホシは、雪の朝に窓や車に付いてる氷を削るために持っていたものだって言い張ってる」


「なるほどねぇ。そう言われちゃうと筋道は立っちゃうわな?」



 村井からの報告をそこまで聞いたところで、白瀬はこちらからも提供できる情報があると思い立った。

 それを機密になっている詳細なところはやや伏せて話すことにする。



「後、こっちも今裏取ってきたばっかりのホヤホヤなんだけど、以前から話してたレゾのトリガーね。ありゃやっぱ音波系だわ」


「なるほどな。そうなるとやっぱり、例の黒いバンに乗ってた奴らが共犯者レツってわけか」



 恐らくそのバンの中に特殊な音波を出す機械が載っていたんだろう。

 そう考えるのが妥当だ。



「でも今だに自白ゲロはしてないんでしょ? 容疑者ホシは」


「だな。だが、そうとわかれば一両日中には……」



 そう拳を握り込んで意気込んだ村井だが──。



「んー、でもそれちょっと待った方がいいよ多分。彼はもしかしたら本当に何も知らんのじゃないかな?」



 ──白瀬がそう言ったことで肩透かしを食う。



「何を根拠に?」



 それに少しムキになってしまう村井。

 自白でキレイに解決したい刑事の本能だろうか。

 しかし白瀬はそれに対して冷静に見解を述べる。



「もしこの件に本当に龍蔵が噛んでるとしたら、恐らくレゾ患者を鉄砲玉に使ってるだけだろうからさ。そうじゃないとアシがつくだろ?」


「それじゃ、黒バンの奴らと容疑者ホシは完全な共犯レツじゃねえってのか?」


「たぶんね。状況的には共犯関係でも通じ合ってはいない……まあ、そんなところだろうな」



 そう軽く答える白瀬だったが、今度はそれでは村井が納得しない。



「それじゃ、どうやって言うことを聞かせてるっていうのよ。容疑者ホシは都合よく時間通りに現場まで来てるんだぜ?」


「そうさなあ。あり得るとしたら後催眠くらいかなあ」



 考えながらそう答える白瀬。

 後催眠と聞いて村井の顔が曇る。



「おいおい、後催眠なんて立証できないじゃんよ」


「まあ、仮にだよ。仮に。ただ……」



 白瀬はそこで一度考えに沈む。



「ただ? なんだよ、勿体ぶんなって!」



 待ちきれずに急かす村井。



「──精度の高い後催眠が行える術者なんて、そうそういるもんじゃない。その辺から絞り込めば……」



 その答えを聞きながら、一瞬ニヤリとしてしまった村井は、その後諦めたように声を張り上げた。



「あー、わかった、わかったよ。やるよ。それ、面白そうだからぁ!」


「ありがとう。マジありがとう。うん、ホント助かる」



 白瀬はそんな村井に手を合わせる。



「まあ……いいさ。宗ちゃんとやる仕事は、いっつも面倒だけど、その分面白いからさ。俺もなんか若返る感じがするんだよね」



 一瞬、少年のような笑顔を見せると──



「じゃ、そのうちまた連絡すっから!」



 最後にそう言って片手を挙げ……村井は自分のデスクに戻っていった。



   ◆◇◆◇◆



 エルは、翔哉が目覚めたことで我に返ったようだ。

 夜になると自分からいつも通りの時間に研究所まで帰ってきた。



「あの……私、勝手なことをしてしまって、すみませんでした」



 研究所に戻ると、待っていたみんなにそう言って謝ったエルだったが、出迎えたメンバー達にそれを叱る気は毛頭なかった。



「まぁ、今回はかなり特殊な事態だったからな」



 研究所に戻ってきていた白瀬が、そうフォローを入れたのを皮切りに。



「エル……本当に大変だったわね……」


「気にしないでいいよ。あんな状況で、エルは充分ベストを尽くしたさ」


「王子さ……ううん。翔哉君が無事で本当によかったわよね、エル!」



 恵、隆二、舞花が代わる代わるエルを抱き締める。


 まだ平日なので、これ以上エルと話をすることは憚られるため、挨拶としてはこれくらいが限界だった。


 だが、ここまで非日常的な事件に巻き込まれた以上、昨日と今日の事態は致し方のないことであり、許容範囲だと言えるのではないだろうか?



「むしろ、第三者機関には今回の事件は、極限状態におけるエルの非暴力性に関する、貴重なデータを得る機会になった──とでもアピールしておくかねぇ」



 みんなと簡単な挨拶が終わった後、エルがいつも通り休眠カプセルに入ってデータのバックアップ作業が始まっていくのを見守りながら、白瀬は誰に言うともなくそう呟く。



 あの事件の日に記録されたエルの稼働データと意識データの解析は、2日目である今日になると更に詳細なところまで進んできていると言えるのだが、それに連れて色々と興味深い現象が、データの中にたくさん発見されつつある。


 エルの思考と感情、それによるエモーショナルフォースの高まり。


 背後で動いている無意識稼働プログラムに属する「本能」と言っていい潜在意識的思考と、その上位からあたかも観察者のようにそれを意識し、上書きするように動いたエモーショナルフォースに干渉されたエルの意志の存在。


 それらは研究者として、とてもエキサイティングなプロセスだった。


 そして、エルのセンサーに捉えられた「あの音」である。



「7.5ヘルツの低周波……か」



 きっちりと裏を取るために、一応後で詳細な解析にかけてみるつもりではあるのだが、状況的に見てあの音がトリガーであったということで、まず間違いはあるまい。


 村井は以前から、安原龍蔵の犯罪を立証することに情熱を傾けており、それもあって白瀬が龍蔵のことを調べている時に意気投合したことで、それ以来協力関係を築くことになった訳なのだが、このデータはその犯罪の立証の為にも正に動かぬ証拠として役に立ってくれることだろう。


 それにしても……だ。


 白瀬には、考えて置かなければならないことがもうひとつあった。



「谷山翔哉君──か」



 これからのエルについて考えていこうとした時。

 今後はもう彼の存在を抜きにしては何も動かないかもしれないのだ。

 それほどまでに、エルの中において彼の存在は大きくなってしまった。


 正直大き過ぎるほどなのである。


 そしてそれは、当たり前と言えば当たり前なのだが、今回の事件によって更に決定的なものになったと言える。



「うーん、どうするかねぇ?」



 エルは、8月31日に今回の臨床テストが終われば、一先ずは役目を終えることになる。


 白瀬はその後のことを、これまでもずっと考えていたのだ。


 彼の心の中には、その後も『エルを存続させるため』の腹案が既にいくつかあったにはあったのだが……。


 どうやら、今後はその全てを考え直さないといけないことになりそうだった。



「まあ、それほど悪いファクターではないかもしれないんだけどね。これは」



 兎にも角にも、エルは翔哉と出会ったことによって、この世界で安らぎを得るための鍵を、やっと手に入れたとも言えるのだ。


 それを有効に生かさない手はない。



「これも今後の宿題かなあ」



 その後もしばらく所長室の中を白瀬はぐるぐると歩き回り、独り言を繰り返しながら思索を続けていた。


 ただその顔は決して暗いものではなく、愛娘の将来をより良きものにするために思い悩む──父親のような表情だった。

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