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53 話 大切なひと

「 ………… 」



 眩しい光を瞼に受けながら翔哉は目を覚ました。



「んん……!」



 ゆっくりと目を開ける。

 眩しい──ひたすら眩しい。



 ここは……どこだろう?



 まさか。

 またどこかの異世界に飛ばされちゃった、とか!?



 また?

 そもそも異世界に飛ばされたんだっけ僕は。

 でもあそこって、あんまり異世界には見えなかったような?



 何がどうなっているのかさっぱりわからない。

 僕はいったい!?



 ボンヤリした頭でそんなことを考えていると──。



「翔哉さん!!」



 横になっているベッドの脇から声がかかった。



「エ……エル?」



 驚いたことに翔哉が横になっているベッドの横にエルがいた。



「翔哉さんよかったです! 気が付いて……」



 そう言いながら、エルはまた泣いているようだった。

 逆光で揺れるその泣き顔が以前の情景と重なって──デジャヴのような感覚が幾重にも襲ってくる。


 えーと……。

 状況がよくわからない。



「気分はどうだい。谷山翔哉クン」



 そこに、割って入って声をかけてくる男がいた。

 あれ……この人もどこかで──。

 そう思う翔哉。



「久保田……さん?」



 初めてこの世界に来た時に、困っていた自分を助けてくれた気さくな白衣の研究者……その恩人のことを翔哉は忘れていなかったのだ。


 久保田もそれを聞いてにっこりする。



「覚えていてくれたか、嬉しいね! 僕はもうすっかり忘れられているかと」



 翔哉から見て右側から、すがるように取り付いてきているエルに対して、左側からゆっくりと近づいてくる久保田。



「あの時の翔哉クンが、今度は刺されたって聞いてね。僕もびっくりしたよ!」


「……やっぱり刺されたんですか、僕は」



 気が付いてみると、脇腹辺りに包帯が巻かれており、体をひねるとまだかなり痛むようだ。

 そんな様子の翔哉に、久保田は茶目っ気たっぷりにこんなことを言い出した。



「君が自分から刃物の前に飛び出したって聞いてさ。てっきり翔哉クンがやってきたばかりのこの世界を嫌になって、また違う異世界に転生したかったのかと思って……」


「え?」


「それが僕は悲しくて悲しくて──違うのかい?」



 最後にそう付け加えながらニヤリとする。


 ……この人って実は異世界オタクなんじゃ?

 そんな茶目っ気たっぷりな久保田の様子を見ながら、少し呆れ気味の翔哉であった。


 以前聞いた俺TUEEEの話題といい今回のネタ振りといい、いずれにしてもこの久保田って人は、ライトノベルとかの異世界ネタにかなり詳しい人なのは確かだよな?

 どこかの研究者だとは聞いていたけど……。


 自分がどうやら遊ばれているらしいことだけは確かなようである。

 ──案外食えない人なのかもしれないなぁ。


 翔哉は心の中でため息を吐く。



「僕はどれくらい眠っていたんですか?」


 

 あれから何がどうなったのか状況が全く飲み込めない。

 それは異世界に来たばかりのあの時と同じだ。


 なので、まずはそう聞いてみることにする。


 周りを少し伺ってみると──。

 窓が大きく採られている部屋であるため広い部屋の中はかなり明るい。

 最初、異世界からやってきて目覚めた時と大違いなのはそこで、今回はベッドもひとつだけのわりかし大きな個室なのである。


 ちらちら周囲を少し見た程度でもわかるほどかなりいい病室のようだ。



「今は、8月17日水曜日の14時過ぎだね。君がお店で刺されて病院に運ばれてから、丸一日とちょっとくらいが経ったことになるかな」



 まあ、ほとんどの時間は手術の後、安静にするために薬で眠らされていたんだけどね……久保田はそう付け加える。


 えっと……僕はそもそもどうして刺されたんだっけ?

 まだイマイチ記憶がはっきりしない。

 けれども少しずつ頭を動かして記憶を辿っていくと、あの時の情景がだんだん蘇ってきた。


 そう言えば……あの時……お店で誰かが暴れてて、エルが危険な目に──だから僕は──。

 しかし、そこでまたデジャヴのような強烈な現実感が襲ってくる。

 でもあれって夢だったはずなんじゃ……?


 ちょっと前にそんな夢を見たような気がするんだ。

 でも……それが……あれ?

 やっぱり頭が混乱してきた。


 そうだ、エルは!?



「エルは無事なんですかっ……いつッ!!」



 そうやって夢なのか現実なのかを確かめようと強く思うと、また急に意識を失う直前の情景が強烈なリアリティーで蘇ってきて、翔哉は思わず叫びながら起き上がろうとしてしまった。


 ──だが突然襲ってきた痛みに脇腹を押さえながら呻く。



「翔哉さん! 私は大丈夫です。私はここにいます!!」



 エルが翔哉の右側から腕を取ってくれる。

 一応見た感じどうやら無事のようである。


 エルが……あの助けた女の子が……ここにいる。

 そしてこの痛みだ……。

 色々な考えが交錯してまた混乱しそうになるが、少なくとも今度のことは夢じゃないってことか。


 そう翔哉は納得しようとする。

 でもそうするとあの夢って……?

 ──その思索は、久保田によって中断されることになった。


 そんな様子の翔哉を、しばらく観察していた久保田が、今度はこう彼に話しかけてきたのだ。



「じゃあ、翔哉クンはあの時。本当にそこにいる“レイバノイド”を守ろうとしたってことなのかな?」



 すると、レイバノイドという言葉に反応したのか、間髪を入れずに翔哉が噛み付いてきた。



「エルはレイバノイドじゃありません。 ガイノイドです! 彼女は普通のレイバノイドとは違うっ……いたたたっ……」


「翔哉さん!!」



 また思わず大声を出したら脇腹に響いたらしい。

 エルが横からそんな翔哉に取りすがっている。

 久保田はそんな二人の様子を、またゆっくり観察していたようだったが、やがてこう言った──。



「いやいや、翔哉クンすまなかった。そうだった。彼女は”ガイノイド”って呼ばれていたんだっけ? 僕もまだその辺は詳しくなくてね」



 いつものように頭を搔いてみせる。



「でも取り敢えず良かった。翔哉クンも無事気が付いたみたいだし、僕はこれから主治医に報告に行って来ることにするよ」



 そして──最後に小声でエルに言葉を投げる。



「それじゃ“エル君”ちょっと後を頼んだよ」



 そう言ってウインクすると、久保田は二人を後に残して部屋を出ていった。

 パタンと静かにドアが閉まる。


 翔哉は狐につままれたような気がしてきょとんとした。


 え……今、エル君って──。



   ◆◇◆◇◆



 久保田が翔哉の部屋から出てくると、そこにはわかっていたように白瀬が待っていた。



「どうだった?」



 白瀬が聞く。



「あれは間違いないですね。やっぱり彼はエルちゃんを守りたくて飛び出したんですよ」


「そうか……確認ありがとう。久保田君」



 そう久保田に礼を言う白瀬。


 翔哉の心の中であの時いったい何が起こっていたのか?

 何が彼をそこまで駆り立てたのか……そこまではまだ正確にはわからない。


 しかし、あれが偶発的な出来事ではなく、彼の明確な意志によって行われたことは、これでほぼはっきりしたと言っていいだろう。



 エルはあの事件の後──。

 ここまで決して翔哉のそばから離れようとしなかった。


 夜になってからも、翔哉が気が付くまではできるだけそばに居させて欲しいと願い……昨晩は結局バッテリーが切れて稼働を停止してしまうまで、彼のベッドの横から動かなかったのだ。


 それはエルというガイノイドが、誕生してから周りに初めて見せた『苛烈なまでの強い意志』であり、それを覆すことはもはや誰にもできなかった。



 そう言った意味でも、もはや谷山翔哉という人間は、エルというガイノイドにとって『誰よりも特別な人間』になってしまった……と言えるのかもしれない。

 それこそ開発者である白瀬達ですら、もう彼らの間に立ち入ることは許されないほどに、である。



 主治医に翔哉が目覚めたことを報告すると、白瀬と久保田は人気の無いところへと場所を移して話し込んだ。



「治安維持局の聞き込みで、事件直後にフロントガラスまで真っ黒に塗られた小型車両が現場から走り去っていくのを見た、という証言が近隣の住民から複数得られたそうだ。臭いなんてもんじゃない」


「なるほど。それは完全にクロですねぇ」



 白瀬が憎々しげにそう言うと、久保田もそれに同調する。



「警告らしきものを事前に受け取っていることも考慮にいれると、今回のレゾナンス事件は意図的に作られたってセンが濃厚──いやほぼ確実だろうな」



 事件後、久保田には今回の事件の前後関係を説明してある。

 そう言うと今度は久保田がこう言ってきた。



「そうですね。実は白瀬さんにもまだ話していませんでしたが、例のレゾナンス症状を引き起こすトリガーの件。あれにも実は引っかかってくるんですよ。そこから考えても今回は意図的に作り出された事件と見てまず間違いないでしょう」



 ──レゾナンス症状を引き出すトリガー。

 周りに人気が無いのをもう一度確かめた後、久保田はそれを白瀬に話してくれた。


 そのトリガーというのは、可聴域外の特定の低周波の音なのだそうだ。


 この低周波の音というのは、以前より周りから浴びるだけで健康被害が報告されていたようなやっかいな代物なのだが、その中でも特に7.5ヘルツ辺りの音をある状況下で脳の松果体が傷ついた患者に照射すると、レゾナンス症状が誘発されることを研究機関ゲヒルンのある教授が突き止めたのである。



「村下英之教授……その研究の先見性と類まれな研究実績によって、30代で教授になった秀才です」


「その彼がその7.5ヘルツを突き止めたの?」


「はい」


「すごいねぇ!」



 白瀬は感嘆の声をあげる。


 同じ研究者として、そういう何処に落とし所があるかもわからない研究を、収束させて特定するためには、どれほど途方もない努力が必要なのかがわかるからだ。


 失礼ながら久保田が鬼才や天才などと言わず秀才と評したのも頷ける。

 そしてその尊敬はすぐさま白瀬の中で興味に変わった。



「それでその人は今、何処にいるの? 会えないかな?」



 そう尋ねる白瀬だが、それに対して久保田は首を横に振った。



「残念ながら……」


「そうなんだ、やっぱりね。そういう秘密を一度握っちゃうとね。うん、危ないから──」



 身の安全を確保する為に匿われていると一度は思った白瀬なのだが。

 それに対する久保田の返事は違っていた。



「そうじゃないんです。連れてくることができないんですよ」


「そうなの?」


「その発見をした直後、今から4年前に彼は失踪したんです」


「なっ……!」



 その答えに白瀬は絶句するしかなかった。



「治安当局の捜査では、事件性の証拠もその後の足取りも掴むことはできなかったそうです。ゲヒルンの中では誘拐されたんじゃないか、なんて囁かれてますけどね」



 もし仮にだ──白瀬は頭の中で考える。


 安原龍蔵の権力をもってすれば、失踪した証拠をもみ消すことなどたやすいことだろう。

 そして、彼は今もどこかの機関で研究を続けている──としたら。


 それもアンダーグラウンドのだ。

 そうすれば、今回の事件のように意図的にレゾナンス症状患者を、特定の時間、場所に作り出すことが可能になっているかもしれない……か。


 白瀬の中において、次第にそういうストーリーが組み立てられ始めてはいたものの、それをこの場で言うことはまだ躊躇われた。

 いずれにせよ──。

 その為にはもう少し確たる証拠を、あちこちからかき集めなければならないだろう。



「わかった。こっちでも、もう少し調べてみることにするわ。久保田君、今日は貴重な情報をありがとう!」


「はい。後からまた連絡します」



 そう言うと二人はひとまず別れた。

 久保田は病室へ戻っていき、そして白瀬は治安維持局の方へと一度顔を出すことにする。


 まだ日は高い。

 頼んでいおいた加害者の足取りについても調べがついているかもしれない。



   ◆◇◆◇◆



 久保田がドアの向こうに去った後──。

 病室の中には、エルと翔哉が二人残されていた。



「翔哉さん……ごめんなさい……」



 しばらくの沈黙の後、エルは声を絞り出すようにそう口にする。



「エル。無事で良かったよ」



 翔哉は本当に心からそう思っていた。


 ずっと空虚だった自分。

 世界を失っても何も残らなかった自分。

 だからこそ、もうこの世界では後悔したくなかった。


 僕はこれ以上自分のことを、嫌いになりたくなかったんだ。

 この世界では、僕は少しは大切な何かを守ることができたのだろうか。



「どうして……私を庇ってくれたんですか? 私は──」



 その続きを言おうとしたエルを翔哉は敢えて遮った。



「エルは、エルだよ」



 あの時はっきりわかったんだ。

 僕は君が好きなんだなって。



「君は──僕の大切な存在ひとだ」



 そうはっきりと口にする。


 人間だとかアンドロイドだとかは関係ない。

 レイバノイドとかガイノイドとかも全然関係ないんだ。


 目の前で、自分の大切な存在が害されようとしているのに、それを黙って見ているなんて僕にはできない。


 ──そう、できなかったんだ……。


 そんな気持ちを僕は生まれて初めて知ることになった。

 この新しい世界で──。

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