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49 話 謎の警告

 ──その次の日。

 日曜の午後5時過ぎのことである。


 白瀬は研究棟の2階にある所長室で、窓際に立って夕暮れ時の変わっていく冬空を眺めていた。



 階下では、土日に予定されていたエルのリクリエーションカリキュラムも終了した頃合だ。

 そろそろ予定通りなら休眠カプセルに入る準備が進んでいる時間だろう。


 その物音を遠くに聞きながら白瀬は物思いに沈んでいた。



 昨日の晩。

 谷山翔哉のところに連絡を入れた異世界コーディネーターの伊藤春佳から、白瀬の方に報告の電話が入っていた。


 彼は第一声『どうしてレイバノイドに対して人間が敵意を持っているのか』と聞いてきたそうだ。

 エルを助けるためにはどうしたらいいのか……彼は一人で思い悩んでいるのだろうか?



 やはり彼は、エルが感じている通り「人間とアンドロイドを分け隔てなく扱う」という感性を持っているんだろう。



 西暦以前。

 まだ人類がアンドロイドを興味本位の対象としてしか見ていなかっや時代。

 様々な作品や創作でアンドロイドは題材にされ、ヒーローやヒロインにすらなっていた頃──。

 そこには夢があったものだ。



 想像の中で、人々はアンドロイドに対して無意識のうちに、自分自身の超人願望を具現化するような存在を投影し、夢や憧れを抱いていた。


 かくいう白瀬もその時代の生き残りの一人なのである。



 しかし、実際にアンドロイドが製作されるようになり、生活の中に密接に入り込んだこの地球暦の時代においては、そのあり方は無残と言ってもいいまでに変わり果ててしまった。


 それはレイバノイドという──人間性よりも効率を優先させた作業機械を社会の中枢に据えたことで、人間がそれまで持っていたアンドロイドに対する純粋な夢を、壊すことになってしまった結果だと言えるのかも知れない。



 それは当初は人間自体が減り過ぎてしまったギリギリの状況の中で、その後も技術水準や生活水準をできるだけ保つための苦肉の策のはずだった。


 だが、そうやって実際の生活に入り込んできたレイバノイドが能力だけを誇示し、人間性を持たないという期間が長くなり過ぎてしまったことで、人々の間では次第にアンドロイドという未知のものに対する憧憬の念は薄れ、逆に遺恨ルサンチマンが育ってしまうという結果になってしまったのである。



「それがこれから逆にアンドロイドと共存しなければ、生きていけなくなろうとしている人類にとって──致命傷になろうとしているんだからな。皮肉なもんだ……」



 我々は道を誤ったのだろうか……。


 そう思わなくもなかったが。

 これは鶏が先か卵が先かの論議と同じなのだ。


 人類が全体として大きなダメージを受けた大戦直後に、ここまでの急激な改革を行わず、いわゆる放置に近い形で推移した場合であっても──今度はそれによって生活水準と共にテクノロジーレベルの低下までが進むことによって、人類は結局衰退への道を歩んでしまった可能性もあるのだから。



「神ならぬ我が身には、まあ、わからんよな。そんなことは……」



 ただ、そこに表れたのが彼──谷山翔哉だ。

 これまでやってきたどの異世界転移者よりも時代が進んだ2019年からやってきた人間。

 それ故にかどうかはわからないが、彼はアンドロイドと人間を同等に扱える感性を持っていた。


 そういう存在が、異世界転移によってこの世界にいるはずのないファクターとして偶然表れたという寸法だ。

 まるでこの状況に迷い込んだ人類に対しての急材措置のように。


 そう言った意味では──。



「まるで救世主のようだな……彼の存在は」



 神だとか救世主だとか、全く最近は研究者としては自分でも呆れ返るようなことばかり考えてしまう。


 自分たちが『人に似せて創造した』ガイノイド──エルの振る舞いが実際に人間味を帯びてくれば来るほど、自分たち人間も「誰かによって」そして「何かの目的で」創り出されたのではないか……どうしても頭のどこかでそう考えてしまうからだろうか?


 そういう時に、一部の学者達がよく使う言葉『サムシンググレート』の気配を、どこかに感じ取ってしまったような気がするからかもしれない。


 ──そんな物思いに耽っているうちに、冬の短いトワイライトタイムは過ぎ、気がつけば窓の外に見える空はすっかり暗くなってしまっていた。



 そろそろ一度階下の研究室に顔を出しておかなくちゃな。

 そう思って向き直った時──。


 白瀬のスマホが鳴った。



 ブーブーブー。



 しかし自分の机の上に無造作に置いてあるスマホを取り上げようとして、白瀬は自分の目を疑った。


 着信元の表示が『非通知』と表示されていたからだ。


 アースユニオンの世界は良かれ悪しかれ管理社会だ。

 ディストピアと揶揄する者達もいる。

 その例に漏れずこの世界でも全ての住民には番号が振られ、それに個人情報がヒモ付けされているということになる。


 電話番号も同じでビジフォンの番号とスマホの番号は関連付けられており、そのお陰でビジフォンにかかってきた電話をスマホで受けたり、その逆に関しても最小限の操作でできるようになっているのだ。


 その今の時代において。

 この『番号非通知』の通話は事実上不可能なはずだった。

 白瀬自身も、地球暦に移行してからのこの社会において、これまで実際にそんな表示を見たことは一度も無かったのである。


 その非通知からの電話が──今どこからか自分のスマホに掛かってきている。

 白瀬はかかってきた電話を取るかどうかで迷ったのだが、考えた末に結局取ってみることにした。


 通話ボタンを押す。

 ピッ。



「はい」



 通話ボタンを押して一言だけ口にする。

 念の為に名前は言わない。

 ただきっと相手は自分のことを知っているのだろう。


 するとスマホのスピーカーから、ボイスチェンジャーでも使ったような電子音じみた声が聞こえてきた。



「火曜日のランチ時に気をつけろ」



 なっ!

 思わず声が出そうになる。


 そのまま電話は切れた。


 まるでスパイ映画である。

 以前、身の危険が迫った時に意味ありげな無言電話をもらったことはあったが、ここまでドラスティックなのは流石に初めてだった。


(ちなみにこの無言電話の主は、当時の調査ではその番号からプリペイト携帯だということまでは突き止めたのだが、購入名義を追ったものの結局誰かまでは特定できなかった)


 あるはずのない非通知表示、コミカルなまでに不気味な声質、そこからは正体を隠したいというより、むしろ存在をアピールしたいかのような意図が見え隠れする。


 しかしだ。



「愉快犯……では無さそうだよなあ」



 非通知表示で電話をかけてくるなど、昔ならともかく今の時代においてはかなりの大技だろう。

 ネタとしてなら面白すぎて、SNSにでも画像を投稿したら大量にシェアされること請け合いだ。


 しかし多少なりとも腕に覚えがあったとしても、今やIoTで包括的に完全管理されているシステムを、そんな輩が簡単にハッキングしてこのようなことができるとも思えない。

 逆にそこまでのノウハウや知識を持った者はというと、白瀬に対してそこまでする動機がどこにもないということにもなる。



 ましてやこれは犯行予告などではなく……。

 もしかして警告、なのだろうか?



「火曜日のランチ時……か」



 まさかとは思うが、こうまでされたら一応警戒しておくに越したことはない。


 白瀬は、篠原と高野には一応連絡を入れた上で、自分は明日からはスタンガンを携帯して出かけることにした。


 ──以前危険な目に遭いそうになった時に購入した護身用の奴である。



   ◆◇◆◇◆



 エルは日曜の夜から、少し落ち着きの無い感じだった。

 いそいそという感じである。


 どうやら月曜日になるのが待ち遠しいらしい。


 そんなエルに、月曜からはいつもより二本遅い電車に乗るようアドバイスをしたのは……白瀬の入れ知恵だった。


 いつも翔哉が、エルが乗っている二本後ろの電車で通勤していることを、先週の金曜日に白瀬が偶然発見していたのだ。



 こうして、いつもより微妙に遅い時間に研究所を出たエルは月曜の朝、翔哉と同じ車両に乗り合わせることになった。



「あ、翔哉さん! おはようございます!!」



 乗り込もうとするエルの目の前、ドアの向かいの椅子の端っこに翔哉は座っていた。

 何か考え事をしていたらしい。


 エルも、その時間の電車に翔哉がいることをあらかじめ聞いてわかってはいたものの、それでも圧力のある感情がワッと湧き上がってきてしまうのを感じてしまう。

 それが少し気持ちを昂ぶらせてしまうのだ。



「え、エル!!!」



 それに対して翔哉は全くの無防備だった。



「え、あ、おはよう……エル。げ、元気だった?!」



 声が裏返り自分が何を言っているかもわかっていないような感じだ。

 エルもそれを見ていて一緒にテンションが上がってしまう。

 これはきっとエモーショナルフォースの共感現象というものだろう。



「はい! でも週末の二日間が、なんだか長く感じました……」



 そう言ってしまってから、恥ずかしくなってしまい俯くエル。



「う、うん……僕もなんだ……」



 二人して顔を赤くして俯く様は正に初々しさを絵に描いたようである。

 モニター室で騒いでいる舞花が目に見えるようだ。



「今週も頑張りましょうね、翔哉さん!」



 エルの言葉にも思わず力が入ってしまう。


 ──こうして月曜日が始まった。

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