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48 話 レジスタンスとテロリズム

 その頃、研究所のモニタリングルームで舞花は──。

 力いっぱい悶ていた。



「ああ……翔哉、あなたはどうして翔哉なの?」


「エルもう君を離さない。絶対にだ!」



 そして一人芝居を始める舞花。

 横にいる隆二はゲンナリである。



「王子様~私も抱きしめて~」


「王子様って……だいたいお前みたいなガサツ女に一体誰が寄ってくるんだよ」


「アンタはお呼びじゃないから心配しなくていいの。それより折角の気分が壊れるから話しかけないで!」



 そこに白瀬と恵が到着する。



「そろそろ王子様とお別れしたエルが到着するぞ。受け入れ準備急げよ」


「はーい!」



 舞花が元気に答える。

 そして隆二は、夜は恵と交代だ。



「お疲れ様。隆二さん」


「やっと開放されますよ。一日、舞花のお守りをするのは疲れました」


「こっちこそですよーだ!」



 こうして、この時間には一度開発課のコアメンバーが一同に集う。

 そして今日であれば、夜のモニタリング当番の恵と舞花が後に残るのである。



「恵さん。今日はまた王子様がやってくれましたよー!」


「何かあったの?」


「こうエルを抱きしめて~……!」


「ええっ?」



 嬉々として説明する舞花。

 隆二はここから朝まで仮眠するためにそそくさと退場する。


 そしてエルが研究所に戻り休眠モードに入った後──。

 各種データのバックアップが終わると、そこから夜の分析作業が始まった。

 夜の分析当番の舞花と恵、そして今日は白瀬も顔を出している。



「ここでガバッと!」


「びっくりねー」



 エルの心情としては最初はびっくりしたものの、その後に翔哉の気持ちを察して理解した後、その驚きがそのまま感謝と愛しさが入り混じったような強い感情に置き換わっていったことがデータで示されていた。



「言葉で伝えることを諦めたんですね」



 恵がモニターに示されたパターンから意味を読み解く。



「まあ、不正確な言語化をするよりも、身体で表現したほうが伝わると判断したんだろう。彼がやったことが正にそれだからな」


「ロマンチックですよね~」



 白瀬の説明に、舞花がまた乙女心全開の声を出す。



「感情はそれ自体が濃密な情報体だからな。だから強い感情を感じた時、言葉は無力になる。情報の密度が違いすぎるんだろうな」


「そういう経験をエルはこの短い間に二度も経験したことになるんですね」



 恵は感慨深い想いがあるようだ。



「ある意味人間であっても得難い経験だよ。翔哉君には感謝しないとな」



 これまでの推移を見る限り、ガイノイドも人間と同じく『経験が人格を育てていく』側面が大きいことが立証されつつある。


 偶然であれ、意図的であれ、こういった経験を与えてくれる人間と出会えたことはエルにとって幸運だったと言わなければならないだろう。


 勿論、開発者にとってもだ。



   ◆◇◆◇◆



 ただ白瀬にはまだ気がかりなことがいくつかあった。

 そのうちのひとつはその翔哉君のことだ。



「あれくらいナーバスになるほど感情移入してくれるのは、本当に開発者冥利に尽きるところではあるんだが……逆に心配ではあるな」



 そう思った白瀬は、異世界コーディネーターの伊藤春佳に連絡して、一度、翔哉と話してもらうことにした。


 本当は白瀬自身が直接会って話したいくらいなのだが、そこまでしてしまうとこうして自然な形でエルとここまで上手く交流できているものが崩れてしまう危険もある。


 ある意味では、翔哉がすんなりとエルと仲良くなったことで、会うきっかけを失ってしまった部分もあるのだが──。



「そこまで言ったらまあ贅沢だわな」



 ここまでの流れだけでも充分過ぎるほど出来すぎなのだ。

 それは白瀬も重々承知していた。


 土曜日になって目が覚めたエルは、先週末とは打って変わってすっかり明るさを取り戻していた。


 今は、研究所の中庭の芝生でみんなと話しながら楽しそうに笑顔を見せてくれている。

 その表情は先週とは比べ物にならないほど柔和であり、少し見ただけではアンドロイドだとはわからないほどだ。


 今日は冬としては気温も上がってきており、少し肌寒さはあるものの、午後の早い時間の眩しい日差しと木漏れ日が、芝生にキラキラと降り注いでいた。



「ほら、私が言った通りだったでしょ!」



 そう言ってエルを抱きしめる舞花。

 先週『大丈夫よ、少しずつ学んでいったら、きっと信頼を勝ち取れるようになるわよ!』そう励ましたことを言っているのだ。



「それも翔哉さんのお陰です……」



 そう言って俯くエル。

 そんなエルを見て、また舞花が「か、可愛いわ~可愛いわよエル~~~!!!」と辛抱たまらんとばかりに抱き締めまくっている。


 確かに谷山翔哉という存在無しには、ここまで劇的な状況の変化が起こることはなかったことだろう。


 最初の週は、不運な事故から悪い流れに入ってしまったのに対し、二週目は一人の人間との出会いから全ての流れが好転したのだ。

 感情が鍵を握るプロセスにおいては、そういう逆転現象は良く起こる。


 それをたった二週間でジェットコースターのようにエルは一度に体験した訳である。



「どうした……隆二。不満なのか」



 白瀬が、そこから少し離れているところで隆二に声を掛ける。



「不満とか……別に無いですよ。現にエルがあれだけ信頼してるんですからね」



 会話の対象は当然翔哉のことである。



「俺わかってますから。エルは心の中ではちゃんと知っているんです。相手の性格や特性を把握した上で、AIとしての冷徹な分析まで入っています。無論エモーショナルフォースの影響は受けますけど、それすらエルが対象の人格を自分なりに判断した上でのことですからね。その上で、彼女が信頼できると判断したんですから、もう俺の出る幕はありませんよ」



 ガイノイドとは、そういう存在になるよう意図されたものなのだ。



「確かにな。もうここまで来たらエルの判断は彼女独自のものだ。例えもしそれがプログラムされた選択ではなかったとしても──」



 そこまで言った白瀬のセリフを近寄ってきた恵が引き継いだ。



「エルの人を見る目は確かなはずよ。そうでしょ隆二さん?」


「ええ」



 頷く隆二。



「こーんなに良い子なんですもんねー!!」



 エルに頬ずりをしながら、少し離れたところにいる舞花が叫んだ。



   ◆◇◆◇◆



 その頃。

 ここは安原龍蔵の屋敷である。


 暖炉の前で龍蔵が何者かと話していた。

 今日はよく晴れて温かいこともあり、まだ暖炉に火は入っていない。

 日当たりの良い窓際から部屋の中に光が差し込んできていた。


 その中で龍蔵が俯き加減に座っており、その隣で絵里もくつろいでいるようだった。

 龍蔵は耳にイヤフォンが入っているようで、どうやら誰かと電話をしているらしい。



「そうじゃな。それがいいじゃろう。あの店には一本裏手に広めの路地がある。そうじゃ。そこなら車一台くらい怪しまれまいて」



 そこで一旦一息つくと、少し電話の向こう側の相手の話をしばらく聞いていた龍蔵は、面白いことを聞いたように笑った。

 ──そして諭すようにこう言う。



「はやるな、はやるな。もうすぐじゃがそれは今ではない。時期と言うものがあるのじゃ。今回は車一台と駒ひとつで充分よ。言っておくがくれぐれも勇み足などないようにな」



 最後にこう念を押すと電話を切ったらしい。

 耳からイヤホンを取る。



「話はついたの?」



 横にいた絵里が楽しそうに聞いてくる。



「おうよ。車一台手配するだけじゃ。簡単な仕事よ」


「窓まで黒塗りのでしょ?」


「今は、フロントガラスが見えぬでも目的地までいける時代じゃからのう」


「中には何が入ってるんでしょうね。ふふっ!」



 そう言って笑う絵里。



「月曜下見で火曜決行だそうじゃ。それ以上の手は出させんようにするが、くれぐれも巻き込まれるなよ? 絵里よ」



 龍蔵の声には心配そうな色が混じっていた。



「ドカーンと一気にやっちゃった方がすっきりするのに……!」



 つまらなそうに呟く絵里。



「レジスタンスはテロリズムとは違うのじゃよ、絵里。テロリズムは脅迫であるからして示威が先に立つ。だから彼奴きゃつらも派手に事を起こすことばかり考えておるわ」


「本物のテロリストだもの。当然よね?」



 彼女が物騒な単語を口に出す。

 龍蔵もそれを否定はしなかった。



「じゃが、わしの命令で動くときには、そうであってもろうては困るのだ」



 部屋の中に屋敷で飼っている猟犬──イングリッシュ・グレイハウンドが入ってくる。

 闊達な身のこなしで、昼の日差しを心地よさそうに浴びながら、絵里の側まで来てゴロリと横になる。



「じゃが、レジスタンス活動というのは誘拐事件の捜査と同じでな。普段は静かに、ひたすら静かにが基本なのじゃ。派手に動いて相手に下手に情報を与えてはならん」


「でも、あの人達はそう思ってないんじゃない?」



 絵里は先程の電話のやり取りを思い出しながらそう言う。



「そりゃあな。彼奴きゃつらは相手の出方を見るということを知らん。そうさな、言わばこの猟犬と同じよ。なればこそ、それはそれで扱い方があるというものじゃ」



 龍蔵はそう言いながら側に置いてあった干し肉を手に取る。

 グレイハウンドは起き上がると、鼻をクンクン言わせながら干し肉に擦り寄ってきた。



「金という餌を与えておけば、こうして飼い主に噛み付くようなことはせん。そして時々は相応の仕事を与えてやる。今回のようにな。猟犬の群れも飼い慣らせぬようであの妖怪共を退治できる道理があろうか」



 確かにそうかもしれない。


 絵里は一度はそうは思ったのだが、何かのきっかけでその牙が自分へと向くことならなければいいけど……そう思わずにはいられなかった。


 今自分に向いていないだけで、獲物を仕留めるための牙はそれでも無くなった訳ではないのだ。


 ──そう考えると、彼女は少し悪寒を感じた気がして身震いした。

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