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43 話 ガイノイドの恋

「これは恋よ! きっと恋だわっ!!」



 舞花がまるで顔が大きくなったかのようなオーバーアクションを見せながらそう力説した。



「おそらくそういう現象でしょうね。確かに理論上はそういうこともあり得るだろうと思っていたけれど……!」



 恵もそれを否定しようとはしなかった。



「それにしても、これほど見事に他人に恋愛感情を抱いた状態が再現されるとはな。興味深いと言うか何というか……」



 白瀬もこれには感心しているようだ。


 白瀬達は、ガイノイドが特定の状況で恋愛をするように、初めからプログラムを用意した訳ではない。


 人間の感情エネルギーがどのように各所に影響を与え、駆け巡るのか、その動きを精密に再現しようと試みたに過ぎない。


 その為のアプローチとして、全体の動きに初めから意味を与えてそこから細部をプログラムするのではなく、小さな動きを正確に再現し、それが連なっていくことによって大きなうねりを作り出していくというやり方を採用したのだ。


 そして、その通り道──言わばエネルギー経路を人間に似せて構築するために、人智学アントロポゾフィーのメソッドを利用したのである。



 このように設計自体が元々、ある特定の結果を正確に作り出すためにプログラムを施した訳ではないため、そのシステムが一旦動き出した後、どのようなプロセスをたどり成長進化を遂げていくのか……それを仮説以上の精度で事前に予測することは難しかったのだが──。


 このエルの様子を見る限りでは、それはとても人間の感情表現に近い形で再現されているように思えた。



「取りあえずは、正しい方向性を示しているということだ」


「そうですね」



 白瀬の言葉に恵も頷いた。

 差し当たって、自分達が目標としていたことは達成されつつあるということなのである。

 これは研究者としては喜ばしいことだった。



「ところでさ」



 舞花がすぐ横で、いやに静かな隆二をチラと見て言う。



「アンタどしたの?」


「別にー」


「もしかして妬いてんの?」



 ニマニマする舞花。



「そんなことねーし!」


「そのうち一発殴らせろー! とか言い出すんじゃないでしょうね?」


「言わねえよっ」



 クスクス笑いながらからかう舞花。

 それを聞いてプイと横を向く隆二。


 ふむふむ。

 こちらも若さ全開だねぇ。


 白瀬はそう思いながら無精髭をイジる。



 それにしても若いと言えば──『あの二人』もだ。

 全くもってこちらが見ていて恥ずかしくなるくらい初々しいじゃないか。


 心を持ったアンドロイドと純な若者の恋か。

 古くさい主題テーマだが、自分が研究者としてモニタリングできる立場にいるとなれば話は別だ。


 アンドロイドの研究者としては、千載一遇のチャンスに遭遇しているとすら言えるのかもしれん。


 これは……。

 ちょっと親代わりとしては、一肌脱いでやらないといけないかもな。


 白瀬は、オヤジ臭い鼻歌を歌いながら上機嫌で研究室を後にした。



   ◆◇◆◇◆



 そしてこの日の夜……。


 白瀬は、自分の他に高野篠原という3人のメンバーで、短い時間ながらビジフォンを使ってのグループ通話でミニ会議をお願いすることにした。

 そして、その場でこう切り出したのだ。



「エルと谷山君はこの短期間で急速に接近しておりまして、明らかに惹かれ合っている様子なのですよ」


「そうなんですか!?」



 白瀬からそう聞いて高野は最初びっくりしたようだった。

 一方、そんな感じで気が付いていなかった高野に対して、篠原についてはそうでもなかったらしい。



「そう言えば──今日は二人でジャガイモを仕込むお仕事をしてもらっていたんですが、言われてみるとなんだか二人共意識し合っているというか、ちょっと様子が変だったかもしれませんね」



 篠原は口元を押さえて、微笑ましいものを見るように思い出し笑いをした。

 高野はというと、そこまでの話ですっかり興奮気味のようだ。



「谷山君もやるなあ~! それにしてもガイノイドっていうのは──本当に凄いですね~!!」



 エルのために一肌脱いで……そう思ってはいたものの、ここしばらく無理な頼みばかりをして、気後れ気味だった部分もあった白瀬だったのだが。

 そのポジティブな反応に気持ちを押されて、ここはまっすぐ直球で二人にお願いしてみることにした。



「最近色々こちらから頼んでばかりで大変申し訳ないのですが、今後の業務についてもですね。できれば、エルと谷山君をできるだけ一緒になるよう、仕事を振って頂く……なんてことはできませんでしょうか?」



 白瀬は、自分の中に久しぶりに生まれてきた研究者としての好奇心を抑えることができずにそう切り出す。

 しかしそれだけに、今度の依頼はエルを救うというよりも、こちらの研究の都合という側面が強い。

 言ってみるだけ言ってみて……そう思っていたのだが──。



「うん~それは思いのほか良い提案かもしれないですね~」



 意外なことに、その白瀬の依頼に対して高野は逆に協力的だった。



「エルちゃんに一人で仕事をさせないことで、トラブルに巻き込まれるのを避けることができますし、何かあったとしても素早く対処できるかもしれません」



 高野としては、まだ白瀬に言えるほどはっきりとした証拠を掴んではいなかったのだが、柴崎が安原辺りと組んで何か企んでいるのではないかと、気が付いてきてはいたのだ。


 それを告発するためというより、むしろ柴崎達がこれ以上無茶をして立場を危うくしないためにも、こちらもできるだけ柴崎達に対してスキを見せないほうがいい──そう考えていたのである。


 その空気を篠原が読んだわけでもなかったのだが、彼女は彼女でやはり高野と同じ結論に達していた。



「私も異論はありません。むしろそのお申し出は私にとっても都合がいいかもしれませんわ。いずれにせよ、谷山君には包丁の特訓を課さなければならないと思っていましたし」


「やっぱりやるんですか。あれ……」



 高野がゲロゲロ~とばかりに同情するような顔をする。



「もちろんよ。そこでね。私としては今回の谷山君の特訓だけど、教官はエルにやってもらおうと思っているのよ」


「え……!?」



 ここで高野と白瀬の声が同時にハモる。



「これまでのエルを見ていて、私はガイノイドにはむしろ料理人として大きな可能性が秘められているのではないか……そう思い始めているくらいなんです」



 それは白瀬にとっても驚くべき視点であり、そして提案でもあった。



「だから今日はむしろ私の方から白瀬さんにお願いしようと思っていたくらいなんです。エルにこれから本格的に料理の技術を教えてもいいかしらって……」


「もちろんです……もちろんですとも!」



 白瀬は思ってもいなかった篠原からの申し出に興奮気味に答える。



「エルちゃんが私の持っている料理のエッセンスをどれくらい汲み取れるのか。彼女を見ているうちに私自身だんだん興味が出てきてしまったんです!」



 そう篠原は満面の笑顔で言った。



 自らが学び自らが成長していくことを喜びとしている者は、決して相手の足を引っ張ろうとすることはない。

 むしろ相手の学びを助けることによって、自分もまた次のステージへと向かうことができることを知っている──そのことを白瀬は改めて実感していた。


 だからこそ、そういう者達は人よりもずっと高いところまで行けるのだ。

 白瀬は、篠原の凄みをまた肌で感じると共に、その高い見識に心から感謝していた。



   ◆◇◆◇◆



 次の日の朝──。

 8月10日水曜日。


 今日はいつもより10分ほど早く出勤するようにと、見送り役の隆二に聞いたので、いつもより少し早めにエルドラドに着いたエルだったのだが。

 するとそこには、これもまた早めにやってきたらしい篠原が、既にお店にやってきてエルを待っていた。



 篠原は開口一番彼女にこう言った。



「エル。今日から谷山君の包丁特訓を始めるんだけどね──」



 それは昨日みんなの話に聞き耳を立てていてエルも一応知っていた。

 しかしその彼女にしてみても、次の言葉は予想することができなかった。



「あなたに谷山君の教官をやってほしいの!」


「えっ!?」



 その言葉に驚いたのはエルである。

 私が教官──つまり翔哉さんの先生役ってこと!?


 ──それは彼女の高性能AIでも予測不可能な演算結果だった。



「そ、そんな……私には……」


「できるわ!」



 篠原はエルの自信なさげな言葉を途中で遮ってそう言い切って見せる。

 そして、こう諭した。



「別に難しく考える必要はないわ。何かを教えよう……なんて特別に意識する必要は無いの」



 何かを教えようとする必要はない?

 先生役なのに?


 依然として意味が飲み込めないエル──。

 そんな彼女に更に追い打ちをかけるように、篠原は唐突にこんな言葉を投げかけた。



「エル……あなた谷山君のことは好き?」



 それを聞いたエルが綺麗に顔中を真っ赤に染める。

 やがて……こくりと頷いた。



「そう。素直な子は私も好きよ」



 篠原は満足そうにそう言うとおもむろに話し始めた。



「あなたなりにね。谷山君がどうやったら少しでも上手くできるようになるか……考えるの。それを彼がわかりやすいように伝えてあげれば──それだけでいいのよ」


「…………」



 そう言われてもやっぱりエルにはよくわからなかった。

 エルはまだ自信が無さそうである。



「ちーっす!」


「おはようございます~」



 そこに外から他のメンバーがやってきた声が聞こえてきた。



「今朝はもう時間切れみたいね。エル……あなたがもし自分を信じられないのなら、そうね。私を信じなさい!」



 そう篠原はきっぱりと言った。



「篠原さん……を?」


「そう! 私があなたを見ていて適任だと思ったから指名したの。だからもし駄目でもエルのせいじゃないわ。でもきっとあなたはちゃんとできる。私が保証する。だからあなたはそう言った私を信じなさい。ね?」


「は、はい……」



こうして、その一日は始まったのである。

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