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03 話 位相転換分子再配置局

 次に目を開けるとそこは──。


 ベッド以外何もない白い部屋だった。


 ここは病室……?

 なんだろうか。

 ぼーっと天井を見上げながらそう考える。

 まだ頭があまり目覚めていない感じだ。


 まてよ。

 僕は一体どうしたんだっけ。

 夜に歩いていて、何か白い光を見て……それから……それから……。



 順を追って思い出してみる。

 光が自分の周りにいっぱいに広がって。

 そのまま気を失ったってことになるのかな?

 だとすると──だ。


 やっぱりあれは自動車か何かのヘッドライトで。

 勘違いした僕は間抜けなことに車か何かに跳ねられて、救急車に乗せられ病院送りになったってことに?



 そんなことを思っていると……。



「やっと気がついたわね」



 突然横から声をかけられてビクッとしてしまう。

 女性の声だった。


 ああ、びっくりした!


 僕の寝ているベッドの横に人がいたのか……。

 目が覚めた時に『知らない天○だ』とか妙なことを口走らないで本当によかった。

 ほっと胸を撫で下ろす。


 少し寝たままで首を動かして確認すると、その女性は白衣を来ていた。

 ということは、彼女は女医さんか何かなのかな?



「体に痛いところや変調はない? 大丈夫?」



 彼女と目が合うとそう聞かれたので。



「ええ、まあ……」



 思わず反射的にそう答えてしまう。


 すると──。

 その僕の返事にほっとしたのか、隣の白衣の女性は堰を切ったようにいきなり早口で話し始めた。



「そう。それはよかった! 稀にあるのよねー。タージオン粒子の次元変動から再物質化する際にあちこち欠損が起こっちゃうケースが──」


「!?」



 僕は絶句した。

 早口だったこともあるのだが、何より色々と唐突すぎて訳がわからない。

 科学の話……なんだろうか?


 ただひとつはっきりと言えることは、彼女の口調がおおよそ病人や怪我人に向かって話すようなものではなかったということだ。


 彼女は呆れている僕のことなどお構いなしに更に続けた。



「君はどうやら正常にランディングしたみたいね。もう少し経過を観てからだけど、バイタルデータを見る限り大丈夫でしょう、ええ!」



 何というか。

 きっとこういうことなんだと思う。


 この女医さんのような女の人は、僕に話しかける体裁をとってはいるものの……。きっとそれは形だけなのだ。実際は僕のことなんかどうでもいいんだと思う。

 目の前で一人で喋り続けている彼女の尊大な口調を聞きながら僕はそう確信していた。


 えっと……。

 この人って本当に女医さん?



「ここは病院ですか? 僕はどうして……」



 相変わらず状況が激しくわからないので、なんとか情報を聞き出そうと努力してみる。

 しかし、その僕の言葉を彼女はやっぱり最後まで聞いてくれなかった。



「ああー。そうよね。わかんないわよね。ごめんねー。私もね、こうやって毎度毎度同じことばっかやらされてるでしょー。そうするとさ、どーうしても説明不足になっちゃうのよねー!」



 うーん……。

 まるで何かに苛立っているような口調だったが。


 これは僕に怒っているとかではなくて。

 単に普段から話をあまり聞かないそそっかしいタイプの人なのか……?

 そんな風にも思える。


 つまり単にコミュ障?



「そうなんですか……」



 何をかいわんや、である。

 つまり絶句して返す言葉がないということなのだけども。

 それにしても、毎度毎度おんなじ事とは……いったい何のことだろう?


 彼女が口にしたそういう話の断片はちょっと気にはなったんだけど──。


 でも、この様子じゃこの人とはこの後もまともな会話は成立しそうにない。

 このほんの少しのやり取りで、僕は既にそんな確信を抱いていた。


 そうして、諦めた僕が彼女を放って沈黙思考に入ろうとした時。

 今度は彼女の方から唐突にまたわけのわからないことを言い出し始めた。

 早口にこうまくし立てたのだ。



「それじゃ教えてあげるわ。ここはね。位相転換分子再配置局。君にもわかりやすくするために平たく言うと、異世界から来た人達に対して、やってきた新しい世界に適応させることを目的に作られた行政施設よ。わかった?」



 さっぱりわかりません。

   ますますわかりません。

     ──ナンデスカソレハ。



   ◆◇◆◇◆



「わかった?」



 呆れてモノが言えない僕に対して、もう一度そう繰り返した彼女の口調からは、今や威圧感すら滲み出ているようだった。

 うーん、どうやら僕にわかったと言って欲しいらしい。

 巷ではこういうのを同調圧力と言う。


 しかし、だ。

 僕はますます状況がわからなくなっていた。

 彼女の物言いは平たくなったというより、むしろその逆だったのだから。

 いや、この際はっきりと言ってしまおう。

 僕は完全に彼女のエキセントリックな言動によって、むしろ混乱させられてしまったのである。



「あのー、やっぱりここって病院じゃ……ない?」



 堂々巡りだった。

 困った僕がもう一度そう言いかけると、彼女はちょっとめんどくさそうに顔を一瞬しかめた。

 そして今度は、ドスが効いたような低い声が僕に向かって投げかけられる。



「あなたはどこか痛いの?」


「いや……そういう訳では……」


「ここは一応ベッドが並んでいるけれどもね。これは位相転換が起こったケースでは、ほとんどの人達が仮死状態で発見されるからよ。でも体に異常がないことがわかれば、すぐに通常の生活にシフトしていくわ」



 彼女もだんだんイライラしてきているようだったが。

 それと反比例して僕の忍耐も尽きる寸前だった。


 誰か助けてー!

 そう僕が心の中で泣き声をあげていると──。

 その心の声が聞こえたかのように、突然そこに慌てて男の人が乱入してきてくれた。



「ほらほらほらほらー」



 救い主の登場である。

 ひょうひょうとした感じの男の人。

 ちなみにこの人もやっぱり白衣だった。



「彼が困ってるじゃないかー。ミサキく~ん」



 やって来るなりその男の人は彼女をとがめるようにそう言った。


 ミサキ……?

 この女医さんはミサキさんというのか。



 そうなのだ。

 このミサキさんとやらは、僕とは初対面であるにもかかわらず、名前すらお互いに交わすこともなく、ひたすら自分のペースで喋り続けていたのだ。


 疲れた……。

 ただもうひたすらに疲れた……。



 その救い主である男の人はこちらに向き直ると僕ににこやかに笑いかけ。

 そして口を開いた。

 背中に後光が差して見える。



「君……名前は?」



 やっと名前を聞いてもらえた。

 この男の人は、その見かけ通りどうやらまともな人らしい。



「えっと、谷山翔哉です」


「たにやましょうや君……だな!」



 うんうん、と満足そうに頷く。



「僕は久保田真だ」



 くぼたまこと……さんか。


 ありがとう、久保田さん。

 僕を絶望の淵から救い出してくれて!


 久保田さんを見上げながら不意に目が潤みそうになる。



「そして、彼女が吉原美咲よしはらみさき……って、ちょっとぉ~行っちゃうの~?」



 その久保田さんが突然素っ頓狂な声を出す。


 誰であろう、さっきまで独りでマシンガンのように話していた美咲さんと呼ばれた女医さん。

 彼女が自分が紹介されているのも全く意に介さずくるりと踵を返したのだ。


 そのせいで紹介しようとしていた久保田さんの手が空振った。


 それを一瞥さえもせず、美咲さんはそのまま早足で出口の方へと向かって行ってしまう。

 どこまでも人を振り回す超マイペースな人のようである。



「後はあなたがやってくれるんでしょ。私はラボに戻るわ。面倒臭いのは嫌いなのよ」


「ああ……ああ、うん」



 がっくりとうなだれる久保田さん。

 なんだかわかる気がしてしまった。

 いつもこうやって彼女に振り回されてるんですよね?


 しかし、久保田さんの立ち直りも早い。



「……と、彼女はいつもあんな感じなんだけど、あれで全然悪気は無いんだ。君も気にしないでやってくれ」


「はい」



 僕は毎日同僚として働く二人を想像して──ちょっと久保田さんに同情した。

 ……大変そうである。



   ◆◇◆◇◆



 それから久保田さんはまずこの世界の大まかな事情を話してくれた。


 僕は、どうやら今までいた世界から違った世界へと転移してきたらしいこと。

 この世界では数年前からそういった『異世界からの転移者』がぽつぽつと現れて来ていること。

 それ以来、事態を無視できずに政府や行政も対策を立て始めていること。


 ──などである。



 思わず正直な感想が僕の口から漏れる。

 


「僕は異世界への転生とか転移って、てっきり剣と魔法の世界に行くものだと……」



 そう言い出してはみたものの、自分で口に出しながらちょっと照れくさい。



「ファンタジーみたいな世界に行きたかった?」



 くすっと口元をほころばせながら久保田さんも同調する。

 どうやら話が通じたらしい。



「そう言ったファンタジーみたいな世界に飛ばされるんだって思っていました……」



 行きたいとか行きたくないじゃなくって、少なくとも漫画やアニメではお約束でそういうことになってる──よね?


 そう言った意味では、正直やってきた世界がごく普通の世界に思えたことで……がっかりしなかったと言えば嘘になるかな?

 そんな僕の感想を聞くと、久保田さんはそのネタは知っているよとばかりに「ふふっ」と笑いかけてきた。



「そんな世界で、俺TUEEEをしてみたかったのかな、翔哉クンは?」



 なんだか異世界モノのネタとしてすっかり話が通じてしまったようである。

 そうすると、今度は逆に自分がなんだか漫画やアニメの世界と現実の世界をごっちゃにした恥ずかしいことを口にしてしまったような気がしてくる。



「いや……そういう訳じゃないんですけど……」



 ちょっと赤面してしまった。

 そんなことを本気で信じていた訳じゃなかった。

 でも、今回は事が事だけに、ねぇ?



 それにしても俺TUEEEか……。


 久保田さんに異世界ネタが通じたことには少しびっくりしたけど。

 それと同時に、そう言えば僕にはそんな俺TUEEEをしたいような自発的な興味や欲望も、これまでは特に無かったよな?

 ──なんてことを思っていた。


 何とかして結果を出したいとか、何かをどうしてもやり遂げたいとか。

 考えてみれば、これまであんまり思ったことがなかったんだよね。

 そんな僕がそういう俺TUEEEな世界に行けるわけなんてなかったのだ。



「それじゃ、もう一度説明するよ?」



 こうして、少し軽い話をして打ち解けると。

 久保田さんは横道に逸れた話を戻してくれた。


 

「君達のような人達が、具体的にどこからやってくるのか。そして、その世界とこっちの世界との繋がりはどうなっているのか。今、この世界でも世界中で研究が行われているんだけど。それが多世界解釈におけるエヴァレット解釈のような平行世界と呼べるような状態の世界の集まりなのか、それともコペンハーゲン解釈のように収束する事象がそう見せているだけなのか、それとも全く違った新しい別のモデルが必要なのか。まだ私達は、はっきりさせることができずにいるんだ」



 僕は正直言って、難しい部分の話は半分も理解できなかったのだけど。

 それでも久保田さんができるだけ親切に、僕に気遣って話してくれているのはよく伝わってきた。



「だから、私達の世界では今のところ……少なくとも対外的には平行世界やパラレルワールド、それから世界線なんていう言い方をしないで、自分達の世界以外は異世界と呼ぶことになっているんだよ」



 なるほどね。

 だから、僕はこの世界から見れば異世界から来た。

 元の世界から見れば異世界に飛ばされたってことになるわけか。

 久保田さんの話は、あの美咲さんとかいう女性の話よりもずっとわかり易かった。



「美咲クンか……彼女は根っからの学者肌だからね。人と話したりすることは元々苦手なんだ。あれでも優秀な研究者なんだよ?」



 もうここにいない美咲さんのフォローまでしてあげる久保田さん。

 やっぱりこの人はいい人だな。


 その久保田さんがふと腕時計を見て「あ、いかん。もうこんな時間か」……という顔になる。



「ごめん、翔哉君。もう僕も行かなくちゃいけない時間なんだ。最後に話をまとめておくとね」



 そう前置きすると話を締めくくる。



「そんなわけで、最近増えてきた異世界から来た人達を保護する目的で、ここ位相転換分子再配置局みたいなところも作られた訳なんだ。まあ、みんなからは単に職安とかハロワなんて呼ばれてるけどね」


「職安……職業安定所のことですか?」



 なんだか科学的な話の中に、急に日常的な単語が出てきたので面食らう。

 その僕の反応を見た久保田さんは、話が通じたとばかりにニンマリした。



「そう。その職安さ」


「どうしてなんですか?」



 そう聞く僕に久保田さんはいたずらっぽく笑った。



「それは……この後、君にもきっとすぐにわかると思うよ!」


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