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23 話 エルドラド創業秘話

 日曜日は、主にネットで調べ物をしていたら一日が終わってしまった。


 それによってわかってきたのは、どうやらレイバノイドが人間に混じって働き始めたのがこの問題の根本原因ではなさそう……ってことである。


 人間は結局「自分の力を証明したい」つまり「周りから抜きん出ることで特別な存在だと認められたい」が故に努力し成長する生き物なのだ。

 ──これって、いわゆる俺TUEEEってことだよな?


 とりわけ生存競争のために労働をしなくなった地球暦のこの世界においては、その性向はこれまでより強くなったと言えるのかもしれない。


 けれども人間の道具という範疇を超えて、どんどん進化し飛躍的に高性能化を続けるこのレイバノイドという同僚達に対して、こうした他人より秀でることでモチベーションを保っていた類の人達は、次第に競争することを諦めてしまったようなのだ。

 その結果、労働する意欲を失ってしまう人が日に日に増えていってしまったのだと言う。


 こうして諦めてしまった人々が、その後どうなっていくかと言うと、最低限支給されるベーシックインカムだけを頼りに、残りの人生を敗残兵のように細々と生きていく選択をすることになる。


 この世界では、そういった“脱落者”が年々増え続けていて、それが社会問題化しているとのこと。


 そして。

 そんな人達が固まって住んでいるのが、今僕が住んでいる大衆住居地区周辺なのである。



 加えて言うと。

 自分の職を維持できている勤労者達は彼らを蔑んだのだが、それと同時にレイバノイドやAIに対しても人間の敵として嫌悪感を持つに至った。

 それ故に、銀座街区のような勤労者が集まる繁華街でも、いやそういう場所ほどレイバノイドに対する風当たりは強いのだ。


 昨日ネットで調べてみた限りだとだいたいそういう事情らしい……。


 なんだかこんな話を聞ていると、エルに対してのあの仕打ちなんてほとんど逆恨みみたいなもんだと思うんだけどなあ。

 ……なんて感じがしてしまうのは、僕が違う世界から来た余所者だからなのだろうか?



  ◆◇◆◇◆



 そんな調べ物をしていたら今日はもう月曜日。

 今は銀座街区に向かう電車の中──つまり通勤中である。


 こうして昨日のことを思い出しながら、つらつらとおぼろげに考えをまとめつつ電車に揺られていると「ファクトリーエリア」駅に着く。


 これまでは全然気にもしていなかった辺鄙な駅なんだけど、金曜日あんなことがあった後だけになんだか意識してしまう。


 今日はエルと店で会ったら──。

 うん、できるだけ普通に挨拶して……それから。


 思わずそうやって、店でエルと会った後の段取りを考えてしまっていた僕の心臓は、目の前から飛び込んで来た光景にいきなり急停車しそうになる。



「あ、翔哉さん! おはようございます!!」



 僕の座っている場所のちょうど正面にあるドアから、突然エルが乗り込んできたのである。



「え、エル!!!」



 … … …ファッ!

 僕の意識が緊急停止信号を押されたようにフリーズする。


 で、でも、な、なにかしゃべらなければ!!

    ──動かない頭を酷使して必死に言葉を探す。



「え、あ、おはよう……エル。げ、元気だった?!」


「はい! でも週末の二日間が、なんだか長く感じました……」



 エルはそこまで言うと赤くなって俯いてしまう。



「う、うん……僕も……」



 思わずそう応えてしまってから、意味するところに気がついて恥ずかしくてたまらなくなる。

 顔が熱い……!



「今週も頑張りましょうね、翔哉さん!」



 エルも、なんだかいつも以上にテンションが高そうだった。

 取り敢えずはこれでよかったの……かな?


 ──こうして、働き始めて2週目の月曜日が始まったのである。



 朝は先週と同じようにキャベツの仕込みから始まったのだが、今週からはランチ時の仕込みは無し。

 ランチ時のラッシュに今日からはフロア要員として接客をやることになっているからだ。


 先週も比較的お客さんの少ない朝や夕方に、既にフロア接客は何日か経験していたし、仕事自体にも少し慣れてきてはいるものの。

 ──あのランチ時の戦争状態の中で果たして僕がやれるんだろうか……!


 なんて悠長なことを考えていたら、今日の朝は思っていたよりかなり忙しく、朝からノンストップそしてクレッシェンドでそのままお昼時に突入することになってしまった。


 あ、あの。

 心の準備が……!



「3番、ランチ2、デラックス定1、食後にホット3ですっ!!」



 ランチ時は特に大きな声でオーダーを通せと言われていたので、もうヤケクソに近いくらいに声を張り上げる。


 正直、今の時代注文くらいピッ、ピッと液晶端末で厨房に伝えればいいのに……とは思うんだけれども、その辺はできるだけ西暦時代のようにローテクにそして徹底的にアナクロな空気を追求する……。

 それがこのお店のオープン以来のコンセプトなんだそうで。


 そういう意味では、これも言わばエンターティメントなのである。



「おい、ウェイターさん。俺の注文いつになったら来るの!?」



 ちょっと苛つき気味のお客さんから声を掛けられる。



「すいません、今確認します! 9番さんオーダー通ってますか!!」



 厨房に声を掛ける。



「5分待って! このあとすぐ出るから!!」



 篠原シェフから直接大声が返ってくる。



「申し訳ありませんお客さま、後5分ほど待って頂けますか? 注文は確かに入っておりますので」


「……まあ、いいけどさ!」


「ありがとうございますっ!」



 バタバタバタ……。



「3番さん料理出ます! その後9番さんね!!」


「はーい!!!」


「翔哉くん! 1番さんお待たせしてるよ! 水とオシボリ!!」


「は、はい……すいません! 今行きますっっ!!!」



………………。

…………。



   ◆◇◆◇◆



 こうして……。

 ランチ時のラッシュは終わった。


 こ、こんなに大変だったのか!


 見るのとやるのは大違いとはこのことで……それは正に戦争であった。


 今は15時過ぎである。

 やっと人の流れも、流しに溜まった洗い物も一段落して、一息ついたところなのだ……。



「おっつかれさま~翔哉くん~☆」



 安原さんがお冷を持ってきてくれた。

 冬とはいえ、暖房の効いた店内で2時間以上バタバタやっていたものだから、流石に汗をかいている。



「ありがとうございます……安原さん」



 一息ついてゴクリと水を一口飲んだ。



「まあ、初めてのラッシュとしてちゃ上出来じゃないの~?」



 高野さんも声をかけてくれる。



「オーダー間違って迷惑かけちゃいましたけど……」



 ため息をつく。

 ランチのBセットとCセットを聞き間違えてオーダーしてしまい、作り直す羽目になったのだ。



「あれであの後の注文出るのが5分は遅れたよなー!」



 うっ……柴崎さんの言葉が痛い。



「大丈夫よ。うちのメニューはほとんどが洋食で揃ってるし、ランチメニューは仕込んであってすぐ出せるように組んであるからね。大したロスじゃないわ」



 そこでサラッと篠原さんがフォローしてくれた。

 正直ありがたい……。



「大丈夫大丈夫~あんなのよくあるって~。AはともかくBとCは人によっては聞き取りにくいんだよね~」



 とは、高野さんの言。

 確かに人によってはアルファベットを変な発音で言う人がいるんだよなあ。



「時々、自分の気が変わったのをしらーっと後からこっちのせいにしてくるお客もいるしね」



 これは清水さんだ。

 そういうこともあるのか(汗)



「き~にし~ない~♪ き~にしない~♪ ストレスはお仕事とお肌の一番の敵だよ~!」


「安原はオーダーミスが多すぎだろうがよ~! お前はもちっと気にしろ!」


「やだよ~ん☆」



 安原さんと柴崎さんが軽口を言い合っている。


 はぁ……。

 ともかく戦争は終わり、こうして平和が戻ってきたのだ。

 今はこの一時の平和を貪りたい所存。



 それにしても……こうして一通りの仕事をこなしてみると、やっぱり疑問が色々と湧いてくるのだ。



「あの……変なこと聞いてもいいですか?」



 急に店内が暇になり、手持ち無沙汰そうにしている高野さんに話しかけてみることにする。



「何かな~?」


「このエルドラドみたいなレストランって、この街には他にもたくさんあるんですか?」



 先日やっと自分の住んでいるところの周りをウロチョロしただけだから、銀座街区とかがどうなっているのかまではまだまだ全然なのである。

 だからその辺どうなのかなーと軽い気持ちで聞いたつもりなのだが。


 一見簡単そうに思えた僕の質問を聞いた高野さんは、説明に困るような表情になった。


「うーん……。その質問にはシンプルに答えるのは難しいかな~。手作り料理を出すレストランってことなら他にも何軒かあるにはあるんだけど~。でもうちはそれだけじゃないからね~」



 こんな感じで何か秘密でもありそうな口ぶりなのだ。



「そうなんですか?」



 僕としては全くわからないので取り敢えずそう聞いてみるしかない。

 すると高野さんはちょっと思案していたのだが、やがて考えがまとまったのか説明してくれる気になったみたいである。



「そうさね~。このエルドラドってお店はさ~翔哉君。メインシェフは日本代表~。そしてそのシェフが自由に腕を振るえる食材を供給できる専属の無農薬農場プラントや特別な仕入先を各種持っていて~。シェフ一人で切り盛りできるように少数精鋭で~。当然添加物はゼロで全て手料理~。それを限られた席数で限られた数だけ出すっていうんだよ~」



 高野さんはそう話を切り出したのだが。



「これがどういうことかわかるかい?」



 え……。

 確かにそう改めて言われてみると。

 聞いているだけで、だんだん不安に駆られていくような……。


 普段から当然のように右へ左へと出されていく食材の数々。

 それらが、どれもこれもそんなに凄いもの揃いだったなんて──毎日のように眺めていると感覚が麻痺してしまうんだよね。


 だけどそうなると……。

 今度は逆に違うところが心配になってくる。



「あの……それって採算は取れてるんですか?」



 恐る恐る聞いてみた。

 そこに横からテーブルを片付けてきた清水さんがやってくる。

 そしてこう言い切った。



「全く取れていない」



 やっぱり!



「いや、実はね……」



 それに対して、一瞬真面目な顔になった高野さんは──。



「採算なんて~この店は取る必要がないのさ~!」



 今度は冗談なのか本気なのかわからない調子でそんなことを言い出した。



「だって、このお店はさ~、篠原さんの篠原さんによる篠原さんのための……レストランなんだからね~!」


「え……?」



 それって、どういうことなの?



   ◆◇◆◇◆



 そこからは、清水さんも一緒に説明を手伝ってくれるようだ。



「まあ、これを話し出すと少し長くなっちゃうんだけどね。篠原さんはとびきりの料理の腕を持ってるけど、無農薬で添加物を全く使わない料理しか作らない。でも、そうすると普通の店ではもうシェフとして雇うことができないんだ」



 そう言われて僕は一瞬戸惑った。



「そうなんですか?」



 腕が良いんなら引く手あまたなんじゃ?

 僕はそう思い込んでいたのだが、どうやら話はそう単純では無いようである。



「普通は無人レストランはもちろんのこと、この街にある大概の有人レストランだって、今の時代じゃ工場でおおかた調理を終わらせたものがお店まで運ばれて来ているんだ。それを温めたり盛り付けたりしてお客さんに出しているのさ。そうしないと作る人によって味付けが変わってしまうし、調理に時間が掛かりすぎて採算が取れるだけのお客を捌けないからね」



 確かにそう言った話は前にいた世界でも聞いたことがあった。

 バイトしてたハンバーガー屋さんだって基本そんな感じだったし。


 その話を受けて、高野さんが続ける。



「そうなると肝心の篠原さんの味を出すことが難しいし~、それ以前に工場で作った食材には作業効率や保存の関係でどうしても添加物を入れなければならなくなるっていう──そういう事情もあるんだよね~」



 つまりそういう職場では篠原さんの出る幕は無くなる……。

 そう言うことなのだろうか?

 うーん、思っていたよりもずっと難しい問題なんだなあ。



「それにだ。篠原さんほど突出した腕をもった料理人だと、他の人間は基本料理の仕上げには手が出せない。お客はそのお店の味を目当てに来ているんだから、そのお店の味ってのがイコール篠原さんの味ってことになった場合、味や仕上がりが大きく違ったらクレームが出てしまうことになる……」



 これは清水さんである。


 それにしても──どんどん問題が噴出するな。

 そしてそれは、逆にみんなのレベルに篠原さんが合わせたら、篠原さんが作る意味が無くなっちゃうってことにも繋がるわけだ。



「でもそれじゃ……料理が突出して上手い人が一人お店にいた場合、結局その人が全部作るしかなくなっちゃうってことですか?」



 まあ、うちのエルドラドは実質そうなっているわけだけど。

 その僕の言葉に呼応するように、高野さん清水さんは競うように次々と問題点を列挙し始める。



「でも手作りレストランでそれをやると、普通は採算が取れるだけの数を捌けない。調理に時間がかかりすぎるんだ」


「まあ、昔からホテルとかでもそういう突出した人をコック長にして~、他のコックが作った料理の味や状態だけを見させるって形で効率化を図っていた例はあるみたいだけど~。それにも限界があるんだよね~」


「加えてうちの場合は、使っている野菜や食材も完全無農薬栽培で無投薬飼育だ。今の時代に完全無農薬の農場プラントなんて借り切ったら、どれくらいのお金がかかると思う?」



 流石にここまで言われると、もうはっきりしたと言わざるを得ない。

 つまりうちエルドラドは完全に採算度外視……!

 そういうことですね……わかります。


 こんなの、もう聞いているだけでTHE無理ゲーである。

 できるわけないってヤツですな。

 すると──。



「それじゃ……このお店の経営って一体どうやって成り立っているんです?」



 至極当然の疑問だと思う。



「まあ、採算が取れなくてもやりようはあるのさ~」



 高野さんがそう言ってウインクをする。

 いや意味わかんないんですけど。



「今の時代は、かなり左に傾いた社会だからね。ウチのような店が無いと篠原さんという卓越した才能を社会が生かせない。その宝の持ち腐れ的な文化的損失の勿体なさと、調理文化の保存っていう観点からの文化的意義をお役所さんにねじ込んだ上で、ちょっとしたコネも使ってね。行政府から損失を補填するための補助金を出してもらうことに成功したってわけ!」



 卒論のテーマが「エルドラド創業の秘密と文化的意義」だったんだそうで……自信満々にそう言い切る高野さんに、僕は呆れを通り越して絶句してしまう。



 ……は?

 で、デタラメじゃないですか、そんなの!

 だいたいそんなのアリなんですか?!


 ……少なくとも僕の前いた世界、つまり普通の資本主義の世の中では絶対あり得ないと断言できるだろう。

 この世界であったとしても、それってかなりの大技なんじゃ……。


 ──コネ?



「どんな凄いコネなんですか? それって」



 今日は質問してばかりだけど、気になるのでやっぱり聞いてしまうのだ。



「飯田店長の知り合い。綾雅技研の白瀬部長さ~」



 ああ、エルの開発元の人……。

 そう言えば、前にも昔からの店長の知り合いだって言ってたよな。


 清水さんがその話を引き継ぐ。



「昔、飯田さんが綾雅商事に入社したての頃から、ずっとお世話になってる人なんだそうだよ。この時も飯田さんが篠原さん中心の店を何とか立ち上げようと四苦八苦している時に、その白瀬部長が出てきて助けてくれたんだそうだ」



 なんですか、そのドラ◯もんみたいな人!



「なんでも、大戦前からアンドロイド研究一筋、今ではその道の世界的な第一人者で、飯田さんが一生頭が上がらないっていう御仁らしいんだけど~」


「かなり政府の上のほうまで口が利く人らしいですよね」



 飯田さんと清水さんが口を揃えてそう言う。

 どうやらとんでもなく凄い人みたいだ。


 僕の中に、頭でっかちで堅物の黒縁メガネに白衣で眼光鋭い……みたいな人物像がモヤモヤと形作られていく──。


 なるほど。


 そんな人がエルを作ったのか。



「そうやって、このお店の企画に最終的にゴーサインが出た時に、どうせそこまでやるんだったら……って、店の調度品から全ての作業を手作業ってとこまで、それこそ西暦時代と全く同じようにして営業してやろうっていうコンセプトに固まったらしいんだ」



 なるほどそれで、非効率も省みずにここまでアナクロなやり方を貫いているというわけだ……。



「こうして、もう地球暦の今となっては再現すらできないだろうって思われていた幻の無農薬無添加手料理レストランが誕生したってわけさ~。遥か遠き黄金郷の想いを込めて店名もエルドラドってね~!」



 それにしても、こんなお店をひとつ作るにも地球暦の今では大変な労力がかかってたんだなあ……。

 やっぱりこのお店ってこの時代としてはかなりレアな店だったのである。


 僕としては普通すぎてこれまではあまり気にしてなかったんだけど──。




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