22 話 敵意の理由
昨日は、悔しいのか悲しいのか腹が立つのか……自分でもよくわからない感情に衝き動かされた挙げ句に。
思わず感極まってエルを思わず抱きしめてしまい──!
セクハラ?
これってセクハラですよね?
……後でメチャクチャ謝りまくる結果になってしまった。
とほほ(死語)
月曜日顔にを合わせるのがちょっと気まずい。
うーん、困ったなあ。
◆◇◆◇◆
そんなこんなで土日に突入してしまった。
働き始めて初めての休日なのだが──。
何をするのかはもう決まっていたりする。
この世界は一体何がどうなっているのか?
働き始めて一週間。
見かけは西暦年代に似てる──なんて最初は思っていたけど、実際はそんなことは全然無いみたいだし。
ましてや暮らしている人間たちの内面となると、更に大きな違いがありそう……というか根本から全然違っちゃってるとか?
その辺のところ実際はどうなっているんだろう。
昨日の金曜日の帰りの一件も含め、この一週間でこの世界に対する僕の疑念はかなり大きく膨れ上がってしまっていた。
そこのところを、この週末は出来るだけ調べてみよう。
そう思っていたんだ。
僕はこの世界に来るまでは、何にも興味が持てない無気力人間だったはずなのに……。
この興味というものは不思議なもので、一度何かに興味を持ち始めるとそれに関連したものをつれてきて、どんどん増幅していってしまうものらしい。
生まれ変わりたいと望みはしたものの。
実際こうなってみると、なんだか自分でも不思議な気持ちだ。
◆◇◆◇◆
そして──。
ネットを使って調べ物をするのは夜でもできるので、土曜日の今日は朝のうちから表へ出てきて、改めて配置局前駅の近くを歩いているのである。
この辺りは「大衆住宅地区」と呼ばれているとのこと。
それを考慮に入れた上で、ここのところ通っている繁華街──銀座街区周辺との違いを意識して観察してみたいと思ったのだ。
やがて昼過ぎになったので、大手ハンバーガーショップに入った。
MではなくLのマークに座った謎の外人オジサンがふんぞり返っている看板のお店……その名もラックドナルドだ。
これってやっぱ「ラック」とか「ラクド」とかって呼ばれているのかな?
頼んだメニューはてりたまバーガーのセット。
ネーミングセンスまでほぼ同じなので、バーガーの中に何が入っているかわからないことはまずなさそう。
また並んでいるメニューのバリエーション自体も、あまり僕が前いた世界とはあまり変わらない。
ポテトと飲料がセットになっているのもお約束通りである。
だが。
ここは店内に人間のスタッフが誰もいない無人店なのだ。
無人レジでメニューをタッチして注文すると、受け取り口で出来上がったバーガーやポテトそして飲み物が勝手に出てくるという仕組み。
そんな感じで、表面上は似ているけど実際に利用してみるとちょっと違うことに気が付く。
一階で注文を受け取ってから、トレイを持って座席のある階に行き、好きな席を選んで座った。
ここからはもう全く同じ雰囲気で──。
バーガーをかじりながらポテトをつまんでいると、元の世界に知らない間に戻ったんじゃないかと錯覚するくらいだ。
だが窓から外を見てみると……。
あちこちにレイバノイドみたいなのが歩いている。
街路を掃除している人型じゃないロボットもいる。
そしてその間を死霊のようにふらふらと歩く人間達の群れ。
またこの辺りの地区では、人々はみんな概ね一人ずつで行動しており、俯き加減で誰とも喋っている人はいない──つまり基本みんなボッチなのだ。
店の中にいる人達もだいたい同じ感じ。
つまり、この辺りの地区に住んでいる人達は、誰も彼も他人とは関わりたくないというオーラを発しているのである。
自分の殻に閉じこもって、表情も暗く、動きも鈍い。
しょうがなく外に出てきた……そんな雰囲気の人達ばかりのような気がする。
この世界であっても、少なくとも銀座街区のような繁華街はそんな感じじゃなかった。
街頭でもほとんどレイバノイドは見かけなかったし、歩いている人達も快活で生き生きとしている様子だったのだ。
人と人とがあちこちで明るくオープンに交流していて、和気あいあいと言ってもいいような雰囲気すら感じられた。
──この差はどこから生まれたんだろうか。
ラックドナルドからまた表に出てきてブラブラと周辺を少し歩いてみる。
お店関係はファーストフードやコンビニ、そして喫茶店やレストランがあるくらいで、それらは当然のごとく無人店舗だ。
そして、ブティックなんかのアパレル関係はこの街には見当たらない。
ということは、残りの建物はほとんどが住宅なのだろうか?
その住宅にしても、一軒家みたいなものはどこにも無いようなのだ。
集合住宅ばかりが密集して建っている印象なのである。
あ……。
寒いと思っていたら雪がチラついてきた。
そう思ってから、またため息をつきたくなる。
… … … 。
まったく8月なのに雪だなんて何の冗談なんだろうね?
まあ、この世界では冬なんだからしょうがないのかもしれないけど、まだ季節感が前の世界からひっくり返っている状態というのはなかなか慣れるものではない。
僕が前いた世界も冬だったけど12月だったし。
同じ季節だと思っていたら今度は日付が8月だとか。
似通っていながら少しだけ違うっていうのは、逆に頭を整理できずに混乱してしまうのだ。
ひゅ~~。
歩きながらブツブツ愚痴っていると一際強い風が吹いた。
寒ッ!
今日はまた一段と寒いな。
雪が降り出しそうな気配だ。
僕は風邪をひかないうちに、そろそろ自分の部屋に退散することにした……。
◆◇◆◇◆
自分の部屋に戻って、すぐに暖房をつけると。
リリスを呼び出した。
「はい。ここに」
いつものように丸い球体の立体映像が出てくる。
「レイバノイドと人間の軋轢の事情とか……わかる?」
まずは直球でそう聞いてみた。
「話すことは許可されておりません」
ですよねー。
でも今回はちゃんと作戦があるんだ。
客観的事実なら答えてもらえるはずなわけで。
それなら──。
「それじゃ、次はこの世界の歴史関係で。第三次世界大戦の後にレイバノイドはどういう形で人間たちの職場へ入り込んでいったの?」
こんな感じなら大丈夫かな?
「はい、それについてはお答えできる情報がいくつかあります。第三次世界大戦が終了した後、3分の1に減少した地球の人口でこれまでと同じ社会体制を維持することは困難でした」
なんか……それはわかる。
戦争で人が死んだだけじゃない。
大戦末期にポールシフトとかいう大災害でトドメを刺されて、慌てて無理やり戦争を終わらせるように動いたとのこと。
そんなんじゃ現場では、人口が三分の一になったって発表されている以上に、更に大変なことになっていた可能性もある。
「まず生き残った人達を旧日本の圏内では九州を中心とした福岡地区、西日本を中心とした大阪地区、関東近辺を中心とした東京地区という3つの地区に集約し、効率化を推し進めた新しいインフラを整備しました。その時に、大戦中に開発されていたAI方面のテクノロジーとアンドロイド方面のロボティクス事業を民事転換して、世界中のパラダイムシフトを支えたのが当時の綾雅重工です。これが現在の綾雅コンツェルンの母体にあたります」
なるほどね。
それが今の綾雅グループというわけだ。
僕が勤めているレストラン「エルドラド」を経営しているのも綾雅商事、それからエルの開発をしているのも確か綾雅技研だって言ってたよな?
「綾雅重工は、まずは量産できる汎用アンドロイドをレイバノイドと呼称して、軍用をベースに機能性を追求したアイオロスⅡ型を開発。それと同時に急速にパラダイムシフトを推し進めた新しいインフラと社会体制に人々がスムーズに順応できるよう、AI方面でもナビゲーターAIイザナミシリーズをアースユニオン維新のフラッグシップとして投入しました」
「ナビゲーターAIシリーズってことは……そうするとリリスもその時に生まれたの?」
「はい。現在の私のベースになっているAIは、このイザナミシリーズのシングルナンバーにあたります」
リリスはそう答えてくれた。
その辺りの話は前に話した時にも多少聞いたことがある。
「えっとそれって、結局みんながAIに頼りすぎたことで全体の知能の低下が起こって、大衆からナビゲーターAIを取り上げる騒ぎになったっていう……そういう話だったよね?」
「そうです。当初政府はもっと早い段階でレイバノイドに人間性を与えたモデルを投入する予定でいましたが、その計画はこの事件のために無期限延期となっています」
そうか……。
道理で街で見かけるレイバノイドが、無骨で機械っぽいものばかりな訳だ。
テクノロジーがそこまでに達していないっていう事情ではなかったということなんだろう。
そうなると、だ。
「それじゃさ、その後はナビゲーターAIは影を潜めて、作業ロボット的なレイバノイドが人間を手伝うようになった、と。それで社会は一応回ったんでしょ? それなら何も問題ないんじゃ……?」
それで、どうしてレイバノイドが人間達に執拗に嫌われるような存在になってしまうのか……その辺りがどうしてもよくわからない。
だんだん分からなくなってきて、思わずそう聞いてしまったのだが。
考えてみれば。
これじゃ最初断られた直球の質問と変わらないわけで──。
結局リリスにその時の事情を「なぜ」と問い詰めても「その辺りは話せる部分と話せない部分があるため、もう少し具体的に尋ねて頂かないと……」と断られてしまうのだ。
リリスとそんな問答をしばらく繰り返す。
困ったなあ……。
◆◇◆◇◆
悩んでいると部屋の隅のビジフォンが鳴った。
え……?
ベッドの上でふて寝していた僕はびっくりして跳ね起きてしまった。
──でもウチの電話がコールされるなんて、ここに来てから初めてだよな?
誰だろう……そう思ってパネルを見たら、異世界コーディネーターの伊藤さんだった。
ちょっと安心して電話を取る。
「今日は翔哉君が職場に働きに行ってから最初の週末ですからね。何か抱えている問題とか悩みとかがないかと思ってお電話したんです」
──とのことだった。
これは異世界に来た人間が、新しい職場に就いた後には必ず行う定例コールなんだそうなのだが。
僕にとってはナイスタイミングである。
これは助かったかも!
僕は伊藤さんに簡単に経緯を説明すると、どうしてレイバノイドに対して人間が敵意を持っているのか……それを伊藤さんに尋ねてみた。
その僕の疑問に対する伊藤さんの答えは、拍子抜けするほどシンプルなものだった。
「翔哉君、あなたは今住んでいる大衆住宅地域から初めて銀座街区に行った時のことを覚えてる?」
「ええ、まあ、だいたいは……」
記憶力にそんなに自信があるわけじゃないけど。
まだ一週間くらいだからね。
「どう思った?」
「えっと……そうですね。随分ロボットがいないな……と、ちょっとホッとしたっていうか。ああそうだ、ここは人間の街だなって思いましたね……あっ!」
そうか!
「そうよね。その辺りが答えなんじゃないかしら」
そういうことか……。
なんだか少しわかったような気がした。
その僕の直感を伊藤さんがわかりやすく言葉にしてくれる。
「やっぱり人間の中にレイバノイドの比率がだんだん増えていくと、うっすらとでも侵略されているような気がしてくるわよね? ましてや銀座街区のようなこの世界で残った数少ない“人間がほとんどを占める”街で、レイバノイドを見かけたらどんな気持ちになるかしら……」
なるほど。
「なんだかちょっと解ったような気がします。伊藤さんありがとうございます!」
僕が礼を言うと。
伊藤さんは「そう、よかったわ」と短く言った後──。
「でも……それにここまで気が付かなかったってことは、そのエルっていうガイノイドの子をそれほど翔哉くんが人間と同じように感じているってことなのかもしれないね……」
少し心配そうに、最後にそう付け加えた。




