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01 話 透明な友達

挿絵(By みてみん)


 ガバッ!!


 全身に冷や汗をかくような緊張と共に体を勢いよく起こすと……。

 掛け布団が跳ねて、冷たい空気に晒された体が悲鳴を挙げた。



 ────!!!


 さ、寒っ!!

 って言うか、ここどこっ!?



 そう反射的に考えながら……はっとした。

 驚いたのは一瞬で、すぐに自分としての記憶を取り戻す。



 ゆ、夢!?



 僕は布団の上で起き上がっている。

 掛け布団は足元まで吹っ飛んでいた。

 さ、さ、寒っ!!


 慌てて自分の右手にあるファンヒーターのスイッチに手を伸ばした。

 しばらくすると温かい空気がやっと部屋の中に流れ始める。


 ──それにしても。


 またあの夢だ。

 冬だというのにパジャマと布団は寝汗でべったりだった。


 最近よく見るようになったこの夢。

 レストランで女の子を守って刺される夢だ。



 女の子……か。


 名前はわからなかったけど、夢の最後に見えた泣き顔が印象的だったせいで、その面影は起きてからもずっとはっきりと覚えている。


 栗色の髪。

 整った顔。

 そして青い瞳──。


 ……あんな女の子と今まで会ったことあったっけ?

 僕は寝ぼけ眼で首を傾げた。 



 更に言うと。

 実はこの夢は今日が初めてではない。

 毎日ではないんだけど、先週から見始めてこれで三度目なのだ。

 何日か飛び飛びというか、ランダムにというか、気がつくと見ているって感じ?


 それも録画したビデオを繰り返し見ているかのように……全く同じ内容を、である。


 全く同じ夢が続くなんてちょっと気味が悪いな。

 流石に三度目ともなると、ちょっとそんな風にも思ってしまう。


 夢自体も妙にリアルで──。

 色が付いているのはもちろんのこと、起きた後でもさっきまでまるで自分が体験していたかような実感まで伴っているのだ。


 これって明晰夢ってヤツ?

 あ、いや、あれって夢であることを自分自身が自覚しながら見ている夢のことだったっけ。


 ──それにしても、だ。


「これじゃ、またパジャマも洗濯……だな」


 そう独り言ちながら、汗だくになったパジャマを指でつまんだ。

 全く、今は冬だと言うのに。

 パジャマの替えの心配をしなきゃいけない羽目になるとは思わなかったよ。


 ふぅ。

 ため息をひとつつくと寝ぼけた頭を振って辺りを見回す。 



 そこは一人暮らしの古びたワンルームである。

 でもまあ、ワンルームと言えるほど洒落た作りではなくて。

 昔風に四畳半とか言ったほうがいいかもしれないようなところだけど。


 一応パソコンやテレビはあるけどそれだけって感じ。

 後は読みかけの雑誌や漫画が無造作に散らかっている。

 それだけの部屋だ。


 その部屋の隅に洗濯物が山積みになった一角がある。

 そこに向かって今着ていた汗だくのパジャマを投げ込んだ。



 でも……何て言うんだろう。

 最初にこの夢を見た時は、ちょっと驚きはしたものの、あんまり悪い気はしなかったんだよね。

 なんたって女の子を身を挺して助ける夢なんだからさ。


 夢だから一旦起きてしまえば、まあ、それはそれでおしまいだし。

 ここにいる自分にまで実際危害が加わるってわけじゃないしね。


 確かに夢の中では相応に痛かったけど……あいたたた!

 思い出してたら、何だかまた脇腹辺りが痛くなってきた気がする。

 ──その辺、毎回妙にリアルなんだよなぁ。


 それでもだ。

 いくら夢の中とはいえ、そうやって身を挺して自分が女の子を守る──だなんて。

 なんだかロマンを感じる展開じゃないですか!



 まあ、それもねー。

 ちょっと冷静になってみると、それはそれで僕らしくもない……とは、ちょっと思う。


 現実の世界の僕はと言えば……。

 女の子と付き合うなんてことはおろか、ほとんどしゃべったことすらないんだから。

 ここで生きてる僕自身は、そんな熱血漢みたいなあり方からは程遠い人生を送っているのだ。


「別に欲求不満のつもりはないんだけどなあ」


 今度は隣の友達にでも語り掛けるようにそうはっきり口に出して意識をはっきりさせる。

 僕は、そこでやっと寒い中でしゃきっと起き上がると、急いで服を着てから布団を窓際に干すため、ごそごそと作業を始めた。



   ◆◇◆◇◆



 僕の名前は谷山翔哉たにやましょうや

 西暦2000年4月10日生まれの19歳。

 浪人生……だった。


 その時まだ浪人は一年目ではあったんだけどさ。

 わざわざ浪人までしたのは、行きたい大学が特にあったから、じゃない。


 Fランの大学にわざわざ行くのも面倒臭かったし、僕としては大学への進学を特に望んでいたわけではなかったんだけど──でも親は「大学ぐらい行っておけ」って一点張りで……。

 近くにいると顔を合わせる度にやたらとうるさい。


 そんな訳で。

 取り敢えず浪人することにして、実家を出て一人暮らしを始めたというわけ。


 そうやってうるさい親とも一度距離をおいて。

 取り敢えずバイトでもしながら、その先のことはおいおい考えようと思いつつ……。


 気がついてみると──。

 結局、日々だらだらと気楽に生きていた、と。

 そういう顛末だったのですよ。


 まあ、それって今思うと。

 親に反発しているように見えて、結局流されていただけなのかもしれないけどね。



  ◆◇◆◇◆



「ショーヤ。お前次シフトいつだよ?」


 ファーストフードの大手ハンバーガーショップのバイト。

 安易ではあるけど……無難で定番だよね?


 そこでシフトの終了時間が近づいてきた時のことだ。

 そろそろ着替えて上がろうかなと思っていると突然後ろから肩を叩かれた。


 話しかけてきた彼は今井和樹いまいかずきという。

 このバイトを始めた時に知り合った。



 ──今頃になってこんなことを言ったら、もしかしたら和樹は傷つくかもしれないけどさ。

 和樹とはとりわけ仲が良かったって訳じゃないんだ。


 でも、よく話しはしていた。

 和樹の方からこうして一方的に絡まれることが多かったから……。



「僕は木金だから、また明日入るよ。その後は来年までお休みだね」


「じゃ、翔哉とは今年は今日で会うの最後なのか。俺は明日は休みだけど、その後にまた土日入ってるんだわ。かったりぃー!」



 まあ、僕だって来年まで休みって言っても、年末は実家に帰んなきゃいけないし、気楽ではないんだけどね……。

 和樹もどうやら僕と同じくお役御免の時間らしく、そのまま一緒にロッカーのほうまで移動する。


「なんだよ、それじゃお前明日はゴールデン花金ってヤツなのか~。ええのぉ~!」


 並んで歩きながら──。

 なんかまた和樹が変な造語を作って来たけど、ここは気にしないスタイルでいく。


「うん」


 そう一言返すだけで留めた。

 だってここで色々反応するとまた彼の話が長くなっちゃうでしょ?

 そんな感じで。

 最近はバイト仲間との他愛もない会話は、もはや完全に無意識でもこなせるようになっていた。


「まあ、花金がどうめでたいかどうかの前に、だ!」


 逃げ腰の僕に向かって、また和樹が新しい話題を振ってくる。


「ん?」


 僕はいつものようにそう軽く受け流そうとしたが──。

 そこで急に和樹のテンションが変わる。


「もっとめでたいことがあるだろー今日は!! クリスマスイブだぜー。イ・ブ~!」


 和樹はそう楽しそうに叫びながら、クリスマス仕様のコスチュームを脱ぎ始めた。

 加えてでっかいサンタ帽も。


 そうなんだよね。

 改めて思い出すまでもなく今日は12月24日。

 世間一般的にはお祭り騒ぎの特別な日なのである。



 そこで、お店の方もクリスマスらしい雰囲気を盛り上げようと、いつもとは違う飾り付けを施してイベントを行っていたみたいで……。

 だから何に対しても積極的に関わる姿勢の和樹は、自分から志願して男スタッフには必須じゃないサンタコスを今日一日着ていたのだ。


 僕はどうだったのかって?

 もちろん。

 何に対しても常に消極的な姿勢の僕は。

 ──いつも通りの平常運転です、はい。


「そうだったね。そう言えば今日ってクリスマスだったんだよね」


 あんまり興味が無さそうに僕はそう答える。

 その様子に和樹は大げさにずっこけて見せると不満げに眉根を寄せた。


「お前さー。いっつもテンション低いよなー。」


「うん、よく言われる」


 しかし僕がそれを受け流して、そのまま顔色も変えずにそう即答すると、和樹は呆れたように頭を垂れ、更にわざとらしく顔をしかめて見せた。


 そして──。

 僕に反応を求めることはもう諦めたのか、明後日の方を向くと今度はシュプレヒコールのように叫び始める。


「クリスマスイブにバイトに来てる時点でー、俺たちはもうー負け組だろー!」


 クリスマスイブねぇ。

 興味ないな……。


 少なくとも僕に関しては、今夜もケーキやチキンなど特別なものを食べるような予定はひとつも入っていない。

 だから、和樹が「おー!」とかノリの良い返しを期待しているのはわかっていたんだけど。


「そうかもねぇ」


 ため息をつきながら、そんな感じで適当に答えた。


「リア充どもは爆発しろー!!」


 僕に言って欲しかったらしいことをしょうがなく自分で叫ぶ和樹。


 だからいつも言ってるのに。

 僕にそんな「返し」を期待したって無駄だって。

 だいたい和樹は普段からちょっとテンション高すぎなんだと思う。


 ひとしきり吠え終わると、仕事終わりの着替えも一段落である。

 後は帰るだけだ。


「じゃ~来年になったら、また改めて連絡すっからな!」


 和樹は、今度は僕の首に手を回しながらそう言ってくる。

 これも割といつものことだ。


「うん」


「お前なぁー。一度でいいから少しは付き合えよなー!」



 そうなんだよね。

 和樹からは、何かある度に遊びに誘われてるんだけど。

 ──いつも断ってる。


 悪いけど興味が湧かないんだから仕方がないよね?



 和樹が凄く嫌いって訳じゃないんだよ?

 ただ特別好きでもないだけって言うか。

 まあ、僕にとっては周りみんながだいたいそんな感じなんだけど……。 


 でも気を使ってくれてるつもりなのか、僕の周りには友人らしき人達が一応いつも何人かはいる。

 だから僕がここで自分がぼっちだって主張しても、きっと周りからは否定されてしまうことになるんだろうけど。


 日本人っていうのは誰かが一人でいるのをどうしても嫌がる民族だって言うしさ。

 向こうからやってくる以上、もうそこのとこはもう諦めるしかなかったんだよね。


 ちょっと面倒臭いけど、その辺りはそれっぽく付き合うことにして。

 ここまでの人生、一応普通っぽいフリをして、ここまで無難に生きてきたんだ。

 ちょっとテンションは普段から低めだけどさ。


「じゃ~ショーヤ。お前と次に会う時はもう来年か~!」


「2020年だね」


「オリンピックイヤーだからなー!」



 またそこで力が入る和樹。



「うん」



 短く受け流す僕。

 いつも通りのやり取り。



「でもよー! お前でも少しはワクワクしてくんじゃね? 東京での地元開催のオリンピック! すげーじゃん!! くぅー燃えてくる~っての!!」


「そうだね」



 ため息まじりにそう一言だけ返した。



 そして僕は心の中で独り呟く。

 無駄だよ、和樹。


 そうやって何度トライされても無駄なんだ。

 いつもこうなっちゃうんだ。

 僕はこの世界に興味を抱くことができない。

 これはもう……運命なんだよ。



 お前、相槌を打つならもうちょっと調子くらい合わせろよ~とか何とか……。

 またひとしきり和樹に絡まれた後。



「じゃーな、ショーヤ。今度カラオケ付き合えよー!」


「またね」



 こうして僕らは別れた。

 それがまさかもう二度と会えないガチのお別れになってしまうとは……。

 その時の僕も流石に思わなかったわけなんだけど──。



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