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18 話 レゾナンス症状

 帰りはみんなで駅までゾロゾロと歩くことになった。

 他のみんなもだいたいいつも家から電車で通勤しているらしいのだ。


 この世界は、一度更地になったところから綿密な都市計画によってインフラが再整備されたため、一部の観光用途などを除いてバスは運行されていない。

 不便な場所を回って人を拾っていくような、いわゆる乗り合いの路線バスは必要ないのだ。


 自家用車も基本レジャーや個人ユースがほとんどとのことである。


 そして、電車がほとんどの住宅地のごく近くから、職場街近くまできっちり整備されており、これを利用することで働く人達は日中の勤務にしっかり集中できる……という。

 そういう認識になっている。


 まあ、僕が元いた世界でも東京とか大阪とか都市部になればなるほど、それと似たような感じで電車の依存度は上がっていたと思うし……それがより密集して極端になった感じなのかな?


 そんな訳で、この世界の仕事人は少数の例外を除いて、概ねみんな電車通勤なのである。



 そうしてパーティーの後、僕達がほろ酔い気分で思い思いにダベりながら、みんなで駅前の広いスクランブル交差点辺りまでやってくると──。

 その近くで殴り合いをしている何人かの人達に遭遇した。


 酔っぱらいだろうか?

 僕も一瞬そう思ったのだが、それにしては少し様子がおかしい。



 みんながみんな歯を剥き出して、意味不明な暴言らしきものを叫びながら、何度も何度も互いにぶつかっている様はまるで動物みたいで……。

ちょっと病的な感じがしたのだ。


 血も……あちこち出てるみたい。



 誰も止めに入らないのかな?

 ……そう不思議に思いながら。

 僕が暗くてよく見えない現場を、もっとよく見ようと乗り出し気味になっていると、高野さんがさっと間に割って入ってきてくれた。


 横から清水さんにも手を引っ張られる。



「翔哉君はこっちに来たほうがいい」



 その清水さんの声も緊張気味だった。

 高野さんもそれにすぐ同意する。

 その様子は、いつものようにのんびりした雰囲気ではないようだ。



「レゾナンス症状が出てるな」



 その時、僕の横にいる清水さんが何かよくわからない単語を口にする。

 レゾナ……何だろ?



「それってヤバイ奴じゃないっすか!」



 しかし僕以外のみんなはその単語を知ってるみたいで、さっきまで酔ってクダをまいていた柴崎さんも、それを聞いて一気に酔いが醒めたようだ。



「ショーヤ君はこっち!」



 安原さんもかなり緊張して顔が引きつっている。


 また声が震えているのも寒さのせいだけじゃないみたいだったが、それよりも驚いたのは彼女が女性の自分よりも、僕のほうをより現場から遠くへと引っ張ろうとしているように思えたことだ。



「あ……あの安原さん?」



 僕よりも女性の安原さんや篠原さんを先に遠ざけたほうがいいんじゃ?

 そう思っていると、安原さんがこんなことを言い出した。



「あのレゾナンス症状って言うのを発症した人達って、異世界から来た人間を優先的に襲う習性があるって聞いたことがあるの!」



 ヒソヒソとそんなことを言う安原さん。

 レゾナンス症状……?

 さっき清水さんもそんなこと言ってたな。



「それってマジなんですか」


「マジ!!」



 それって僕が一番危ないってこと?

 掲示板のオカルトネタじゃなくって?

 半信半疑ながらも取り敢えず走って逃げる。


 そして僕達はバタバタとそれぞれ駅の構内へと逃げ込んでいった。


 みんなはそれぞれに息を切らしている。

 その後しばらくは静かに様子を伺ってみたが……どうやら追ってきたりはされていないみたいだ。


 それを確認すると、やっとみんなはホッと一息ついた感じになった。



 僕としては、町中でたまたま酔っ払いの喧嘩に遭遇しただけで、なんでこんなにみんな慌ててるんだろうって、まだちょっと思ってはいたんだけど……。


 それでも僕はまだあまりこの世界の事情をわかっていない訳で。

 こういう時はみんなに従っておいた方がいいと思ったのは確かだ。



「やっべー。レゾ野郎に遭遇するとかマジ今日は厄日っすね!」



 息が整ってくると、まず柴崎さんがそう言って毒づく。



「そうだった。翔哉君にはこれは最初に警告しとかなきゃいけないことだったかもね~」



 高野さんが僕に近づいてくる。

 その顔を見ると少し落ち着きを取り戻してきたようだ。

 そして、真顔でこう聞かれた。



「翔哉君はレゾナンス症状患者って聞いたことある?」


「い、いえ。全然……」



 もちろん僕には何のことやらさっぱりわからない。



「やっぱりか」



 清水さんが頷く。

 さっきの僕のそぶりから予想がついていたらしい。



「翔哉君には、一度しっかり教えてあげておいたほうがいいわね」



 すると篠原さんまでが、僕の近くまで来ると真剣な表情でそう同意した。



「あいつらにはどこで出会うかわからないからね~」



 それに高野さんも真剣に頷くと、説明するべく考えを巡らせ始めた。

 こうして僕たちは、駅の広いエントランス中程まで一旦入ったところで、立ち話を始めることになったのである。



  ◆◇◆◇◆



 高野さんが話し出す。



「今の時代になっても、この世界には前の戦争から続く社会問題がまだいくつか残っている。その1つがレゾナンス症状という後遺症の問題なんだ」


「後遺症……ですか?」


「そう。これは当時はまだわかっていなかったことなんだけど、当時使われた新型の電磁波ミサイルの高周波の電磁波を直接浴びた人達の中から、後になって電磁波によって脳に変調をきたした人達が出てきたらしいんだ」



 脳に変調をきたす?

 なにそれ怖い!



「直接浴びた人達なわけだから、現時点で24歳以下の人達は事実上セーフなんだけど、それ以上の年齢の人達で当時の東京近辺に住んでいた人達には、その後も発症する可能性がずっとあるそうなんだよね……」


「発症するとどうなるんですか?」



 そう聞いてみる。

 これには清水さんが応えてくれた。



「さっきみたいになるのさ。具体的には発作のような症状を示して、理性が無くなったような状態になるらしい。それから周りの人間に対して攻撃的な敵意を見せるようになる……でしたか?」



 そう清水さんが高野さんに振るとまた高野さんが答える。



「そういうことらしいよ? それから異世界から来た人間が周りにいる場合、理由もなく優先的に襲いかかられる可能性が高い……そういう統計も実はあるらしいんだ」



 それって安原さんのオカルトネタって訳じゃなかったんだ。



「どうしてなんですか?」



 そう聞いた僕に高野さんは首を横に振った。



「それは……トリガーも含めて、まだわかってないんじゃなかったかな?」



 そうなのか……。

 清水さんも思案顔だったがやがてこう言った。



「俺も理由は聞いたことが無いですね。ただ英語圏でも猛威を奮っていて、異世界人達の集まったパーティー会場に乱入して何人も惨殺されたり、通り魔みたいに刺されたりするのでストレンジャーキラーとか呼ばれて恐れられているとか……そういう噂は聞いたことがありますね」



 そんな話をしていると──



「もう疲れちゃった~、そろそろ帰りましょ~よ~……」



 安原さんが、へたり込みそうになっていた。

 するとそこにどこからか身なりのいい男の人が、サッと安原さんの側にやって来て、手際良く肩を貸すように彼女を支えたのだ。


 その男の人は高野さんと目配せするように頷きあうと、ヘロヘロの安原さんを連れてその場から素早く退場した。

 見ていると駅の外に待たせてある黒塗りの車へと向かったようだ。


 一見すると拉致!?

 みたいなシチュエーションなのだが、すぐに清水さんが「心配ない」とそっと教えてくれた。

 安原さんはどうやらあるお金持ちのところのお嬢さんらしく、時々どこからともなくSPのような人達がやって助けてくれるとのことである。


 安原さんって、確かに何だか浮世離れしてるような感じには見えてはいたんだけど、そういう身分の人だったとは……。



「せっかく料理めちゃくちゃ美味かったのに、最後にレゾ野郎のせいでぜーんぶぶち壊されちまったじゃん!」



 そう吐き捨てる柴崎さん。



「じゃあ、そろそろ帰る?」



 篠原さんも疲れたようにため息をついてそう言う。

 すると、それを受けるように高野さんが宣言した。



「それじゃ~ここらでお開きにしますか~!」


「了解」


「さんせーい」



 こうして、やっと出勤初日の長い一日が終わることになったのである。



 電車に乗ると……みんなは比較的銀座街区の近くの駅に住んでるみたいで、挨拶しながら次々と降りていく。

 これは職場に定着できそうな情勢になると、みんな近くに引っ越して来るかららしいのだが。


 まあ、それもそうか。



 そんな訳で。

 僕は最後には独りになって、終点近くの配置局前駅まで辿り着いていた。

 電車内は先へ行けば行くほど乗客も無口になっていくし、駅内も町中も繁華街方面に比べれば死んだように静かである。


 その違いは、一日繁華街地域にいただけなのに、もう別世界のように感じてしまうほどで……その要因は街並みの賑やかさや行き来する人の数のせいだけではないような気がした。



   ◆◇◆◇◆



 途中の無人コンビニで少し買い物だけすると、僕はそのまま部屋に帰った。


 今日は月曜日。

 当然明日も出勤なのだ。

 別れ際に高野さんからも「明日は遅れないようにね~」と釘を刺されている。


 だからすぐにも眠りたかったのだが、敢えて僕はそこからパソコンをつけて、リリスを呼び出すことにしたんだ。

 あの最後の騒動の時に聞いた「レゾナンス症状」とかっていうのだけは、すぐに少しでも調べておいたほうがいいと思ったからである。


 異世界から来た人間に対しては特に危険になるとか……そういう話もあるみたいだし、今日みたいなのに次はいつ遭遇するかもしれないわけで。

 とても他人事とは思えなかったのだ。



 まずはリリスに聞いてみる。



「リリス。レゾナンス症状について教えてくれてもいいかな?」


「レゾナンス症状は、第三次世界大戦時の電磁波兵器による影響で脳に障害が起きた男女が日常生活の途上で発作的に周りの人間を襲う時の症状をいいます」



 だいたいさっき聞いた説明と同じだな。

 次は──。



「症状が出るトリガーとかきっかけとかはわかってるの? もう少し成り立ちというか、詳しく聞くことはできるかな?」


「それらについて、あまり詳しい説明は許可されておりません」



 やっぱり……か。



「異世界から来た人間により優先的に襲いかかるっていうのは?」



 リリスは今は異世界から来た人間用に調整されてるんだから……こういう情報は少しは教えてくれるんじゃないだろうか?

 そう思って一応聞いてみる。



「レゾナンス発作が起きた時に、周りに異世界から来た人間がいる確率とそれが偶然かどうかという問題は存在しますが……」



 リリスはそう前置きした後。



「異世界から転移した人間が多く被害に遭っていることは事実であり、死亡事件に発展することも統計的には多いことが知られています」



 なるほど……。

 それじゃ、やっぱり気をつけたほうがいいのは確かなんだ。



「これってインターネットとかで僕が調べたりする分には問題ないんだよね?」



 一応確認する。



「問題ありません。私に掛かっている情報出力に対する制限は、私のビッグデータへのアクセスに関するものであり、使用者の自発的な知的興味を何ら限定するものではありません」



 それじゃ、後は自分で調べるしかない……か。

 そう観念してパソコンに向かう。

 ネットで検索すると、すぐに様々な解説やまとめページが出てきた。



「第三次世界大戦以降、ある一定の人達が突然発作のように人格崩壊を起こして人を襲う事件が多発。当初は戦時のストレスによる鬱病の悪化の症例として片付けられていたが、事件後もその時の記憶が本人たちに残っていないこと。またある一定の間だけ攻撃的な人格になるものの、その後はまた元の人格に戻ることなどから、特別な対策が必要との判断に基づき研究機関『ゲヒルン』が立ち上げられた」



 なるほどね。



「その後『ゲヒルン』にて研究が進められた結果、年々発作を起こす年齢層が正比例的に上がってきていることや、発作を起こした時の特殊な意識状態などから、これが電磁波刺激による脳の一部の損壊が原因であるとの見解が示される。更にその後の統計などで西暦年代以降に生まれた人間からは同様の症状がまったく出ていないことが確認されたことで、その後は第三次世界大戦時の電磁波兵器による後遺症であることが今では確実視されている」



 脳が壊れるって……一体何があったんだよ。

 この第三次世界大戦って何気にとんでもないことやってたのかもなー。


 それからトリガーに関しては……。

 今日はそこまで調べたら寝ようと思ってキーボードを叩いたのだが。


 『何をきっかけに発作が起こるかはまだはっきりと特定されていない』


 という短い言及しか出てこなかった。

 ──つまり不明ということだ。



 他にも「テロリストの生き残りによるレジスタンス活動だ」とか「宇宙人からの精神乗っ取りだ」なんていう怪しげな情報もネットには飛び交っていたが、その辺はちょっとスルーである。


 安原さんとかはオカルト板に常駐してるって言ってたな。

 こういうのが好きなんだろうか?



 調べていると──他にも異世界から来た人間がこのレゾナンス症状を発症した患者に襲われた事例とか、異世界から来たと言われる人間には他にどんな人達がいるのか……とか色々興味深いことは出てきていたんだけど、流石に僕の体がもう起きていられそうになかった。


 今日はこの辺までにしておくことにする。


 僕は手早くシャワーを浴びた後、明日の朝6時にアラームしてくれるようリリスに頼むと、そのまま寝間着に着替えてベッドへ潜り込む。


 もうダメだ。

 いつかのように、また頭がスポンジになってる。


 前の世界でサボっていたツケなのか、最近は疲れて寝落ち的なのが多いよなー……なんて思いながら、僕は眠りに吸い込まれていった。

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