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17 話 存在しないはずの時空

 贅を尽くした料理を頂きながら談笑って流れが一段落してきたところで──。



「ところで、翔哉君はどうしてこの業界に来ることにしたんだい?」



 そう清水さんに尋ねられた。



「僕……ですか?」



 僕なんかは基本バイトしか経験のない浪人生。

 これまでも何の技能も磨いたこともない未熟者。


 この業界を選んだ理由も『それが無難だろう』的な、かなーり意識の低い浅はかな考えによってのものだった訳で……。

 その上ついさっき篠原さんのきらびやかな経歴を聞いた後ともなれば、余計話すのに引け目を感じてしまう。



「そうそう! 異世界から来たんでしょ! どんなとこだったの? 来てからどうだった?」



 安原さんは異世界というパワーワードに興味津々らしい。



「今まで異世界から来た人達ってみんな西暦年代から来たっていうよね?」


「そうなの? 昔の世界?」


「ちょっと歴史が違うらしいぜ?」



 その楽しそうな安原さんの声が、それぞれ雑談をしていたみんなの耳にも届いたらしく、そこからはワイワイ自分なりの異世界についての知識を披露しつつ……みんなの興味が次第にこっちへと集まってきてしまった。


 き、緊張するなあ。

 しょうがないので、まず自分が来た年代くらいから話すことにしようかな?

 それくらいの話題が一番無難だろうと思ってのことだったのだが──。



「僕は……西暦2019年から来たんですけど……」



 僕がまずそう言うと、みんなの顔色が一斉に変わったように思えた。


 ん?

 どうかした?



「え……?」


「2019年?」


「そんな時空存在するのか?」


「ホントに!?」



 あの……。

 まるでなんか地雷踏んたみたいにドン引きされてるみたいなんですけど!

 それは一体どういう反応なんでしょうか???


 僕はさっぱりわからない。



「あの……2019年が何かおかしいですか?」



 針のむしろのような気分を味わいながらなんとかそう聞いてみる。

 高野さんが噛んで含めるように説明してくれた。



「えーと~翔哉君はこの世界の歴史を~ちょっとは知ってるかな~?」


「え、ええ……調べましたけど……少しは……」



 しどろもどろである。

 僕にはさっぱり話が見えないのだ。



「西暦って2016年までだろーよ?」



 今度は柴崎さんが少し挑発するような感じで突っかかってくる。



「はい。その年に地球暦になったってのは冊子で読みました……けど?」



 僕にはみんながどうしてこんなにムキになっているのかが、そもそもよくわからないのだ。

 何を聞かれているのか、何を言えばいいのか、見当もつかない。


 その僕の当惑ぶりを気の毒に思ったのか、今度は清水さんが考え考え言葉を選びながら説明してくれる。



「いやさ。数年くらい前から異世界からの人間が時々漂着してるっていうのはニュースでもやってるんだよ」


「どのくらいの人数なんですか?」


「よくわからんが全世界でも数百人程度なんじゃない?」



 そう清水さんが答えると柴崎さんが即ツッコミを入れる。



「えー。そんなにレアじゃないっしょ!」



 それに安原さんが絡んでくる。



「私3800人って聞いたよ~♪」


「それどこのソースだよ」


「ネット掲示板~☆」


「オカルトオタ安原の怪情報はあてにならん!」


「え~!!」



 安原さん……オカルト好きなのか。

 いずれにせよその辺は諸説あるってことなのかな?



「いや、問題は実はそこじゃないんだ」



 清水さんが話を戻してくれる。



「はい?」



 問題はそこじゃない?

 何のことだろう。

 僕にはやっぱりよくわからない。


 そんな僕の顔色を確かめながら、清水さんは次にこう言ったんだ。



「公式の発表だと確か……この世界で西暦が存在する2016年以降から来た異世界転移者は、これまでいなかったはず……なんだけど……」


「え……?」



 いない?

 そうなの?



「ん~僕も大学の講義でそう聞いた~」



 そこに高野さんも参戦してくる。



「そう言えば高野さんの専攻って人文でしたっけ?」



 清水さんが更に真面目な顔になって高野さんに確認する。



「そうだよ~」


「それじゃ、やっぱり公式には確かにそうなってるわけだ……」



 二人で深刻な感じになってるようだ。

 こうなると、僕もなんだか悪いことをしちゃったような気がしてくる。


 そこに安原さんがはっちゃけた感じでやってきた。



「わかった~ショーヤちゃんは~~」



 えーと、ショーヤちゃん……ですか、安原さん。

 っていうか、首根っこに抱きつくのはやめて下さい……うわ、酒臭い!



「歴史世界のアウトローからやってきた~正義の味方だったのだ~~~!!!」



 そうハイテンションで叫ぶと、にゃははははは、とか猫族のようになって笑い転げていた。

 ──どうやらお酒が回ってきたらしい。



 いや、それだけは絶対ないですって、安原さん!



   ◆◇◆◇◆



 だいぶ脱線してしまったので話を戻すことにする。



「えっと……僕がどうしてこの業界を希望したのか? でしたっけ」


「そうそう。そうだった」



 清水さんも話に戻ってきてくれた。

 最初は話が横道にそれたほうがありがたいかなーと思っていたのだが、これぞヤブから蛇って奴で……。

 話がこっちに戻ってくると逆にほっとする。



「いや、僕はなんか軽い気持ちで決めちゃったんですよね……」



 と、この世界に来てからのテンヤワンヤを少し話す。



「そういう意味ですぐに働くことができたのは嬉しいんですけど。聞いていると働いている皆さんの意識がすごく高いみたいなんで……僕なんかでよかったのかなって」



 はい。

 すごい話をいっぱい聞いちゃった後で、正直ちょっと自信無くしてます。



「いや、その辺は全然問題ないと思うよ~翔哉君~!」



 後ろから肩をバンバンと叩かれる。

 振り向くと高野さんだった。

 高野さんもだんだんお酒が回ってきて、いつも以上にテンションが高くなってきている。


 そしてさっきの安原さん以来、僕の呼び方が『翔哉くん』でみんなの間に定着しつつあるみたいである。


 清水さんも僕の肩に手を乗せて話し始める。



「今の時代っていうのか、この世界はって君には言ったほうが良いのかな? 最初に職に就くのは比較的簡単なんだよ」



 だから、浅い社会経験は誰にだって積める。

 希望によっては異業種も色々とかじれるということなんだそうで──。



「でもそこからが大変なんだ。その環境で自分の力を示していかなくては、その後も継続してその職場に定着するのは難しいんだよ」



 そういうことか。



「ま~逆に言えばね~。問題になるのはそれだけって言えば、それだけなんだけどね~」



 と高野さん。



「翔哉君がこの先もこの業界そしてこの店でずっと継続してやっていきたいか。そこがポイントになるんだと思うんだ~」



 清水さんもそれを聞いてうんうんと頷く。



「ずっと定着したい。そう思うのなら相応に研鑽は積んだほうがいい。まあ、僕から言えるのはそれだけかな」



 それでみんなそれぞれ自分なりに一生懸命なんだな。


 そんな話をしてたこともあってか、ちょっと酔いも落ち着いて来たらしい高野さんが、今度は珍しく真面目な顔でこんな話をしてくれた。



「今の社会体制って、基本人間が足りなくなっても、何とか稼働できるように整備されているそうなんだよね~。最低限の生活費は毎月振り込まれるし、僕達は最悪働かなくても生きては行ける──というわけさ。でもそれが何を意味するかわかるかい?」



 その顔は、いつものおちゃらけた高野さんからは、想像できないくらい知的に見える。

 いや、僕も最初は高野さんが随分と軽いノリなのが見かけからすると意外だったくらいなんだから、むしろこの方がこの人らしいのかもしれない。



「それはつまり、生きるために一人一人に職業を与えておかなければならない義務や必要性が、その社会には全く存在しないってことさ。これって継続して働きたい人達にとってはかなり厳しい現実だとは思わないか?」



 つまり、職場に不要な人材を雇っておく意義が、人道的にも合理的にも全く存在しないってこと……か。



「それは……厳しいかもしれない……ですね」



 僕は答える。

 横から清水さんも口を挟んでくる。



「もちろんチャンスはいつでも与えられるんだよ? でも社会はいつまでも待ってはくれないんだ。成長が見込めないと査定された人材は、すぐにもポイされてしまうという訳なんだよ」



 そう言う清水さん自身も、明日は我が身と言わんばかりの神妙な口調である。


 それってつまり働かなくても生きていける世界を作ったら、逆に働ける人は超エリートって社会が生まれてしまったってことになるのかな。


 なるほど。


 ベーシックインカムが導入されても、職場が緊張感に満ちているのはそういう理由があったわけだ……。



「それだけに俺はあの人形が許せないんっすよー!」



 柴崎さんが思い出したようにそう言い出した。

 人形……つまりエルのことらしい。



「ロボットが俺達のライバルとは言わないっすけど……」


「そりゃそうだろう」



 清水さんが同意した後、篠原さんが補足する。



「ロボットやレイバノイドは人手が足りないところに配置されるし、人手が足りたら撤去されるものだからね」



 それを受けて柴崎さんは更にヒートアップしてこう口にした。



「でも、そのロボット風情に仕事の邪魔をされたんじゃ、真剣にやってる俺達ゃ堪んないっつーの!」


「 … … … 」



 そしてこの沈黙。

 周りも柴崎さんとは多少の温度差はあるにしろ、概ね同様の意見ではあるようである。



「でーもー。店長さんが頼まれたんでしょ~。しばらく面倒見てくれって~。それじゃ~しょうがないんじゃないのよ~?」



 酔いが覚めてきたらしい安原さんは少し気だるそうだ。



「まあ、僕達の査定に直接響くことはないじゃないかな~?」



 高野さんもこんな感じ。



「だいたいこの店の親会社自体が綾雅グループ繋がりだしな」



 これは清水さんである。


 そう言えば……。

 店長さんから貰った名刺に綾雅商事って会社名が書いてあったよな。


 その辺の事情については、高野さんと清水さんが代わる代わる色々と教えてくれた。


 まとめると、第三次世界大戦後にソフトウェアとしてのAI方面とハードウェアとしてのロボティクス関連で、大きく事業規模を拡大した綾雅グループというコンツェルンの一部門が、僕たちのお店レストラン『エルドラド』を経営しているということなんだそうだ。



「飯田店長と綾雅技研のレイバノイド事業部の部長は、昔からの知り合いらしいからね~」


「そんなの癒着じゃないっすか癒着~。組織の腐敗っすよ~!」



 そう続ける高野さんに噛み付く柴崎さん。



「エル……には、人間のような感情があるみたいでしたよね?」



 僕はそう話を振ってみる。



「そうらしいな」



 清水さんの言葉にみんなも頷いている。

 どうやらそれはみんなに知られてはいるらしい。



「そこがまたムカつくんっすよ。なにがエモーショナル回路っすか。そんないい加減なもんくっつけて仕事の能率が下がったら本末転倒じゃないっすか!」



 そっか……。

 ちょっとわかるような気がしてきた。

 それで柴崎さんはエルに辛くあたるわけだ。



「それにエモーショナル回路っつったって、所詮電気信号で作り出したまがい物な訳でしょ? それもわざわざ失敗を作り出すだけの代物だなんて、欠陥品もいいとこじゃないっすか!」



 お酒が入ってエスカレートしているのか柴崎さんが止まらない。


 しかしまあ、エルに「お前のはまがい物の心だ」って言い放って傷つけたのは、これは柴崎さんってことで決まりみたいだな……。

 それでもここまで彼の心情を聞いてしまうと、僕もそんな柴崎さんを責める気にはなれなかった。


 みんな自分の居場所を守るのに必死なだけなんだ。



「あんなの早く見切りをつけて突っ返しちゃったほうが良いんっすよ。そうでしょう!?」



 それにしても柴崎さん。

 お酒が回ってきたのか少し癇癪気味になってきているような……声も裏返ってるし。



「ほらほら、落ち着けよ柴崎。気持ちはわかるがあんまり派手にやりすぎるなよ。どうせモニターされてるんだろうからな」



 水を勧めながら、そんな柴崎さんをなだめる清水さん。


 柴崎さんは取り分け仕事の能率を重んじる人のようだし、そういう観点からなら僕だってその気持ちは理解できなくもないのだ。

 こういう待ったなしの仕事場においては、放っておけないだなんていう僕の価値観の方が、感傷的で甘ちゃんなのかもしれないとさえ思えてきてしまう。



 それでもエルは……。

 倉庫で一人で泣いていた彼女の姿が僕の頭をよぎる。


 僕は考え込んでしまった。

 きっとこれは議論を始めてもしょうがないことなんだろう。

 この社会にはこの社会なりの事情があるってことなんだ。


 僕だってエルのことはできるだけ守ってあげたい。

 その気持ちは今でも変わってはいないんだけど。

 でも何とか擁護しようにも、こうまで言われてしまっては、返す言葉もない……か。


 前途は多難かもしれないな──。

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