14 話 作りモノの心
【エルドラドの人達】
開店時間の10時になった。
するとすぐにポツポツとお客さんが入ってくる。
時間を見計らって来ました、という勝手知ったる感じである。
その振る舞いからひと目で「ああ、常連さんなんだな」とわかる。
「いらっしゃいませー!」
タイミングを合わせて店にいる全員が唱和した。
それにもびっくりしてしまう。
こっちの世界に来てからは、こういうのは初めてだったからだ。
これまでの2週間この世界で暮らしているうちに、僕だってレストランには多少行ったことがある。
でも家の近くだけだったこともあり、それらは基本どれも無人店だったのだ。
入店しても電子音。
テーブルからタッチモニターで注文。
奥からロボットが配膳。
そういうお店である。
「いらっしゃいませー♪ いつもありがとうございまーす!」
フロア担当の女の子、安原さんの明るい声が店内に響く。
「おう! 安ちゃんの声を聞かないと一日が始まんないよー」
お客さんも……なんかノリが軽い。
「まーたー。おだてても何にも出ませんよ?」
「注文品は出してよね」
「はいはい☆」
それに対してエルドラドではこんな調子である。
ある意味、前までいた世界ではこういう感じのほうが見慣れた光景だったはずなのに、たった2週間で僕の常識は書き換わってしまっていたようで……。
最初のうちは、うわーずいぶん騒がしいなー、とか思ってしまったくらいだ。
人間慣れって怖いなー。
なんてことを思っている間に、すぐに次は一度に3組が来客する。
厨房にもどんどんオーダーが入ってきて忙しくなってきた。
「ホットツーで~す。その後きっといつもの~」
「はーい」
「モーニングBセット、ミルクティーでよろしく。それからエッグはレアで」
「あいよー」
俄然賑やかになる。
それにつれて、僕は邪魔にならないように、部屋の端っこに寄っていく。
すると奥の流しの脇で、エルがジャガイモの皮を剥いているのが目に入った。
食材の仕込み……なのかな?
でもさっきもだが、そこにまた違和感を感じてしまう。
可愛い女の子のアンドロイドが、メイド服のようなおしゃれな制服を着ているにもかかわらず──やってる仕事がジャガイモの皮むきって。
それはそれでやっぱり間違ってるような気がするでしょ?
エルってはっきり言って美人だし、表情も自然で声も可愛いんだから、フロアの接客をやってもいいと思うんだけどなあ。
さっきの柴崎さんの態度といい、その辺がやっぱりちょっと引っかかるのだ。
──何か彼女に問題でもあるんだろうか?
こんな感じで。
僕はというと、あれからどうにも彼女──エルが気になって仕方がない。
なので、チラチラとエルのほうを伺いながら店の中を観察することになる。
お昼が近づくにつれてだんだんと店内は混んできた。
それにつれて厨房内も流石に殺気立っていく感じである。
食事の注文の割合も増えていくので、ますますバタバタとしてきているのだ。
僕は今日はフロア──つまり客席のほうに接客に出ることはないとのことなので予備の厨房服を貸してもらい、それを着て厨房内からみんなの仕事ぶりの見学を続けていた。
そうすると。
やはり厨房内の二人の手際が自然に目に入ってくる訳で──。
しかも忙しくなってくればくるほど、これがかなりレベルが高く意識も高いみたいな感じが際立ってくるのだ。
簡単な注文は柴崎さんが手際よく捌いていくし、篠原さんはその近くで見事な包丁さばきを見せている。
彼女はどうやらランチのメインディッシュを仕込んでいるらしい。
素人目にもその調理技術は卓越しているように見えた。
何というか──とんでもないぞこの人って感じのオーラを、体からプンプン発しているような……そんな気がするほどなのである。
隣で仕事をしている柴崎さんも十分に腕が良い感じがするし、職人としての能力が高いのは伺い知れるのだが、この篠原さんに関しては……なんというか、それ以上という言葉では足りないくらいで。
一切無駄が無いその動きと、素晴らしい手際を眺めていると、彼女が髪を短く切り揃えているとは言え、まだ30代そこそこの若さを残した女性であることを忘れてしまうほどに、その技術は洗練されているように思えた。
一人一人の仕事を観察するのに慣れて来ると、今度は個々の動きだけでなく誰と誰がからんで、どのような流れで作業が進んでいくかがだんだん見えてくる。
フロアの方でも、みんなが目で合図をしながらマークを受け渡し合うように、忙しい中お客さんをチームワークで捌いているのが見えてはいたのだが……。
そこでも僕はやっぱり厨房の二人の動きから目が話せなくなっていた。
時に横に並んだり、そこから前後関係になったりと位置取りを変えながら、近くでコンビを組んで動いている篠原さんと柴崎さんは、その連携も惚れ惚れするほどだったのだ。
「シノさんこれ」
「OK」
「できたわ」
「ありっす」
そしてすぐさま。
「次こっち」
「オケっす」
主導権が二人の間で刻々と入れ替わりながら、テキパキとオーダーを仕上げていく。
その上、同時進行で仕込みも行っているようなのである。
「柴崎、これちょっと塩足りない」
「はい」
「こっちは少し状態がゆるいわ」
「了解っす」
どうやらチェックは、全て篠原さんが行っているらしい。
味付けを始めとして、仕込みや全ての食材の状態チェックもである。
そこからは、篠原さんは調理技術や手際だけではなく、味覚や料理センスなんかも、柴崎さんよりずっと上なんだということがわかる。
「すごいな……篠原さん……」
二人のテンションに気圧されながら思わずそう呟くと、その僕の声をそれを聞き逃さない人がいた。
リーダーの高野さんである。
「そりゃ~そうさ~。何しろ彼女は料理オリンピックのオールジャパン代表にも選ばれている現役バリバリの日本代表料理人なんだからさ~。この店がこうしてやっていけるのも彼女のおかげってわけ! わっかるかな~翔哉く~ん」
そ、そんなに凄いヒトだったのか篠原さん。
この世界には料理オリンピックなんてものがあるのかとか、色々ツッコミどころは満載な気がするんだけど、その一言で篠原さんが身内だけでなく対外的にも半端なく凄い人なのはわかった気がする。
「そこ。変なことを新人に吹き込まない!」
既に十分に忙しい状況なのに、こちらの会話を篠原さんも聞いていたのか、すかさず鋭いツッコミが入る。
「はいはい~」
軽く首を竦める高野さん。
「私は自分の役割をきっちりこなそうと思っているだけよ。お店っていうのは、それぞれのクルーが自分の役割をしっかり果たしていけば、それだけで上手く回っていくものなの」
「は~い。いつもの姉御のテンプレ回収しました~」
高野さんってこういうキャラだったのか。
知的な外見だったので、そのギャップにちょっと意外な気がした。
「テンプレテンプレ言わないの!」
そんな彼に更に釘を刺す篠原さんである。
そこに食器を片付けて来た清水さんが合いの手を入れる。
「わかってるよ。これはテンプレじゃない、仕事の基本だ。だろ?」
厨房にドッとみんなの笑い声があがる。
でもそれも一瞬で。
またみんなすぐそれぞれの役割に散っていくのだ。
みんななんかすごい。
正にプロの仕事って感じでカッコよかった。
時計を見るともう12時前である。
更に店内はテンションが上り、ますます忙しくなってきた。
◆◇◆◇◆
ふと横をの方を見ると──。
いつのまにか洗い場には旧態然としたいかにもロボット風の人型機械が2体やってきて洗い物をしていた。
こんなアナクロなロボットがこの店にもやっぱりいたんだ。
洗い場のロボットは器用に指が付いた金属の手でスポンジを操って、食器をきれいに洗っていく。
そしてもう一体はそれを拭いて片付けているようだ。
あれ? そう言えばエル──は?
そう気がついて目で探していくと、エルが一人店の前に出ていって掃除をしているのが、入口の透明なドアを隔てた向こう側に見えた。
「こんにちはー」
……と周りに声掛けもしているようなんだけど、通行人たちはほとんどが無視である。
露骨に嫌な顔をして避けるヒトもいるようである。
すると──店内から一人そっちへ駆け出した。
あ、清水さんがそれを見つけて慌てて連れ戻しに行ったみたい。
店内に呼び戻されてるようだ。
うーん……彼女だけ何だか浮いているみたいだなあ。
「ちっ、あいつまた!」
それが目に入ったらしく柴崎さんが舌打ちをしている。
「……仕事の邪魔ばっかしやがって、あの出来損ないが!」
厨房の隅にいた僕は、彼がそう小声で毒づいたのが聞こえてしまった。
腹の虫が収まらないのか、落ち込んだ感じで奥に入っていくエルに柴崎さんが追い打ちをかけるように怒鳴る。
「お前は向こう行ってろ。この欠陥品!」
「す、すみません……!」
エルはその声に従うように、そのまま厨房の奥へと消えていった。
しばらく厨房付近に気まずい雰囲気が漂う。
僕はなんだかいたたまれない気持ちになって腰を浮かせた。
まだ店内は慌ただしい感じが続いているしちょっと悪い気もしたのだが。
「あの……トイレに行ってきてもいいですか?」
控えめにそう聞くと、僕はちょっと席を外すことにした。
「あ。スタッフ用のお手洗いはこっちの奥だよ~☆」
たまたますぐ側にいた安原さんが教えてくれる。
そしてそそくさとそちらに向かおうとする僕に──
「ラッシュ時の厨房なんていつもこんな感じだからね~。あんまり気にしちゃ駄目だよっ☆」
そう小声で耳打ちしてくれた。
いい人だな。
僕もそんな彼女ににっこり笑顔を返して心の中で感謝する。
ありがとうございます、安原さん!
トイレは厨房の奥のオフィスからちょっと更に入ったところにあった。
手早く用を済ませて出てくる。
こっちって、さっきエルが入っていった方だよな?
そう思いながら一旦オフィスのほうに戻って来ると、もう一方の奥にある倉庫のほうから何か物音が聞こえたような気がした。
あれ……まだ他にも倉庫で働いているロボットがいるのかな?
そう思いながら倉庫ってどんな感じなんだろ……という興味本位もあって、そちらへと歩いていく。
今はみんなランチ時で忙しそうにしているけど、今日は見学って言われているわけだし、まだ何もわからない僕なんかが厨房に居たって足手まといだろうし。
今後のためにちょっと奥を見学していってもいいよね?
そう心の中で言い訳しつつ倉庫の方へ足を向けた。
………。
倉庫前はそれに面している通路から、既に全く電気が点いていなかった。
それに周りに窓も全く無いので、昼間からほぼ真っ暗のようである。
あれ、誰もいないのかな?
僕はそう思いながら奥へと入っていく。
電気をつけるにはどうしたらいいだろう?
と、壁辺りを当てずっぽうで手探りしてみたが、電気を点けるスイッチのようなものはどこにも見当たらないようだ。
困ったな──。
そう思いながら暗闇の中そろそろと倉庫に入っていくと、そこで対人センサーが反応したのか突然勝手に電気がパッと点いた。
「あ、すいません。私は次何をすれば……!」
そう言いながら、振り向いた格好で固まっている“彼女”が僕の目の前にいた。
彼女……そう、エルだ。
「あ……」
突然のことで僕も思わず間抜けな声を出してしまう。
「ご、ごめん。倉庫を見学したくって……つい!」
でまかせで訳のわからない言い訳をしてしまってから──。
つい……じゃないだろ?
心の中で自分にそうツッコミを入れる。
真っ暗な中から僕の目の前に急に出現した彼女は、顔だけはなんとか笑っている形を作ってはいたが、目が泣きはらしたように真っ赤だった。
頬は汚れた手でこすったからなのか、少し黒くなって汚れているようだ。
まさか、涙……なんだろうか?
え、でも、彼女ってアンドロイド……だったはずだよね?
そう戸惑いつつも、反射的に僕の胸には痛みが走ってしまう。
その自分の胸の痛みで逆に僕は直感した。
そうだ。
この娘は。
エルには……きっと心があるんだ──!
◆◇◆◇◆
エルは、最初こそ顔を引きつらせ見るからに緊張していたが、入ってきたのが僕だとわかると少し緊張が緩んだようだった。
「たにやま……しょうや……さん?」
「うん。僕は今日から一緒に働くことになった谷山翔哉だよ」
できるだけ彼女を傷つけないよう優しい声でそう言ったつもりなんだけど、こういうのには全く慣れていないので上手くできたかどうかはわからない。
彼女は泣き腫らしていたような赤い目を隠すのも忘れて、とっさに作った笑顔を僕を見たまま固まっている。
「……つらいのかい? 大丈夫?」
それを見ていると、何だかいたたまれなくなってしまい、僕は思わずそう声をかけてしまった。
その僕の言葉に、彼女は思わず一瞬また泣きそうになるのを必死で堪えた様子だったが、すぐに今まで以上にはっきりと笑顔を作ると僕にこう言ってくる。
「ごめんなさい。こんなところでサボっているのが見つかったら、また怒られてしまいますね」
だがそれは無理して笑っている様子がありありで尚更痛々しく思えたのだ。
「今……君はもしかして一人で泣いていたんじゃ……?」
たまらずそう確かめようとする僕を彼女は遮った。
「そ、そんなことはありません。私は平気です。だって私は人間じゃありませんから!」
エルはそう気丈にそう答える。
その態度からは、もう最初のような怯えた素振りはみられなかった。
──だけど僕はその時気がついてしまった。
そう言っている彼女の肩が小刻みに震えていることに……。
そして、その彼女の姿とその振る舞いが、僕には人間以上に人間らしく思えたんだ。
…っ………!
その様子を見て、どうしようもなく心がざわついてしまった僕は。
この状況を──そんなエルを。
どうしてもこのまま見過ごすことができなくなってしまっていた。
「ごめんエル。君に一体どんな事情があるのか、今日来たばかりの僕には正直全くわからない」
だけど、こんなのを見て見ぬふりをして放っておけるほど、谷山翔哉って男はまだ腐りきってはいないはずだ。
こういう胸の奥から突き上げて来るような強い気持ちを感じるのは正直生まれて初めてで……。
だから、そういうもっともらしい理由をつけて僕は自分を納得させた。
「君はここで一人で泣いていた。そうなんでしょ? そしてそれはきっと君には僕達人間と同じ、心が備わっているってことなんだ。そうじゃないの?」
僕は思い切ってそう聞いてみる。
「でも、それは作りものの心なんです。まがいものの……」
彼女はそのまま言葉を続けようとした。
まがいもの……誰かにそう言われたんだろうか?
それがまた僕の心を音が聞こえるほど掻きむしったんだ。
「だけど──」
僕はそれに憤りのようなものを感じて。
敢えて彼女の言葉を遮った。
「それで君は自分の心が痛いんだよね? 胸が苦しいんだよね? なら、それはもうまがいものなんかじゃない。君にとってそれは本物と同じだってことなんじゃないか!?」
その僕の言葉を聞いて堪えきれなくなったのか、エルの作りモノの目から水分が一筋……頬を伝って流れて……。
ぽつりと床にシミをつけた。
それが本当の涙なのか、それとも他の何かなのか──。
そんなの正直僕にだってわからない。
おまけに自分が今言ったことに、本当に真実が含まれていたのかどうかすら確証がない。
でも……そんな理屈に一体何の意味があるっていうんだろう。
その時の僕は──ただ──。
そのまま何もできずに終わるのが……嫌だったんだ。
「ありがとう……」
僕がしばらく黙っていると、ゆっくりと涙を拭ったエルは、僕に対してそう言ってくれた。
「あ、いや──」
その言葉に我に返る。
なんだかずいぶんと知った風なことを言ってしまった気が……。
自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
「ごめんね。そんなことを言っていてもまだ新人の僕は、君を守ってあげることもできそうにないんだけど……」
照れ隠しにそう言いながら頭を掻く。
エルがそんな僕を見て少し笑顔を見せてくれた。
今度のそれは見せかけではない──本当の笑顔だ。
それでちょっと救われたような気持ちになる。
「ううん」
彼女はかぶりを振った。
「でも私は、谷山さんのその“気持ち”が嬉しいんです」
“気持ち”が嬉しい……そうエルは言った。
気持ち、そうだ気持ち──感情だ。
彼女は人間の気持ちを模しただけでなく人間そのものの──もしかしたら他人の気持ちすらも理解できる存在だというのだろうか?
だけど改めて考えてみると、それは当然のことのような気がした。
自分がその痛みを実際に感じるから、そして喜びも感じるからこそ──他人の痛みをわかるのかもしれない、そして喜びを共に分かち合えるのかもしれない。
そしてお互いに理解し合えるのかもしれない、と。
「ですが……」
それからエルはこう続けた。
「こうなってしまったのは私が悪いんです。わかっているんです」
「そうなの?」
僕は引き込まれるように思わずそう聞いてしまう。
「私は一週間前にあるテストの為にこのお店にやって来たんです。でも、それから一週間のうちにたくさんの失敗を立て続けにしてしまいました。そのためにお店の皆さんの信頼を得ることができなかったんです」
彼女は正直に僕に話してくれた。
自分がこの店に初めてやってきた時──とても緊張してしまって最初に大きな失敗をしてしまったことを。
そして、その時に強く叱られたことで大きな感情的痛みを心の中に抱えてしまい、その後も続けてたくさんの失敗を重ねてしまったこと。
──皆さんにとても迷惑を掛けてしまった、と。
「私が新型のレイバノイドだということで、やって来た当初は皆さんすごく期待して下さっていたんです。だからこそ私がその期待に応えられなかったことで、今は大きな失望と怒りを感じているんだと思います」
なんてことだ。
エルは全部わかっているんだ。
自分の置かれた状況もそしてその原因すらも。
「谷山さん……」
彼女は懇願するように僕に言った。
「あの……谷山さん。私がここで泣いていたことは、お店の皆さんには言わないで頂きたいんです」
「で、でも……それは……」
それで本当に良いんだろうか?
僕は迷った。
「私は人間と同じような心を持つよう設計された、この世界で初めてのアンドロイドなんです」
女性なので正式にはガイノイドって言うんですけどね、と付け加えて教えてくれる。
「そのプロジェクトの大事な臨床テストのためにこのお店にやってきました。でも……これ以上のご迷惑をこのお店にかけてしまうと、私は──もうここにはいられなくなってしまう!」
そう言って目を伏せた。
「私の開発に関わって下さっている沢山のスタッフさん達のためにも、私はこれからもまだこのお店で頑張らないといけないんです……」
そう言うエルには明確な自分の意志があるように思えた。
「私は疑似的な感情を持っています。ですから今回のようにそれが精神的外傷になってしまうと、その記憶に触れる度に内面に痛みが走って──その結果行動や判断に狂いが生じてしまうんです」
「そうか。それがまた次の失敗に繋がって……」
彼女は悲しそうにこくりと頷く。
僕は改めて驚くと同時に心のなかで呟いた。
“それならエル。もう君は僕たち人間とほとんど変わらないじゃないか!”
「だから私はもっと強くならなきゃいけないんです。自分の弱い心に動かされないように。それに負けないように……もっと強く……!」
彼女は目を伏せると何かに耐えるように両手を握った。
そんなエルを見ていると、とても放っておくことなんかできそうになく──。
「わかった。じゃあ、僕も今後はできるだけ協力するよ」
僕はそう答えた。
まあ、それ以前に僕の場合はまず自分自身がこの職場で足手まといにならないよう、頑張らないといけないんだけどね……などと悠長なこと考えている僕に、少し元気を取り戻した彼女が声をかけてくれる。
「谷山さんはもう行ったほうがいいですね。そろそろ仕事に戻らないと……」
「そうだった!」
一気に現実に引き戻される。
そうだ。
今は仕事中だったんだっけ!