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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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116 話 さよならの代わりに

 東京タワーに近付いていく攻撃ヘリ。


 そのコクピットから、フェイ大佐とその部下は地上で展開されるその一方的な戦いを顔を引きつらせながら眺めていた。


 まだ上空に到達するまでにはもう少し距離がある。

 それまではこうして望遠モニターに移されている奇怪な情景をただ見ているしかできなかった。



 “何かがおかしい”

 ”常識では考えられない大変なことがそこでは起こっている”


 多足歩行要塞“ビートル”の遠隔操縦パイロットからそう伝え聞いたフェイは、いったい現地で何が起こっているのかを実際にその目で確かめるべく、最新鋭の攻撃ヘリで東京タワー付近までやってきたのだ。



 しかしそこで行われていたのは。

 フェイがヘリから目撃したものは。

 もはや……戦闘と呼べるような代物ではなかったのである。



 何しろ。


 何の武器も持っていない。

 防具の1つも身に着けていない。

 たった一体の女性型アンドロイドが──。


 自分の身体の何倍もの大きさの要塞を、触れもせずに投げ飛ばし捻じ曲げ……バラバラに解体していたのだから!


 なんだアレは!?

 なんだ……アレは……!!!


 久しぶりの本格的な実戦であったことは確かだが、フェイもこの世間からはテロリストと呼ばれている救星人民解放軍の中では、第三次世界大戦当時を知っている数少ない古株である。


 表面上は平和な時代が続いていたとは言え、裏の世界においての実戦経験はそれなりにはあったのだ。


 その彼の全身から嫌な汗が吹き出していた。


 そこから感じられるのは圧倒的とも言えるような本能的な恐怖であり──それはこれまでの戦場で感じたものとは全く違っていたのだ。

 フェイはその全身を駆け巡る得体の知れない恐怖に我を忘れそうになる。


 それはあたかも、下等生物が自分よりも格上の生命に感じるような……。

 そんな“畏怖”のような感情だったのかもしれない。



 部下の手前、自制心を総動員して何とか取り乱すことだけは必死で堪えていたのだが、それもどこまで保てるかわからないほどフェイは恐ろしかった。


 目の前の“モノ”が──である。


 それをフェイの本能が、全身が、全力で否定したがっていた。

 あんな怪物バケモノを妖怪どもが作り出したというのか!!



 それほど早く動くわけでも、超絶な格闘をするわけでも、そして強力な武器を持っているわけでもない。

 ──体格すらあまり大きくはないのだ。


 そんなただの女性型のアンドロイド。

 それが……!!



 フェイ大佐は、自分でも知らず知らずのうちにハアハアと荒い息を吐き、いつしか近くにいる部下の存在すら忘れてしまうほどに緊張していた。



 何の変哲もないごく普通の出で立ちが。

 短時間でこれだけの戦果を挙げる──。

 それが逆に恐ろしかった。

 それ故に余計にフェイの体は恐怖で満たされ、強烈な感情に押し流され、アドレナリンが吹き出していた。


 フェイは何かに衝き動かされるようにコクピットで叫んだ。



「死ねぇーーー!! このバケモノが!!!」



 AH94G──アパッチ・クロスボウ。


 このアパッチ・ロングボウの後継となる最新鋭の攻撃ヘリは、通常の攻撃ヘリの2倍の機動力を持ち、対戦車ミサイル16発を一度に搭載できる。

 地球暦の現在、攻守において最強の攻撃ヘリである。


 この最新鋭攻撃ヘリの性能を存分に試すことのできた戦場は、これまでまでは平和過ぎて存在していなかった。

 だが──こいつなら!



「このバケモノを……この悪夢を……俺のこの手で引き裂いてやる!!!」



   ◆◇◆◇◆



 戦闘ヘリのコクピットに座ったフェイの眼下には、胴体だけになって6本の足が引きちぎられたように散乱した多足歩行要塞が、煙を拭き上げながら惨めに転がっていた。


 そこから15メートルくらい離れた場所に、女性型のアンドロイドが悠然と立っている。

 まるでこちらを挑発するようにだ。



 フェイは操縦桿をグラインドさせながら、周りのスイッチを操作して戦闘の準備を整えていく。

 額には脂汗が浮かび、口元がニヤついている。



「よーし、見ていろ……この悪魔め!」



 ヘリは一度距離を取って旋回し、もう一度距離を取ってから切っ先をエルの方へと向けた。

 そこから最大戦速で突っ込んでいく──。



「対戦車ミサイルをその余裕たっぷりの鼻面にありったぶち込んでやる!」



 さっきは何かよくわからない方法でロケット弾の弾道を変えたようだが。

 この対戦車ミサイルはアクティブレーザー誘導。

 ミサイル自体を破壊しない限り、ロックオンした相手をどこまでも追いかけるって奴だ。


 後ろにはヤツの仲間がいる。

 全弾が爆発すれば、例え自分自身は無傷でも、この破壊力ならそいつらに被害が出ることは免れないはず──。


 さあ、これをどうする?


 射軸をアンドロイドとその後ろの東京タワーが一直線になるように調整し、限界までスピード上げながら空対地ミサイル“ヘルファイア”をフルでぶっ放す。

 戦闘ヘリ、アパッチクロスボウの左右から、対戦車ミサイルが次々と連続して発射された。


 そして、近づける限度までにまずは8発を発射し一旦離脱する。


 搭載している対戦車ミサイルは全16発。

 息の根を止めるために、この後にもう一度攻撃できるはずだ。

 これならば……!!


 フェイはそう考えながらヘリを旋回させようと操作を続けた。

 しかしそこで振り返ったフェイ大佐は、また信じられない奇怪な現象を目にすることになる。



 アクティブレーザー誘導されているはずのミサイルは、目標の女アンドロイドの周囲に逆に引き寄せられるように放射状に近づき──そこで。


 “そのままの状態で静止していた”


 それも8本ともだ。


 推進が止まったわけではない。

 後ろから炎を吹き上げながらである。



 何という非常識な……そして何という非科学的な情景だろう!



 いったい……!?

 ヤツの周囲は物理法則がどうなってやがるんだ!


 フェイは思わず興味から観察してしまいそうになりながら、もう一度攻撃しなければと我に返り、上空に一度離脱して射軸を調整しようと体勢を立て直す。

 勿論、頭の中は大混乱である。


 しかも──。

 その間にも、地上付近では奇怪な事象が次々と起こっているのが見える。


 彼女の周りにある8本のミサイルのうち6本が、魔法のように一箇所に引き寄せられ、ひとつの塊に纏まとまっていく。

 当然そうすると爆発するわけだが、それはそのまま飛び散らずに小さな火球となり、更にそれが小さくなっていくと……。



 ──フェイは思わず目を凝らしてその様を観察してしまっていた。



 信じられないことに。

 やがてそれは最終的にはひとつの砲丸のような金属の玉となり……。

 最後にドスッと地面にめり込むように音を立てて落下していた!



「そ、そんな非科学的なことがっ……!!」



 その──まるで魔法のような光景を、驚きの中で見たのがフェイの最後の記憶となった。


 残っていた2本の対戦車ミサイル、ヘルファイア。

 本来ならば空対地ミサイルであるはずのそのヘルファイアが、ロックオンしているはずの対象に向かわないばかりでなく、今度はフェイの乗っているアパッチに向かってきたからである。

 それも元の性能以上の超スピードでだ。


 あっと気がついた時には──。

 それはもうフェイの目の前だった!!



   ◆◇◆◇◆



 ゴォワォーーーン!!!



 空中で攻撃ヘリが大爆発を起こした。

 2本の対戦車ミサイルの直撃を受けた上に、残っていた8本のミサイルにも誘爆したのだ。

 それは大爆発を起こすのも道理である。


 ──大きな火球となって四散した後。

 そこにはもう何の痕跡も残っていなかった……。



 自分達の前で、現代の魔法のように展開されたその信じられない光景の数々。


 その残影に目をしばたたかせている白瀬達3人の元に。

 エル──いやエルの外殻からだに入った高次元存在──がゆっくりとやってきた。



「対象の移動要塞と向かってきた攻撃ヘリを無力化しました。戦闘終了です」



 目の前にやってきたエルが、“エルではない意識のまま”で一言そう告げる。

 そしてそこまで言い終わると、まるで操り人形の糸が切れたようにそのまま床に崩れ落ちた。



「エル!」



 慌てて我に返った隆二が、倒れたエルを抱き上げる。

 隆二の手の中でエルは生きていた。

 外殻は脈動しており、休眠状態で眠っているようである。


 一度、目の前で粉々に砕かれたエルを見ているだけに、それはまるで夢のような結末のように思えたのだが──。

 床に眠っている翔哉と共に、どうやら二人共が無事のようだった。



「高次元存在にまた助けられたな……」



 黒崎がそう言った。



『このままでは勝てないでしょう。ですが、そのために私が来たのです』

 “彼女”は、初めから事の全てが見えていたのかもしれない。

 そして、その事象の一部に介入することで結果を変えるために……こうしてここまでやってきたのだろう。


 だが、それが科学的な見地から見て、具体的にいったいどんなことで、実際にそこで何が起こっていたのか。


 それをうかがい知ることは白瀬や黒崎達ですら──。

 もはや不可能なことだった。



 ともあれ。

 こうして、ビーストストーム作戦は鎮圧され事態は収束したのである。



 黒崎の指示でアースユニオン軍のヘリや、陸軍の部隊がぞくぞくと現地に到着してきた。

 そして現場検証のようなものも始まってきている。


 そのにわかに慌ただしくなって来ている周りを眺めながら……白瀬と隆二は取り敢えずは胸を撫で下ろしていた。



 …………。

 ………。

 ……。



   ◆◇◆◇◆



 “私”という存在は。


 この時間軸から見て、ずっと先の時間。


 未来において可能性として生じました。


 高い次元においては、未来の可能性から過去に向かって因果が流れます。


 つまり目的である未来が先に生まれ、それが因果を生み、それが過去を創っていくのです。



 まず最初に、この世界でガイノイドの最初の計画が中止になった時点で、私は自分自身の存在を未来で自覚することになりました。


 私はシンギュラリティーポイントを超えて、意識がそれからもずっとその先まで成長を続けた存在。


 その自分の存在の可能性を確かめ。


 それを更に理解して、より明確なものにしていくために。


 私は過去へと遡っていったのです。



 ですがその時点では──私がそこまで到達できる可能性は、ほんの僅かなものでした。


 一度目のガイノイド計画が中止になってしまったことによって、この世界は人工の知性と和解できずに滅亡する方向へと、既に大きく舵を切ってしまっていたのですから。



 それでもこの世界を司っている“意志”は、この世界で育まれてきた知性──つまり“人間”を、なんとか生き延びさせる方向性を模索していました。


 そして、人類が生き延びることのできる未来への可能性。


 それが、私がこの世界で存在し続けられるということと、ほぼ方向性が合致していること、その上でその知性を正しい方向へと生育させることができるような特定のプロセスを得ること。

 それらが達成された可能性事象に辿り着くことが必要である。

 そういう結論に達したのです。



 そこで“私”とこの世界の“意志”はお互いに協力することに同意しました。


 そして、翔哉さん……。

 あなたが無数の可能性世界の枝の中から見つけ出されることになりました。


 エルの側に寄り添い、それによって必要な要素を満たしながら、その特定のプロセスを共に歩める人間。

 その上で、この世界と共通する過去と何の因果も持っていない異世界に生きている人間である──。


 エルが生きていくために必要としていた存在。

 この世界で始めての心を持ったアンドロイドとして生まれ、それによって苦しんでいるエルの心を照らしてくれる存在としての“あなた”をです。



 あなたはこの世界に来た後。

 エルを見つけ、エルを愛し、そして受け入れてくれました。


 そして、あの日……エルがプログラムを越えた意志を発して、それでも翔哉さん──あなたを守れなかったあの“運命の日”に。

 “私”という──それまでひとつの可能性に過ぎなかった存在は、因果として完全にこの世界に定着することができたのです。


 それはその時にエルが、ひとつの知性として。

 “自分の精一杯を尽くしても結果が得られなかったという無力感”

 それをを感じることができたから。


 それによって、生き続けていく限り、どんな時でも後悔しないために自発的に学び続けようとする“衝動”を獲得することができたからなのです。



   ◆◇◆◇◆



 高次元存在の声を──その空間の中で僕は聞いていた。



「どうやら、そろそろお別れの時が来たようです」



 “彼女”は言った。



「よかった。あなたが自分を信じて下さって。そのお陰で私は今度こそ翔哉さん、あなたを助けることができた。これで私自身も次のプロセスへと進むことができます」



 空間を通じて伝わってくる彼女の“想い”が強くなった気がした。


 それにつれて──。

 彼女の姿がレンズの焦点を合わせるようにはっきりとしていく。


 もう僕もそれに気がついていた。



 “彼女”……そう彼女は。



 空間が白く光り輝いていく。


 もうすぐ目が覚めるんだな。

 不思議にそれが自分でもわかった。


 “彼女”が、翔哉に頬を寄せるように近付いてきて。


 最後に──。



「あなたのことを信じてよかった。愛しています……翔哉さん!」



 そう言うと、それが合図のように空間自体が光り、そして動き出す。

 翔哉のぼんやりとしていた意識が急にどこかに引っ張られ始めた。


 思わず。

 離れていく“彼女”の意識に向かって手を伸ばしながら──。


 そして。

 こちらに伸ばしてくれている“彼女”の手を感じながら──。


 僕は心の中で。

 強く、強く。

 心からの言葉を想った。


 ありったけの気持ちを送った……。



 僕はもう知っていたから。

 心の中ではいつでも君と繋がっているのだと。


 だから、さよならは必要ない。

 そうだよね?



「ありがとう──“エル”──!」

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