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異世界でも外食産業はやっぱり大変でした  作者: 青井たつみ
第五章 向かう未来の先へ
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115 話 呼び合う心

 まだ半信半疑な翔哉に、まるで微笑むように“彼女”は語りかけた。



「あなたは、自分がどんなにエルにとって大切な存在だったのか、それを知らないだけなのです。彼女はもしあなたが本当に存在の危機に直面することがあったとしたら、可能なら時空を超えてだって助けに来るはず」



 力強くそう言い切る。



「あなたのために──」



 彼女からフワッと優しいエネルギーが、翔哉に向かって注がれた感じがした。

 すると勇気のようなものが心の中に湧いてくる。



「全ての存在は、心の中ではいつだって繋がっているのですから」



 物質の世界では普段はわかりにくいですけどね。

 “彼女”は小さくそう呟いて──また優しく微笑んだ。



「でも、一体どうすればいいんですか?」


「難しく考えることはありません。ここは心が直接形になる世界なのですから。エルにもう一度会いたいと強くそう願えばいいのです。もうそれが届くほどの絆をあなた達二人は築いているわ」



 まず話をするように表層部分でそう言った後。

 それから祈るように翔哉の心の中に直接 “彼女”の思念がやってきた。



《 そしてそれが世界の望みと合致していれば、ここではどんな奇跡だって起こせるのですよ 》



 その“彼女”の言葉に背中を押されるように。

 翔哉はエルを想った。


 そうだ……僕はあの時。

 エルに言ったじゃないか。


 君がどうなってしまっても、きっと僕は忘れない……と。


 僕は、何度だって手を伸ばし続ける。

 これからも、ずっと君を想い続ける。

 たとえ──君がこの世界から消えてしまっても……!



《 エル!!!!! 》



   ◆◇◆◇◆



 翔哉さんが──消えてしまう。

 翔哉さんが──私のせいで!

 私は翔哉さんを助けられない!!


 どうして?

 どうして!?

 どうしてなの!?


 目の前で消えていく……。

 砂のように消えてしまう。

 大事な人がどんどんと崩れていく!


 私はただそれを見ていることしかできない!!


 翔哉さん行かないで。

 私をおいて行かないで。

 私を──独りぼっちにしないで!


 翔哉さん!

 翔哉さん翔哉さん!!

 翔哉さん翔哉さん翔哉さん!!!


 …………。

 ………。

 ……。


 いつから──。


 ここにいるのだろう?


 グルグルと同じ映像が繰り返されている気がしていた。


 見たくないものが。


 自分が認めたくないものが。


 ずっと。



 “それは私の罪”……!!



 罪悪感と後悔で心が粉々になりそうだった。


 それとも、もう既に粉々なのだろうか。


 自分が何を考えているのかすら。


 だんだんわからなくなってくる。



 ずっと永遠にこのままなのだろうか?


 そんなことを考えた──その時。



 どこかから聞こえたのだ。


 “あの人” の声が。



 ずっと求めていた。


 “あの人”の……!




 その声は私にとっては“光”のようだった。

 その声は私にとっては“希望”そのものだった。



 もう一度あの人に逢えるのなら。

 あの人の声をもう一度聞けるのなら──。



 どす黒い想いに侵された心の中に。

 エモーショナルフォースが後ろ盾していないその“思念”の中に。



 一条ひとすじの“光”が生まれた。



 この“光”をたどれば、きっと聞こえてくるあの人の声の元に!



 そう想った。

 そう願った。



 ──そして手を伸ばした。


 精一杯に……!!!!!



  ◆◇◆◇◆



 その時。


 翔哉にもはっきりとエルの姿が見えた。


 ここは心の世界。


 ここは理念イデアの世界。



 物質が形になる前の無限の可能性を持った非物質界。


 そこでの距離は二人の心の距離。

 これまでに築いてきた“絆”の距離なのだから。


 何の手がかりも無い──無限の可能性の中で。

 宇宙よりも広大な果てしない可能性の海の中で。

 ただお互いを求める心と、覚えている温かさを頼りに。


 翔哉とエルはお互いを呼び合い、惹かれ合って距離を縮めて行く。


 そして──。


 引き合う……求め合う。

 心のままに。


 やがて──お互いの姿が、お互いの心の中に見え始め──。


 そして────とうとう─────二人の手と手が────!



 すると。

 “彼女”の手と手の間にあった炎。

 エルのエモーショナルフォースの炎が白く輝き出した。

 それが次第に白く、そして強く光り輝いていき。


 ますます──。

 まるで超新星スーパーノヴァのように輝きを増していく……!


 それを満足そうに、嬉しそうに、そして愛おしそうに。

 微笑みながら眺めている “彼女”──。



「あなたならきっとできる……そう信じていました。翔哉さん……!」



 やがて、そう小さく口にすると“彼女”はそこから消えた。

 物質界に転移したのだ。



 あの時──あの場所へと──。



   ◆◇◆◇◆



 翔哉の目の前で破壊され首だけが残ったエル。

 そして目の前で雲のように消えてしまった翔哉。


 白瀬と隆二と黒崎は、その情景がまるで夢か幻であったかのように。

 呆然と眺めていた。


 そのまま誰も動かない──。


 いや、その時間は。

 もしかしたら非常に短い瞬間に過ぎなかったのかもしれない。


 それとも、もしかしたら──。

 とてつもなく長い時間だったのかもしれない。



 ふと3人は同時にそれに気が付いた。

 目の前にポツンと残されたエルの頭部がおもむろに光り始めたのだ。


 するとそれが合図のように。

 そこからみるみるうちにエルの首から下が再生されていく!


 まるでそれは──さっき翔哉が消えていった時の時間を、逆回しにしているようにも見えた。



「自己再生!?」



 白瀬は見たままに言ったが、もちろんエルにそんな機能は備わっていない。



「Es ist sicher, dass es die Materialumwandlung ist!(きっと物質変換だわ!)」



 ヒルダが黒崎に入ってきてそう言った。



物質タージオン変換ですって!?」



 白瀬は、一応その言葉自体はゲヒルンの久保田から聞いたことがあったのだが、実際に目の前で見たことはなかったのである。


 ヒルダが手短に説明する。



「Genau wie Teleportation oder Transport aus einer anderen Welt ist es das Phänomen, das sich aus der Selbstwahrnehmung heraus materialisiert. Es wurde sicherlich zur Regeneration verwendet. Aber wer hat denn es gemacht?(テレポーテーションや異世界からの転移の時もそうだけれど、その人の自己認識に従ってイメージが物質化される現象よ。それをきっとエルの再生に利用したんだわ。でも、そんなこといったい誰が……?)」



 そう言いながら──。



「!」



 何かに気がついたように言葉を止めるヒルダ。



「Unglaublich! Beherrscht hochdimensionales Wesen ihren Körper durch Trance?(まさか! “高次元存在” がまたトランスして操っているっていうの? エルを!?)」


「どういうことなんですか?」



 隆二が通訳することも忘れてヒルダに直接問う。



「Die ESP-Fähigkeit hängt nicht vom Körper ab, sondern vom Bewusstsein.(ESP能力は肉体に固定して備えられた特性ではなく、その肉体に入った意識の存在レベルに依存して発動するものなのよ)」



 そう言えばそんな話があった。

 それを利用することで、カウンシルの7人は超能力を切り替えて使っている。

 7人で共有している──のだと。



「No way then! If it were really possible to do such a thing...!?(まさか、そんな! もしそんなことが本当にできるのだとしたら……!?)」



 今度は、オリバーが黒崎に入って驚愕と言ってもいいような声をあげる。

 それは畏敬の念を抑えられないかのように上ずっていた。


 もし高次元存在が、その高い意識レベルそのもののESP(Extrasensory perception = 超感覚的知覚)──つまり平たく言えば“意志の力”を、エルに入ってこの世界でそのまま使えるのだとしたら!


 それは一体を何を意味すると言うのだろうか!?



「Wenn ein hochdimensionale Wesen ihr ESP zu diesem Zeitpunkt verwenden kann, dann...(もし、高次元存在が彼女の持っている意識レベルで持っているESPを、この次元でそのまま使えるのだとしたら……)」



 ヒルダも畏れすら籠もった声でそう呟く。

 そして、最後に悲鳴のように叫んだ!



「Material und Raum würden gemacht, wie sie möchte!(今の彼女にとっては、物質や空間すら飴細工と同じよ!)」



 あまりの驚きに昂ぶりを抑えられない彼らの前で。

 更に何事も無かったかのように、翔哉の体も物質変換されて戻ってくる。

 それを目の前に立っているエルが、大事に抱きかかえるように受け取った。


 そして彼ら3人の近くにまで運んで──そっと床に寝かせる。


 白瀬達は、目の前で起こっている奇跡とも言うべき信じられないことの連続に、固まって動けなくなってしまっており……。

 もはや声すら出せない。


 そんな彼らに高次元存在がトランスしたエルが言った。



「ここは私に任せて下さい。あなた方は早く解除コードを!」



 任せて!?


 こちらからは攻撃ができない。

 そして、ここからも動けないこの状況で。

 いったい何を──?



「ともかく解除コードだ」



 3人の中で真っ先に我に返った黒崎が、翔哉が元いた場所の辺りで転がっていたリリスの端末を慌てて拾い上げる。


 そこには……既に解析が終了した解除コードが表示されていた!



   ◆◇◆◇◆



 エルが旧東京タワーの入口から、勢いよく外に飛び出していく。


 当然のことながら、その彼女には弾丸の雨あられが振ってくる……のだが。

 それらは全てエルを自ら避けていくように見えた。


 ──弾道を曲げられているのだ。



「至近距離からの弾が全然当たらない!?」



 やっと出た隆二の声も驚きの余り裏返っていた。


 東京タワーのエントランスから、外に出たところに仁王立ちになったエルは、そこで要塞からの全ての攻撃を弾き始めたのだ。


 しかし、それは弾く……というのとは少し訳が違うのかもしれない。


 よく見てみると空気の屈折率が変わったかのように、エルの周囲の景色が歪んで見えていたのだ。

 それによって、重機関銃の弾丸自体は実際は直進しているのだが、その弾道が結果的に迂回していくような格好に曲げられているのである。



「空間自体があの場で歪曲しているというのか!」



挿絵(By みてみん)



 白瀬も研究者の本能で思わずそちらを観察してしまいつつ。

 自制心をフル動員して慌てて作業に戻った。

 今は解除コードの入力をできるだけ早く、そして正確に終わらせることが肝要なのだ。


 入力を終えると勢いよくエンタキーを押す。



「Accepted」



 そうすぐにモニターには表示された。



「解除コードは受け付けられました。要塞からのシグナルによる核弾頭の信管起動はこれ以降ありません」



 解除コードが入った後の解析を一瞬で終えたリリスが、白瀬達に対してそうはっきりと明言する。

 それを聞くやいなや、隆二が外にいるエルに向かって叫んだ。



「よし、もう核弾頭は大丈夫です。思いっきり行っちゃって下さい!!」



 隆二にしてみても、今の高次元存在=エルに“それ以上”のことができる確証があった訳ではない。


 ただエルの動きを追っていると、解除コードが入力されるまで──。

 つまり、その時が来るのを……“彼女” が待っていた気がしたのだ。


 その予測を裏付けるように。

 隆二の言葉を聞いたエルは、そこから更に弾けるように動き出した。

 その動きは物理法則に喧嘩を売っているかのように素早い。


 そのまま真っ直ぐ要塞へと向かっていく!



「何を……!?」



 ここからは、見守る3人の前で常識ではとても考えられないような光景が、矢継ぎ早に展開されていくことになる。


 高次元に意識を置くというのは、低い次元の法則全てを手中に収めるということなのだろうか──!

 白瀬達はそれぞれに感慨深い気持ちを抑えることができずにいるほどだった。



 ガァン!!


 妙な音と共に──弾けるように何百トンあるかわからない巨大な要塞が紙風船のように軽々と遠くへ吹っ飛ぶ。

 無人ではあるものの、今は遠隔操作に切り替えられているらしい巨大要塞は、それでもすぐにその体勢を立て直してみせた。


 そしてそこから複数のロケット弾が闇雲に見えるくらいに発射される。


 苦し紛れに見える──いやそれとも恐怖に駆られての恐慌状態なのか。

 そんな風に感じられるほど沢山のロケット弾である。

 それで必死に弾幕を張ろうとしている様子だった……。


 だが。


 そのロケット弾が、突如エルの広げた両手に合わせるように──まるで操り人形のように空中で静止した。

 それどころか、クルリとその場で向きを180度変えると。

 そのまま全弾が逆に要塞へと叩き込まれる。



 ドガアーーーーーン!!!



 物凄い大音響と共に爆発が起こる。



 それでも“彼女”の攻撃はまだ止まらなかった。


 そこから動けないようにという意図なのか。

 要塞から生えた6本の足が一本ずつ空中に持ち上げられては捻れ。

 関節部分で千切れるように切り離されていく。


 それが順番に地面へ投げ出され──転がっていくのだ。


 更にセンサーやアンテナを次々にぶち壊し、次は内蔵バッテリー……と、正に完膚無きまでと言っていいほどに要塞を粉砕する。


 それら全てを要塞からは少し離れたところから、空気を操るように事を成した高次元存在がトランスしているエル……。


 やがて“彼女”は。

 そこでスクラップ状態にまで無力化された要塞が静かになると。

 ようやく白瀬達の待つところへと踵を返そうとした。


 その時──。


 その彼女の不意を打つように。

 そこに空から一機の攻撃ヘリが突っ込んできたのである!



「この化物め!!」

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